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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
二章『模擬店ヴィンダーホールディングス』
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6話:前半 設立

「じゃあ、儂は散歩……、散策で思索を深めてくるわい。約束を忘れるなよ」

「わかってますよ賢者様」


 フルシーが部屋を出て行くのを待って、参加者たちはガタガタと音を立てて席についた。


 参加者はリルカを合わせて五人。不動産高騰で跳ね出された商会の中で飲食関係は六店。そのうちの五店が集まったことになる。二店は同じケンウェルとはいえ大したものだ。これがリア充の力。俺には無縁の能力だな。


 この五人のメンバーをその気にさせるのは俺の役割だ。広くなった実験室で、思い思いの位置に陣取った参加者たち。制服の下が平民仕様という以外は見事にバラバラだ。


 賢者がいなくなった途端、机の上であぐらをかいたガッチリとした男子生徒。食肉を扱うダルガン商会の息子で三年生。ダルガンは独立系だそうだ。体育会系の雰囲気だな。


 こちらを見もせずに髪の毛をなでつけている長髪細身の男も三年生。プルラという黒砂糖や精製小麦という菓子用食材を扱う独立系商会の息子。キザな仕草が特徴か。


 二人に挟まれるような席でオロオロとしている少女は同級生。顔だけは見たことがある。話したこと? もちろん無い。野菜を扱うベルミニの娘らしい。心細そうにリルカを見ていることからわかるようにケンウェル傘下だ。


 ちなみに乳製品を扱うトリット商会の娘リルカは同級生の救援信号に応じず、おとなしく座っている。


 最後の一人の男子生徒は静かに座っている。珍しい果物や穀物などの農産物を扱うケンウェル傘下のロストン。表情まで動かない。


 リルカはともかく、誰も喜んでここに来たという感じじゃない。無理もない、全員が銀商会シルバーの跡取りやそれに準じる人間。しかも、リルカとベルミニ以外は先輩だ。


「お集まりいただきありがとうございます。じゃ、説明させてもらいますね」


 一筋縄ではいかないなと思いながら、俺は腰を低く挨拶をした。そして、すぐに石板に組織図を書き始める。内容は先日リルカ達に説明したのと同じだ。中庭に共有のフードコートを作ることと、それを運用する臨時の商会の株式方式での立ち上げだ。


 不信の視線を感じながら俺は説明する。一人も席を立たなかったのは、俺の説明能力というよりも各人の置かれた立場だろうな。


「つまり、ここにいる商会全部が出資して、上に一つ商会をつくる。その上で一丸となって大商会と戦うってことか」


 肉屋はウンウンとうなずいたあと、ぎろりと俺を見た。


「そして、それを仕切るのがヴィンダー、お前ってことか。良い仕組みじゃねーか」


 体育会系の肉屋が犬歯を見せて笑った。俺よりも良いとこのお坊ちゃんだよな……。

 もちろん、「良い仕組み」は「俺が仕切る」に掛かるんだろう。だが、そういいながら威嚇にとどまるのは未練がある証拠だ。


「ケンウェル系が三人。大方、黒幕はリルカあたりじゃないか。君は飾りだったりして。実家はカッパーだろ」


 菓子屋の神経質そうな三年生は言った。


「わ、私はもう諦めてて、リルカがどうしてもって言うから。でもやっぱりこんな方法、聞いたことないし、ないし……」


 野菜屋の娘はちらちらとリルカを見る。他の二人の視線がそれに続いた。だが、リルカは反応しない。彼女には中立を装ってもらわないといけない。俺がケンウェルと組んで独立系を利用しているなんて勘ぐられたら最悪だ。


「その疑いに関しては、実際に中庭に作るものを聞いてからにしてください」


 俺はミーアと交代した。リルカがミーアに頑張れと手を振る。そこは中立じゃないのか……。


「用意するスペースの席数について具体的な数値を説明します」


 ミーアが、席の数や配置について説明してく。ケンウェルが余った机と椅子を提供するという情報に、ホウという声を上げたのがダルガン。それ見たことかと顔を歪めたのがプルラだ。リルカ以外のケンウェル系は安堵の表情になる。


「つまり、最低限の出費で中庭にテーブル八つ、計三十六席が用意できます。一店舗あたり7.2席。普通に教室を使った去年の皆さんの席の半分程度ですね」


 事前調査はしてある。同時に、彼らは今年どれだけの席を自分たちが用意できるかを考えるだろう。


「ただし、空席率の低下を考えれば去年並みのスペースは確保できることになります」


 ミーアが説明している間に、俺は互い違いに並べた八のテーブルを石板に書く。校舎の空き部屋との動線なども加える。


「おかしなことを言うね。参加商会はヴィンダーを含めて六店だろ。位置店舗あたりの席数は6だ」

「そうだな、それだって公正に扱われるか怪しいもんだ。もし席が足りなくなったらどうするんだ、そっちを優先とかなったら我慢しねえからな」


 プルラが不愉快そうに数字を上げ、ダルガンが同調した。だが、俺は首を振った。


「ヴィンダーはフードコートで何も販売しない。ホールディングスの管理を引き受け、出資に応じた配当だけを受け取る。これで公平性が担保されるはずだ」

「ご立派なことだが。じゃあお前ん所にはメリットがないじゃねーか」


 ダルガンがさっきより強い視線で俺を睨む。メリットは有る。俺の事情に鑑みれば、紹賢祭で評判を取ることよりもずっと価値のあるメリットだ。関係ないことだから言わないけど。


 俺は別の”事実”を提示する。


「はっきり言って今回の件、ヴィンダーにとっては迷惑な話なんですね。参加するつもりがなかったのは、入札に参加していなかったことでわかってると思います。カレストと学生会に嫌がらせされたようなものです。採算割れぜずに、中庭に店を出すという条件をクリアできれば十分です」

「本当かな。とても信用出来ない」

「じゃあ逆に聞きますが、ウチが紹賢祭で儲けたり、貴族客にアピールしたりするメリットがあるでしょうか。銅が貴族客の目を引いて、その後の商売を維持できるでしょうか?」

「そ、それは……。まあ確かにそうかもしれないね」

「ふん、分際はわかってるってことか。貴族の注文は一度受けたら断れねえ。品が準備できないのに、大量の注文が舞い込むなんて悪夢だからな」


 元の世界でも、注文が一気に入ったおかげで生産が追いつかず大手に市場を奪われた。必死に応じたらその後需要が消えて生産過剰で潰れた。そんな例はいくらでもある。この世界の生産調整と物流の水準なら尚更だ。


 まあ養蜂の力を万全に展開できればその限りではないが、そのためには大公との出資交渉を終わらせなければならない。そして、それには株式会社の力を実演しなくちゃいけない。それが隠しているこっちの事情だ。


 ……案外うちも貴族の評判のためにやってるようなものか、ちょっとやる気が削がれた。


 まあ、この場にいる人間と利害は衝突しないから。言わないけど。


 これが本音を半分ぶちまけるという保身技術を披露すると、二人の男はやっと黙って考え始めた。


「話はわかった。正直、客席の確保は得難いメリットだ。そのホールディングスっていうのも、管理はお前だが資本的には全員に同等の権利があるって話しだしな」

「野蛮な肉料理や、地味な野菜料理と一緒の席で、ウチの繊細な菓子が食べられるのは不愉快だけどね。席がなくちゃ話しにならないのは確かだ。チッ、カレストがあそこまで無茶をしなけりゃな……」

「野蛮な肉だと」

「や、野菜は地味じゃないです……」


 ダルガンがやっと腹を割ったと思ったら、プルラがかき回す。ベルミニは初めての発言じゃないか。


「――ボクは賛成でいい」「私も異議なし。そもそもカレストの横暴に黙って引っ込めないじゃない」


 ロストンとリルカが言った。うまいな。この場合共通の敵が一番の味方だ。実際リルカの発言に、ダルガン達は口論を止めた。


「だが、本当に中庭にこんなでかいもん作って大丈夫なのか。聞いたことない話だぞ?」


 ダルガンが言った。前例がないというのは確かに不安要素だ。だが、これは俺が出した話じゃない。


「中庭で営業っていうのはヒルダ学生会長直々のお言葉だ。中庭の管理者であるアルフィーナ殿下にもお許しを得ている」

「本当か?」「銅が殿下と…………」


 部屋がざわめく。その時、ガチャっとドアが開いた。最高のタイミングじゃないか。


「おや、まだ会議中だったか。ちょっとスマンが講義の教材を取らせてもらうぞ。お待ちください姫様」


 フルシーがアルフィーナと一緒に部屋に戻ってきた。如何にも、賢者に勉強を教わるために来たといいう風だ。


「賢者様。……それに、王女殿下!」


 突然の王女の登場に、全員が立ち上がり頭を垂れる。すごいな、俺なら絶対一拍遅れた自信がある。

 下げた頭が俺の方にひねられる。どうするんだと言わんばかりの視線が突き刺さる。


「アルフィーナ様。彼らが模擬店の候補者です」

「まあ、この方々たちが中庭に出店してくれるのですか。紹賢祭の役員の役割を果たすのは初めてですが、一生懸命やりますので。よろしくおねがいしますね」


 アルフィーナの言葉にメンバー達は頷いた。これで決まりだ。アルフィーナに頼るのは正直不本意だけど、時間を考えれば仕方がない。本人も何かやらせてくれと言うので、なるべくさりげない形で挨拶をお願いしたわけだ。


「じゃあ、模擬店ホールディングス設立ということで良いでしょうか」


 アンテナの試作品を持ったフルシーとアルフィーナが部屋を出ると、俺は言った。


「ああ」

「フン。乗ってあげるよ」

「他に手はないから……」

「――わかった」


 四人がそれぞれの表現で同意する。


「じゃあ、次の入札は気合入れていこ。カレスト何するものってね」


 リルカが音頭を取る。四人が仕方ないという顔で応じた。タイミングを掴むのがうまいな。俺じゃこのノリは作れない。空気を読めない人間は当然流れを作れないんだよな。入札には参加しないんだから尚更だ。


「流石にこの小さな部屋なら競争相手は居ないだろう」

「ふん、うちの看板にはふさわしくないけど仕方がないか」

「小さなお店なら、損失も最低限で……」


 メンバーたちは見取り図を見ながら入札の話を始める。これでぼっち回避。一番の難関は超えた。

 だが、逆に言えばこのメンバーはもう一蓮托生だ。一階の空きテナントじゃ、どうあがいても客席は作れない。


 そしてそれは、俺にとって彼らに責任が生じるということだ。保身的に胃が痛い。なんで銅の二年生のはずの俺がこんなことに。カレストと大公女許すまじ、だな。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 面白い作品を読ませていただきありがとうございます。 主人公のリア充に対する思考がおかしいと思います。 ミーアがいる時点でボッチではないし、リア充です。
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