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4話:後編 野菜の場所

「温度は決まったけど……。うーん、問題がまだあるのよね」

 私はレイゾウコを閉めると呟いた。正直3目盛りも歯車を動かしたのは気になるけど、それよりも……。

「やっぱり萎れちゃってる」


 次の問題は葉野菜だ。レイゾウコの中はただ冷たいだけじゃない。空気の循環で乾燥している。冷たい空気を吐き出す入り口に近いとよりひどくなる。極端なことを言えば、冬に干物を作っているようなものだ。


 ならばと、湿った布をかけてみた。多少の効果はあったけど、布自体がすぐに乾燥してしまうし、水が溜まる場所の水の量が増えてしまう。詰まった水が床を濡らしていたのを見たときは心臓が止まるかと思った。


 もちろん、拭けば済む床が心配だったんじゃない。


「そこまでこだわらなきゃいけないのか。ちゃんと保存できるものだけでも、ぜんぜん違うじゃないか。親父が見たらひっくり返るぞ」

「そうなんだけどね……。いや、私の担当はサラダだし。葉野菜がだめっていうのはやっぱりね」


 野菜の野菜たるのは葉野菜だと思う。葉あってこその花であり実であるのだ。


「温度の方も決まったって言っても問題あるし……」


 昨日はいつもの集まりが有った。ダルガン先輩やリルカに聞いたけど、保管事態にはそんなに苦労していないみたいだった。温度の調節もしていないみたい。というか、最初の設定を絶賛していた。


 みんなレイゾウコを使ったメニューの開発には苦労しているみたいだけど。保管の段階で止まっているのは私だというのが焦る。


◇◇


「まいったな。ここの野菜もおんなじ条件のはずなのに、前回と結果が違う……」


 私は野菜とメモを見比べる。形が違ったのだろうか。


「そっか、隣に置いた根菜で風が遮られてるんだ」


 温度と乾燥。その二つが絡み合って、条件を難しくする。生きている、生の素材ということにこだわる限り、ついてくる問題だ。でも、サラダには欠かせない条件だし。


「となると、やっぱり箱か何かに……、でもスペースは貴重だし。冷蔵庫は野菜だけじゃないもの」


 私は必死で野菜をどうすればレイゾウコに合わせられるか考える。ああ、なんで私ばっかり…………。


「姉ちゃん、上の方の箱の記録は終わったぞ」


 机に両手を伸ばしてうつ伏せになった私に向かってカイトが言った。野菜を凍らせて保存する方は、カイトに頼んだ。お陰で、私は下の段に集中できる。婿を取って任せたらなんて言っていたカイトだが、だんだん協力的になってきた。


 まあ、この街で何が行われてるか解ってきたみたいだからね。これは特に帝国が顕著だけど魔獣の脅威が減り、生産量そのものが上がり、輸送能力が上がる。そして、レイゾウコで保管期間が伸びる。食料生産と流通の大きな変化が起こる。その最前線に居ることに気がついたらしい。


 生産、輸送、保管すべてが連動して拡大していく。まったく、ヴィンダーのやつはどこまで遠くを見てたんだか。でも野菜が足を引っ張ったら。それは、今回のことだけじゃなくて……。


「ちょっと心配なんだけどさ……」

「心配? 言ってみて」


 弟の真面目な顔にわたしは頷いた。


「うちの商売のこと。ほら、このレイゾウコってこれから広く売り出されるんだろ」

「そうだね、流石に高価だし、動かすのに魔結晶も必要だから貴族様とか、大商人とかだけどね」


 それでもヴィンダーは何百台って数を考えている。


「肉とか乳製品とか、そういうのが今よりももっと簡単に食べられるようになるんだよな」

「そうだね。……ああ、そういうこと。うん、解ってきてくれて姉として嬉しいよ」


 要するに弟は野菜の地位が相対的に低下することを心配しているのだ。実は私もこれを聞いたとき少し心配したからわかる。でも……。


「大丈夫だよ」

「どうしてそう言えるんだ?」

「野菜は大事だから。特に新鮮な野菜はね…………」


 一度ヴィンダーに聞いたことがある、肉や蜂蜜が今よりもずっとかんたんに食べれるようになったら、野菜はどうなるのかって。「少なくとも人間が健康に生きていくためには、今よりももっと重要になる」それがヴィンダーの答えだった。


 本当ならそんな簡単に信じるわけには行かないんだけどね。まあ、これまでのある意味での、あくまである意味での信頼かな。プルラのきらびやかなお菓子や、ダルガンの濃厚な肉、そしてトリットのチーズや卵。そう言った食材と比べても、ヴィンダーがうちの商品を下に見たことは一度もない。


 メイティール様が王国に来たばかりのことを思いだす。ヴィンダーはメイティール様に野菜を食べさせようと頑張っていた。


 ビタミンがどうのこうの、食物繊維がどうのこうのはあんまり良くわからなかったけど。野菜には野菜にしか出来ない役割がある。それは、確かだと私も思う。


「というわけで、大丈夫だよ。まあ、私が頑張ればだけど…………」

「なんか信頼してるんだな」


 カイトが口を尖らしていった。


「いや、すごく苦労させられてるんだよ。ほんと……。お陰でこれだし」


 私はレイゾウコを見た。見えてくれば見えてくるだけ、問題が解ってくる。そもそも、野菜は物によっては肉なんかよりも保存が楽なのだ。つまり、レイゾウコによって与えられる優位性が小さかったりもする。


 なのに、他の食品と条件が違う。まさか、野菜のためだけにもう一台なんて無理だし……。


「その信頼すべき災厄卿様は、毎日酒浸りらしいけど」


 弟がなにかいいたそうな顔になった。


 そう言えば、ヴィンダーのやつは白ワインを冷やしては飲んでいるらしい。ナタリーが言うには、ワインに砂糖を入れているという。それ自体は珍しいことじゃない。とんでもない贅沢だという点を除けば。


 食前酒を担当するのよね…………。何かをやらかす気だろう。


「カイト。くれぐれも言っとくけど、ヴィンダーを甘く見ると大変なことになるからね」


◇◇


「……はぁ、やっぱりこうなるよね」

「姉ちゃん……」


 私は再び机におでこをつけていた。野菜に適した温度だと、野菜以外の痛みが早くなるのだ。加えて、野菜の中でも保存がききやすいものが犠牲になる。


 そして乾燥。私は黄色くなったレタスを見ていった。


「夕食はまたこれの煮込みみたいだな」


 カイトが苦笑した。私は大量のメモに目を落とす。解けない紐を解いている、そんな気分だ。


「そろそろレシピを考えないとまずいんだろ」

「納得行かない…………」

「いや、普通は諦めるだろ」

「納得いかない」

「…………」


 私はレイゾウコを恨めしげに見た。これは確かに凄い物だ。だからこそ納得行かない。なんで、私の可愛い野菜たちがレイゾウコに合わせなくちゃいけないんだ。ヴィンダーも野菜が大切って言ったじゃない。


「そう、野菜が悪いんじゃないんだよ!!」

「ね、姉ちゃん。急にどうした?」

「レイゾウコが野菜に合わせればいいのよ。そこまでじゃなくても、レイゾウコの中に野菜のための場所が必要なの。肉でもチーズでもなく、野菜の場所が!」


 私は厨房にあった大きめの木の箱を持ち出した。


「姉ちゃん、何してるんだよ」


 私は冷蔵庫の下の方の間仕切りを取り外してスペースを開けた。


「あの皇女様も、空気の循環?それが大事だって言ってたんだろ。それに、そんなことして壊れたら……」


 ビクッと手が止まった。メイティール様はこの棚は空気の流れが均一になるよう苦労したという話を聞いている。だけど、均一じゃだめなんだ。


「壊れた時はその時よ。ヴィンダーにいって代わりを持ってきてもらうから」


 私は意を決して持ってきた箱を冷蔵庫に押し込んだ。


「最初と全然言っってることが違うぞ。っていうか目が据わってるし」

「ふん、野菜は大事。そう言ってたんだから、その言葉に責任を持てばいいのよ」


◇◇


「……よし」


 私は箱の中の箱から取り出したレタスの葉をかじった。みずみずしさを保ったレタス。やっと条件が決まった。次は肝心のサラダのレシピだ。だけど、それに関しては半ば答えは出ている。


「カイト!」

「は、はい」

「今から言うものを揃えるように父さんに手紙で連絡して。季節的にギリギリだから急いで」


 私は即位式に合わせて仕入れてもらう食材をリストにして、カイトに渡した。葉っぱが大丈夫なら、この食材も使えるはずだ。


「わ、解った。でも姉ちゃんは?」


 エプロンを外した私を見て弟が言った。


「私はちょっと大学に行ってくる。そうだ、ヴィンダーにも声かけないと。一緒に行ってもらわないと。多分、メイティール様にもご足労願うことになるだろうし」

「レイゾウコを改良して貰わないとね」


 私のかわいい野菜のため、レイゾウコの設計に変更を加えてもらわないといけない。ヴィンダーの責任で。


「災厄卿閣下に、宮廷魔術師閣下に、帝国の皇女殿下だよな……。そんな人たちが決めたことを、姉ちゃんの都合で変えろって言うのか?」


 あれ、弟が引いている。最後の一人には最初は鼻の下を伸ばしてたくせに。


「こ、これくらいは普通だよ。だ、大丈夫、こういうことも込みで、私にこれを押しつけたんだから。それに……」


 私は机に散らばったメモをかき集める。


「これだけの数字があればぐうの音も出させないから」

「……姉ちゃん。やっぱり当分結婚は無理なんじゃ」


 弟が呆れたように言った。だから、縁起でもないこと言わないの。私だってまだまだ、このレタスくらいには……。


 おっと、もっと楽しいことを考えよう。そうだ、これが終わったら、プルラのアイスを食べよう。自分へのご褒美くらいないと。よし、頑張れる気がしてきた。

(嘘予告)自分へのご褒美にアイスクリームを買いに行くシェリー。そこで彼女が見たのは裏切った仲間の姿だった!!



感想欄で誤字脱字のご指摘ありがとうございます。

後日談分に関しては今週中に修正したいと思います。

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