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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
後日談『悪魔の神器』

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2話:後半 プロジェクトリーダー

「魔道具としての役割を考えたら、問題は魔力効率ですね」


 私はメイティールに確認した。メイティールが頷いた。


「箱の中に冷たいボールを溜めるわけだからボールを集て一カ所にとどめる必要がない。回路は単純になるし、螺炎よりも魔力の使用量も少なくなるでしょう。ただし……」


 螺炎やレーザーの開発により、魔力回路の効率化はかなり進んでいる。螺炎の中心である模様、魔導文字の性質も少しずつ解ってきた。


 今思えば、災厄が遠のき始めるやレーザーより螺炎の分析を急いで欲しいとあいつが言ってたのはこういうことなのだろう。……まったく、どこまで先を見ていたのよ。


「一年中、休まず稼働しないといけないわけですよね」

「そういうこと。多分だけど普通の箱を使ったら、深紅の魔結晶でも数日で尽きるでしょう」


 深紅の魔結晶の値段を計算する。魔虫から採れた深紅の魔結晶がだぶついている現状でも論外だ。それこそ、王様くらいしか使えない。


「それで、この箱の構造なんですね」


 私はもう一度悪魔の持つ箱を見た。箱は二重になっていて、中は中空だ。リカルドが言うには中空にして、さらに空気を抜くことで温度の伝達を減らすのだという。温度の伝達がボールの衝突によって生じるのだから、それを減らせば良いというのはわかる。


「こっちも螺炎の応用ね。中から出ていこうとするボールは通して、中に入ろうとするボールははじく。……両立するような魔力回路は出来なくはないわ。こっちはさらに単純だしね」


 メイティールが言った。


「となると、まずは魔力を魔結晶からくみ出し続ける仕組ですね。レーザーや紫魔力の発生器で正負の魔結晶を貼り合わせる為の触媒は私たちもさんざん調べましたから、なんとかなりそうですが……」

「うん、あのピペットのネジと合せれれば魔結晶から少しずつ魔力をくみ出し続けることは難しくない」


 ヴィナルディアの言葉に私も答える。となるとやはり問題は箱の温度保存能力だ。これが高ければ高いほど、魔力の消費量は減る。密閉性を考えれば当然のように金属だ。


 ネジは小さいからギリギリ魔導金でもいい。だけど、この箱は無理だ。となると、例の金型によって作らなくてはいけない。そうすると精度が問題になる。


 まずい、私が一番大変かも……。


 考え込んでいた私は、メイティールの視線を感じて慌てて居住まいを正した。


「大体分担が決まったわね」


 メイティールの言葉に私とヴィナルディアが頷いた。メイティールの螺炎魔力回路の改良と、ヴィナルディアの魔力触媒、そして金型を扱う職人のことも考えて調整しないといけない。いや、用途を考えれば試用してもらうリルカ達の意見も聞かないといけない。


 やっぱり、私の作業が一番問題が複雑そう。まあ良いか、とにかくメイティールの指示に従って進めれば……。


「じゃあ、このプロジェクトのリーダーはノエルで良いわね。私もヴィナも貴方の指示で動くことにするわ」


 メイティールが、帝国の皇女殿下がおかしなことを言った。


「そ、それはおかしくないですか? この魔道具の原理は螺炎なんですから。メイティール殿下が指揮をお取りになるべきです」


 私が慌てて反論する。


「魔導具としてはこの箱の部分が中心でしょ。それを担当するノエルが全体を見るのが一番良いわ。あと、私はいわば貴方の部下になるわけだからメイティール。出来ればメイね。ほら、貴女は正式なここの教授で、私は客員だし」


 メイティールは解決にもならないことを言った。皇女殿下を部下にするとか無理。この場合、客員の客は国賓って意味なんですけど。


「そうですね。使う人のことも考えるとノエルが一番ですね」


 ヴィナルディアが頷く。同じ王国人なのに帝国に屈して私を売る気なの!?


「私は温度によって魔力反応が変る触媒をスクリーニングする工夫をすれば良いだけですから。どうぞご指導を、宮廷魔術師閣下」


 ヴィナルディアが逃げた。なんてことだろう、あいつの被害者として私たちは同志じゃなかったの。


「大体、王国の新王の即位式の引き出物でしょ。王国の宮廷魔術師であるノエルが中心にならないでどうするの」

「そ、それは……」


 痛いところを突かれた、さっき自分で帝国にとっても重要と言ってた癖にと言いたいが、言い返せない。


「大丈夫、レーザーの時も実質上はノエルが中心だったのだから」

「そうですね。私もそう思います」


 私が口をもごもごさせている内になし崩しに決まってしまった。あいつ絶対に許さない。


◇◇


「えっとね。この精度じゃダメ……じゃないけど、ちょっと問題が出ると思うの。というか、精度が厳密すぎるかな」


 私は目の前に立つ三人の助手に言った。三人とも、私が図面を手にするや目に見えて緊張している。おかげでこちらが緊張するというものだ。三人のうち、二人は私よりもずっと家格が上なのだ。


 災厄への対策を通じて助手に選んだんだし、王都よりもこっちの大学を優先するという私の方針も理解した上で助手として付いてきてくれた。


 だからこそ、責任もある……。弟子という言い方がいやだから、大学教授としての私の助手という役職にしているけど、将来への責任は変わらないのだ。


「し、しかし、氷の溶けるまでの時間を計って。ちゃんとご指示通りの効率を実現しています」


 三人の中央に立つ、アリーナが言った。私よりも年上で、伯爵家の三女なのだ。大賢者様の弟子になりたかったはずなのに、ラボでのいろいろを通じて私の下に付いた。


「実際に使われる素材は魔導金じゃないでしょ。これはその型を作るための試作なのね。金型で打ち出される以上、この精度がそのまま写し取られない。それに、ここのところはドアの蝶番でしょ。開閉を何度も繰り返す必要がある。そのたびに回路が一度切れるからその動きはなるべくゆっくりとじゃないと魔結晶に負担が掛る。何十年も保たせるとしたらメンテナンスは錬金術でというわけにもいかないの」


 私の言葉を書き取る助手達。思わず「確証はないんだよ」と言いたくなる。


「それに、使う人のことを考える必要があるの。これを使うのは料理を作る普通の人間なのだから。いいかしら……」


 私は噛んで含めるように説明した。設計図にボールペンで書き込みながら、手振りで金型の作業を説明する。ドルフとボーガンと一緒に作業した経験から、遊びの重要性を説く。


「鍛冶職人と、料理人の都合ですか……」


 三人の顔がこわばった。魔術師である自分たちが平民であるボーガンやリルカ達に会わせると言うのが引っかかっているのだ。解ってもらないと困るんだけどな。


 ……まあ、私も昔あいつにおんなじこと言ったから仕方ないけど。


「いい、確かに錬金術の役割は大きい。だけど、最終的にできあがる物は彼らの手で作られる。私たちに錬金術で出来ないことは出来ないように、彼らにも鍛冶では出来ないことは出来ないの。だから、それは上流である私たちが知らなければいけないの。それに、実際に使う人の事を考えないと……」


 私は彼らが差し出した、箱の中で氷が溶けるまでの時間を記録した紙を指さした。


「この効率も、紙の上だけの数字になってしまうの」

「解りました。考えの足りないことを言って申し訳ありませんでした」


 三人が揃って頭を下げた。うう、私だって本当なら上の人に頭を下げてる立場のはずなのに……。まあ、なんとか内容の半分くらいは納得してくれたかな。あとは、実際の作業で慣れてもらうしかない。


「もう、そんなにかしこまらないで。ほら、私だって間違うことはあるし。そのときは貴方たちが頼りなのよ。それに、この失敗から得られたデータは次の改良の為の参考にすればいいの。例えば、今回の事で螺炎の出力と箱の大きさの関係について、大分感覚がつかめたでしょ」


 私は一つ一つ説明する。三人は全身を耳のようにして聞く。


 とにかく頑張って欲しいのだ。メイティールやヴィナルディアにまでリーダーにまつり上げられた私には、この三人しか居ない。


「今回の件に関しては皆の力が頼りなの。いい、新王陛下の即位に合わせてお披露目される魔道具よ。あなたたちの貢献は当然報告するわ。私が平穏に……じゃなかった。とにかく、頑張って」


 あなたたちが偉くなって私を楽にしてねという下心を隠してそう言うと、三人が感動したような顔になって、もう一度頭を下げる。


 失敗した設計図を抱えるように持って出て行く。廊下から、熱心な議論の声が聞こえる。


 最後に「セントラルガーデン学派の名誉を……」なんて言葉が聞こえたのは、気にしないことにする。そんな物は存在しないし、よしんばあったとしてもトップは私じゃない。


 だいたい、そんな事を考えている余裕は今はない。さっきの理解だと多分次も何かやらかすだろう。


 だけど、やらかしてからそのミスを指摘してなおさせる。昔はミスなんて絶対駄目と思ってたけど、あいつのやり方を見ているうちにミスした方が早いってポイントが解ってきたのよね。


「いやいや、あいつほとんどミスしないじゃん。確証ないとかいって、ほとんど当てるじゃない」


 私は頭を振った。あんなのを基準にしてやってられる訳がない。今回みたいに振り回されるだけでも十分なのだ。


「さてと、私も今のデータでメイとヴィナに調整を頼まないと。メイには……」


 私は二人と相談する内容を考え始めた。


「そうだ、ダルガンにも連絡を取らないと。ああもう、どれだけ忙しいのよ私」


 まったく、リカルドのせいでとんでもない苦労だ。完成の暁には自分用に一つ確保できるくらいじゃ絶対割に合わない。

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