1話 災厄の予言?
2017/10/21:
後日談開始します。よろしくお願いします。
友人は貴重だ。特に、短期間で立場とか住所とか色々変った私にとって、変らない彼女たちは本当に大事だ。今日、私はいつも以上にそれを実感していた。
この街で、実家からなかば独立した店の主となってから、私たちは月に一度程度こうやって集まっている。メンバーは私、シェリー、ヴィナルディア、ナタリー。今日はいないけどミーアも参加する事がある。会場は持ち回り、今回は我がトリット商会の応接室だ。
ナタリーの持ってきてくれたヨウカンとシェリーの緑茶――この二年でジワジワと愛好者を増やし、今やセントラルガーデンの名物――を囲んで、皆で近況を報告する。
帝国と王国の結び目とも言えるこの街はほっておいても大量の情報が行き来する。そして、とんでもない勢いで発展している。更に言えば、誰かさんの思惑によって情報が情報を生み出している。
付いていくのは大変だ。そして、私たちはなかば変化の中心にいる。揃って忙しい参加者達なのに、この会に欠席者が出ないのは情報交換もさておき、憩いの時間になっているのだと思う。私もそうだから解るのだ。
シェリーの言葉を借りれば「普通の女の子の集まり」というわけだ。ずいぶんと普通じゃない経験をしてきた普通の女の子達。女の子という言葉を使うのはちょっと抵抗がある歳に……いやいや考えない。
気の弱いところのあったシェリーも、最初あった時は剥き出しの敵意を隠しもしなかったヴィナルディアも今は落ち着いた大人の女性といった感じ。まあ、大概のことでは動揺しないだけの経験を積まされてきたわけだけど。
とにかく、穏やかな良い雰囲気だ。
だけど……。私は窓の外を見た。二人の男が店に入ってくるのが見えた。
そろそろ、この穏やかな雰囲気をこわさないといけないようだ。廊下を急ぐ使用人の足音を聞きながら、私は立ち上がった。
◇◇
「それで、わざわざ俺達まで呼び出したのはどんな要件だ?」
腕組みをしてダルガンが言った。隣に座るプルラも皮肉っぽく眼鏡を直すと、視線で早く答えをと要求する。二人を急に呼び出したのは私。ご近所さんとはいえ、私たち以上に忙しい中良く応じてもらったと思う。
「大事な話があるの」
「まさか……。リルカ。抜け駆けはダメだよ」
シェリーが言った。そんなおめでたい話ではない。私はシェリーの冗談を黙殺した。そして、ここに皆を集めた要件を口にする。
「ミーアから予言が出たの。……ヴィンダーが何か大きなことをしようとしてる」
私の言葉に部屋は静まりかえった。
「なんで!! 最近大人しかったじゃない」
さっきまで落ち着いてたシェリーがパニックになった。確かに最近大人しかった、結婚して子供も出来て……。ちょっといらっときた。
「……新たなる災厄がはじまるってこと、なの」
ヴィナルディアが沈痛な声で言った。ちなみにこの場合の災厄とは、予言の災厄という意味ではない。あくまで、普通の女の子である私達に取っての災厄だ。それぞれが責任を持つ商売の基板を揺るがしかねない事態でもある。
「私の耳に入っていないと言うことは、魔力関係ですね」
比較的冷静な口調なのはナタリーだ。彼女はヴィンダー商会とプルラ商会のほぼ中間の立ち位置だ。
「具体的にはなんだ?」
ダルガンが言った。平静を装っているが、さっきまで組んでいた腕がほどけている。
「どうも、箱の中の温度を一年中冬にする魔道具みたい」
「なにそれ……」
「ミーアが言うにはあの炎を出す魔法の杖の応用だって」
「なんで炎を出す杖が温度を下げるの?」
「そんなこと考えても解るわけないでしょ。そういうのはミーアとかノエルとかメイティールに任せれば良いの。私たちが考えるべきことは、それによって私たちの商売に何が起きるか」
私は思わず帝国皇女殿下を呼び捨てにした。ノエルだって貴族様だ。焦っているのは私も同様だったみたい。あっ、いや直々に非公式の場ならって言われてるけど。
「アイスクリームがいつでも食べれるとか?」
「それは嬉しいけど、現実逃避はやめて」
シェリーの言葉をとがめる。そんな甘い話じゃないのは解っているはずだ。
「食料の保存期間が延びる……」
シェリーが言い直した。
「全員関係者だな」
「むしろウチとしては歓迎すべき物だね。アイスクリームを夏でも出せる。……ただの利用者であるならだけど」
シェリーの言葉を借りて冗談めかしていても、プルラのこめかみが引き攣っている。
「どこまで進んでいるんだ」
「ミーアの話じゃ、まだ試作品、プロトタイプの一号だって。それが出来たら、私たちに試して欲しいみたい」
「少しは時間の余裕があると言うことだね」「うん」「わ、悪い話しじゃねえな」
全員が少しだけ表情を緩めた。だけど、それはやはり甘い期待で……。
「そうはいかないの。三ヶ月後のこと知ってるでしょ。ミーアが言うにはヴィンダーはそれに合わせてお披露目を考えているみたい」
私は言った。ただでさえ王国でも十数年、へたしたら数十年に一度のイベント。私たちがその中心に巻き込まれる。
「……三ヶ月後って。クレイグ殿下の即位式だよね」
シェリーがかすれた声で言った。今が六月の初め、九月の初めに王太子が新王に即位する。私たちにとってもいささかご縁のある新しい王様の誕生だ。それ自体は悪い話ではない。
「つまり、その魔道具は新王への献上品ってことね。即位式の」
ヴィナルディアが言った。
「た、ただそれだけを贈って終わりって事じゃないんだよね」
「俺達に試せってことはそういうことだろうな」
全員の顔がさっきよりも更に厳しくなった。新しい魔道具を事前に試すことが出来る余裕のある立場から、ぶっつけ本番の大舞台でそれを使用する先兵に変更だ。
本来ならご遠慮申し上げたい案件だ。でも、こちらにもというかこの街にも事情はある。
「確かに、ボクたちもただ祝っているだけというわけにはいかないからね。王太子殿下とのまあ、なんというかご縁はもちろんだけど。この都市の立場を考えるとね」
プルラの言葉は意味深だ。この都市は王国の中でも特別だ。魔獣に対する基地として様々な特権を与えられている。魔獣の領域にたいする最前線だった時は、それに対する不満は聞こえてこなかった。だが、この一、二年で災厄が影を潜め、帝国との交易が大きくなっていく。
自由な立場で莫大な利益を上げる都市、そしてその中心にある私たちに対する風当たりは王都では無視し得ないものになっている。これは、今王都に出張中のジャンの情報だ。
「免税特権は先王が決めたもの、新王即位で体制が変わるのだから考え直すべきだって、そんな声もあるみたいね」
「勝手なことをいいやがって。俺らがどれだけの苦労を……。だが、対応は必要だな」
新都市、そして私たちとしてはその特権に値するという価値を示す必要がある。ヴィンダーの言う「この都市が潰れると多くの人間が損をする」それを知らしめ圧力を跳ね返す。その為に、新王の即位式は外せないイベントだ。
冷静に考えると、一商人の私達が何を背負ってるんだろう。思わず元凶を呪いたくなる。だけど……。
「……それに、あいつは新王の義弟になるから。色々あるだろう」
「本人が、いや新しい陛下を含めて当事者があまり気にしてなくても、周りがね」
商人でも、軍人でも、貴族でもない、なのにそのどれでもあるリカルド・ヴィンダー。私たち以上に大きな物を背負っていて、前例のない立場は端から見ていても危うい。
災厄が影を潜めたことは、それによって立つヴィンダーの立場にも影響する。当人は権限が減れば喜ぶだろうが、減った権力の分だけ政治的には弱体化する。
大体、あいつ自身の保身感覚がゼロに近い。ゼロと言わないのは、妻子を持って少しは自重しているかも知れないところが見えなくもないからだ。まあ、最近やっと私たちの中に芽生え始めたその評価も、今日吹っ飛んだけど。
自業自得と言いたいけど、それは流石に寝覚めが悪い。それにヴィンダーだけじゃない、巻き込まれるのはミーアと……。
「アルフィーナ様もよね……」
シェリーが言った。ミーアは勿論、アルフィーナも友人だ。ついでにヴィンダーも。私はもう一度全員を見た。心なしか、皆吹っ切ったような表情になっている。
「箱を開けてみないと何が出てくるかは解らねえ。だが、やるしかないな。ま、いつも通り大儲けのチャンスだと思うことにするか」
「ボクたちがセントラルガーデンである以上は、どうせ関わる事になるからね。なら用意は急ぐに越したことはない」
ダルガンとプルラの言葉に私も、シェリー達も頷いた。あの紹賢祭の時の事を思い出す。ホント、なんでこんなことになってるんだか。
だけど、あの時中庭の小さな会に参加した自分の判断を後悔した事はない。だからしかたがないのだ。立場が変っても変らない友人のために、変らず振り回されてあげることにしよう。
「ヴィンダーは私たちがいなくちゃ何も出来ないんだから。しょうがないよね」
私は笑顔で言った。




