5話:後半 リスクとリターンの共有法
俺はリルカに紹賢祭であぶれそうな商会の名前を聞いた。
「本当でしょうね」
「大丈夫ですよ。リカルド君は策士だそうですから」
お姫様がまたミーアから変な言葉を仕入れている。そんなにハードル上げられても困るんだが。
「策士って言い方と、王女殿下の信頼に満ちた目がすごい違和感。……分かった。えっと、あぶれてるのはケンウェル傘下だとトリットつまりうちね、ベルミニ、ロストン。独立系ならダルガン、メルティール、プルラ……」
リルカはスラスラと名前をならべる。リルカの名前はリルカ・トリットだったようだ。肉、乳製品、野菜などを扱う商会、お菓子を得意とする商会。ちゃんと揃ってるじゃないか。服飾関係もあるんだな。内装的に使えるか。
「聞いたことがない名前ばっかりだな」
「どれもギルドの銀会員。ヴィンダーよりは有名なのよ。どんだけ付き合いがないのよ」
「ウチは銅だしな」
そして俺はぼっちだしな。
商業ギルドの会員は階級がある。潰れる前のドレファノ、名誉貴族のギルド長は特別扱い白銀と言われることもあるな。気持ち悪い。普通は金、銀、銅のどれかに属する。日本で言えば金は一部上場。傘下に多数の商会を抱える大商人だ。銀は独立系でも大きな商会か、金傘下でも主要な商会。銅は銀の下。いわゆる中小企業。全て都市に店を構える規模だ。
うちは規模は零細だけど。
行商人は、遍歴商人ギルドとして別で、もちろん銅よりも下だ。ウチも数年前まで、大商人たちの感覚で言えば昨日まで、はこっちだった。
「銅がどうして学院に二人も送り込めるのかしら。考えてみればおかしな事ばっかりね」
「蜂蜜で一発当てただけだよ」
「一発当てたら王女殿下とお友達に成ったり、賢者様の部屋を勝手に使えるようになるわけ?」
「話がずれてるぞ」
ちなみに、王女殿下の中ではお前は多分友達くらいの位置づけになってるぞ。クラウディアには気をつけろよ。
そして、ついに情報は揃った。
「とにかくだ。今の話を総合するとだな――」
俺はリルカから借りた学院の模式図を指差した。全員の視線が集まる。
「テナントとしては、一階のこの六つの部屋が狙い目だ」
「待ってよ、全部小さな部屋じゃない。教室の三分の一くらいしかないわよ。しかも、ほとんど倉庫とかよ。お客さん座らせられないでしょ。二階のほうがまだ」
そうだな、一階はクロークとか控室も多くただでさえまともな場所が少ない。だが、中庭とのやり取りを考えれば選択肢はここ以外ない。
「客は部屋には入れない。この六つは全部中庭に面しているだろ。料理だけを部屋でして、六店全ての客はここに座らせる」
俺は中庭に楕円形を描いた。そう、俺が作ろうとしているのは、元の世界の大規模商業施設にあったフードコートだ。
「共通スペースですって!?」
「フードコートと名付ける。客は、様々な店で注文して中庭にくる。店は注文されたものを運ぶ。例えば友人同士、違うものが食べたくてもそれぞれが好きな店で注文して同じ場所で食べられる。しかも、六店共通だから席の無駄も少ない」
サムライと騎士のパーティーでも食事で争わずに済む。侍いないけど。
リルカが反発する前に、利点を叩き込む。全く新しい物を説明するときは入り口が大事だ。
「まあ、とても賑やかで楽しそうですね」
アルフィーナはそう言ってくれる。そう、これならウチが中庭にポツンにならない。ぼっち脱出だ。だが、最近庶民性に磨きがかかったお姫様の感覚は頼りない。ただでさえ、もとから怪しいところあったんだから。
俺が頼りにするのは、伯爵令嬢やウチと違って普通に貴族なんかを相手にする商家の娘だ。
「クラウディア殿のご意見が聞きたいですね」
「雨が降ったらどうするのだ」
おっと、いきなりきついところがきた。俺はパラソルのようなものを石板にかく。
「渡り廊下からの連絡を考えるのと、最低限の屋根はつける。あんまり激しいならその時は撤退だな。文句言われても客室としてはここを使う」
賢者の部屋ならなんとかなるだろう。中庭を押し付けられて、雨の面倒まで見てられるか。学生会には客の保護のためとゴネるさ。中庭を使う条件の俺は失格になるだろうけど。
「席はどうするのだ」
「教室から余りが出るはずだ。リルカ、そっちのボスは部屋を確保してるんだよな。融通できないか」
「それは、頼めばなんとかなると思う」
「後は元々ここにあった机と椅子が物置に放り込まれてるらしいから、それも使う」
「先輩。あまり綺麗とは言えなかったと思いますけど」
「賢者様が国難を救う計画を練った伝説の机だな」
もし六店分の席となればとても足りないが、フードコート方式なら必要なのはせいぜい半分だ。
「他には」
「…………姫さまはどこに座らせる気だ」
「位置的にはここらへんに、管理事務所みたいなのを作る。アルフィーナ様に挨拶に来た人間が、参加店の窓を一望できるくらいの位置に」
「姫さまを客引きの出汁にするつもりか」
「……すまん。店を勧めたりはしなくていいから」
俺はクラウディアに謝った。アルフィーナにはなるべく自然に祭りを楽しんで欲しかったが、仕方がない。
「私もお役に立てるなら嬉しいですよ。クラウにも苦労をかけますが」
「いえ、姫さまがおっしゃるなら。……ヴィンダー、私からはこれくらいだ」
「助かりました。リルカは?」
期待していた指摘とは違うが、クラウディアはちゃんと考えてくれた。次は不安そうな顔で見取り図を睨んでいる少女だ。
「聞いたことない方法だけど、確かに一番の問題であるスペースを解決してる。形式その物に珍しさもあると思うわ。でも、ダメよ。問題がありすぎる」
リルカは立ち上がると中庭を指差した。
「椅子と机を持ってきても、何もないこのスペースに貴族を座らせる席を作るのはかなりの投資が居るわ。いくら六店分じゃないとはいえ、最低限でもその半分の席数。二十はいるでしょ。上に立てる傘だけでかなりのものだし。地面ってわけにもいかないから敷物も居る」
「場所代は少なくて済むはずだ。テナントの狭さを主張してゴネまくってくれ。内装、テーブルクロスとかナプキンとかはもともと必要だよな。で、フードコートの費用だけど。それを六社、うちも含めて七社で分担する」
「費用的には足りるかも。でも別々の商会である七つが共同のスペースを運営するなんて、まとまるわけ無いでしょ。そもそも、あんたじゃ、その……」
ああなるほど。関ヶ原で石田三成トップで戦った西軍みたいなものね。ヴィンダーじゃ石田三成にも届かない。長束正家、いや糟屋武則くらいか。
リルカがちらっとアルフィーナを見た。豊臣秀頼よりずっと頼りになるだろうな。もちろん、さっき言ったようにその影響力を間接的には使わせてもらわざるをえない。
だけど、監督役が直接運営なんかしたら後からどんな難癖つけられるかわからない。
そして、これは完全にウチの都合だが、俺がこの機会に試そうとしているシステムの評価が下がる。彼女の叔母上様を説得できない。
「まとめる方法については考えがある」
「どんなよ」
「この七社を傘下に持つ、臨時の親商会を共同出資で作るんだ。名づけて模擬店ホールディングスだ。共同スペースの管理はこのホールディングスにやらせる」
「ホールディングス? そんなむちゃくちゃな方法聞いたいことないわ、親商会が子を作るんじゃなくて、子供が集まって親を作るっていうの」
リルカがあっけにとられた顔になる。もちろん力の後ろ盾も、法の担保もない中では普通は無理だ。だが、今回はせいぜい二十日持てばいい期間限定。しかも共通の危機がある。砂上の楼閣でもそれくらいはなんとかなるさ。
必ず裏切り者が出るという想定さえしておけば、だけど。
「出資形式に株式という方法を取る。出資金額に応じて株式を分配する。わかりやすく言えば、一商会当たり金貨10枚出資したら、ホールディングスの資本金は金貨70枚だろ。代わりに株を10ずつ持ち合うわけだ。そして、この資本金で中庭に席を作る。つまり、共同席を作るという巨大なリスクを、七商会で分散するわけだ」
「なるほど……。でも、均等に出資じゃあ、客が多いほうが有利じゃない」
「その店の使った席あたりの使用料を取る、その使用料はホールディングスに集めて、最後に株数に合わせて分配する。フードコートが盛り上がればみんなの利益になる」
リルカは黙りこくった。実はもう一つ仕掛けを考えているが、それはメンバーを見ないとなんとも言えない。
「リスクは分散、利益は明確な形で分配…………。利益とリスクでバラバラのはずの商会を縛って一つにまとめる仕組みね。なんでよ、こんな訳の解らない方法なのに、理にかなってるみたいに聞こえるじゃない」
そりゃそうだ、元の世界で組織運営の為に磨き上げられた方式だ。
「私は何をすればいいの」
「参加候補者。つまり今回のルールで窮地に陥って、この法螺話にすがるしかない商会の勧誘」
俺は言った。リルカは両手をギュッと握りしめた。いつの間にか同級生は商人の顔になっている。
「…………私に選択肢はないわ。いいわ、この話のる。ただし、私にできることは潜在的メンバーをあんたのところに連れてくることまでよ」
「ああ、それで十分だ。俺が声を掛けても一社も集まらないからな」
「それ自慢げに言うことじゃない」
リルカは苦笑いだ。そこは許してほしい、だからこそシステムに頼ろうって発想をするんだよ。
「…………椅子と机の融通のことなるべく早く話を通す。あんたが模擬店ホールディングスの説明をするときまでに間に合うようにね」
「ありがたいよ」
ケンウェルがこの話に協力的だというだけで、潜在的メンバーに安心を与えることが出来る。俺はリルカに頭を下げた。
「ただ、それでも簡単じゃないからね。独立系の連中はプライド高いんだから、困ってるから餌に飛びつくなんて考えないことよ」
「分かってるよ」
俺はミーアを見た。頼りになる秘書は頷いた。参加予定者の情報収集は彼女に頼もう。
「とても興味深い話でした。商家の方たちはいつもこういうお話をしているのですね」
アルフィーナが感心したように言った。
「違います王女殿下。こいつは絶対に普通なんかじゃない」
リルカは吹っ切れたような表情で言った。いや、元の世界じゃ普通のやり方だったんだよ。
「ヴィンダー…………」
「おう。今日は助かったよ」
会議が終わり皆が引き上げようとしている時、リルカが俺のところに来た。
「あんたに言いたいことがあるの、その……。あのままだったら参加すらできなかったと思う。それで、」
「うまくいく保証はないぞ」
「上手くいかなくてもよ。ありがとう。感謝するわ」
リルカは俺に頭を下げた。
「いや、ウチだって中庭で一人屋台なんてシャレにならないからな」
他にもこれを実験台として大公に株式方式の利点を説得するって裏目的もあるし。帝国の情報も欲しい。俺はちゃんと自分の利益は確保してるからな。
「一つだけ聞いていいい」
「ああ」
「ホールディングス? まさかついさっき思いついた方法じゃないわよね。どうやって知ったの?」
「商売上の秘密だな。まあ少なくともこの五年以上は考えてたけど」
俺は必殺技企業秘密を使った。リルカは探るような目を向けるが、フッとわらった。
「先輩は賢者様よりとんでもない、か。なるほどね」
「何の話だ?」
「こっちの話よ。くどいようだけど、他のメンバー口説くときは気合入れるのよ。今日のメンバーとは違うんだからね」
「そうですよ先輩。ここにいる人間みたいにチョロくはないんですから」
「私はチョロくない! じゃなくて、いいミーア。ヴィンダーじゃ頼りにならないから、ミーアにはちゃんと参加者のこと頭に入れてもらうからね」
二人はそう言って情報交換を始めた。チョロい? いや、ここに集まったのもたいがい厄介な連中だと思うけど。




