31話 勝利の先に
「かなりキーンときたわね」
頭を振り、片耳を押さえながらメイティールが坂を上がってくる。手には煙を上げる紫レーザーの魔導杖がある。回路に使った魔力触媒が持たなかったみたいだ。一体どんな使い方をしたんだ。
「事前に説明したじゃないか、伏せなかったのか?」
「仕方ないでしょ。工房が危なかったんだから」
メイティールが手に持った筒で下を指す。その先を見ると、工房の近くに巨大な魔虫の死骸がある。残り一匹の王はメイティール達が仕留めたという。地上に降りて工房を襲おうとした魔虫を、左右から目を狙うことで仕留めたという。昆虫の目の奥には大脳から飛び出た形で視葉という神経の大集合がある。
工房にはヴィナルディア達だけでなく倉庫にいたダルガン達も立てこもっていたらしい。メイティールの視線の先を見ると、見知った顔が揃って工房の前で後片付けをしている。
「無茶しやがって。……でも、本当に感謝する。ありがとうメイティール」
思わずメイティールの空いてる手を握った。俺が戦場に連れてきた皆を守ってくれたのだ。どれだけ感謝してもしきれない。
「ま、まあ、あそこがやられたら、今回の勝利が無駄になるしね。私も彼女たちの能力は貴重だと思っているし」
メイティールはただの棒と化した魔導杖をブンブン振りながら言った。血の山脈にはまだ深紅の魔力は残っている。カートリッジの補給が数日でも滞れば、小規模な群れが来ただけでひっくり返されるかもしれない。
「それはそうと想像以上だったわね」
俺が手を離すと、メイティールが天文台から突き出した筒を見た。
「魔力の衝撃波? いつも通り聞いたこともない知識だったわね」
「まあな。説明したとおり原理的には単純なんだよ」
最終兵器はいつも通り、前世知識の応用だ。
衝撃波というのは”音を発生させる物体”の移動速度が”音その物”の移動速度を上回ることで生じる。代表例は音速を超えた飛行機だ。空気の波が飛行機から逃れられずに蓄積することで大きな破壊力を持つ。
光という波で同様のことが起こるのが原子炉などで見られる青白い光、チェレンコフ光だ。光は何よりも速いから、本来は光の衝撃波は形成されない。だが、光の速度は通過する媒質により変わる。水中やガラスの中では真空中の6割程度、ダイヤモンドの中では半分以下まで速度が落ちる。
実際、水中では光を生み出す荷電粒子、電子、の速度が水中の光の速度を超えることが起こる。このとき出る光の衝撃波がチェレンコフ光だ。ちなみに、天体ニュートリノ検出した日本のカミオカンデは、ニュートリノが水分子に激突してはじき出した電子が水中で光より速く移動して生じたチェレンコフ光を検出している。
そして、媒質中の光の速度を決めるのは屈折率だ。屈折率が高ければ高いほど、光の速度は遅くなる。
同様に、魔力を発する魔素が魔力よりも速く移動すれば、魔力の衝撃波が作り出せるはずだ。今回の場合、魔素は水晶から負の魔結晶に向かって高速で吸い込まれる。その間に置かれた”黄色の魔力触媒”の中を移動しながらだ。
黄色の魔力触媒は竜水晶以上の魔力屈折率を誇る。つまり、水晶から出た魔素が生み出す魔力の速度が遅くなる。
結果、魔素の移動速度が魔力の速度を逆転する。魔力の衝撃波が形成されるわけだ。実は負の魔結晶は表面を小さなでこぼこにしていて、魔素が触媒中で魔力を放出するようにしてある。その魔力衝撃波を筒を通してぶっ放したというわけだ。
それが秘密兵器、魔力衝撃波砲だ。魔力レーザー同様、魔力そのものを攻撃に用いたことになる。
魔力の衝撃波が魔力を纏った魔虫にぶつかる。魔力で強化された外骨格自体は耐えれても、つなぎ目である関節や中身は瞬発的な衝撃に揺さぶられる。むしろ、外骨格の頑丈さが災いして力を逃せなかっただろう。いわば魔力で出来たハタキでぶっ叩かれたわけだ。
ノエルの魔導金設計能力。メイティールの魔導知識。そして、魔力の屈折率から砲身の基本設計をしたミーアの数学力がなければ絶対に作れなかった。
勿論、必要な高純度の魔力触媒を用意してくれたヴィナルディア達のおかげでもある。
◇◇
俺とメイティールが天文台につくと入り口に中の皆が出てくる。下からはセントラルガーデンのメンバー達も上がってきた。クラウディアもこちらに戻ってくる。皆怪我はないようだ。
さてと後は、最後の問題だけど……。
「リカルドくん」
天文台からアルフィーナが出てきた。紫魔力に晒されながら魔虫の大群を引きつけ、最後の決め手を放ってくれた。まさしく勝利の女神だ。だが、その表情にはわずかな後ろめたさがある。
そして、彼女の手にはひび割れた水晶が抱えられていた。
「……王個体に勝てなきゃ全て終わってたんだし。仕方ないよな」
俺は言った。古龍眼対古龍眼見事な相打ちだった。
水晶を使ったのは私情ではない。圧倒的な魔素の量と、負の魔結晶まで長距離を押し出す圧力の強さだ。赤や深紅の魔結晶では長くて数ミリ。塗られた魔力触媒を介して薄いガラスを割ることは出来ても、遠方の敵を攻撃する衝撃波形成にはとても足りなかった。
「仕方がないと言いながら、そのほっとした顔は何じゃ」
「わ、私はリカルドの命令に従っただけだから。水晶はしっかり固定する必要があって、衝撃を逃がせないのは仕方ないから」
フルシーとノエルが言った。一応破壊するような使い方も含めて許可されているのだ。独断専行じゃないぞ。私情が入ってないとは言わないけどな。
「なんか帝国も王国も、それに災厄まで。全部リカルドに利用された感じね」
メイティールが皮肉っぽく言った。俺が衝撃波のことを話した時はノリノリで協力したくせに。
「ま、王国のだしいいけど。…………でも、今後の事はどうするの。災厄は終わってないわよ」
メイティールが当然の質問をする。予言の水晶を犠牲にした判断が正しかったのかどうかはこれから問われる。今後、何十年も氷河期ならぬ魔力期が続く以上、これまでとは違う魔力災害が生じる危険がある。今回討ち滅ぼした魔虫だって、遅くとも来年にはまたわいてくる。魔虫以上の魔力生物が復活する可能性もある。
そして、それを事前に予言する水晶は失われた。
「予言抜きで対処できる方法を考えるつもりだ」
俺は言った。
「水晶がなくなっても私は災厄と向かい合います。リカルドくんと一緒に」
アルフィーナが隣に来てそう言ってくれる。水晶から解放しても災厄対策からは解放できない。俺は駄目な婚約者だが、だからこそアルフィーナが助けてくれれば百人力だな。ただ……。
「二人だけで出来るんですか?」
ミーアが冷静な声で言った。俺とアルフィーナは揃ってびくっと震えた。
「い、いや、それはその…………」
これから災厄に対してやることはこれまでと同じだ。情報を集め、仮説を立て、検証して対策を練る。ここ、セントラルガーデン市を拠点にするつもりだ。ただ、その為にはどう考えても……。
「今後も皆の協力がないと立ちゆかない……と思います」
沈黙が場を覆った。目の前に居る仲間達は俺に付き合って、たった今まで命の危険に曝し続けた。とくに民間人であるセントラルガーデンのメンバー達だ。とんでもなく勝手なお願いだとおもう。でも、俺達だけではとても無理なんだ。
「コホン。魔力期の研究は大賢者としての責務じゃな。……王都から離れる口実になるしのう」
「これからもこき使われることは解ってた。私も王都はちょっと居づらいし……」
フルシーとノエルが言った。何故か後半に比重があるように聞こえる。
「なんやかんや言って、要ははここを大きくする話しだろ。任せとけ」
「仕方ない、せっかくのカカウルスが手に入らなくなるのは困りものだからね」
「小麦の先物市場がどうなるか、一番近くで見せてもらわないと。そうじゃなきゃ、僕の代にケンウェルが潰れかねない」
ダルガン、プルラ、ジャンが続いた。金の話しか出来ないのだろうか。全く、商魂たくましすぎるだろ……。
「ミーアとアルフィーナ様だけにヴィンダーに振り回される苦労を負わせないわ」
「……こうなることは私は解ってた。これで解放されるなんて楽観、最初からしてない。うん」
「私のところはもう魔力触媒が本業みたいな物なのよね」
「新しい街に来る人にアンコを知ってもらえば、王国にも帝国にも……。夢が広がります」
リルカ、シェリー、ヴィナルディア、ナタリーも賛成してくれる。女の子はもっと自分を大切にしないと。
「まあ、王国の人間だけに任せてはおけないわね。災厄も、そしてリカルドも」
「大河の向こうに行くときに、私を置いていかない。約束でしたよね先輩」
メイティールとミーアが何故かアルフィーナの方を見ながら言った。
皆協力してくれるらしい。この先何が起こるか、そのリスクは計り知れないのに。
まったく、揃って保身感覚が薄いんじゃないか?
「次の災厄がなんであれ敵じゃないな」
俺は遙か遠くにそびえる血の山脈を見て言った。あれを征服しろと言われてもやれそうな気がする。
…………まあそのぶん、俺の保身はお預けだけど。




