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30話:後編 切り札

 更に三日経過した。魔虫の大まかな襲撃時間が算出されたことで、戦線はなんとか維持されている。戦い方も洗練されてきた。一匹の魔虫に使われる平均魔力もかなり減っている。勿論、それはリスクを負ってしっかり狙いをつけれるまで引き寄せていると言うことでもある。


 夜の明ける前からレーダーにかじりついていたフルシーが俺を見た。


「血の山脈の反応がごっそり動いた。これまでで一番大きな深紅の動きじゃ。それと、あちらもどうやら山を離れそうじゃ」

「今日が峠ですか」


 俺はレーダーを睨んだ。無数の魔力の点がこちらに向かってくる。


◇◇


 丘に銅鑼の音が響き渡った。朝日が照らす血の山脈に五つの巨大な蚊柱が立ち上がるのが見えた。


「推定される数は一万二千匹以上です」


 ミーアが報告してくれる。ダブルスコアで最高値更新か。群れは山脈の上で綺麗な円形を作る。数だけではない、これまでとは明らかに統制が違う。


 戦いが始まる。味方にんげんは連日の疲労にもかかわらず、大群相手に奮戦している。昨日は二回の襲撃だったが、数が少なかった。それに加えて、これを打ち破れば勝利という気持ちが支えているのだろう。


 だが敵もいつも以上に手強い。数の多さは勿論だが、群れとしての行動がしっかりしているのだ。これまでなら、レーザーで仲間が撃ち落とされると周囲の個体に乱れが見られたのに、今日は前進を保ち続ける。


 一匹が撃ち落とされる間に残りの個体が前に出る。ついに、北にある帝国の陣地で落雷が生じた。近づいた魔虫が雷撃を放ったのだ。幸い、陣地に設置した避雷針にそれた。


 人間側もすぐに適応する。これまでの戦いで魔虫を狙うべき距離やタイミングに関して経験が積まれている。初日に見られたように、一匹の魔虫に何本ものレーザーが集中するようなことはほとんどない。


 アルフィーナも巧みに紫魔力の発生をコントロールする。大群は三カ所のうち一つに狙いを定めれない。


 それでも、こちらに飛んでくる魔虫の数はこれまでより格段に多い。メイティールとテンベルクの率いる防衛部隊が必死で迎撃している。


 戦線が膠着した。悪い状況ではない。数がいかに多くとも、一方的に撃ち落とされているのが虫たちなのは変わっていない。数の暴力を武器と練度で止めた時点で”戦闘は”こちらに有利なのだ。


 問題は、魔力が持つかと言うこと。そして、もう一つ。


「上空の魔力が降下してくるぞ」


 フルシーが叫んだ。この均衡を崩す切り札が敵軍にいる事だ。敵の空の軍団が凝集する。その中央に紫の魔力の輝きがはっきり見えた。


 無数に存在する深紅を纏った魔虫の中に、紫の魔力を纏う五匹の魔虫が居る。遠目にも普通の個体より大きい。上位個体だ。これまで相手にしてきた魔虫が兵隊だとしたら、こいつらはいわば王とでも言うべき存在だ。


 五匹の王は自分たちだけで編隊を組む。紫光を曳いて飛行する王に深紅の兵が続く。まるで磁石のように、ある範囲の個体を引きつけている。


 当然、クレイグ達も手をこまねいているわけではない。左右から先頭の五体にレーザーが集中した。


 だが……。


 ルビー色の光線は濃い紫の魔力に跳ね返される。弾幕を通過した紫の王の後に深紅の兵隊が続く。十字砲火を越えた王と直属部隊は、鏃のような隊形を形成しながら真っ直ぐ前にすすむ。


 突破された両軍もすぐにターゲットを切り替えた。レーザーがこちらに来る三角形の軍勢の後部を削る。だが、かき回された両軍はまだ態勢を立て直せない。それどころか、自分たちの近くにいる魔虫の対処で精一杯なのだ。


 王が抜けたせいか先ほどほど統制が見られないが、両軍の周囲に残った赤い兵の方がずっと数は多いのだ。次々と体節を光らせて攻撃準備をする上空の魔虫に対して、必死で対応するしかない状況になっている。


 これまでとは桁違いの数が俺達に迫ってくる。


「予定通り、紫は私たちが相手するわよ」


 メイティールの号令が下った。彼女は腰に付けていたもう一本の魔力レーザーを引き抜いた。メイティール直属の部下達がそれに続く。


 紫の王個体に向けて同色のレーザーが放たれた。王個体に激突すると火花を散らした。王の纏う紫の魔力が弱まる。


 勢いを止められた虫の王は、たまりかねたように旋回と上昇を行い、レーザーを振り切る。上空で、五匹が散開、角度を広げて再度向かってくる。しかも、一旦弱まった紫の魔力がみるみる回復していく。


 紫のレーザーは効いている。だが、決定打にはならない事が解る。


「二隊に分かれる。右は私、左はクレーヌが指揮。近づいてきた個体にとにかく集中攻撃して」


 メイティールの指示が聞こえた。


「我らはこれまで通り深紅ざこを叩く」


 テンベルクがこちらに迫ってくる深紅の兵隊にレーザーを浴びせながら命じた。間近に迫った深紅の兵が墜とされていく。よく見ると、北と東の両軍から一部隊がこちらに援護射撃をしている。


 だが、数と密度が多い。本営がこれまで一度に相手をした魔虫はせいぜい数十匹。それも、前衛を切り抜けたばらばらの状態のだ。


「そんなには持たない。ここが落ちたら全軍が危ない。急いで」


 メイティールが叫んだ。俺達が敗れれば、王も含めて魔虫の大部分が北と東に殺到する。あるいは、王国と帝国に広く散らばっていくかも知れない。いずれも人間の敗北となる。


 俺は天文台に向かって駆けた。入り口を守っていたクラウディアがレーザー魔導杖を抜いた。彼女も前に出るのだ。今は一人でも前線に騎士が必要な状況だ。


 そんな彼女たちを盾に、俺にはやることがある。


「こっちも切り札を出す。準備を頼むノエル」

「解った」


 天文台に飛び込んだ俺は叫んだ。ノエルが本営の奥にあった布を取り外す。根元が菱形に膨らんだ長い筒が現れる。車輪の付いたそれを俺とノエルが前に押し出す。アルフィーナが場所を譲った台が砲塔となる。


 天文台のドーム中央を被った雨よけの布を引き落とす。ノエルが砲身の表面に引かれた二つの回路を筆で描いた線で繋ぐ。砲身の模様が光を発した。秘密兵器の起動の開始だ。


 紫の魔力を使う上位個体の存在は予想していた。


 ヒントは幾つもあったのだ。伝承に描かれた竜の群れの中に色違いの個体が描かれていた。俺達のよく知る魔獣、魔狼の群れにもボスである上位個体が存在する。


 クレイグに頼んだのは魔獣氾濫の時に討ち取った魔狼の上位個体と下位個体のコアだ。使い果たされていた魔力を充填してイーリスで波長を分析すると、上位個体はわずかにだが深紅の魔力を発することが解った。


 普通の個体ですら深紅の魔結晶をコアとする魔虫だ。上位個体がいるとしたら紫の魔力を使う可能性がある。そして予言の水晶の存在だ。何故帝国で古龍眼と言われるのか。


 深紅の魔結晶と同じく昔の魔力生物のコアだと考えるのが妥当だ。以前にフルシーが言ったとおり、アレは人間が作れるものではない。


 これらの情報を総合すると、魔虫の群れに古龍眼をコアとする上位個体が存在するという最悪の仮説が成り立ったのだ。


 その仮説を元に、ファビウスによる血の山脈の測定結果を検討、そして追加の観察を依頼した。予想通り紫の魔力の点の幾つかに他と違う挙動が見られた。つまり、紫魔力の噴出口と思われた点の一部は、仮説が示す魔虫の上位個体であることが予測されたのだ。


「防ぎ切れんぞ、用意はまだか」


 外からテンベルクの怒鳴り声が聞こえる。彼と彼の部下達は本営の中心である天文台周囲まで追い詰められている。窓の外では、メイティールとクラウディアが並んでレーザーを放っているのが見える。そして、上空にはこれまでとは比較にならない数の魔虫が飛び回っている。


「まずいわ。紫が一匹工房の方にいった」


 メイティールの悲鳴のような声が響く。


 四匹の王が本営上空に揃うのが見える。正方形の配置を取り、尾の方から光が満ち始める。まるで破滅までのカウントアップのようだ。雷のターゲットは間違いなく俺達の居る建物だろう。


「筒の調整終わったわ」


 ノエルが叫ぶ。俺はアルフィーナを見た。アルフィーナは聖堂から持ってきた予言の水晶を手にしている。俺が頷くと、アルフィーナは筒に向かう。


 秘密兵器の後ろに球形のくぼみがある。アルフィーナは予言の水晶をそこ設置した。ノエルが黄色の蛍光を発する瓶を水晶の前に置き、俺が弧を描くように加工された黒い魔結晶を瓶の先に被せる。


「計算終わりました先輩」


 レーダーにかじりついているフルシーの横でミーアが言った。俺はミーアの指示に従い角度を合せる。


 アルフィーナが水晶に近づく。俺は魔力反射材でコートされた魔導金の被いでアルフィーナを守る。原理上魔力は前方に集中するはずだけど、水晶の力を用いる以上は油断できない。


 これで、用意完了だ。上空にはバリバリという雷鳴がなっている。四匹の王の周囲に紫電が絡まり合っている。


「侯爵、警報を!」


 俺は外のテンベルクに叫んだ。本営の銅鑼が鳴らされ、空中に走っていた光線が一斉に消えた。事前の指示通り、丘にいる騎士達を始め少しでも資質を持つ物は全員地面に伏せているはずだ。


 ぎりぎりまでレーダーを見ていたフルシーも部屋の端まで離れる。


 アルフィーナが水晶に触れる。ドクン、水晶が一度明滅すると紫光が生じる。だが、その光は突然ふっと消えた。代わりに黄色い液体の中に光の波が一つ生じ、前に進む。


 次の瞬間、ガラスの砕ける音がした。ほぼ同時に砲身が光り、先端から光球が空に向かって飛び出した。


「アルフィーナ」


 俺は反動で倒れ込むアルフィーナを抱き留める。


 仰向けになって空を見る俺の視線の先で、光球が同心円状に広がりながら進む。中心が紫、その外側が深紅、そして赤。禍々しい魔力の円虹。紡錘形の中心が上空の四匹の王と衝突した。そして、虹はあっさりと砕け散った。


 何もなかった様に空に浮ぶ四匹の虫。だが、その身体はピンで止められた標本のように硬直している。


 ………… 


 次の瞬間、彼らは壊れた。角、頭部、足、翅、腹部。まるで無邪気な子供の玩具にされた様に、体のパーツがばらばらになって落下していく。


「よかった、上手くいったのですね」


 腕の中のアルフィーナがホッとした顔で口を開いた。


「アルフィーナは大丈夫か」

「はい、リカルドくんが守ってくれましたから」


 アルフィーナはおへその下に回した俺の手に自分の手を重ねた。


 フルシー達が頭を振りながら立ち上がる。俺達は名残惜しい気持ちをこらえて手を離す。


 天文台の外に出て、戦況を確認する。


 外側の深紅の魔力の波に翻弄された残りの魔虫も混乱している。そこに、地上からレーザーが浴びせかけられる。


 一方的に落とされる魔虫達。立ち上がったテンベルク達も丘の上から攻撃を再開している。三方からの攻撃が魔虫達を落としていく。


 平原を見ると、クレイグとダゴバードの陣に群がっていた魔虫の群れも統制を失っている。巨大だった群れが見る影もなく細っていく。


 厳しい戦いだったが、俺達はなんとか害虫駆除に成功したようだ。

2017/10/01:

次の投稿は明後日2017/10/03(火)の予定です。

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― 新着の感想 ―
かき回された両軍はまだ体勢を立て直せない 態勢
[一言] あれ?5匹いたうちの工房に向かった紫の奴は?
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