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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
十一章『凍りついた記録』

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30話:中編 戦闘開始

 点のようだった魔虫が小バエくらいになった。数は少なく見積もっても千。思ったよりも少ないが、一匹一匹が竜に匹敵するのだ。しかも、こちらと違って全て戦闘員だ。


 群れは俺達の想定通りの進路を飛んでくる。来てくれなければ困るのだが、来て欲しくない。理性と感情がせめぎ合う。気がついたら拳を握りしめていた。


 北と東の陣地で両軍が隊列を整えたのが解る。群れとこの丘、そして両陣営が菱形を作る配置になる。周囲に再び緊張が走る。もうすぐXポイントに到達するのだ。


「始まるわね」


 隣に来たメイティールが魔力レーザーを握りしめて言った。彼女とその部下達は他の騎士達と違いもう一本を腰に通している。


「ああ。始まる」

「しっかりしなさいリカルド。貴方は総司令官みたいな物なのだから」

「いや、流石に違うだろ」


 俺は丸腰の自分をアピールする。それで何故か落ち着いた自分に気がつく。ほら、この状況で他人のメンタルに気が向く目の前の皇女様と違って、俺なんか凡人だ。


「始まるな」


 俺はもう一度繰り返した。草原の両陣営に無数の深紅の光点が灯った。そして……。


 魔虫の群れに向かって視界の右と左から一斉に光の矢が発射される。恐るべき巨大生物の群れが、十字砲火を喰らう。まるで一匹の竜のようにのたうった。


 空にルビー色の光が走る。俺はそれを固唾をのんで見守る。次の瞬間、群れから次々と黒い塊が墜ちていく。千匹を超える巨大昆虫の集団が目に見えて減っていく。やがて一つ目のカートリッジが尽き、レーザーが止んだ。


 光に翻弄されていた魔虫達、その規模は半減している、がこちらに前進を始める。だが、ほとんど間を置かずに第二射が始まった。光の線が空を駆けると遅れて魔虫が落下する。同じ光景が繰り返された。


 そして第三射。百匹程度にまで打ち減らされた魔虫が光の筋に追い立てられる。数本のレーザーが一匹に集中する。フラフラと力なく飛行する個体や、運悪く目に受けたのか頭部から煙を出してぐるぐると旋回する個体もいる。


 それらの残兵に容赦なくレーザーが降り注いでいく。戦闘開始から一時間もたたないうちに、空には何もいなくなった。両軍の陣営から勝ちどきが上がる。


 建物に隠れていた非戦闘員もいつの間にか柵の前まで近づき、圧倒的な味方の勝利を見ていた。魔虫の群れが滅ぶと、歓声が上がり肩をたたき合って喜んでいる。虫たちは丘に近づくどころか前衛の両軍に触れることすら出来なかった。


「見事に予想通りの展開だったわね。恐いくらいにはまったわ」


 メイティールが握りしめていた筒を下ろして言った。


「ああ、だけど油断は出来ない」

「解っている。第一陣を叩いただけですものね。それに……」


 俺達は工房を見た。勝利に沸く人々の中で、黙々と作業をするヴィナルディア達。ダルガンとプルラが魔結晶を工房内に運び込む手伝いをしている。


「今回の魔虫の個体数は推定1100匹です。館長の観測では、血の山脈の魔力反応は殆ど変化してません」


 天文台から出てきたミーアが俺に計算結果を見せる。


◇◇


 ブォォォォォーーン!!


 不快な振動音が丘の上に近づいてくる。


「第三波襲来」

「防げ、ただし無駄玉は控えよ」


 丘の上空に近づいてきた魔虫にレーザーが放たれる。三つの角が生えた虫、その腹の中心に光が生じる。バランスを崩し魔虫がふらふらと落下する。ある個体は体の中心部で大きな光を発したと思うと、きりもみ状に一直線に墜落した。恐らく、翅を司る胸部の神経節に直撃したのだろう。


「撃退しました」

「油断するな。各自、警戒に努めよ」

「カートリッジの残量を確認して」


 テンベルクとメイティールの指示が響く。倉庫の方に回ると、ダルガンとプルラが荷台に寄りかかるようにして座り込んでいる。断続的な魔虫の襲撃はもう三日目だ。幸い犠牲者は殆ど出ていない。試されているのはここの補給能力だ。


 俺は日時計を確認して本営に戻った。


 メイティールとテンベルクが天文台の前で次のローテーションを話し合っている。両人の顔には強い疲労がある。一日に二回から三回、二千から五千匹が襲ってくる。


 襲ってくる魔虫の数が増え、補給路が脅かされている。虫が行動しづらい夜間を使って補給物資を届ける作業員の疲労は蓄積するばかりだ。何よりも深刻なのは魔結晶の残量だ。


 各地の充魔炉との連絡や、帝国からの赤い魔結晶の補給も滞っている。使用量が多すぎるのだ。


 カートリッジを製作するここの工房は昼夜を問わず稼働している。だが、昨日ついに暴発するカートリッジが出た。カートリッジの制作時とテストの両方をくぐり抜けた不良品が出たということだ。作業が限界を迎えている何よりの証拠だ。


 そして、彼らに勝るとも劣らない負担を抱えているのが……。


「大丈夫かアルフィーナ。これを飲んで少しやすんでくれ」


 俺はアルフィーナに蜂蜜を溶かした牛乳を渡して言った。魔力云々だけではない、アルフィーナによる紫魔力のコントロールは戦線の要。彼女が少しタイミングを間違えただけで大きな被害が出かねない。


 無論、フルシーとミーアそしてノエルが必死にサポートしているが、実際にコントロールするアルフィーナの代わりは出来ない。


 魔力を浴びて機能しなくなった防護コルセットの再生も進んでいない。予備はもう数枚しかない。


「大丈夫です。慣れてきましたから」


 アルフィーナは俺に向かって力強く頷いた。俺はその言葉を信じるしかなかった。


◇◇


 深夜、ダゴバードとクレイグがそれぞれの陣地からこの後方基地に来た。今後の作戦方針について会議を開くためだ。勿論メイティールやテンベルクも同席している。


「本国にも被害が出始めました」


 王都からの報告に本営の空気が沈んだ。打ち漏らした魔虫が大河を越えるケースが出ているのだ。勿論、本国の遊撃部隊が襲撃予想地図に基づいて対処している。それが間に合わなくなっているのだ。


「二万匹ちかく屠ったのだぞ。敵は一体何匹いるのだ」


 テンベルクがいらだたしげに言った。ちなみに、両軍の被害は殆どない。圧倒的なキルレシオのまま、人間陣営はどんどん追い詰められている。莫大な戦果と不利に傾いていく戦況、テンベルクでなくても切れたくなるだろう。


「遠からず、いや明日にでも戦線が破綻してもおかしくない」


 ダゴバードが重々しい口調で言った。


「こうも断続的だと、倒した魔虫からの魔結晶の回収もままならないな。さてどうしたものか」


 クレイグも顎に拳を当てて苦笑いだ。そして、三人の視線が俺に向いた。いや、そんないつも策があると思われては困る。まあ、今回は特別にあるんだけどね。


 俺は最高首脳会議の悲壮感漂う空間で、黙々と紙にペンを走らせる少女を見た。


「出来ました先輩」


 俺はミーアから連日の戦いの結果得られた成果を受け取った。二つの波、それぞれに重みを付けた合計値、そして閾値が書かれたグラフだ。


 一つ目の波は、日時計の時刻で魔虫の襲撃時間を集計したものだ。生物には体内時計があって、決まった時刻に行動を促す。人間が真っ暗闇でも朝の時間に目を覚ますのと同じだ。昆虫においては蛹からの羽化も同様なのだ。


 問題は、魔虫の体内時計が太陽だけでなく魔力にも反応しているらしいことだった。一日だけを見たら、ランダムに襲ってきているように見える。そのため、このグラフも一日じゃなくて三日を跨ぐものになっている。


「ミーアが説明してくれ」


 俺がグラフを功労者に返す。三人の軍指揮官の視線がミーアに集中した。小柄な少女は連合軍の最高首脳陣の視線を気にするふうもなく、説明を始める。


「日時計による実際の襲撃時刻と、ファビウス閣下達の長期にわたる血の山脈の魔力観察の結果を元に、魔虫の群れの行動パターンを導き出しました。ここに示しているのは、今後三日間の襲撃予想時刻です。ぶれは大きいですけど参考にはなるでしょう。虫たちは作戦を変えたりしないでしょうから」


 ミーアが言うと、全員が食い入るようにグラフを見た。


「これが本当なら…………」「…………」「うーむ。どう用いるか……」


 グラフを凝視する三人の表情に大きな迷いが見える。彼らは恐らく無条件に信じたいだろう。俺達に比較的批判的なテンベルクですら、疑いの言葉を発しないのだ。


 だが、それはあまりに危険だ。何しろ生き物のやることだ。ミーアは当たり前のように言ったが、彼女が言うのは数学上は正しいという意味だ。どのレベルまで戦術に反映させるかは兵の命を預かる指揮官の決断になる。


「予想では明後日の襲撃予定は夕方の一度だけね。明日の襲撃パターンでこれの信頼性を確認した後で採用を決めましょう。ただし、私は現時点でこれが正しいと仮定して計画を立てておくことを提案するわ」


 メイティールが合理的なラインを示す。全員の顔に生気が戻った。


「臨戦体制の部隊と休息体制の部隊の割合を変えるようにしよう」

「そうだな。両軍で交代を決めて監視の……」

「では、輜重部隊を送り出す時刻もそれに合わせて……」


 クレイグとダゴバードがテンベルクと顔をつきあわせて相談を始める。


 軍団レベルの連携を確認している三人から離れて、俺達は別の席に集まった。

「カートリッジを含め補給体制をこの時間に合わせて調整する必要があるわね。これだと作業は主に夜になるわね」


 代わりに昼は寝ていてもらうしかない。だが、魔虫の襲撃中に暢気に寝れる人間がどれだけいるだろうか。


「敵”群”の予備兵力はどうですか」


 俺はフルシーに聞いた。


「かなり減った。半分は切ったじゃろう。幼虫も居るじゃろうから、全て成虫ではないじゃろう」

「もう少しですか……」


 俺は少しだけホッとした。だが、フルシーは厳しい顔を崩さない。


「ただし、これを見るのじゃ」


 節くれ立った指が血の山脈のいくつかのポイントについた印を指した。先日との比較を見ると、これまでになく大きな動きだと解る。

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