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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
十一章『凍りついた記録』

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29話:後編 最後のあがき

「魔導杖の延長線上で対処可能なんじゃない」


 メイティールが言った。彼女の手には魔力レーザーのエネルギーコアが握られている。隣ではノエルが新しい筒の準備をしている。新しい仮説に備えた特別製だ。


「もちろん、そっちが本命だよ。ただ、アレは桁違いだったからな。一通りの対策じゃ不安なんだ。出来るだけのことはしたい」


 俺は書き散らかした紙を前に言った。いつものことだが、出来ることは前世知識から使えそうなアイデアを拾ってくることだけ。だが、レーザー以上のアイデアなんてそうそうあるわけがない。


 俺は今書いていた紙を見た。荷電粒子ビーム砲ならぬ、荷魔粒子まそ砲という言葉が書いてある。あれって確か素粒子加速器だよな。作れるわけないだろ。現代知識ですら心許ないのにSFに逃避してる。頭を冷やそう。


「魔力触媒の方を見てくるよ」

「じゃあ、フルシーを呼んできて。河向こうからの一番新しい報告、解釈が難しくて」


◇◇


「いや、ほれ、ちょっと切っただけじゃ。つば付けとけば治るじゃろ。だいたい、もう血は止まって……」

「とんでもない。早急に治療をしませんと」

「そうです、大賢者様は国の宝なのですから」


 新棟の廊下でフルシーが魔術師二人に引きずられるように歩いて行く。人差し指を立てているところを見ると、指でも切ったらしい。ちなみに二人とも妙齢の女性魔術師だ。


「偉くなるって大変だな」


 俺はそうつぶやきながら目的の部屋に入った。


「で、ですから、手がシャーレの上を通らないように……」

「こちらの抽出液の触媒活性チェックをお願いします」


 シェリーとヴィナルディアが魔術師達に指示を飛ばしている。最初はぎこちなかった出向組ともそれなりに連携が取れている。レオナルドは相当苦労したみたいだけど。


「どうしたのヴィンダー、アルフィーナ様は来てないわよ」


 俺に気がついたヴィナルディアが言った。


「俺がいつもアルフィーナを追っかけてるみたいに言わないでくれ。触媒を見に来たんだよ」


 俺はアレイを使った試験結果をまとめた書類をめくる。飛竜山の氷河湖のサンプルからも幾つもの魔力触媒が発見されている。ただ、生成の難易度や大量生産の評価が軒並み厳しい。冷たい環境由来だから菌の育成速度が遅いのだろうか。あるいは酸素か……。


「そう言えば、魔素絡みの実験はどうなってる?」


 俺は前ここに来たときの事を思い出した。さっきのビーム砲案が頭から消えてないようだ。


「残念ながら手が回っていないわ」

「すまん、そりゃそうだよな。余計な仕事を増やして悪かった」


 レーザーの量産には大量の魔力触媒が必要だ。その上、降ってわいた特別仕様を作るために別の触媒がいる。ナタリーも店を休んで手伝っているらしい。


「まあ、館長……大賢者様はちょこちょこ来てるけど。さっきもアレイを1枚割って……」

「……普通のガラスを研いで作るから高いんだよね。まあご本人は良い物を見つけたっておっしゃってたけど」


 あの指の怪我か。そう言えば前にも同じようなことがあったな。


「良い物、どの触媒を見てたんだ……。ああ、これだな」


 俺はテーブルの上にあった割れたスライドグラスを手に取った。放射状の割れ目が出来ている。その下の感魔紙には確かに変わったパターンが出ていた。アレイが割れたため歪んでいるが、魔力が同心円状にパターンを作っている様に見える。


「大賢者様は竜水晶の代わりになるかもって」

「なるほど。このパターンは魔力の波長の分離が起こっているのか。竜水晶は貴重だもんな」


 流石フルシーだ。もしかして趣味に走ってるんじゃと一瞬でも疑った俺が悪かった。でもまあ、今すぐに必要というわけじゃ無いな。俺は割れたガラスを脇にどけた。


「ヴィナルディアは何を持っているんだ?」

「アルフィーナ様の”布”を染める触媒の試験の準備」

 ヴィナルディアが言った。彼女の手には一枚の布に何色もの点で染めた物がある。なるほど、ガラスじゃなくて、布のアレイか。


「ヴィンダーが安心して仕事できるようにね」


 シェリーが俺をからかう。疲労困憊の顔で言っても嫌みにならないぞ。頭を下げるしか無い。


 アルフィーナが紫魔力発生器のコントロールをしている姿が脳裏をよぎる。水晶と同じあの禍々しい光を少しでも減らしたい。そこまで考えて何かが引っかかった。


「まてよ、あの光の…………」


 もう一度割れたガラスを見た。ヒビは魔力触媒のドットを中心に生じているように見える。これが魔力触媒によって生じたとしたら……。魔素が何かしたのか…………。


「魔素、そして魔力の屈折率…………。あの光のイメージ……。そうか、もしかして…………」


 脳内で幾つもの情報がネットワークを作り、全く新しい意味を持って繋がる。


「確かめる価値は…………ある。シェリー、ヴィナルディア。悪いけどこれのサンプルを持ってきてくれ。あとなるべく長いガラス棒も一本貸してくれないか」

「待ってて」


 シェリーがすぐに立ち上がり、棚に向かう。


「……これのミューカスの培養もしておく?」


 ヴィナルディアが言った。


「空振りになる可能性はあるけど……」

「時間がないんでしょ。大丈夫、もうすぐナタリーも帰ってくるから」


 俺の躊躇をヴィナルディアが笑い飛ばした。俺は二人に礼を言って、用意された物を持って旧棟に向かう。


◇◇


「光路台を貸してくれノエル」


 俺は階段を駆け上がるとノエルに言った。ちなみに、指先が包帯で倍の太さになったフルシーもいてメイティールと報告書を検討している。


「何をするの?」


 ノエルが光路台を引き出しながら聞いてくる。


「二つ実験をしたい。一つ目は魔力の速度だ」

「リカルドはやけに魔力の速さにこだわるわね。魔力と光のスピードが同じと言うのがそんなに重要なの」

「実用的には重要とは言えないんだけど……」


 魔力が光速なら、魔力を媒介する粒子、光子や重力子に該当する、の質量はゼロだったり。色々重要だ。だが実用的には仮に魔力の速度が光速の十分の一でもレーザーに関しては問題ない。秒速30万キロだろうと、3万キロだろうと避けれるわけがないのだ。


 ただ、これから俺がやろうとしている事に関しては重要である可能性がある。


 俺は光路台にガラスの棒を横に設置して、その前に黒い紙を置いた。


 メイティールに頼んでレーザーを通してもらう。魔力から間接的に生じた光は黒い紙でカットされるが、魔力レーザーはそのままガラス棒を貫通する。ガラスの中で魔力が新たに光を生じる。俺は紙の前後、空気中とガラス棒の中の光の色を観察する。


「何もおかしな事は起こってないみたいだけど?」

「ああ、それでいいんだ」


 メイティールが首を傾げた。魔力の速度は光速よりも遅い……少なくとも6割以下だな。よし、可能性が高まった。次の実験だ。


 俺はシェリー達に用意してもらった触媒溶液を見た。油に溶けた黄色の蛍光を放つ液体だ。


「む、これはさっき儂が」

「ええ、館長の考えでは竜水晶のように魔力を分離する効果を持つ。でしたよね」

「そう考えておる、しかし今イーリスの改良か?」


 光路台の上の装置をイーリス仕様にする俺を見てフルシーが言った。確かに、このタイミングでやることじゃない。だが、俺の予想が正しければこの触媒は全く別の現象を引き起こすために使える。


◇◇


「朝だな」


 俺は朝日を見ながらいった。俺達が王都を出発する日が来たということだ。晴天を約束するような、太陽は半分隠れている。


 ラボの窓から長い砲身が突き出ているからだ。騎士団の魔導金の鎧を大量に潰して作ったノエル渾身の作だ。


 部屋の隅で、力尽きたノエルが机にうつぶせになっている。


「こっちも出来たわ」


 メイティールが蛍光色の液体の入った円筒形の瓶を持ってきた。ガラス越しにも目の隈が解る。


「先輩。計算結果です。言っておきますけどかなり大胆な簡略化と、乱暴な近似です。言いたくありませんけど、勘みたいな物ですから」

「ミーアに出来ないなら誰にも無理だよ」


 俺は思わず彼女の頭を撫でた。宰相府から戻ってきて、徹夜で付き合ってくれた。さて、後は……。


「リカルドくん。持ってきました」


 ドアが開き、アルフィーナが入って来た。その手には厳重に包まれた丸い物体が収まっている。最後のパーツが揃った。


 なんとか間に合ったか。

2017/09/24:

来週の投稿は通常通り週3回(水)(金)(日)の予定です。

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リカルドはやけに魔力の早さにこだわるわね 速さ
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