28話:中編 最悪のリスク
2017/09/17:
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「わざわざこんなところで。しかも、俺達だけっていうのはどういうことだ」
俺はラボの二階でメイティールに言った。
クレーヌの挨拶を受けたメイティールは、受け取った紙束を見て顔色を変えた。そして無言のままクレーヌと一緒にラボを出ていった。クレーヌが乗ってきた帝国の馬車に向かったらしい。
そして、ラボに戻ってくるや、俺とアルフィーナだけをこの場所に呼び出したのだ。メイティールの要望で部屋の主であるフルシーまで席を外している。
どう考えてもただ事ではない。帝国で災厄絡みでなにか大きな変化があったとしか考えられない。せっかく戦略が決まったところだ。俺達が対処可能な範囲であって欲しい。ただ、帝国からの情報がどんな物であっても、今更フルシーやノエルに隠す理由はないと思うのだが。
「……まずはデータを見てもらおうかしら。クレーヌ」
「は、はい」
クレーヌが明らかに指示に従うのを躊躇している。彼女はメイティールにかなり忠実だったはずだ。
「方針は言ったはずよ」
「……解りました」
クレーヌは俺達の前に何枚もの紙を広げた。
最初の数枚はおなじみの時間経過に添った魔力の変動データだ。続いて、個別の魔力のデータ。ペンや机と言ったサンプルを示す名前が付いている。
次が、枝分かれする線とその横に人名が書かれた紙が続く。家系図のようなものだろうか。……これってもしかして。
「これから説明するのは古く極めて不完全な情報から得られたもので、決して確証のある……」
「クレーヌ。リカルドにはそんなまどろっこしいことは不要よ」
「……解りました。これは、リカルド殿が求めていた資料です。つまり、帝国の古龍眼の使い手が絶えた原因を調べたものになります」
クレーヌの説明が始まる。古龍眼の使い手の家系図。使用者の使っていた魔道具や同年代に伐採されたと思われる年輪の魔力の記録だ。
大災厄の分析のため、俺達が長期的な魔脈周期を測定した方法を応用したと解った。そうだ、帝国の古龍眼の使い手が絶えたのは百年前くらいだって話だったな。
この時点で俺は強い寒気がしていた。それを俺とアルフィーナだけに告げると言うことは……。
「今回の調査で古龍眼の使い手が絶えた例には大きくわけて二つあることが解りました。一つは、だんだんと資質を失っていくもの。もう一つは……」
俺の心配を肯定する用にクレーヌが厳しい顔で言葉を続けていく。
「と言うのが、これまでの調査の結論です」
クレーヌが説明を終えた。古龍眼の使い手が同時期に幾つも絶えたがことがあり、その場合は通常のように資質を持つ後継者が徐々に減ったのではない。突然、絶えたのだ。使い手そのものは普通の人間と同じか長生きしている傾向にある。恐らくその地位により大事にされた結果だ。
だが、使い手の家系図がそこで途切れる。つまり、子供を殆ど残していないのだ。
「前に聞いたときは大丈夫そうだって……」
俺はうめくように言った。
「あの時点では過去の魔脈情報が殆どありませんでした。あなたの方法を活用して詳細に調べた結果、最後の使い手が複数、強い魔脈に晒されていたことが解ったのです。真紅の魔力に加えて、僅かですが紫の魔力の痕跡もありました」
クレーヌが表情を消した声で言った。俺は恐る恐る横に座った女の子を見た。血の気の引いた蝋のような横顔で、手を振るわせている。
なんでだ、その可能性は考えた。放射線からの連想で、強い魔力が生殖細胞を初めとする幹細胞にダメージを与える可能性だ。アルフィーナに髪の毛のことを聞いたのもそうだし、歴代の巫女の寿命について調べたのもそうだ。
「あっ!」
俺の脳裏に、昼間王宮でダゴバードに見せられた魔虫のレントゲン像が浮ぶ。幹細胞の中でも、生殖細胞は特別だ。例えば昆虫の場合、将来の生殖細胞は胚発生の初期に卵の中である物質を含んだ細胞が選ばれる。哺乳類の場合もかなり初期から決まっていたはずだ。そこに、魔力に反応する物質が関わっていたとしたら。
予言の膨大な情報を処理する為のアルフィーナの脳の負担とは全く別、魔力そのものによる影響。それが考えられる。いや、そんな理屈はどうでも言い。今考えるべき事は……。
俺は必死になって目の前のデータを見る。ありがたいことに、強い魔力に晒されていた期間やおおよその年齢まで調べられている。
これなら、まだ希望はある。今からでも……。
「……それで、どうするのリカルド」
俺の心を読んだように、メイティールが聞いてきた。
「決まってるだろ。アルフィーナはこれからラボに一歩も近づけない」
クレーヌのデータは本人が言ったように粗い、統計的に有意性の判断は難しい。だが、強い魔力に晒された年数が長いほど。また、その年齢が高いほど加速度的に子孫が絶える可能性が増えている。紫の魔力のエネルギーを考えれば楽観は出来ないが、アルフィーナはまだ若いし、水晶を扱うようになって短い。まだ間に合う可能性はある。
「気持ちは分かるわ。だけど、状況は解ってるわよね……」
「状況を判断するのは俺だ。王国の代表としての権限で――」
俺は机に両手を突いて立ち上がった。だが、横から俺の袖が引かれる。
アルフィーナはまっすぐメイティールを見た。さっきまで震えていた少女は毅然とした王族の姿になっている。
「アルフィー――」
「今後も変わらず、私は巫女姫として役割を果たします」
俺が止めるまもなくアルフィーナが宣言した。自分に残された可能性を役割のために捨てると。
「だめだ認められない」
「リカルドくん。私は大丈夫です」
「いや、どこも大丈夫じゃないだろ!」
俺は思わずアルフィーナに怒鳴った。だが、アルフィーナは申し訳なさそうに首を振る。気まずい沈黙が四人の間を被った。
「この情報はしばらく貴方たちに預けるわ。二人で話し合いなさい。結論が出たら教えて。私たちはできる限りの協力を約束する。…………ただし、そんなには待てない」
「しかし、殿下……」
静かに告げるメイティールにクレーヌが反論しようとする。
「クレーヌ。これは私の個人的な調査。いいの、リカルドにへそを曲げられたらそれで終わりだもの」
メイティールが言った。俺は黙って資料をかき集めて、後ろも見ずに部屋を出た。アルフィーナは二人に一礼してから俺の後ろに続いた。
◇◇
大公邸へ戻る馬車の中、俺とアルフィーナは黙って座っていた。少しだけ冷静さが戻ってくると、状況の厳しさが解ってくる。それでも、俺は繰り返し頭の中でアルフィーナを説得する理由を見つけようとする。
「リカルドくん。私はもともと30才まで巫女の役割を務めるはずだったのです。それに、今回の話では命を失うわけではないのですから」
アルフィーナがゆっくりとそう言った。さっき、青い顔で震えていたじゃないか。
「もし私がここで役割を放棄したらそれこそ全てを失います。私自身も、私の大切な友人達も。そして、リカルドくんもです。もしそうなったら私は絶対に自分を許せません」
そして強い決意を示すように言葉を接いだ。
「リカルドくんのおかげで父様と母様のことは認められました。リカルドくんが多くの友人と縁を繋いでくれました。私が学院に入ったとき、こんなに幸せな日々を送れるとは思っていませんでした。だから、十分です」
アルフィーナはついに穏やかな顔で微笑んだ。全然十分じゃない。なんでアルフィーナばかりに災厄を背負わせることになるんだ。俺はそれを防ごうとやってきたはずなのに……。
「ごめんなさいリカルドくん」
「どうしてアルフィーナが謝るんだ。間違ったのは俺なのに……」
アルフィーナは首を振った。
「リカルドくんはこのことからも私を守ろうとしてくれていたのですよね。言うことを聞かなかったのは私です」
アルフィーナは辛そうに言った。一瞬何を言っているのか解らなかった。
「違う。俺の心配は、あの時点では根拠のないものだった。アルフィーナは正しい選択をしてくれたんだ。アルフィーナが俺の言うことを聞いて何もしなかったら、今頃全てが手遅れになっていた」
俺は断言した。
帝国東部での成虫の襲来でクレイグ達が全滅していたら、災厄の正体について決定的な情報が手に入らなかった。血の山脈を監視するレーダーや紫魔力の発生器も未だに完成していなかった可能性が高い。
間違ったのは俺だ。この問題が生じる可能性を考えたまではいい。なぜ人任せにした。デリケートな問題だというのはある。だが、ルィーツアとクレーヌに曖昧な可能性だけ指摘して、大丈夫そうだという報告を受けて安心していた。
ちゃんとリスクと向かい合っていなかったのだ。例えば、紫の魔力に対する防護服のような物も作れたはずだ。問題があろうとなかろうと、それで大分違ったはずだ。
俺がそんな判断をしたのはアルフィーナに対する独占欲と、自分への劣等感で思考を歪ませていたからだ。だから、一番守るべきだったアルフィーナの幸せが守れない。
「お願いだから間違わないで欲しい。俺が間違ってアルフィーナは俺の間違いを正してくれたんだ」
俺はもう一度繰り返した。アルフィーナがしてくれたことが間違いだったなんて事は絶対ない。俺の剣幕に驚いていたアルフィーナが安堵の表情を浮かべる。
「良かった。リカルドくんのパートナーだと認めてもらえるのですね。パートナーとして言います。リカルドくんは今の状況は解っているはずです」
「それ、は……」
俺は口を噤んだ。事態はとんでもない規模で動き始めている。二つの国家をまたいで、多くの人の協力によりここまできたのだ。それでも、時間が足りるかどうか、いや勝てるかどうかも解らないぎりぎりの状況だ。何かが一歩間違っただけで人間社会が滅びる。
その最前線近くに俺とアルフィーナとそして仲間達がいる。
今更アルフィーナを外せば、全てが極めて危険な状態に置かれる可能性が高い。さっきのアルフィーナの言葉は逃れようのない現実だ。
「明日、改めてメイティール殿下にこれまで通りだとお伝えしましょう。…………ただ、その前に私のわがままを一つ聞いていただけませんか」
大公邸の門を通過して、速度を落とす馬車でアルフィーナは言った。
後編は明日、月曜に投稿します。




