5話:前半 作戦会議
「あ、その…………」
偉そうなのがまとめて去った後、リルカが俺に近づいていた。
「あ、ありがとう…………。ミーア」
そして、直線で九十度進行方向を変えた。
「ううん、私じゃなくて」
「アルフィーナ様も、その、私のことなんかを気にかけてくださって」
「つい先程からとはいえ、私は紹賢祭の役員ですから。役割をはたすのは当たり前のことですよ。それに、交渉したのは私ではありませんから」
二人に言われて、リルカはモジモジとしながら俺の前に立つ。
「その、アンタも巻き込んじゃった気も……」
「今回のは俺の自爆だからいい。それよりも、紹賢祭について情報がほしいんだ。何故か俺まで参加することに成っちまったから」
「今回のは? 何故か? …………いろいろ言いたいことあるけど、いいわ。それで何が知りたいの」
何を思ったのか、俺の言葉に元気娘は平常を取り戻した。おかしなことは言っていないが。
「えっと、まずは……」
「まて、姫様をいつまで廊下に立たせておくつもりか」
クラウディアがたまりかねた様に口を出した。
「クラウ」
「こ、これはヴィンダーに対する文句ではなくて、あくまで、姫様の安全を守るものとしてです」
なるほど、大人しいと思ったら何か制限掛ってるんだな。大公あたりの差金か。
どうする? アルフィーナの表情を見る限り「ここから先は平民専用なんだ」とはいかないよな。そもそも彼女自身もあっちのボスと色々ありそうだし。クラウディアからあちらサイドの情報も必要そうだ。
それに、ここじゃ誰に聞かれるかわからない。
「場所を移しましょう。もう少し落ち着いて情報の整理が出来る部屋に」
俺は元来た道を指さした。
俺達は広くなった実験室の前で立ち止まった。入口にはカギがかかっていた。そういえば、フルシーは会議に出たく無いとゴネていたな。ミーアが懐から鍵を取り出すとドアを開けた。
「石板が近い方がいいから、あの机がいいな」
「賢者様のお部屋の鍵を…………。ほんとアンタ何者なのよ」
勝手知ったる俺とミーアに、リルカは呆れたように言った。アルフィーナは石板が見える側の真ん中に座る。自分が座るまで誰も腰を下ろせないことはさすがに分かっているらしい。主の左にクラウディアが立つ。俺はアルフィーナの向いに座る。ミーアが俺の左に座り、リルカは慌ててその左に座ろうとする。
「ああ悪い。話を聞きにくいからあっちに座ってもらえるか?」
だが俺は無慈悲にも平民サイドからリルカをはじいた。リルカは泣きそうな目で俺を見るが、仕方なくクラウディアの隣に向かおうとする。だが、アルフィーナが自分の隣を指さした。リルカはビクッと体を震わせるが、ぎこちない動作でなんとか席についた。
何でこうなった? という顔にとても親近感を感じる。
「出来ればクラウディア殿にも腰掛けて欲しいのですが。ここに集まった人間は紹賢祭に関して、何らかの困難を抱えた者同士。クラウディア殿にもそれは共有してもらえると思っています。貴族の方々の情報は我々だけでは限界がありますしね」
「クラウ。ここならそのように気を張らなくとも大丈夫でしょう」
クラウディアは少し迷うが、結局椅子に座った。やはり、主の押し付けられた役目については不満があるのだろう。
「それで聞きたいことなんだけど。まずはリルカさん」
「まどろっこしいからリルカでいい。私もヴィンダーって言ってるし」
「あ、ああ、……リルカ。えっと」
これってどうなんだ? 互いに呼び捨てだけど、向こうは名字でこっちは名前なんだが。まるで俺が厚かましい感じじゃないか。
いや、そんな場合じゃない。現在俺たちは王都有数の大商人を敵に回しているのだ。その後ろ盾は王子の婚約者と宰相の次男。この逆風の中、俺は参加するつもりがなかった祭に店を出さなければいけない。しかも普通にやっては誰も寄り付かない場所にだ。
「最初の質問はだけど。カレストはなんでここまでやるんだ」
まだ根本的な疑問が解決していない。今回のルール改正の理由は聞いた。だが、それを集めてもまだ弱いのだ。
「まず第一に、あんたは紹賢祭に店を出すことの意味が十分わかってないみたいね。そもそもね――」
リルカは説明する。実家の名誉を背負うのはもちろん、大勢の貴族に一度にアピールできる数少ない場であり、新商品の発表が行われることすらあるのだという。紹賢祭で使われるのは特別にマークされた通貨で、それを使って収益で順位まで発表される。つまり、各商会の後継者候補に優劣が付く。
「なるほど、学園祭ではなくて博覧会みたいなものか」
俺は少しだけ納得した。
「ハクランカイ? とにかく、平民学生にとっては大切なの。試験なんかよりもずっとね」
「分かった。でも、従来のルールでも資金力がある方がいい場所を取るんだろ。更に大金かけて締め出すまでやる必要はあるのか?」
「私だってそれは疑問に思ってるわ。最初はウチの本社とカレストの争いかと思ったんだけど。今年ならではの事情っていえば帝国との交易枠が拡大されるって話くらい」
「ああ、お茶会の時に出たな。確か帝国は魔物との戦いで苦しいんだっけ。でも、いくらなんでも……」
「流石に子供同士の競争で交易枠の決定とはならないでしょ」
リルカも首をひねった。
「あの……帝国というなら一つ」
アルフィーナが口を開いた。
「次の使節には帝国学園の生徒が随行員に加わるそうです。ヒルダ先輩も紹賢祭に招待すると言っていました」
「そんな話私たちには……」
「カレストは知ってるんだろうな」
思わぬ情報が入った。だが、それでもなお学生の話だ。国家同士の交易を左右するとは思えない。
まあいい、次はそのヒルダとやらの関係だ。
「じゃあ次の質問だ、大公女と宰相令息とカレストを結ぶラインはなんなんだ?」
「それは…………」
俺の質問に、リルカはちらっと横を見て口を濁した。
「言ってください。正確な情報がなければ何も判断できませんから。そうリカルド君に教わったんです」
「あんたお姫様に何教えて……。わかりました。つまり、その、カレストとクルトハイトと宰相家、第二王子派が揺れてるって話があって……」
「王子の派閥? クラウディア殿。王家の後継者の決め方って長子相続一択じゃなかったですか」
俺は仏頂面の女性騎士に水を向けた。王位をめぐって派閥争いの余地はないはずだ。もちろん、非常手段を使えば別だろうが。
「太子は第一王子殿下と決まっている。東西の両大公閣下をはじめとして、臣下である貴族は共に第一王子を支える。そして、第二王子、第三王子はそれぞれの『役割』をもって第一王子を補佐するのだ」
「つまり、第一王子はともかく、他の王子で派閥ができるってことか」
クラウディアの建前を剥いでいく。伯爵令嬢は嫌な顔をしながらも、俺の翻訳を止めない。いくら止められてるからって一言ぐらいありそうだが。こいつも実家に振り回されて思うところがあるのかもしれない。
「第二王子は宰相府とつながりが深い。そして、知っての通り第三王子は騎士団だ。この前の姫様のご活躍で、第三王子とベルトルド大公が結びついたと思われている」
「叔母上様も、そんなつもりはないのに第三王子派が擦り寄ってきて困ると言ってました」
第三騎士団長は第三王子だったな。それを利用させてもらったわけだが、それで派閥のバランスに影響があったのか。そこら辺は大公に丸投げしたからな。
「つまり、第二王子派閥が台頭してきた第三王子とアルフィーナ様の派閥を警戒していると」
俺のヒルダプロファイルは案外間違っていなかったわけだ。だけど、思ったよりも不安定な体制だな。皆が建前を守っていればいいが、壊す気になったら簡単に崩れるぞ。肝心の第一王子に本気の味方が居ないんだから。
「背景にあるのが帝国交易の利権と、第二王子派閥の焦りというのは一応分かった」
完全には納得できないが、敵の状況はある程度把握できた。帝国については情報が足りなすぎる。むしろ今回の商売で情報を得ることを考えよう。俺の将来の夢のためには国際交易は必須要素だからな。だが、
「とりあえずは、紹賢祭での商売のことに集中するか」
「私たちにそれ以外のどんな選択肢があるのよ」
「先輩はいつも想定する範囲がおかしいから」
「いいだろ。じゃあ次はテナントの場所だ。今決まっている教室の配置と、今度の入札の対象になりそうな場所についてわかるか?」
「まってよ、うちらのことよりも、中庭に放り出されるあんたと王女殿下のことはどうするのよ」
「わかってる。そのためにも必要なんだ。俺が考えたアイデアが成立しうるか判断するための情報が」
俺が考えているのは、元の世界では普通でもこっちでは突拍子もない商売形態だ。実現させるためには乗り越えなければいけない条件が二つある。一つは人間の行動の物理的制約。もう一つは行動の心理的な制約だ。
「わかった。これを見て」
リルカは校舎の見取り図が描かれた紙をテーブルに広げた。
「今のところ場所がない商会が十数社。この地図で番号が振られているのが、入札が終わった教室。クロークとお客様の控室はこの記号の部屋。残ったスペースは、こことか、ここみたいな小さな部屋ばかり。大体が特殊教室の準備室とか、後は倉庫ね」
なるほど、リルカが指差したのは全部教室の半分程度部屋だ、中には三分の一もない部屋もある。
「この広さじゃ調理場を作ったら終わり。飲食系は特に厳しいってこと。わかってる?」
「ああ、バックヤードとホールを作らなきゃいけない上に、客が貴族だからホールはゆったりとしたテーブルの並びじゃないとダメなんだろ」
「そういうこと。去年はちゃんと教室が使えたけど、それでもギリギリだった。それに内装も問題よ」
元々は貴族子弟のための学院だ。箱としての教室はもちろん、中にある椅子や机も相応のものだ。だが、他の部屋はそうではない。
「料理はそのまま持ち込むだけとかは?」
「そのままは禁止、与えられたスペースで最低限の工程を経て作られたものを提供するのがルール。そうじゃなきゃ私達がやる意味が無いでしょ」
「そういえば料理とか出来るんだな」
「いえ、料理人は連れてくるわよ。そこまでやってたら人数足りるわけないじゃない。一通りの過程を生徒が管理するのが腕の見せ所なの」
そうだった。大資本にいじめられてる感があったが、こいつら揃ってお嬢様とお坊ちゃまなんだ。そして、商人ギルドよりも職人ギルドは下に置かれている。料理人は職人の一種だ。
「なるほど。リルカが居てくれて助かった」
「なっ! あんたが無知すぎるのよ」
素直に評価したら、リルカは赤くなってしまった。
「それで、アンタはどうするの。私達はその、あんたのお陰で箱が確保できるけど、それでも全然苦しいの。アンタはその箱すらないんじゃない。中庭なんて校舎と東屋の間の通路に過ぎないのよ。屋根もない場所でどうするの?」
もっともだ、使えるとしたら細い渡り廊下くらい。だが、
「さっきからリルカさんはリカルド君の心配ばかりしてますね」
「ち、違います。私が心配してるのはヴィンダーに振り回されるミーアで。ね、ミーア」
「私もさっきまではリルカの友情を信じてたけど、ちょっと自信なくなってきた」
「ちょっと、それどういう意味よ。じゃなくて、中庭のことは王女殿下とも関わるのよ。だからこうやってご臨席願ってるんでしょう」
そう、このままだと俺たちは中庭にぽつんとぼっち屋台だ。学生としての俺ならぼっちでも気にならないが、店がぼっちだと確実に赤字になる。そもそも、屋台など貴族たちは寄り付かないだろう。
「わかってるよ。最後には全部つながるから。次は、参加できなかった商会の中で、特に飲食関係の店のことをもう少し詳しく教えて欲しい」
だから、俺の目的は一緒にやる仲間を募ることだ。中庭に、どこにも負けない祭りの会場を作り出すために。




