28話:前編 最大のリスク要因
「何をする!? 離してくれ。 俺は商人だ、商人なんだ」
王宮のパーティー会場の控室で無駄な抵抗をした後、俺は立派な服装に着替えさせられた。前世の音楽室にある肖像をちょっと地味にした感じだ。
会場に入ると、白いドレスの天使が俺の方に来た。長いスカートなのに、ズボンの俺よりも動作に澱みが無い。
「とても良く…………。慣れればきっと、そういう問題だと思います」
アルフィーナはにこりと笑った。冷静な判断力を有したパートナーを持って幸せである。ちなみに、王女殿下の方は当然の着こなしである。学院の制服から部屋着、そしてドレスまで美少女は服が勝手に本人に合わせるのだからずるい。
俺はアルフィーナにエスコートされるように、席に案内された。
「それにしても、ここですか」
エウフィリアの隣に案内されて俺の頬が引きつった。隣にアルフィーナ、花道のようなカーペットを挟んだ向かいにメイティールがいる。まあ、それに関してはラボのいつもの感じかなと、自分の認知を誤魔化すことも出来る。
ただ、俺よりも国王側にエウフィリアを含めて四人しかいない。もちろん大公とか公爵とかそういう連中だ。
第一騎士団長テンベルク”侯爵”閣下が俺よりも下位にいる。あ、その顔納得してませんね。奇遇ですねえ、私もです。
フルシーがいないのは中央の花道にノエルを従えて控えているからだ。今日決まった大災厄対策にたいする功労者をたたえる為の催しらしいからな。
戦略会議中は別の部屋で宰相府の役人達と協議していたはずのセントラルガーデンのメンバーも招かれている、もちろん一番後ろだ。俺の位置もあそこで良いんだけど。
「ちょっと気が早くないですか?」
俺はエウフィリアに聞いた。
「そこはまあ政治よ」
エウフィリアが何でも無いことのように言った。
国王が新しい魔導杖が帝国との共同開発により成し遂げられたとして、メイティールの協力に謝意が述べられる。そして、王国側の責任者としてフルシー、補佐役としてノエルの名前も呼ばれる。さらに、次に出向者達が出身棟ごとに読み上げられる。
その後でセントラルガーデンのメンバーが呼ばれる。ラボでの協力が理由となっているのでダルガン達の元祖組だ。国王直々と言うことで、流石に皆ガチガチに緊張している。
王都のフォルムにメンバー達のレリーフが作られるみたいな話になっている。王国の歴史に姿を刻む訳だ。実質上の方は、新都市予定地に支店用の土地の下賜か。微妙に成功報酬っぽい感じが……。
「要するに、今回のことに”王国”がどれほど貢献したかを誇示しておるわけじゃ」
エウフィリアが答えを告げた。
「じゃあ、王太子殿下は?」
「陛下に早く引退して玉座を譲れと……」
エウフィリアがすっと表情を消した。
「そんな怖いこと…………。解りました。そういう誤解を受けないように気をつけます」
「解っておるなら良い」
ちょっとした発言が、クレイグが早く王位を継ぐことを望んでいる、と取られたりするのだ。この立場を降りた瞬間に死ぬんじゃないのか。自前の武力も血縁ネットワークも無いのに地位だけ高いとか危険しかない。
新都市が保険になるようによほど考えないといけない。それに……。
俺はすぐ横のパートナーを見た。これからもアルフィーナの隣に居たいなら考えなければいけないことだ。
まあ、そういうことは戦いが終わってからだ。
「巫女姫アルフィーナ。リカルド・ヴィンダー前に」
ついに俺達が呼ばれた。アルフィーナと一緒にか。国王の前に二人で進む。アルフィーナの真横に並ばされる。国王はまず自分の養女である姪を見た。そして、自ら手に持った紙をアルフィーナに渡した。それを見たアルフィーナが目を見張った。そして、肩をふるわせた。
横から見ると、紙の中央に大きな聖堂の印が押してある。
「これまで幾多の災厄を防ぐだけでなく、次の危機を予測する上で巫女姫としてアルフィーナが果たした多大なる働きにより」
国王はそこで一度言葉を切った。そして、強い口調で先を続ける。
「特例としてソフィア・フェルバッハの名誉を回復する。遡ってソフィアとクラウス・クラウンハイトとの婚姻を認める」
アルフィーナの母親と父親の名前が会場に響いた。フェルバッハという名が国王の口から出たことに、場がどよめく。
聖堂による婚姻許可証はいわば戸籍だ。財産相続や爵位の継承順位などに決定的な影響を与える。抹消されていたアルフィーナの両親の存在が公的に回復されたことになるわけだ。
アルフィーナの働きから考えれば遅すぎるくらいだが、素直に喜んで良いだろう。アルフィーナはずっとこれを求めて来たのだから。
そういえば、レリーフの修復の時も王宮から元の下絵は提供された。今回の婚姻許可書といい、国王により保管されていたと言うことだ。ただ、なんでこのタイミングなんだろうか。帝国に対するアピールとあんまり関係ないよな。
それに、なんで俺も一緒に呼ばれているんだ。
国王の目が俺に向いた。爵位を与えるとか言われませんように。あれ、官職と違ってやめられないんだよな。フルシーが愚痴ってるのを聞いた。
離間の計とか位打ちという言葉が頭をよぎる。さっきまでに名前が挙がった皆の手助けが無い限り、俺なんて何の力も無いんだけど。
「これに伴い、アルフィーナにフェルバッハ伯爵の称号を加え。リカルド・ヴィンダーとの婚約――」
「ちょっと待って頂こうかしら」
やっと呼ばれた自分の名前に俺が身構えた時、メイティールとダゴバードがいきなり立ち上がって異議を唱えた。えっ、何が起こっている? 同盟国の王の公的発言を遮るってかなり不味くないか。
いや待て、今国王はなんて言いかけた?
「帝国は王国との”健全”な関係を願っている。そのためには、王国によるリカルドの独占を認めるわけにはいかないわ」
メイティールがおかしなことを言い出した。隣のダゴバードが同意を示すように腕を組んで胸を逸らした。
「認めるも何も、リカルド・ヴィンダーは王国の民である。臨時とはいえ王国の重臣相当の役職にもある」
宰相が即座に反論した。うん、そりゃそうだ。重臣相当とか初めて聞いたけど。あと、なんか予想していたみたいによどみないですね。
「あら、これほどの功績を挙げ続けた者に、これまでの待遇はあまりにお粗末じゃない。そもそも、伯爵の配偶者なんてずいぶん安いじゃない。帝国ならもっとふさわしい待遇を用意できるわ」
「先に起こった帝国への魔虫の襲撃の予測などリカルドヴィンダーの功は大きい、大いに賞する用意がある」
とてもいやそうにダゴバードが言った。いやなことは言わなくて良いんだけど。
そこから、俺を巡って喧々諤々の議論が始まった。王国がアルフィーナを使って俺を抱き込もうとしているとか、せめて両方から領地や爵位を与えるとか。なんかめちゃくちゃな話になっている。
虫に勝ってからやれと、心から言いたい。
「勝ってからでは遅い。それが政治というものじゃ」
いつの間にか俺達の隣に来ていたエウフィリアが言った。結局、俺の処遇が宙に浮いたまま話し合いは持ち越されることになった。最大の懸案の先送りだという。何かが間違っている。
途中から蚊帳の外だった俺とアルフィーナはラボに戻ることにした。引っかき回した発端のメイティールも俺達と一緒に帰る。悪びれるつもりも無いらしい。
◇◇
散らかりまくったラボの旧棟の一室で、メイティールとノエルが肩を寄せ合うように眠っている。ほほえましい光景である。ノエルが目を覚ました後のことを考えなければだけど。少し離れた場所では、フルシーが椅子に座って船をこいでいる。
アルフィーナが三人に毛布を掛ける。
「皆さん本当に頑張っていましたものね」
なんやかんやで皆疲れていたらしい。そりゃそうだ、最後ので色々吹き飛んだが今日の準備のために働きづめだったからな。
「アルフィーナも頑張ってたじゃないか」
「私なんかまだまだです。それでですね、リカルドくん」
アルフィーナが改まった顔で俺を見る。
「国王陛下のお話ですが」
何を言いたいのか解った。メイティールが止めた国王の台詞の最後は、俺とアルフィーナを結婚させるという話だ。
「そ、そうですね。ちゃんと二人で話さないと」
俺はアルフィーナにいった。だが、アルフィーナは首をかしげた。俺はそのときやっと彼女が手に持っている両親の婚姻証明書に気がついた。顔が真っ赤になる。
「リカルドくんのおかげです。私はどうお礼を言えば良いのでしょう」
「あっ、いやだからアルフィーナが頑張った成果だから」
これまでアルフィーナがやってきた事を思い出す。最初の予言で、周りの反対も孤立も覚悟で声を上げたこと。二つ目の予言で、体調を崩すまで頑張ったこと。帝国との戦争でも敵をおびき寄せる囮にまでなった。
そして、大災厄に関しては俺が犯した大きな判断ミスを正してくれた。アルフィーナの、俺のパートナーの成長は眩しいくらいだ。
「リカルドくんは相変わらず謙虚すぎます。それで、リカルドくんの二人で話すことというのは? ……あっ」
アルフィーナが何かに気がついた顔になる。両手をスカートの前でぎゅっと握って、緊張の面持ちを俺に向けてきた。
「リカルドくんのお話を聞かせてください」
今度こそ勘違いではないだろう。正直、俺が彼女のパートナーの資格があるかと言われれば、心許ない。
「……その、王女殿下の婿というのは私にはいささか……」
俺の言葉にアルフィーナの顔が曇る。だけど、俺は彼女を誰にも渡したくない。
「けど、フェルバッハさん家の娘さんにはずっと俺の側にいて欲しいって思ってて……」
俺は慌てて付け加える。アルフィーナがうつむきかけた顔を上げる。
「……つまり、俺のお嫁さんになって欲しい、です」
なんとか言い切った。アルフィーナが瞳を大きく開いた。顔を赤くして小さな唇が震える。世界から他の全てが消えて、ただ目の前の女の子だけが認識される。
「わ、私でよければよろこ――」
コンコン
鼓膜を直接ノックされたような無粋な刺激に、一瞬で視界が元に戻った。
「お疲れのところ申し訳ありません。実は今、帝国からの……」
向こうから恐縮した女性の声がした。前にノエルにラボへの仕官? を頼んでいてめでたくノエルの弟子となった女性だったか。どうやらクレーヌが着いたらしい。
後ろで布が墜ちる音がした。メイティール達が目を覚ます気配がする。
俺達は仕方なく離れた。目をこするメイティール達から逃げるように玄関に向かった。俺達は同じ場所に帰るんだし、今この場で焦る必要は無いのだ。
「久しぶりですねクレーヌ殿」
俺は努めて笑顔を作った。魔導レーザーの量産が決まった日に到着とは最高のタイミングだ。でも、あとちょっとだけ遅れても良かったのに。
「……特使殿。いえ、王国代表殿でしたか。そちらの方はもしや……」
「王国の巫女を務めていますアルフィーナ・クラウンハイトです」
「……」
アルフィーナが名乗ると、クレーヌが眉をしかめた。
「とにかく、メイティール殿下にまず到着のご報告をしたいのですが、お取り次ぎ願えますか」
着任の挨拶はもっともな話だ。ただ、クレーヌの表情が硬いのが気になる。
彼女は大きなカバンを持っている。俺が持とうとしたら断られた。帝国の方で何かあったか。今日だけは定時で帰りたいんだけど……。




