27話 合同会議
王宮の隣、楕円形の第一騎士団の練兵場。それを囲む階段の中央には左右に分かれて立派な席が並ぶ。左には国王、宰相、第一騎士団長を始め王国の重鎮たち。大貴族達の中央にはエウフィリアもいる。
右には帝国の国旗が飾られ、黒い鎧をまとったダゴバードと公使に復帰したバイラル。そして、リーザベルトもいる。王国と帝国の対魔虫合同軍の会議の為の来訪だ。
両国の協力関係に、今から始まる魔力レーザーのお披露目が多大な影響を与えることは言うまでもない。
下段にはダルガン達セントラルガーデンのメンバーと、彼らが勧誘した債券の大口購入者が座っている。ジベルニーや建設ギルド長もいる。魔虫との戦いの後方基地である将来のセントラルガーデンの建設の為の民間メンバーだ。
軍事技術のテストに商人が招かれているのは、彼らにも新都市建設を支える力を示すためだ。他に選択肢はなく、権力による強制があっても、人間は未来に希望がもてるかどうかで大きく働きが変わる。
相手が虫なので機密を知られる云々の心配が無いというのもあるが。
要するに、もうどうしようもないくらい今日は重要だと言うことだ。それを象徴するのが演者だ。本来は客席にいるべき王国の次期後継者が地べたを這う俺達の前で準備をしている。
いや、この人は大体いつもこんな感じか。
「新しい魔力兵器というからどれほど厳ついかと思ったが、螺炎よりもシンプルだな」
クレイグが魔導レーザーのカートリッジを指先で回転させた。人一人ぐらいでは扱えない原理モデルをここまで小さくしたんです。
完成したカートリッジは赤い魔結晶、平らな黒い魔結晶、色の濃い黒い魔結晶の三層構造に改良されている。クレイグは次に本体を手に取る。ノエルが緊張した顔で使い方を説明する。
三層構造になったのは、深紅の魔力レーザーの効率問題を解決するためだ。前世の知識で言えば、俺が最初に示した普通の魔結晶と負の魔結晶の二層構造はシングルヘテロ接合だ。
俺の前世知識でメイティールが改良した三層構造は、その下に等級の高い負の魔結晶を更に貼り付けたものだ。赤い魔結晶と接触する真ん中の負の魔結晶に、外側からより強い負で圧力を掛ける。
結果、赤い魔結晶との境界部分に魔素が墜ちる穴を高密度に追いやるのだ。半導体レーザーのダブルヘテロ接合と同じ原理だ。
これにより境界直下の狭い範囲で高密度で魔素が穴に落ち込む。その結果、純粋な魔力波長を、集中して生成することが可能になったのだ。
クレイグが使い方を理解したところで、練兵場を囲む階段の長軸方向の端に、魔導金の鎧が置かれた。五人の王国騎士が並ぶ。
五人とも、選ばれた優れた資質の持ち主。彼らのもう片方の手には真紅の魔結晶がある。魔虫の外皮装甲を模しているわけだ。
「では、新しい魔導杖の試験を開始する」
テンベルクが合図をすると、五人の騎士が鎧に手を当てる。鎧が濃い赤色に光り始めた。クレイグが一歩前に出る。つり上げられた鎧までの距離は螺縁の射程の5倍以上。これが限界なのでは無く、会場の広さの限界だ。
クレイグは魔導杖の中にカートリッジをセットして、まるでライフルのように構えた。
ルビー色の光線が鎧に向かって放たれた。細い光線は鎧の表面を覆う深紅の魔力と衝突。一瞬だけ鋭い光を発した。クレイグはそのまま、魔導杖を左右にZ字に動かした。
中央を通過するときに、鎧の首の穴から小さな火花のようなものが散った。
ガチャン。
クレイグが魔導杖の後ろに突いた突起を引くと、使用し終わったカートリッジが排出される。
初めて使うのに、どうしてこうも堂に入って見えるんだろうな。前世の銃を知る俺にはとてもかっこよく映る。前世でもレーザーガンは実用化されてなかったけど。
だが、会場にはどうして良いのか解らない空気が流れる。あっさり終わった試射、そして無傷の鎧。押し殺したようなざわめきが特に商人達がいる場所から聞こえる。
下ろされた鎧が解体され、中からはしご形の木組が取り出される。感魔剤を染みこませた昆虫の神経系を模した模型。本当のターゲットだ。先ほどのレーザーの軌跡に添って、上下に三等分されていた。
資質のない商人達も、分厚い鎧を貫通して内部の弱点を切断するという意味は伝わったらしい。ざわめきがぴたりとやんだ。魔導金の鎧の堅さを知っている騎士達はもちろんだろう。
会場に、今の試射の意味が説明される。魔虫が近づく前に遠距離から中枢を切断する。
クレイグがダゴバードに向けてにやりと笑う。ダゴバードが立ち上がり手を叩いた。遅ればせながら、歓声が沸き上がった。
◇◇
練兵場から隣の王宮に移った俺達は戦略会議に参加する。先ほどのレーザーをどう運用するかが議題だ。
「深紅の魔力を浴びせた魔虫の卵の様子だ。卵の中で体が動いていたから、孵化直前だろう」
ダゴバードが長さ一メートルくらいの長方形の紙を突き出した。要請と一緒に帝国に送った感魔紙だ。結果は手紙で聞いていたが、実物を見るのは初めてだ。
これはいわゆる魔力によるレントゲン撮影だ。卵の中で孵化直前の魔虫の幼虫に、魔力を当て、それを後ろに置いた感魔紙で受ける。予想通り、魔虫の中心に白く抜けた長い器官がある。梯子にいくつかの瘤が組み合わさったような形。魔虫の神経系には魔力と相互作用する物質がしっかり含まれていることを示す。
頭部の一際大きな二つの塊は大脳だろう。尾の方にも同じように二カ所の白抜けがある。
「ありがとうございます。これで確証が持てました。ちなみに、こちらは?」
俺は隣に映った楕円形を見た。底辺だけが光っている。
「それは幼虫が入っていない卵だ。たまたま隣にあった」
未受精卵らしい。ダゴバードは不機嫌な顔のまま、次の紙を取り出した。
「……現在の血の山脈の観察結果だ」
ファビウス達を中心にした飛竜の領域の偵察隊が、ラボから送ったアンテナをつかった観測を始めている。ダゴバードが王国に来る途中で受け取って来たらしい。測定結果は、血の山脈に深紅の魔力の大きな塊が複数見られること、その中心に紫の魔力が点在している事を示している。
「広がっているところから見て深紅の魔力は魔虫の発するものでしょうね。蛹なのかしら」
メイティールが分布図を見て言った。恐らく間違いないだろう。
補足説明には深紅の魔力に殆ど位置の変化が無いと書いてある。血の山脈内部の地形などは解らないから、軽々な判断は出来ないがすごい数だ。
「帝国東部で見つかった卵も、紫の魔力を囲むように並んでいた。複数の大規模な群れが越冬中と考えるべきだ」
クレイグが言った。ダゴバードが重々しく頷いた。
「なるほど、中心に位置する紫の魔力は血の山脈にある噴出口ですか。数は少なくとも数十カ所も……。帝国にはあれから紫の魔力の発生は?」
フルシーが聞く。
「弱いものだが更に2カ所見つかった。魔虫が来なかったのは季節によるものだろう。帝都に近い側は厳重な監視の下に深紅の充魔炉として活用する準備をしている。血の山脈に近い方は、そちらから提供される魔力触媒で可能な限り封鎖することを考えている」
飛竜の領域に魔虫をおびき寄せるためには、あちこちの魔力噴出口はじゃまだ。血の山脈に近い物は魔力阻害剤などで弱め。奥にある物は真紅の魔力の充魔炉にする。
といっても充魔炉は当然戦場に近い方がありがたいので、選定は極めて難しい。
「王国でも、真紅の魔力が強くなっている場所が出始めております。そろそろでしょうな」
フルシーがそう言うと、全員の視線がアルフィーナに向かう。
「水晶の示した像から災厄の襲来は初夏だというのは確認しています。あくまで王国の範囲ではですが」
アルフィーナは答えた。多くの人間の情報を統合して、それぞれの場所の季節の植生などから得られたより詳細な時期だ。
「レーザーという魔力兵器の力は見せてもらった」
ダゴバードは俺を横目で見て言った。
「魔結晶に関しては帝国は全力を挙げて供給します。ところで、アレはどれほど揃う物でしょうか」
バイラルが聞いてきた。
「は、はい。そのえっと。……後二ヶ月有れば千、いえ二千は」
ノエルがびくつきながら答える。クレイグとダゴバードがうなずき合った。魔力レーザーの制式採用が決まる。
次は軍勢の配置だ。両軍の指揮官であるクレイグとダゴバードを中心に、セントラルガーデン予定地を要とした三角形の軍の配置が決められる。
紫魔力の発生器は三つ用意され、簡易的な2つが両軍に。セントラルガーデン予定地にはアルフィーナが制御する一番大きなものが配置される。三つの発生器で、魔虫の群れをなるべく網羅的に引きつけ、同時に完全に集中させないようにする。当然、中央奥にあって最大の出力と制御が可能なアルフィーナの発生器の扱いが最重要だ。
俺は机の下で掌に爪を食い込ませる。総合的な、アルフィーナ自身の安全も含めてこれが最良なのだ。
「来たるべき大災厄への両国の協力体制を国王として承認する」
「帝国の全権代表として同じく承認する」
国王と、ダゴバードが同盟の条約にサインする。王国と帝国、人間社会の未来を掛けた戦いの大枠は決まった。一年目で負けないことが出来れば。戦いから得られた情報を使って対策を磨き上げていく。
まだまだ先は長いが、なんとか峠の一つを超えた。だが、まだまだやることが山積みだ。
とっととラボに戻ろうと思っていたら、なんかレセプションのような物があるらしい。忙しいから遠慮したいんだけど……。
2017/09/13:
遅くなりましたが、感想受付を停止している理由について活動報告を書きました。
14:35
*本日の投稿と同時に活動報告で公開設定にした記事が何故か先ほどまで表示されていませんでした。空振りさせてしまった方がいたら申し訳ありません。現在は表示されています。




