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26話 プロトタイプと生産工程

 人の多いラボの新棟を通り抜け、静かな旧棟でほっと一息を付いた。


「さっきのやたらと立派な服装の老人達は?」

「魔術寮の第一棟から三棟までのそれぞれの長ですね」


 アルフィーナが答えた。本来の王国魔術界のトップか。新棟に出向者を送り込んでいた元だ。


「……ノエルが憂鬱な顔をしていたわけだ」


 老人を前に冷や汗をかきながら説明していたノエルを思い出した。傍らにはレオナルドがいた。補佐と言うよりも宰相府の権威をノエルに貸していたんだろう。


「何にせよ、腰を上げてくれたのは良かったな」

「魔導杖を大量に作るためには魔術寮の協力は不可欠ですから」

「人はいくらいても足りないからな……」


 魔導金の金型作りに、魔力触媒の大量生産、品質チェックには資質を持った人間が必要だ。各地の魔脈の監視などにも魔術士が必須だ。こちらは主に東西の観測所の人員が動いているらしい。


 量産モデルが出来てから量産体制を考えるなんて時間の余裕はない。平行して組織作りを進めておかなければいけないのだ。


「リカルドくんが言った、量産までの各段階の分業ですけど……」


 アルフィーナが俺に各組織の事を教えてくれる。研究開発から工場までのチェーンとでも言うべき物。原理を生み出し試作品を作るのがこの旧棟。試作品を量産出来るように調整して、量産工程のマザー工場になるのが新棟。実際に量産をするのが魔術寮だ。


 いつの間にか王国魔術の最上流を俺達が独占しているけど、それは考えないことにする。研究開発部門ナンバー2《ノエル》と工場長ってどっちが偉いんだろうな。


 問題は組織をまたいだ管理せいじが出来る人材が、こちらに極端に少ないこと。アルフィーナと側近のルィーツア、そしてレオナルドが頼りだ。


 何しろ王国魔術界のトップはアレだ。このくそ忙しい中、隙あらばレーザーをセンサーに応用するアイデアを考えたりしているくらいだ。


 ちなみに、クラウディアは試作品レーザーのテストに協力している。勿論、アルフィーナがメイティールのところにいるときにだが。父親のアデル伯が騎士団の副団長だから、その関係で連携も取れる。


「一番ネックは、ラボから魔術寮への情報伝達だろうけど……」


 さっき、ノエルの背後にいた出向者達の視線は、本家の師匠よりも出向先の指導者に向いていたような気がする。案外大丈夫かも知れない。


「はい、ノエルは頑張っています。私もできる限りの口添えはします」

「頼りにしてる」


 俺はアルフィーナのまとめてくれた組織図を見ていった。こういうことなら、いくらでも頼る。大体にして、この手の事では、俺はフルシーのことは言えないのだ。


「次は肝心の試作機か……」


 俺が廊下の奥に目を向けたとき、丁度ドアが開いた。


「リカルド。試作5号が出来たわ。見てちょうだい」


◇◇


「こっちがノエルが今朝仕上げた魔導杖の本体。そして、これがさっき調整が終わった魔結晶のカートリッジね」


 メイティールが螺炎よりも細く長い筒と、赤と黒の魔結晶が張り合わされた物を並べる。ちなみに昨日からイェヴェルグの紋の付いた馬車の位置が全く動いていない。


「正負の魔結晶がぴったりくっついていると言うことは……」

「ええ、良い障壁が見つかったわ。フルシーが紫魔力でその手の魔力触媒をさんざん調べてたから。魔導師が魔力を動かそうとして初めて正負の魔結晶の間に魔力、いいえ魔素が流れる。おかげで魔力の効率も上がったの」


 正負の魔結晶の間に魔素の流れを阻害する魔力触媒を塗る。いわば、発射準備の整った弾丸を用意しているわけだ。


「魔導杖の本体も魔力で開閉をコントロールできるようにできたわ。これで発生した魔力も最大限に攻撃に使える」


 メイティールが筒の表面の魔導式を説明する。要するにレーザーの発射口を開閉する仕組だ。


「順調みたいだけど、問題は?」

「勿論いくらでもあるわ。まずは正負の魔結晶の間に塗る魔力触媒のムラね」


 ムラにより最悪、魔力の発生が勝手に生じる。そこまででなくとも使用時に不規則な魔素の流れが生じる。純粋な波長を揃ったタイミングで発生させることが命であるレーザーにとっては大問題だ。


「ある程度は魔導師がコントロールできるけど、使うのは戦場だからもっと精度が必要ね。使い手の資質を問うわけにはいかないからなおさらね」


 こちらを殺そうとしている巨大な魔虫の群れと向かい合って使われる物だ。どれだけ気をつけても気をつけすぎる事はないのだ。流石、魔導師部隊を率いて戦っていたメイティールは解っている。


「筆じゃなくて、蒸気でコートするって言うのは?」


 俺はいった。いわば蒸着だ。魔結晶の塗布面を並べておいて、下から触媒を加熱して気化した魔力触媒を浴びせる。薄くて均一な層を作り出すことが出来、筆跡も残らない。


「……ノエルと相談してやってみるわ。ヴィナルディアにも力を借りましょう」


 メイティールは頷いた。


「他には?」

「こちらの方が問題なんだけど……」


 メイティールが二枚の感魔板を出した。


「真紅と負の魔結晶の組み合わせで紫魔力を作り出すよりも、普通の魔結晶との組み合わせで真紅を作るときの方がムラが大きいの」


 感魔板は二つの組み合わせの差をしっかりと表していた。右にある真紅ー負の場合は、魔力は正負の境界の負側の表面近くに極細い層で発生している。左の赤ー負の組み合わせは、負側で発生しているがちょっと深いところまで広がっている。


「なるほど、良くこういう目の付け方をしたな」


 俺は感心した。元々科学的思考が出来るメイティールだ。測定の方法を知れば簡単に応用してみせるのだろう。


「……リカルドと一緒にやっていて鍛えられているのは王国のお姫様だけじゃないって事よ」


 メイティールは意味ありげな視線をアルフィーナに向けた。メイティールの言葉をメモしていたアルフィーナがペンを止めた。


「それで、解決策に当てはある?」

「あ、ああ。確か負にも等級があったよな……」


 ここまで問題が分かっているなら、おぼろげな記憶の引き出しも開くという物だ。俺はメイティールに試して欲しいことを告げた。


「理屈は解ったわ。全く次から次に……」

「言っておくけど、レーザーに関してはもう打ち止めだからな。実現可能性も含めて専門家の判断にゆだねる」

「言われなくてもできる限り全力を尽くすわよ。そうじゃないとリカルドの共同研究者として胸を張れないもの」


 メイティールが片目をつぶっていった。いや、天才であるメイティールに並ぶような力は実際には……。


「共同研究者……」

「そう、言ってみればパートナーね」


 アルフィーナが持っていた紙が歪んだ。さっきから空気が少しおかしい。


「姫様、アンテナのことでちょっとご相談が……」


 階段の上からフルシーの声が聞こえた。これだけの大所帯の上に立ちながら、ろくに二階から降りてこない困ったトップだが、たまには良いことをする。


「リカルドくん」

「ああ、アルフィーナは上に。俺は魔力触媒の方を見てからいく。ただ……」

「解っています。レーザーが発生しないように、した場合は絶対に不用意に近づかない。ですね」


◇◇


「これが館長のいってたアレイか……。良く出来てるな」

「ヴィンダーが作れっていったって聞いてるけど」


 魔力触媒の研究室でスライドグラスのようなガラスの板を見て、俺はいった。渡してくれたヴィナルディアの頬に染料みたいなのが付いている。


 薄いガラス板には正方形の模様ができている。一つ一つのドットが規則正しく並んでいる。ドットの一つ一つはこれまでにスクリーニングした魔力触媒。溶媒に溶けた触媒をガラス棒の先で板に置き、乾燥させたものだ。


 俺は近くにあった実験結果と並べてみる。


●●●●●●●●

●●●●●●●●

●●●●●●●●

●●●●●●●●


  魔力照射

  ↓↓↓↓


   ・ ▶ ●

 ○  ・

      ●


 いわば魔力触媒アレイだ。ある特定の波長に効果を持つ魔力触媒を調べる場合など、厳しい条件で調べるとき一回で何十種類もの触媒を評価できる。コロニーからのスクリーニングが順調に進み、増えていく魔力触媒を活用するために考えた。勿論前世のDNAマイクロアレイがヒントだ。


「この割れたのは……」


 俺は机の端にあった放射状にひび割れたスライドグラスを見た。


「それはガラスが薄すぎたみたい」

「なんでそんなことを?」

「大賢者様が魔素関係のスクリーニングに必要だから薄くして欲しいってご希望を」

「なるほど、魔素に関する触媒もスクリーニングも出来るか」


 このガラス板を正負の魔結晶で挟んで魔素を流すということか。魔素を感知する感魔”素”紙は今のところ見つかっていないが、発生する魔力が間接的に何をやっているのか示すはずだ。


「……今やることかは少し疑問だけどな」

「ま、まあ、シェリーにも手伝ってもらって、私たちはコロニー? の培養も進めるわ。ヴィンダーが帝国から持って帰った土もあるから」


 飛竜山の氷河湖の底から取ったやつか。王国の赤い森よりもすごいのが眠ってそうだ。


◇◇


「ご苦労様。宮廷魔術師閣下」


 俺はノエルに声を掛けた。魔術寮のお偉いさん達から解放されたらしい彼女は、魔力触媒の棚の前で、ボッとしている。


「……大体あんたのせい。理事様なんだから私の代わりにお偉いさんの相手をしてよ」


 ノエルがぶっきらぼうに答えた。慣れないことへのストレスでかなりやさぐれている。


「ちなみにどちらが偉いんだ。ノエルとさっきのご老人達は……」

「考えさせないで。年上の弟子はもういらない、もういらないの……」


 これは重症だな。俺はマイクロピペットのネジの仕組で魔結晶の距離をコントロールする研究結果だけ聞いて逃げ出した。少なくとも当面は無理だな。まあ良い、資質持ちにレーザーを行き渡らせるだけでも時間が足りない。


◇◇


「魔虫用のレーダーは完成ですか」

「うむ。真紅の魔力をまとった魔獣を感知するために特化して精度を上げた。まあ、これまでの応用じゃ。なんと言うことはない」


 二階に上がった俺は、専門にばかり没頭している老人にその成果を見せられた。思ったよりずっと早い。よし、これで一つ終わったぞ。


 一刻も早く、ファビウス達に渡さなければいけない。彼らは飛竜の領域の大まかな地図を作り上げ、今はセントラルガーデン市の建設の為の調査と、血の山脈の監視をしている。


 血の山脈の観測精度が上がれば、魔虫の群れの不意打ちなども防げるし、大群が動く徴候をいち早く感知できるかも知れない。


「紫魔力の関係では姫様がたすけてくれておるからのう」

「館長のお力ですよ」


 アルフィーナが謙遜するが、表情は生き生きとしている。


「やらねばならぬ事の多さを考えれば暢気なことは言えんが、まあ順調じゃのう。次の予定は何じゃったか」

「……新型魔導杖の公開テストですね。もう日程を決めないと」

「殿下は急がせすぎです」


 アルフィーナが顔をしかめた。実際に運営するクレイグに試してもらわないと、量産化のゴーサインは出せない。というか、出すのは向こうだ。ちょっと前まで戦争していた二つの国の連合軍を運用するクレイグとしては、ぎりぎりまで待ってくれてると思う。


 頭が痛いのは、国王や帝国の使節を始めお歴々が勢揃いらしいと言うことだ。帝国に頼んである、魔虫の胚のレントゲン写真はどうなっているだろうか。


「そう言えば、普通の魔獣氾濫は大丈夫ですよね」


 俺はフルシーに聞いた。もはや取るに足らないだろうが、魔虫の大群と戦っている時に横腹を突かれたらやっかいだ。


「魔脈の異常を考えると楽観視は出来ん。じゃが、魔狼の群れの中心が育つまで時間が掛る。それを考えれば、今年は大丈夫じゃろう」


 フルシーがいった。なるほど、そういうことなら安心か。よし、希望が見えてきた。


 もうすぐ冬が終わる。血の山脈でも着々と人間社会を滅ぼす準備が進んでいるのだろう。せめて、予言通り初夏までは持って欲しいものだ。

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