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24話:前半 脳の中の賢者

「せめてもう一日休んで欲しかったのですけど」


 アルフィーナは心配そうに俺を見る。ラボの旧棟の廊下の階段前に俺達はいた。倒れてから三日、やっと仕事に復帰である。


「なんというか、十分に休みましたから」


 俺は三日間を思い起こす。アルフィーナに看病? されながら。仕事の引き継ぎ的なことをした。ちなみに、「あーん」はあのときだけだ。何しろあの後、帰宅して俺が目覚めたと聞いたミーアが駆け込んできて。もろに目撃されたのだから。


 いや、翌日にはもう元気だったんだ。ただ、アルフィーナとミーアが一緒に包囲網を引かれたのでどうしようもなかった。俺の仕事を整理してどう分担するかを話していた二人。最初はともかく、最後は互いにわびていた。駄目な上司をちゃんと管理できなくてごめんなさい、と言うやつだ。


 いたたまれないと言ったら無かった。


「アルフィーナこそ。くれぐれも無理は……」

「解っています。リカルドくんこそ、少しでも疲れたと思ったら……」


 俺達は互いに見つめ合った。アルフィーナという呼び方はだいぶ慣れた。クラウディアやルィーツアの俺を見る目にはなかなか慣れないけど。


「では、私はこちらです」

「はい」


 後ろ髪を引かれる思いで、階段を上るアルフィーナを見送った。そして、自分の役割を果たすために一階の部屋に向かう。


 正直、不安は消えていない。だが、自分の判断が曇っていたと認め。アルフィーナを本当の意味で信頼すると決めた。と言うか俺にはそれしか出来ないと思い知ったのだ。俺にパートナーの資格が有るのかはまだ疑問だが、それはこれから頑張るしかない。


◇◇


「やっと戻ってきたわね」

「わざわざお見舞いに来てもらったばかりですよ」


 部屋で準備をしていたメイティールに言った。


「あっちはあの子の領域だし。まあ、傍若無人を絵に描いたようなリカルドが大人しくしてるのは新鮮だったわ。もしかして、貴方たちって二人の時は……」


 ちなみに、アルフィーナが一番警戒した相手がメイティールだった。


「あれは病人として身を慎んだというか…………。遅いじゃないかノエル」


 遅れて入ってきたノエルに逃げた。だが、ノエルは俺を見て疲れた顔になった。


「……廊下の真ん中でアレをやられたら、通れないでしょ」


 ノエルの言葉にさっきのアルフィーナとのやり取りを思い出す。階段は新旧両棟の連絡路の近くだったな。


「どんなやり取りだったのかしら」

「それはもう、二人で見つめ合って……」

「急いで始めよう。時間がない」


 ノエルが身振り手振りで再現を始めようとする。俺は言った。事実を端的に、早口で。


「まあいいわ、時間がないのは確か。始めましょう」

「……帝国からの応援が来る前に、たたき台だけでも作らないとです」


 二人が不承不承と言った感じで頷いた。帝国からはクレーヌが来ることになっている。主に新型魔導杖、まだどんな物か解らないのにとんでもない物を作らないといけないことだけは解っている、の量産を効率よく進めるためだ。


 後方支援基地という名の将来のセントラルガーデン市建設の準備も大河の王国側に資材の蓄積と言う形で始まっているらしい。


 春まであと二月くらいか。実際には魔虫の侵攻が遅れることを祈るしか無いのが現状だ。


「破城槌を小型化して打ち出すってアイデアは試してみたの。ノエル」


 ノエルが小さな筒のような物を持ってくる。


「…………試作がここまで早く出来るのは驚異的だけど。厳しいです」


 メイティールとノエルが俺に小さな筒と、円錐形の小さな弾をテーブルに置いた。


 俺達が考えたのは、あの破城槌を小さくして、打ち出すという魔導だ。小型ミサイルというか銃だ。心許ないとは言え、前世の銃の知識が役に立つかと思ったのだ。ただ、この見てくれだと吹き矢だな。


「元々は回転する魔導でしょ。打ち出すとなるとかなりの無駄が出るの」

「おい、こっちに向けるな」


 俺は両手で顔を覆う。だが、小さな筒からひろっと飛び出した金属製の弾丸は、あっさりと数センチ先に落ちた。


 回転させるだけど、それを打ち出すのは大違い。魔導文字をどう変化させて良いのか解らない。螺炎のように発射後にある程度遠隔操作することを考えたら絶望的。


 メイティールとノエルが説明をする。良い材料はない。


「今後、何のトラブルも無しに研究が進んだとして。もしかしたら、万が一にも夏までには間に合うかもね。もちろん、リカルドには奇跡を一つ二つ用意してもらうけど」

「それでも、威力は今の螺炎以下で、消費される魔力はそれ以上って事になると思います……」


 希代の魔術専門家二人の予想は厳しい。


「すでに基礎が研究されてる魔導文字を使ってもそれが限界か。他の候補は…………魔虫が使っている雷撃かな……」

「魔紋すら解らないわよ。あの幼虫の背中のは記録したけど、雷自体は腹の方からも上がってきてたわよね。あっちはそれっぽいのは見つからなかったわ」

「……多分神経、あるいはそれに繋がった筋肉の強化みたいなのものだと思うけど……」


 飛竜山で見た幼虫は、体節毎に発電器官を直列にしている感じだった。デンキウナギとかもそんな感じだったはずだ。


「神経?」

「要するに体の中にある回路だな。脳はその神経の集合体。そこから体中に情報のやり取りをするわけだが……」

「ひゃん。……い、いきなり何するのよ。アルフィーナ様に言いつけるわよ」


 俺がノエルの手の甲を突くとノエルが俺を睨んだ。


「私なら言いつけないわよ」


 メイティールが意味ありげな視線で俺を見る。


「……いや、今のは説明のためで。えっと、ノエルが俺に突かれたのは手の甲だろ。でも、突かれたと判断したのは頭、脳なんだ」

「なんとなく解るけど」


 俺は手の平から頭まで指先でなぞって説明する。


「つまり、生物の体の中には元々小さな雷が流れてるって事ね。魔力回路に魔力が流れるみたいに」

「そういうこと、雷撃はそれの応用なんだろう」


 実際、そうでないと説明が付かないことがもう一つある。昆虫の神経は俺達みたいな哺乳類の物よりも伝達速度が十分の一以下だ。体が小さいからそれで十分なのだ。逆に言えば、あの大きさでは大男総身に知恵が回りかね、を地で行くはずだ。


 だが、あの昆虫魔獣は素早い。そういう意味でも気門や外骨格だけでなく、神経系も魔力で強化されている可能性が高い。つまり、魔力による神経の強化が、副次的にあの雷撃を生み出した。進化の順番はこっちだと思う。


 そもそも、水晶の予言のイメージで解るように、魔力も資質のある人間の神経と相互作用している。魔導回路のスイッチの切り替えも、人間の意識との相互作用。情報処理回路同士の干渉みたいな関係も考えられる。回路には回路としての基本的な性質があり、それはなんで出来ているかに依存しない。


「雷撃対策になるかも知れないから考える価値はあるけど……。時間を考えると小さな破城槌よりも絶望的ね」


 メイティールが言った。俺もうなずくしかない。基礎研究からやっている時間はない。その後も、メイティールの知る魔獣の模様などを検討したが、これと言った物は見つからなかった。


 アルフィーナにこちらに集中させてもらっているのに情けない。だが、それでも俺の心にはこれまでよりは余裕があるのは確かだ。今の俺の脳は、忘れてはいけないことを覚えておくだけの記憶装置ではなく、考えるための余裕がある。


「メイティールとノエルはこのまま魔導文字を検討してくれ。俺は魔力触媒の側から考えてみるから」


 頭の中に情報を詰め込む。それで、限界まで考える。もちろん、非才の俺に答えは出せない。だから、脳が勝手に答えを出すのに期待する。


 俺の脳の中に住む小人さんは、俺よりも賢いはずなのだ。


 ただ、問題がある。この小さな賢者達はおおよそ現実的なことを認識できない遊び人なのだ。金とか、力とか、そして時間とか。

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