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22話:前半 マルチタスク

「先輩。そろそろ家に着きます」


 ミーアの声に俺は馬車の中で目が覚めた。窓の外に長く続く塀、その先に大きな門が見える。一瞬、どこが家だっけ? と思った。

 ……そうだ、宰相府からの帰りだ。輸送の規格化のことで輸送ギルドのジヴェルニーと話し合い、債券発行の準備についてフォルカーと情報交換をして。帰る途中の馬車で寝てしまったのか。


「すまん。えっと、次は……」

「家でダルガン先輩達から債券の販売状況についてです。先輩、私が……」

「ああ、そうだったな。よし」


 俺は頬を叩いて気合いを入れた。少なくとも公爵とか侯爵とかと話しているよりは気が楽だ。


◇◇


 大公邸ではすでに皆揃っていた。元祖セントラルガーデンのメンバー達だ。新都市の名前からその運営をになう株式会社までセントラルガーデンだからこんがらがる。そっちはセントラルガーデン(株)かな。


「では、始めましょう」


 ミーアが音頭を取る。議題は都市建設債の販売先だ。株式に転換されることを狙う以上、都市の支配権に関わる。筆頭は当然王家にしないといけない。次がベルトルド大公家、その他貴族家や商人達が更にその下に並ぶ。この構成の中で、セントラルガーデン(株)の持ち分をどうするか。


 新都市に作られる先物市場がセントラルガーデン(株)の存在意義である。軍事基地を前身とした都市が倉庫やその他を払い下げ、運営するセントラルガーデン(株)が運用益から賃料を払うという感じだ。


 新都市の目的、将来の繁栄を考えても、なるべく多くの商人に参加して欲しい。でも管理を考えると頭が痛い。まあ、こうして事前に悪巧みする余裕があるのが救いである。


 まずは、各人が話を持ちかけた先と、その反応を報告してくれる。本来なら「どう考えても詐欺です、本当にありがとうございました」という案件なんだけど……。


 ダルガン達が机に並べたリストには多くのマルが付いている。


「……債券に興味を持つ商人は予想以上に多いということですね」

「ああ。俺達が馴染みのある商会や、取引のある都市なんかに話を回した。……やばい話のはずなのに引きが強い、やたらとだ」


 ダルガンが言った。


「賭け事が好きなタイプが興味を持つかなと思ってたんだけど、そういう感じじゃないのよね。普段は石橋を叩いてる人が……」


 リルカが言った。


「……そう。皆ヴィンダーの案件に噛みたいの。ううん。なんとか関わらないとって、必死になってる」


 シェリーが口を濁した言い方をした。IT革命時のドットコム企業みたいな扱いだな。


「私たちに対するやっかみもかなりあったからね」


 理不尽な話だな。ここにいる人間がいなかったら、王国は本気でやばかったんだけど。必然的に、今回の災厄に対してはもうどうしようもないくらい詰んでいた。今が詰んでいないと言えないのが辛いが……。


「……ヴィンダーは偉くなりすぎて手が出せないもんね」


 シェリーが肩をすくめた。


「念のため言っておくけど、王国の役職は全て臨時で、俺は商人だけど……」

「大公家と王家の紋章を付けた馬車を、騎士団の護衛付きで乗り回す商人がいると思うか?」


 ……栄耀栄華を誇った上げく、次の瞬間断頭台の露と消えそうな人間は誰だ。保身的にあり得ないにもほどがある。騎虎の勢いだっけ。器に合わない力、レバレッジを効かせすぎている。


「仕方ないね。儲ければやっかまれるのは商人として必然だ。というわけで話を戻そう」

「……そうですね。そうしてください」


 プルラの言葉に俺はうなずいた。


「債券の価格はもうちょっと上げ、いや上げた方が良いかもしれない。確か利率が下がるんだよね」

「はい、債券の価格が上がるというのは信用が上がること、下がればそれは信用が下がること。利率はそれに反比例します。例えば、金貨100枚で召喚される債券の価格が80枚と90枚の場合、それそれの……」


 ミーアが言った。金利負担が減り、将来新都市株に転換したいと思う人間がより増えるだろう。


「確かにそう考えるとわかりやすいわな。……最近、金が数字みたいに見えてきたぜ」

「そうだね、お金ってもっとちゃんとしたものだと思ってたけど……」


 金融って言うのは金を融かすって書く。硬い金を如何に融通無碍に必要なところに流すのか、その為のシステムが金融だ。だからこそ、情報と近い性質がある。


「良い傾向です」


 ミーアは教師のように頷いた。


「いやいやミーア。やばいから」

「……そうだよ、ただでさえ現実離れした金額扱ってるんだから」


 リルカとシェリーが困った顔になる。これでも国難と言うことと、新都市の運営を将来引き受けるセントラルガーデンのメンバーと言うことで、手数料とか度外視でやってる業務だ。


「災厄を乗り越えたらの話だけど。気がついたら僕たちがどうなっているか……」

「私たちって元々学院祭の模擬店のために集まったのよね。あのときも大事のつもりだったけど……」

「……あれ、おかしいななんかあんまり思い出せない」


 リルカとシェリーがぶるっと震えた。


「というか、今扱ってるこの知識。これ自体がとんでもないよね」

「まあ、そうだな」


 全員揃って暗黒面に取り込まれそうな雰囲気だ。将来この誰かの家系からこっちのロスチャイルド的なのが生まれるかも知れない。それくらいの価値はある知識だ。いや、流石に何十年いや、百年は後の話だよな。


 ……それまで人間社会があればだけど。


「ストップ。そういうことは災厄を乗り越えて都市を軌道に乗せてからですよ」


 俺は止めた。そんな黄金色の未来を描いているどころではない。失敗したら全てを失うのだ。俺達だけでなく人間社会が。そして、その可能性はとても高くなっている。


 その状況で金融による経済活動の活発化は、逆転して破壊のスピードの速さに化けかねない。情報の伝達が早ければ危機の伝播も早い。


 つまり、俺のせいで災厄の被害が拡大しかねない。どうせ滅んだら終わりだと言えなくもないけど、そこまで割り切れない。


「引きが強くても調達する金額が金額だ。時間もないし、しっかり固めていくぞ」

「そうだね、なるべく広く売り込まないと、金貨の代わりにするって話なら偏りがあまり出ないようにしないといけない。まだまだ頑張らないとね」

「だね」

「う、うん、そうだよね」


 メンバー達は無理矢理何かを飲み込んだような顔で頷き合った。何というか、やらかしてることに比べれば順調だ。本当に頼もしい限りである。そうなると問題はラボの方か……。


 俺は意識を窓の外に向けた。紫魔力発生器は効率が遅々として上がらない。深紅の魔結晶の在庫がやばいんだよな。俺が無駄遣いしすぎたせいか。もしかして、アルフィーナが余計な気を回して。いや、アルフィーナは今屋敷にいるか。


 深紅の魔結晶が紫の魔力で充填できることは負の魔結晶を使って確認したし、魔虫が襲ってくる場所の選定はフルシーのアンテナで客観的に評価する。出現する紫魔力の噴出口は少なくとも2種類に分けてそれぞれ対処しないといけないけど、それはもう少し後だ。


 アルフィーナにはエウフィリアと馬車の生産をベルトルドから広げる調整を頼んでいる。ヴィンダーの利権は放棄だな。とにかく、輸送効率の良い馬車を大量に作ってもらわないといけない。


 ……いや、ラボの話だった。ノエルの回路基板は順調なんだよな。出向組も新しいやり方に慣れているみたいだし。量産に当たっては帝国からの応援も望めるんだっけ、両国の技術が上手くかみ合えば……。


 量産するための新型魔導杖が影も形もないんだった。


「……というわけだ。一番のリスクは、…………なあヴィンダー」


 俺は突然肩を揺らされた。気がつくとダルガン達が俺を見ている。


「……えっ、えっと魔結晶の在庫の話でしたっけ?」

「おいおい、俺達がそんなことに関わるわけないだろ」

「……そりゃそうですね。えっと、すいません、なんですか」


 俺は恐縮して聞き返した。


「せっかく集めた債券が税金として国庫に戻る割合のコントロールです」


 ミーアが言った。気がつくと、部屋の石板にはイールドカーブみたいなのが書かれている。


「ヴィンダー。どれだけの仕事抱えてるんだ。本来ならこの債券一つだけでもとんでもない大仕事だぞ」

「え、ええ、ですからこういう風に皆さんに……。ミーアがしっかりしてるし。ほら、ダルガン先輩も前にミーアを働かせすぎって……」

「ラボのこともあるよね」

「そ、そっちも。えっと、ほら錚々たるメンバーだし、俺は基本的にアイデア出すだけで…………。各人の調整はアルフィーナ様も手伝って……」


 俺はしどろもどろになりながら言った。


「どうなのミーア?」「…………」


 リルカとシェリーが俺の言葉を無視してミーアを見る。


「客観的に、先輩に負担が集中しているのは否めませんね。最近は睡眠時間も減っていますよね」

「いや、それも俺だけじゃない」

「ちなみに、今朝の食事は?」

「え、えっと何だったっけ」

「…………」


 俺だけが頑張ってるわけじゃない。国王以下全員が飛び回っているのだ。王太子であるクレイグが負傷してまで魔虫との戦いの最前線に立った。飛竜の領域とマルドラスを往復しているファビウス達など、今も直接生命の危機にある。


 それに比べて俺の負担なんて知れたものだ。しかも、その全員の努力を台無しにしかねない位置にいる。この、前世知識だけで本質的に凡人の俺が……。


「とにかく基本的な情報共有は終わりました。こちらは後は私達に任せてください先輩」


 ミーアが言った。俺は皆の視線に押されるようにうなずいた。確かに、さっきの商業とラボの混同は危険信号だ。こういう時は考える前にちゃんと整理しないといけない。

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