4話:後半 過疎地
えっと、ちょっと待て。一番偉そうな金髪の四年生がヒルダ、大公令嬢ってことは大公女だっけ。次に偉そうな線の細いメガネがレオナルド。宰相の息子。なるほど官僚の血って感じだな。黒髪のゼルディアが大商人カレストの娘、同色の残りの一人がセオドールでその跡継ぎか。
准王族、大貴族、大商人。非常に胡散臭いラインだ。
しかし、類は友を呼ぶというけど向こうの女性陣はそろって大きいな。こちらの陣営は、まあリルカは普通の範疇かな。いやいや、年齢差があるからな将来性は…………。それに、可愛さでは圧勝。美人度では悪くても互角だ。
男の方は、足を引っ張ってすまん。
「この者たちが、学生会の決定に異を唱えているのです」
四対四の生徒が向かい合った廊下、口火を切ったのはセオドールだ。さっきまで、こちらの後ろ盾と誤解したアルフィーナに遠慮していたのに、とてもわかりやすい。それでも、器用に俺とリルカだけを指差すところが保身家としては共感を覚える。
「ほう、それは聞き捨てならないね」
まだ脳内名簿を整理している途中の俺をメガネが静かに睨んだ。
「どういうことかな?」
「誤解があるようです。ボクはカレスト先輩に紹賢祭の仕組みをご教授願っていただけです。それで、後学のために教えていただけるとありがたいんですが、今年のルール変更の理由って何なんですか?」
前例を重んじるこの国の縮図である学院、ドラスティックな改革には理由があるはずだ。
「各商会が貴族にアピールする貴重な機会には、相応の対価があるべきだろう。それに、権利料として支払われた金額は学院に対する寄付となるのだよ。今年は例年の倍以上集まった。これは君たち平民学生こそ喜ぶべきことだと思うよ」
メガネの先輩は恩着せがましく言った。場所代を払った大商会も平民なんだがなあ。貴族組には何のメリットもなさそうだけど、学生会の実績になるってところかな。こういうところの評判って後々まで響くらしい。一つしかない学閥に将来のエリートが集まってるんだから当然か。
「ありがとうございます。ルールがもたらすものは理解できました。ただ……」
俺は困ったなという顔をした。レオナルドはヒルダを見た。金髪の豪奢な頭が微かに縦に動いた。
「言って見給え。学生会は生徒の意見に耳を傾ける」
「はい、基本的には疑問も不満もありません。小さいとはいえ商家の息子の立場で考えても、現実の商売では資金力は大きな意味を持ちます。資金がある方が有利になるのは現実に即したルール。失敗しても取り返しが効く学生ならばこそ、資金力の差を経験しておくことは重要でしょう。教育上理にかなっていると思います」
俺は言った。おてて繋いで一緒にゴールは論外。教育だからこそ同じ基準で比較すべきだという理想は価値が有るが、それでは教えることが出来ない大事な要素がある。状況に強いられた失敗を経験できないのだ。
生き残るという究極の目的、つまり保身、に鑑みれば。能力はその状況に応じて”活用する”ことが主眼であり”比べる”ことに本質的意味は無い。この環境は厳しすぎた、向こうのせめて普通の環境なら生き残れた。そういうふうに死んだ後言っても意味が無いのが現実だ。
十八歳で卒業の学院は日本なら高校だが、卒業後は社会に出るのだから。しかも、それでさえ一般人よりも三年遅いのだ。
「そのとおりだ。今回のルールの改定はそう言った観点でもなされた」
現実的で素晴らしいですねと定義してやる。レオナルドは意外そうな顔になるが、すぐに尊大にうなずいた。俺はほくそ笑んだ。
これでこのルール改定はあくまで教育目的になった。教育機関である以上、この建前は強力だ。
「しかし、実際の運用はどうでしょう。『教育』である以上、参加できなければ意味がありません。資金力の差を経験するために、資金力のない生徒を閉めだしては、その教育その物が成立していません。これは、先輩たちが行ったルール改正が”意図”したものとは違うのでは?」
俺はレオナルドに尋ねた。エリート然とした顔から表情が消えた。
「希望しているのに参加できない生徒がいるのですか?」
アルフィーナが絶妙の合いの手を入れた。レオナルドの顔が歪んだ。共謀してないですよ。
それはともかく、むき出しの商業論理から商業論理はあくまで教育のための手段である、にひっくり返している。さあ、王国官僚の頂点の息子はどう出る。
「……なるほど、一理ある考え方だね。確かに、平民学生たちが少しでも良い場所をと加熱した結果、いささか極端な状況が生じてしまったか。店を作るのはあくまで平民だからと任せすぎたきらいがあったかもしれないね」
学生会の副会長は、如何にも中立ですという態度で言った。頭の回転は早いようだ。だが、それが保身に配分されている。俺にとっては読みやすい相手だ。
「しかし、一度決まったルールを動かすこともまた弊害がある」
「そうですね。ルールがコロコロと変わっていては教育にはなりません」
畳み掛けるように肯定してみせた。もちろん、二つの意味を込めている。ルールを突然変えたのはお前らだろという意味がある。つまり、簡単には引かないよと言外に匂わせる。
「…………では、こうしよう。一度決まった教室を動かすことは出来ない。だが、学院には教室以外にもスペースはある。今回、場所を取れなかった参加者だけでその場所を入札させるはどうでしょうか。ヒルダ様」
「とても良い考えだわ。許可します」
俺たちのやり取りを見守っていたヒルダは顔色も変えずに言った。ゼルディアが一瞬悔しそうな顔になるが。すぐに笑みを浮かべる。まだ何かあるな。
「まってください、教室以外のスペースって、余ってる場所はどれも狭くて……」
リルカが言った。なるほど、大講堂や図書館を除けば教室は一番大きなスペースだ。そして、必要なのは店のスペースだけじゃない。何しろ参加する学生の半分と、来賓の多くが貴族だ。クロークや準備室的な場所もいるだろう。
「そこが小さな商会の腕の見せ所でしょう。あなたのご実家なんて、我が商会の3分の1の大きさもないでしょう。それじゃあ商売ができないというのかしら?」
「そうだな。時間も考えれば、これ以上の変更は難しいだろう」
レオナルドがセルディアにうなずいた。限界だな。これ以上は俺の保身がもたないし。
というか、なんで参加しない俺が中堅商会、ちなみにその一番小さいのでもウチよりもずっとでかい、の代表みたいに交渉してるんだっけ。俺はそもそもカレストとケンウェルの抗争の情報収集に来たはずだが。
「ありがとうございます先輩方。おかげで色々と勉強になりました」
自らに生じた疑問を押し殺し、俺も撤収に掛かる。だがペアの方、この場で一番偉そうなのが俺を見た。綺麗な顔には変わらず悠然とした表情だが、視線の冷たさは虫に向けるものだ。
「そなた名前は?」
「リカルド・ヴィンダーともうします」
「リカルド……。ああ、そなたがアルフィーナのダンスの相手ですか」
ヒルダはアルフィーナの名前を出した。嫌な予感がする。嫌な予感がするぞ。
「アルフィーナの友人なら、きっと素晴らしい店を出すのでしょう、楽しみにしているわ」
待て、なんでそんな話になる。
「お待ち下さい。私は入札に加わっていませんから、参加資格はないのです」
「うん? 参加するつもりもないのにあれだけの口出しをしたのか。ちょうどいいじゃないか、君の意見がきっかけで新しく入札が行われるのだから参加できる」
レオナルドがメガネをくいと上げた。
「い、いえ、格安の使用料であっても、ヴィンダーの資本にとっては大金となります、紹賢祭に出店など当家には高嶺の花。もしもとなれば、中庭に屋台を出すくらいしかありません」
「屋台?」
「レオナルド様。この者は零細商人の息子です。屋台というのは……」
ゼルディアがレオナルドに耳打ちをする。
「クスクス。籠背負の意識がまだ抜けていないのねえ。どうしましょうかヒルダ様」
「言ったとおり、アルフィーナの友人となれば捨て置けないでしょう。中庭ならアルフィーナが監督であるし、ちょうどいいでしょうね。参加者の名簿に入れて上げなさい」
「かしこまりました」
トントン拍子に決まっていく。そんなコネによる特例はいらない。一店だけぼっち屋台とか、確実に赤字になる。大公女と宰相令息の嫌がらせとかシャレにならない。平民学生どうしの対立を見に来たはずなのに、大貴族からモルモットのような目で見られているのはどういうことだ。
偵察部隊がいつの間にかフロントラインに立っていた、くらいの衝撃だ。
ただ、それとは別に気になる言葉があった。
「中庭の監督というのは?」
「はい、ヒルダ様から紹賢祭役員として役割を任されました。校舎がヒルダ先輩、東屋がレオナルド先輩。その間の中庭が私という分担だそうです」
アルフィーナが何でもないように言った。だが、横目で確認するとクラウディアの顔がこわばっている。
「えっ、でも、中庭は何もない……」
リルカが言った。見えてきたもう一つの構図だ。中庭には何もない。もしあるとしても俺の屋台一軒だけ。屋台なんか貴族は店とは認識もしない。地面に立って食事を食べたりしないだろう。
「これまでは聖堂の仕事の妨げになってはと配慮していました。ですが喜ばしいことに、最近は学院に顔を出すことも多いと聞いているわ。ならば、王族の一員として相応の責務を負ってもらうのが正しい有り様です。中庭なら初めての役割として適当でしょう」
なるほど、楽な場所を割り振ったと。でもそんな誰も相手にしない場所の監督を押し付けられた人間は、祭りの間どういう過ごし方をするのかな。
長子相続で第一王子は安泰。魔獣氾濫で第三王子は大活躍。その間に挟まった第二王子の婚約者か。同じ大公家の令嬢でしかも疎まれる血筋が王女の肩書を持った。聖堂に押しやられて安心していたら、なんと魔獣氾濫の予言で名を高めてしまった。
アルフィーナと俺に向ける視線から、一瞬でそんなプロファイルが浮かび上がった。もしかして、そんなお前以外には何の価値もないお前の面子のためにアルフィーナ……、俺を巻き込んだのか。
こいつも弱肉強食を履き違えた手合いか。人間は魚よりも強いから魚を釣って食べれる。これは弱肉強食だ。正しいか間違ってるか知らんが、それでけっこうだ。
だが、人間が命じたら、魚は海から飛び出て刺し身になって皿に並ばなければならない、なんて考えてるなら。それは勘違いだ。
俺はちらりと窓の外を見る。中庭か。元の世界の学園祭じゃ一等地だったな。それに、スペースが足りない沢山の小商会が存在している状況。
「ご配慮ありがとうございますヒルダ先輩。ありがたく中庭を使用させていただきます」
「ええ、楽しみにしているわ。あっと驚くような珍しい物が見れるのかしら」
「ご期待にそえるように全力を尽くします」
「頑張り給え」
俺が深く頭を下げると、二人は用は済んだとばかりに踵を返した。二人のカレストは俺を憎々しげに睨むと、すぐに後を追った。
「先輩……」
「ヴィンダーあんた……」
二人の少女が呆れたように俺を見た。
「威力偵察も偵察のうちだろ……」
ただ仕掛けた相手が、敵の本隊だったってだけだ。




