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20話 クレイグ・レポート

 紫の魔力らしき反応という報告を受けて、我々が向かった先は帝国の北西部、ちょうど飛竜山から西に行った位置にある村だった。帝国には数多ある近くの魔脈からのわずかな魔結晶と、山羊などの家畜が主な生業の村だった。


 80軒程度の規模だったらしい。何しろ、我々がそこにたどり着いたとき、すでに村の大半が破壊されていたのだ。


 酷い物だ。家屋は破壊され人と家畜の区別なく食い荒らされていた。生存者は殆どいなかったよ。


 惨状を引き起こしたのはたった2匹の魔獣、いや魔虫だ。姿形は我々が飛竜山で見たものとは全く違った。背中から側面を鎧のような厚い外皮で被い、頭部には大きな一本の角と、その左右に牙のような突起。三つ叉の槍のようだった。足は6本だというのが共通点か。


 目立つのは、深紅の巨大なコアが大きな両眼に挟まれた眉間に輝いていたことだ。


 こちらの戦力は馬竜騎士30騎に、新型魔導杖を持った私たち18人。通常の魔導杖を持った帝国の魔導師12人。小型の破城槌が二本。飛竜山の時の3倍以上の戦力だな。


 地上に降りている魔虫を見て、ダゴバードはすぐに戦闘開始を指示した。飛行能力を持つことは予想されていたし、雷撃に関してもそちらからの情報は届いていた。相手が地面に降りている今が戦機というのは正しい判断だったと思う。


 とはいえ、正体不明の相手。まずは手前の1匹に戦力を集中させることにした。最初に我らの螺炎による集中攻撃が魔虫の側面に浴びせられた。無論、甲冑のような外皮に覆われた腹部に垣間見える小さな模様を狙ったのだ。だが、鎧のような背中の外皮側にそれた物はもちろん、それよりは薄いはずの腹側寄りの側面に着弾した物まで、はじき返された。ルビーのように光る身体には、文字通り傷一つ付かなかったのだ。


 せいぜい目くらまし程度の効果だ。だが、こちらも敵の力が幼虫を上回ることは想定していた。その目くらましを使って、馬竜が引く破城槌を突撃させた。攻撃は成功して、魔虫は派手によろめいた。


 ところがだ、激突した破城槌は外皮にはじき返された。当たった場所に僅かなへこみが見えただけだ。


 何もなかったように立ち直り、こちらを見た魔虫に流石にぞっとした。何しろ虫の目だ。感情が読めん。


 そして、その衝撃が注意を喚起したらしい。2匹は翅を広げた。分厚い背中の鎧がそのまま広がり、その下から透明で細い翅が出てきた。透明な翅から深紅の光があふれたと思ったら、あっという間に飛び立っていた。助走も無しだ。


 もちろん我々もただで逃がすつもりはない。剥き出しになった腹部や翅に向けて螺炎を放った。ところが、空中にいる魔虫は尻を向けたまま巧みにひょいひょいとかわすのだ。


 いやはや、大きさは全く違うがまるで手でハエを追っているようだった。あれでは当たるものではない。


 かなり上空まで飛び上がった魔虫の身体が黄色に光り始めた。尻の方からだんだんと光が前に進んでいく、幼虫と同じパターンだ。雷はついに頭部の先にある三つ叉のところに集まる。


 雷をまとった槍のように見えた。距離は十分ある。だが、あの情報があったからな。我らは慌てて散会して、低い場所に走った。雷撃が振ってきたのはその直後だ。


 間違いなく螺炎よりも射程距離が長い。しかも2匹がタイミングを合わせて、雷の流れが地面を焼きながら迫ってくるのだ。近くにあった樹木が一瞬で発火した。次が来たら終わりか、正直そのときは覚悟したよ。


 相手がそれで引いたのが幸いだった。魔導師によると、深紅のコアの魔力は減っていたらしい。後で紫の魔力が吹き出している地点を探したら、そこはすり鉢状に地面が掘られ、側面に多数の卵が見つかった。


 虫どもにとっては、目的は達成していたのだろうな。


◇◇


「おかげでこれで済んだよ」


 包帯でぐるぐる巻きになった腕をさすりながらクレイグが言った。


 対魔獣騎士団本部の会議室は、一人語る団長殿下を除いて沈黙していた。昨日、同盟の証として送られた馬竜に乗って竜騎士として帰国したクレイグの姿は、早くも王都の評判となっていた。だが、そのマントの下には苦戦の跡が残されていたわけだ。


「そうそう、これがその村に残っていた爪の痕跡だ」


 クレイグが紙に写し取ったそれを見せた。あの遺跡で採取したのと同じ。アルフィーナに渡すとアルフィーナも青い顔のまま頷いた。


「よ、よくぞご無事で」


 俺はなんとかそう言った。無意味と解っていても、帰国していた自分に罪悪感を感じる。


「こちらは負傷者だけで済んだが、帝国には三名の戦死者が出た」


 とんでもない苦労を何でもないように語っていたクレイグが初めて声を落とした。メイティールが顔を伏せ、胸に手を当てた。フルシーも魔虫に対する好奇心を封印している。アルフィーナは渡された爪痕の写しを持つ手を震わせている。


 改めて、自分が平和な王国にいち早く戻っていた事を実感する。犠牲を無駄にしない責任があるということだ。


 死んだ人間やその家族や近しい人間にとって本当の意味で慰めになるかどうかは分からない。だが、少なくとも悲しんでいる遺族を守るために全力を尽くさないと。


「まずは、本当に貴重な情報が得られました」


 そのためにも、冷静に情報を整理、分析しなければいけない。


 魔虫が間違いなく紫の魔力に集まること。そして、予言に示された惨状が間違いなく、その魔虫によること。


 つまり災厄の魔獣の正体が、昆虫型魔虫の成虫であることが確定したわけだ。


 予想通りだが、確定できたことは極めて大きい。戦略の前提が間違っていないというのは一番貴重な情報だ。


 それは間違いないのだが…………。


「災厄の魔虫は予想よりも遙かに強力ということですね。幼虫型とは比較にならぬほどの防御力、飛竜よりも巧みに空を飛ぶ機動力。その上、遠距離上空からの強力な雷撃で攻撃してくる」


 俺の言葉にクレイグが頷く。


「さて、リカルドに対策を聞きたい」


 そして、胸に突き刺さるような質問が飛んできた。


「…………」


 俺は沈黙した。実際に戦った当事者が平静を保っているのに、俺の方はまだ冷や汗が止まって無いのだ。


 たった2匹、しかも季節的に万全でないかも知れない成虫がこの強さ。これが大群で襲ってくる。戦い方は学習で進歩させる戦略が破綻する。学習する前に一気に滅ぼされる。


「ダゴバードはなんて?」


 沈黙する俺に代ってメイティールが聞いた。


「攻撃がとにかく通らない。相手の表面を覆った魔力に対して、集中して攻撃するこちらの武器の魔力が押し負けているのでは話にならない、と言うことらしい」

「破城槌が効かないとなると、魔力圧がかなり違うわね。深紅のコアを持ってるだけのことはあるわね」


 メイティールの顔が曇った。螺炎の更なる改良は可能、というかすでに出来ている。だが、それは威力と言うよりも精度や連射速度、そして魔力効率の改善だ。今の話ではそもそもダメージにならない。


 恐らく、空気の振動に対して極めて敏感なのだろう。空を飛ばれたら当たりすらしない。


 接近戦をやったら勝てない物理的な力の差がある上に、圧倒的な防御力を誇り、飛行も含めてこちらよりも早く、攻撃の威力と射程も長い。


 1匹がドラゴンに匹敵するどころかそれ以上。こちらには勝てる要素がない。


「対抗できる新しい魔導杖が必要のようですな」


 フルシーが言った。メイティールが頷く。既存の兵器の延長では対抗できない、その判断は正しいだろう。根本的に新しい魔導の開発。とんでもない難問だ。何しろ、これまでは魔導の術式自体は基本的に変えていないのだ。


「アイデアはあるか?」


 クレイグが落ち着いた声でもう一度俺に聞いてきた。全員の視線が俺に向くのが分かる。いや、アルフィーナだけがクレイグにとがめるような目を向けた。


 いや、クレイグにはそれを要求する権利がある。


「……すいません。今すぐはとても……」


 その要求に応える力が俺にあるとは限らないだけだ。


「期待しているぞ」


 クレイグは明るく言って俺の肩を叩いた。ポンという音がしそうな軽い動作だ。だが、包帯を巻いた腕から伝わるのはとてつもない重さだった。


「王太子殿下。リカルドくんばかりに……」

「アルフィーナは良くやってくれた。あの雷撃の情報がなければ危なかった」


 その言葉に俺はびくっと震えた。アルフィーナが俺の望みどおり大人しくしていたら得られなかった情報だ。


「そういうことではありません。リカルドくんは……」


 アルフィーナがクレイグに食ってかかる。


 クレイグは普通にアルフィーナの予言の力を対策に組み込んでいる。当たり前の話だ。当たり前の話だが、俺に取ってはやはり……。


「いや、アルフィーナがリカルドを思う気持ちは分かるが、正直他に当てがない」

「これまでのリカルドくんの貢献でまだ足りないというのですか」


 王女と王子がにらみ合う。これはまずい。このままじゃ、アルフィーナが災厄の矢面に……。


「と、とにかく。ラボに戻って対策を考えます」


 未だに何の考えも浮かばないが、俺はそう言うしか無かった。

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