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18話:前編 建設費用

 早朝にラボから大公邸じたく……じゃないに戻った俺は、今度は親父とミーアと一緒に王宮に向かう準備をした。同盟軍後方補給基地、という名の俺達の新都市の建設のための会合だ。そう思わないとやってられない。


 朝飯を食べながら、親父と二人でミーアから今日発表する計画についての詳細をレクチャーされた。


 今は、宰相府の控え室に商業界のお偉いさん達と一緒に待たされていた。壁に掛ったタペストリー、彫刻の刻まれた机と椅子。派手ではないが、一つ一つに歴史が感じられる部屋だ。


 同行者達も居心地悪そうにしている。こっちだって錚々たるメンバーなんだけどな。おなじみの食料ギルド長。何度か話した輸送ギルドの大物、ジヴェルニーだったか。そして、初めて見る中年男は建設ギルド長らしい。


 例外が俺達ヴィンダー商会の三人だ。新都市設立準備委員会の会長を押し付けられた親父。俺の秘書と言うよりも、もはやヴィンダー商会を宰領していると認識されているミーア。そして所属から立場から色々カオスな俺。


 ちなみに、宰相府に入るや俺だけ別の部屋に通されそうになった。もちろん断った。離間の計だろうか。


 そもそも、俺は実験で忙しい。なんでこんなところで金の算段なんかに付き合わなきゃいけないんだよ……。


「落ち着こうかリカルドくん。まるで国家に反逆しそうな顔になってる。僕は恐いよ」

「親父こそもうちょっと堂々としてても良いだろ。普段生活してるところとそんなに変わらないじゃないか」


 この平民トリオは普段は王国一の大貴族邸に居候している、これくらいの部屋に驚くわけにはいかない。


「リカルド君。僕たちが恐れてるのは部屋じゃないよ……。いや、いつもはこの二つ隣だからそれも何だけど、本命は違う」


 親父は手に持った紙に目を落とした。新都市建設にかかる費用の試算だ。割としゃれにならない額が並んでいるが仕方がない。


「リカルド殿。紹介しましょう建設ギルドギルド長のドラン殿だ」


 さっきから、ちらちらとこちらを見ていたこの中で唯一面識のない男を、ケンウェルが連れてきた。気を回してくれたのだろう。俺の前に来た五十過ぎくらいの男。普通に裕福そうな商人の格好だ。建設ギルドと言ってもこっちの世界のは完全に元請けみたいな感じのはずだ。


「初めましてドラン名誉男爵様。忙しいところ申し訳ありません」


 俺が礼儀正しく言った。俺はあくまで商人、その観点から言えばこちらは銀商会の跡取り。向こうはギルド長だ。相手はびくっとなった。いや、今の言い方だと俺が呼びつけたみたいだな。不味い不味い。


 新都市建設という膨大な土木工事を考えたら、ドランは文字通りキーパーソンだ。彼の協力なくして何も出来ない。川の向こうに作るのは単なる野戦陣地ではなく、恒久的な都市の基礎になるのだ。


「お初にお目に掛ります。ヴィンダー閣下」


 ドランは俺の前にひざまずかんばかりに頭を垂れた。俺は慌てる。後ろで親父がため息をついた。


「えっと、そんなにかしこまる必要ないですよ。こちらは協力を仰ぐ立場ですし」

「ケンウェル殿からは、最低でもベルトルド大公閣下の娘婿だと思うようにと言われていますが……」


 誰だその大貴族の親族は……。確かに、エウフィリアにアルフィーナをください的なことをいった気がするが、それはあくまで限られた可能性なのだ。そういった事情にならないよう、そういった形でアルフィーナを都合良く……。とにかく、俺は今アルフィーナのためにもそう動いている。


「どうやら情報に行き違いがありますね……」

「そうでしょうか」


 ドランはちらっと部屋を見た。


「まあ、それがないとしても、これだけの物を見せられれば当然下手な扱いは出来ませんから……」


 ドランの手元にも俺達と同じ紙がある。そうだな、とんでもない公共事業だ。規模、費用、そして場所。更に大災厄の後方基地というシチュエーション。ハイリスク・ハイリターンと言う言葉じゃ収まらない。


 ブラックスワンが群れをなして飛んでいて、もう白い白鳥が珍しいんじゃないかって位の話だ。まあ、俺を含めて従事者にとっても、もれなくブラックな業務が付いてくる。


 莫大な儲けと破滅の危機の背中合わせ、情報を死ぬほど欲しているのは解る。


「数値に関してはウチの秘書の方がずっと詳しいですね」


 俺は小柄な黒髪の少女を差した。静かに座っているミーアはこの中で一番落ち着いている。何度も宰相府に出入りしてるみたいだからな。ぞろぞろと宰相府の廊下を歩く商人達を、異物を見る目で見ていた官僚達だが、ミーアのことだけは認識していたっぽいくらいだ。


「宰相府の特別数理官のミーア・ヴィンダー殿ですな」


 なぜウチの秘書に、余所のギルド長が礼を尽くしてるんだろうな。そして、その聞いたことのない役職は何。後ろで親父がまたため息をついた。


「数字の背景にある計算については今から説明します」


 ミーアは言った。


「いや、そのですな。まず根拠と言うよりも……根本的に規模が……」


 ドランの横にケンウェルと輸送ギルドも並んだ。ミーアによる商業会のトップに対するレクチャーが始まる。俺は仕方なく窓際の親父の隣に行った。親子揃って遠い目で空を見る。


「なあ、俺達って何なんだろうな」

「……それをリカルドくんに言われてもね。僕は自分よりもずっと大きな商会の会長達の間を周旋するだけで一杯一杯だよ」


 親子揃ってため息をついた。それ、俺が一番出来ないやつだな。何しろ国難を背に脅迫しないと交渉できないタイプだからな最近の俺。いや、俺だってもうちょっと保身を考えて自重したい。でも、それをすると人類が滅びかねないという。


「まあ、あれだ。頑張らないと国がなくなるし……」


 環境せかいが悪い、と言う思いを込めていった。親父がため息をつく。


「そうだけどね。……まあ今からあれを聞かされるのだと思うと、むしろ相手に同情すべきか」


 親父はミーアを見た。


「対魔獣同盟王国代表ヴィンダー閣下、お待たせしました」


 ドアが開いて、法衣をまとった若い男が言った。聞き覚えがあると思ったらレオナルド先輩だった。で、閣下ってだれだ?


「先輩ですよ。招待状に書いてあったでしょ。私たちは召喚状でしたけど」


 ミーアが言った。俺はため息をついた。特使がいつの間にか代表になっていたのか。


 レオナルドに案内されて入ったのは中型の会議室だった。大きなテーブルの奥側にグリニシアスと知らない初老の男。入口側に多分俺達の席。


 やった、国王はもちろん王族すら一人も居ない。まあ、限りなくそれに近い人が一人居るけど。右側に座るエウフィリアをちらっと見た。宰相の後ろに並んでいる官僚達はともかくとして、知り合いの方が多いのはありがたい。


「閣下はこちらにどうぞ」


 俺が証人席に座ろうとすると、レオナルドが右側を指差した。エウフィリアが手招きしている。俺は仕方なくエウフィリアの横に座った。


「監査役補佐の肩書き忘れておったじゃろ」


 エウフィリアが羽扇で口を隠して言った。ご明察でございます上役様。頭の中に一度に収まる肩書きなんてせいぜい3つだ。それ以上増えたら順繰りに脱落するだろ。


 明治時代の大臣の写真とかで、じゃらじゃら勲章付けてるのがあるけど、あれ本人も全部覚えていないと思ってる。多分、一番格式の高い一つ覚えておけば良いはずだ。俺の三つの肩書きの中で一番はなんだ。ああ、さっきの王国代表かな。


「ちなみに、あの方は……」

「フォルカー候。財務卿じゃ。まあ、宰相の側近じゃな」


 なるほど……。真面目そうなテクノクラートって感じだな。表情が少し硬いが……。俺がもう一杯一杯の貴顕リストに新しく枠を作る。今誰かがこぼれ落ちたかも。たまにいる人の名前を覚えることならヒルベルトホテルの支配人みたいな能力持ってる人間、あれは何なんだろうな。


 グリニシアスが全員を見渡して口を開いた。


「では、来春の魔獣討伐の費用調達。特に後方基地建設に関する会議を始める。財務大臣」

「はい。まずは、全体の戦費の試算から……」


 グリニシアスの言葉にフォルカーが立ち上がった。後ろの官僚達に緊張が走る。レオナルドが俺達の前に紙を配る。大きな数字が並ぶな。王国のほぼ全軍を河向こうに遠征させるんだから当然か。相手が魔獣だから普通の兵士は戦えないが、補給や土木工事は引き受けてもらわないといけない。スコップ、ツルハシとか作った方が良いかもしれない。


 食料の必要量、木材や石材など。ああ、国境近くの街の城壁が幾つかなくなるのか。不味いけど……。まあ、空飛ぶ魔虫相手に城壁の有効性は限定されるし仕方ないか。


「以上。…………来年だけで必要とされる予算は国家予算の8倍近くになる。調達の手段は臨時徴税、貴族諸家からの寄付などだが、去年戦争があったばかりで限界がある。つまり、財務的には極めて厳しいといえる」


 フォルカーは商人達をねめつけるように見た。三人のギルド代表が汗を拭いている。まあ、いくら命が掛ってるからって限界がある。大体、災厄の正体がまだ不明瞭。俺達しか見たことのない魔虫って言っても想像しがたいし。無理をすれば国家の安定にも関わる。


 それだけじゃない、俺達商人にとって極めて不味いことが起こる。金の分布が大きく偏るのだ。あっちで洪水、こっちで干害みたいなことになる。


 俺が問題を心の中で検討していると、視線を感じた。フォルカーが俺を見ている。


「その状況で、必要とは言え後方基地建設のために、これだけの費用を使うということだが……。お前達商人の為に国家を破綻させろと言うつもりだろうか」


 いつの間にかその手には、ミーアの試算が掴まれている。さっきのと合わせて国家予算の10倍超えるか。でも、ミーアがした試算だ。これでもかなり無理した額のはずだぞ。木の柵で囲んだだけから、将来の都市化を睨んだ本格的な建設だから、そりゃ費用は増える。


 だが、それが大事なんだ。それによって負債が資産に化けるんだからな。


「何か考えがあると言うことだったが」


 黙って部下に任せていたグリニシアスが口を開いた。さて、元経済学徒らしいところを見せるとするか。俺は立ち上がった。


「はい。この新都市、いえ後方基地の建設に関わる費用の全ては、債券の発行により調達したいと考えています」


 そして、前世持ちを舐めないでもらいたい。前のお国(にほん)がどれだけの借金…………と資産を抱えていたと思ってる。

最近言われてみたい言葉。


…………


「まるで経済学だな」

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