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17話 力の普遍的性質

 聖堂からラボに戻った俺はノエルに頼んでタライを用意してもらった。何か浮くものを探していると、ピンポン球くらいの木の玉をフルシーが持ってきてくれた。


 机の上にタライを置き、水を注ぐ。


 そして、集まってきたメンバー達を見た。アルフィーナとメイティール、フルシーとノエル。恐らくこの世界の魔力に関するトップ集団だ。


 一方、俺はと言えば前世の偉大な先人が生み出した概念の半端な知識しか無い。


「ねえ、何が始まるのかいい加減教えてよ」


 メイティールは待ちきれないという顔だ。聖堂で魔結晶の充填失敗を見ていた彼女はお預けを食わされている気分だろう。だが、俺みたいな素人が説明するには、こういった視覚的な準備がいる。


「これで準備は終わりだから」


 タライをまたぐように台をおく。台には小さな皿を乗せる。


「今度は一体どんな話が始まるのじゃろうな」


 フルシーも興味津々だ。


「えっとですね、資質を持った人間が魔結晶から魔力を生み出す仕組みについて、でしょうか」


 俺は木の玉を台の上に置きながらいった。


「ま、また始まるの!」


 ノエルが叫んだ。手が滑って玉を落としたらどうする。出落ちとか勘弁して欲しい。


「リカルドくんの考えることですから、きっとすごいことなのでしょうね」


 アルフィーナがまぶしい物を見るような目を俺に向ける。


「言っておくけど、今から説明することが正しいとは限らない。魔力を扱えない俺には判断しようがない。いつものように確証のない話ということは理解しておいて欲しい」

「……いつも通りじゃな」「そうね、確証はないんでしょう。当たるけど」「ああ、いつも通りなのね」


 魔術班が俺の話聞いていない気がする。まあ、全ての力の基本概念だから、魔力も大丈夫だとは思うけど。


「まず、魔力に限らず”力”というのはそれを発生させる物と、発生した力の伝達の二種類から出来てるんだ」


 俺はいった。全員が静まりかえる。


「例えば、声は……」


 俺は口を大きく開いて喉の奥を指差した。


「喉という振動する器官が作った空気の波が伝わる現象だ。目に見えない空気じゃやりにくいからここに水を用意した」


 全員の目がタライに注がれる。


「この玉が力を発生させるもの、水の波がそれを伝えるものということになる。まず、根本的に何かを引き起こすためにはその元、エネルギーが必要だ。お金が無ければ何も買えないのと同じだ。この財布みたいに」


 俺は自分の財布からお金を抜くと、机の上に置いた。その横に木玉を置く。


「玉が水の波を発生させるためには、玉にエネルギーが存在していなければいけない。例えば、こういう風に水と同じ高さに置かれている玉には、エネルギーがない。空の財布だ。だから、何も引き起こせない」


 俺は木玉をゆっくりと水に浮かせた。もちろん、どれだけ慎重にやっても僅かに波は生じるが、これはお愛嬌とさせてもらいたい。


「だけど、こうやって木玉にエネルギーを蓄えると……」


 俺は玉を指でつまんで持ち上げた。高さは10センチ程度。


「俺が玉を持ち上げたことによって、この玉には俺の腕が持ち上げた分のエネルギーが蓄えられた。俺が働いたことにより、財布に少しお金が入ったのと同じだ。そしてそれを解放すると……」


 手を離すと、ポチャンと言う音がして水面に玉が落ちた。そこを中心に波が広がる。


「そのエネルギーは水の波という形で周囲に伝わっていく。元々の玉が大きなエネルギーを持っていればいるだけ、それによって引き起こされる波も大きくなる」


 俺はさっきよりも倍高く、丁度台の上と同じところまで球を持ち上げた。そして、もう一度同じ事をする。


 バシャンという音がして、水が飛び散ると、さっきよりも大きな波が生じた。食いつくように見ていたフルシーとメイティールに水がかかる。


「当たり前と言えば、当たり前の話じゃな。じゃが、其方のこの手の話は当たり前であればあるほど恐いからのう」


 言葉とは裏腹にフルシーの目は爛々と輝く。


「そうね、今の話が魔力の発生って言う魔導の基本中の基本に繋がるって事でしょ」


 メイティールがゴクリとつばを飲んだ。二人とも水が飛んだことを気にする様子もない。


「ああ、ここから魔力の話に移る。魔力の場合は魔結晶の中にこの玉、つまり魔力の波を発生させる物、にあたる存在が大量に詰まっている。魔力を発生させる素、魔素と仮称しよう。魔結晶の中で魔素は魔力を生じさせるためのエネルギーを蓄えている。つまり、この状態だ」


 俺はもう一度玉を持ち上げて、タライの上の台に置いた。


「魔素は殆どの物と相互作用しない。つまり、俺みたいな資質のない人間は魔素にとっては存在しないのと同じ」


 俺は台の上で玉に触れないように手を左右に動かした。


「こんな感じ、俺が何をしようと魔力は生じない、だけど、資質を持っている人間は魔素に干渉できる」


 俺は玉を軽く指先で突いた。玉は台から落下して水面に落ちて波を発生させた。


「魔結晶の中で起こっている現象がこれだ。資質を持っている人間が魔素を刺激することで、魔素の中に蓄えられたエネルギーが波として周囲に広がる。この波が魔力だ。当然、この玉が高い場所にあればあるほど生じる魔力は大きくなる」

「つまり、普通の赤い魔結晶よりも、深紅の魔結晶の方が高い場所にあると言うことか……」

「あるいは沢山のお金が詰まった財布ね」

「理解が早くて助かる」


 俺は半ば呆れて聴衆を見た。


「まあ、何というか、普段魔結晶を扱ってるとね。そう言われればそうかもって思っちゃうのよ。特にヴィンダーが言うとね」

「なんとなくですけど、リカルドくんが凄いこといってるのは解ります」


 ノエルも付いてきている。アルフィーナもなじみの無い話だろうに必死に理解しようとしている。


 ここまでの説明の元ネタは当然、電気だ。正確には物理学の四つの力の一つ電磁気力。電磁気力を引き起こす粒子は荷電粒子、一番わかりやすいのは電子だ。そして、電磁気力を伝える波は光だ。光は光子から出来ている。


 電子が振動することによって、光子が生じる。前世で言えば分かり易いのは電球だろう。電球のフィラメントの中を電子が流れる。フィラメントの中で電子がフィラメントにぶつかれば、その振動が電子から光子という形でエネルギーを落とす。つまり光という形で電子の持っていたエネルギーが周囲に伝わる。


 例えを変えれば、電子というのは光子という荷物を沢山積んだ雪車そりのような物だ。平坦な道をまっすぐ走っている限り、荷物は落ちない。だが、道がでこぼこになったりカーブを曲がらされたりすると荷物が落ちる。


 経済的に例えると、お金を持っている通行人は何も無い道だとお金を使わないが、周囲に欲望を刺激する商品が並んでいたり、強引な客引きが横行していれば、お金を吐き出してしまう。そんな感じだ。


 そして、この力を発生させる粒子と、力を運ぶ波があるという性質は電磁気力だけでなく、全ての力に共通だ。電磁気力は電子と光子だし、重力の場合は質量と重力子だ。強い力と弱い力も基本は一緒。


 ちなみに、湯川秀樹が日本人初のノーベル賞受賞者となったのは、この概念の確立に大きな貢献をしたのが理由だったはずだ。


 ならば魔力も同じである可能性が高い。つまり、魔荷を持つ魔素と、魔素によって発生させられ魔力を伝える魔子みたいなのがあるのだろう。


「ヒントはあったんだ。それは充魔炉の仕組みだ。魔結晶の中の魔素が全て落ちた状態、それが普通の意味での魔力がつきた空の結晶だ。だから……」


 俺は水面に浮く玉をもう一度持ち上げて台の上に戻す。


「魔力を当ててもう一度魔素を充填してやれば再び魔力を発生させることが出来る」


 俺は上に持ち上げ直した玉をもう一度落とした。これは水力発電で使い終わって高度ゼロ(海)まで落ちた水が太陽の光で再び高い高度まで持ち上げられるのと似ている。


 ヒントはあったんだ。魔結晶に魔力を当てて充填できるのは電子で言えば励起させるような物。つまり、電磁気力と同じく電子と光子に対応する関係がある。俺がとっくに答えにたどり着いていながら、それを理解していなかっただけ。


「……じゃあ、負の魔結晶の場合はどうなるの」


 メイティールがゴクリとつばを飲み込んだ。


「肝心なのはそこなんだ。ここまでの話は、魔素が魔結晶の中から出られないことを前提としている。その例外が負の魔結晶だと思う。つまり、負の魔結晶と普通の魔結晶を近づけた場合に起こる現象は、魔力ではなく”魔素”の移動だと考えられる」


 普通魔力を出す場合は、魔素は魔結晶の中に留まったままだ。だが、負の魔結晶を接触させると魔素そのものが移動する。さっきの例えなら、普通の魔結晶から負の魔結晶に魔素が落ちるのだ。魔力はその副産物に過ぎない。


「つまり、負の魔結晶に接触させた魔結晶には魔力を引き起こす魔素がなくなっているって事ね。だから充填しようとして魔力を当てても、素通りするだけ」

「普通の赤の魔結晶から、深紅に近い魔力が出たり、深紅から紫に近い魔力が出たりした理由は?」

「それはこういうことだろうな」


 俺はタライをテーブルから下ろし、床に置いた。そして、テーブルの上から玉を落とす。大きな波が生じた。


「普通の方法で魔力を使い果たした魔結晶を持ってきてくれ」


 俺が言うとノエルが一つの魔結晶を渡した。俺はそれを負の魔結晶に接触させる。僅かだが光が生じた。


「つまり、普通のタライと同じ高さに落ちた玉でも、更に低い位置にある場所に落ちれば、波を作ると言うことだ」


 テーブルの上の台がプラス、テーブルが0とすれば、床はマイナスだ。もっと言えば、負の魔結晶は普通の魔結晶の中にある魔素を引きつける。だから、何もしなくても魔素の移動が生じる。そして、その落下のエネルギーが魔力を生み出す。


 魔力は間違いなく物理学の第五番目の力だな。確か前世の宇宙論的にも、力の種類が異なったり、数が違う宇宙は存在しうるという理論があった。だが、どんな力であれこの原理は共通。つまり、メタ法則レベルで考えると共通の姿が浮かび上がる。


「と言うわけで、負の魔結晶の扱い方については今のを参考にして考え直して見たい」


 俺は言った。


「待て、何か順番がおかしいぞ。今の話、魔力にとどまらず世界のすべての、なんじゃ"動き”の様な物の根本的な……」

「そうね、何というかこれまで聞いた中で一番ぞくっときたわ」

「頭が……」


 いや、魔力という極めて純粋に作用する、つまり解析しやすい”力”を感覚的に感じ取れるとは言え、今の俺の説明で理解するフルシー達にぞくっとするよ。


 一方、前世が湯川秀樹と同じ日本人の俺は、大まかな概念のざっくりとした説明で精一杯だ。つまり、ここまでが限界。


 例えば、魔子、魔力を媒介する力の粒子(フォースキャリア)がどんな物か解らない。地球には存在しなかったタイプのゲージ粒子で、スピンが整数倍。到達範囲から考えて質量ゼロで、速度は光速だろうか……。


 うん、俺のレベルで考えても分かるわけが無いな。波動関数? 標準模型? 俺にとっては文字通り異世界ちきゅうの話だ。


「とにかく時間が無いし、応用を急ぎたいんだ」


 俺は強弁した。


「……具体的にどうするのじゃ」


 フルシーが仕方なさそうに頷いた。


「負の魔結晶と接触させた場合、魔力のぶれが大きい、つまり負の魔結晶に向かって魔素が落下する経路はガタガタなんだ。魔結晶から負の魔結晶に魔素が移動するのは接触させた場合のみ。つまり、魔素が空気をまたいで結晶間を移動できる距離は極めて小さい」


 俺は負の魔結晶を使った魔力発生実験が表面積に依存していたことを思い出しながら言った。


「二つの結晶の間にある細かな凹凸でもブレの原因になり得る。なら、両方の魔結晶をぴったりと接触させれば効率が上がり、発生する魔力も安定する可能性が高い。魔結晶を整形するためのやすりみたいなのはないか」


 魔結晶は魔術師が扱いやすいように綺麗に整形されている。負の魔結晶は掘り出したままだ。


「これでいい?」


 ノエルが金色のやすりを俺に渡してくれる。俺は負の魔結晶を削る。流石魔導金製、硬い結晶がカンナ掛けするみたいに削れる。


 平たくした負の魔結晶を布でぬぐい、きらきらとした面を確認する。そして、普通の魔結晶の平たい面と接触させる。


 ピカッとフラッシュのような光が生じた。


「まぶしっ」


 ノエルが目を覆った。


「これを深紅の魔結晶でやれば紫の魔力が生み出せる可能性が高い」


 俺はそう言って笑みを浮かべた。


 紫の魔力を発生させることができれば、一番重要なプロジェクトである魔虫を引き寄せる装置の開発が前進する。アルフィーナの水晶を使わなくて済む。

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