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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
二章『模擬店ヴィンダーホールディングス』
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4話:前半 不動産バブルの学院

「100年間の減衰の計算を直線で想定するなよ」

「仕方ないですね。半減期の概念は確率に依存しますから」


 俺とミーアは一週間ぶりの学院廊下を歩いていた。三倍の大きさになった賢者の部屋からの帰りだ。寝泊まりする気か簡単な調理スペースみたいなものまであった。もちろん酒やツマミもだ。真新しい壁や机が汚れるのは時間の問題だな。


「しかし、思ったよりも学生が残ってるんだな」


 廊下には生徒たちが数人ずつ固まって、忙しげに動き回っている。全員が平民学生だ。確率的にはありえない偏り。


「おそらく、紹賢…………」

「ちょっと待ってください。ここもカレストのスペースだっていうの!」


 ミーアの言葉を遮るように、聞き覚えのある声が廊下に響いた。


「この権利書が見えないのか。正式な入札によってこの教室は我々のテナントだ」

「そうよ。今年はあなた達のような小さな家に出番はないの」


 選択制の講義が多いとはいえ、一応自分の教室というものはある。俺たちは図書館長の趣味部屋に行く前に、そこの棚に荷物をおいてきたのだ。そして、言い争う三人の学生はちょうどその入口に立っている。


 上級生らしい男女。男のほうが紙を突き出し。もう一人は腰に手を当てて悠然と立っている。相対しているのは、同級生の背の低い少女だ。悔しそうに肩を震わせている。


 それにしても、権利書? 入札? 聞こえてくる言葉には違和感しかない。


「優雅な学院ののどかな夏休みじゃないのか。ありゃなんだ?」

「リルカ......」


 ミーアは背の低い方の女の子を見ている。


 ききおぼえのある声だと思ったら、ミーアの友人か。そう言えば夏休み直前のお茶会にいた娘だ。


「それで、あれは何をやってるんだ?」

「多分、模擬店の場所取りではないでしょうか」

「いやいや、それにしては言葉が物騒だろ」


 まるで地上げ屋さんみたいじゃないか。家の名誉が掛かるって話だけど要は学園祭ではないか。


 まあ、参加しない俺達には関係ないか。教室の後ろのドアから入ればいいだけだ。


「とっとと荷物を持って帰ろう」

「はい……」


 だが、ミーアは歯切れが悪い。その目は友人を見ている。リルカは必死で食い下がっているが、上級生二人にまったく相手にされていない。


「上級生の方は誰かわかるか?」

「確か、カレストの本家の兄妹だったと思います。兄のほうが最上級生、妹が三年生です」

「カレストか」

「ケンウェルと次期食料ギルド長をめぐって争っています」


 なるほど、確かリルカっていうのはケンウェル傘下で乳製品を扱ってるんだったな。ケンウェルとカレスト。大商会同士の対立か。ウチの保身的に大いに結構だ。


「あなた達が、資金に物を言わせて必要のない教室まで全部押さえてるんじゃない。参加すらさせないなんて、いくらなんでも横暴よ、です」

「カレストはルールに則っているだけだ。入札には公平に参加できただろ。そもそも、ケンウェルの本店はちゃんと場所をとってるじゃないか。ウチの隣の一等地だ」


 参加すらできない? 模擬店に向けて気合を入れていたリルカの顔が思い出された。


 そして、入札、資金量、権利、少し見えてきたな。


「あの、先輩……、少しだけリルカと話してきても……」

「こりゃいい、カレスト対ケンウェルを分析するサンプルが転がってるぞ」

「先輩……」


 俺はずんずんと廊下を歩く。上級生男子が俺の接近に気がついた。黒髪の中肉中背、なるほど服装は平民の中じゃ最上級だな。装飾は抑えてあるが生地なんかは下手な貴族学生よりも高価そうだ。


「何かようか?」

「すいません、そこの教室に荷物を置いているんです。通してもらえますか先輩」


 上級生に対する完璧な態度だ。


「入り口は後ろにもあるでしょう。勝手に入ればよかったじゃない?」


 女生徒のほうが不機嫌そうに言った。同じく黒髪。キツ目の美人だ。


「先程、この教室はあなたの許可なしでは使えない、という話が聞こえてきたので。一応、お伺いをと」


 慇懃な態度を崩さずに言った。先輩を尊重する保身の鏡のような態度、自画自賛したい。なのに、なぜか二人は揃って眉根を寄せた。


「それは準備が始まってからだ。お前名前は?」

「リカルド・ヴィンダーと申します」

「ヴィンダー? 聞いたことがないわね?」

「ちょっと、どういうつもりヴィンダー。ミーアも……」

「あら、リルカさんの知り合いなのかしら」

「知り合いというほどでは。一度お茶会をご一緒した程度です」


 ミーアの方は随分親しいようだが、俺とはその程度だ。


「へえ、もしかして、夏休み前にリルカさんが言っていたお茶会かしら。クスクス、名もない商会同士仲の良いことね。一応言っておくけど、同じ副ギルド長と言ってもケンウェルとカレストじゃ明確な差があるのよ。小さな家ならなおさら付き合いは考えたほうがいいわよ」


 明らかな嘲笑だ。わかってるよ。そのせいでドレファノを潰す羽目になったんだから。


「ちょっと、こいつを招いたのは…………。ううん、いい。ヴィンダーは紹賢祭には参加しないんでしょ。荷物をとったらとっとと行きなさいよ。これはこっちの話なんだから」


 リルカは言いかけて黙った。へえ、てっきりアルフィーナやルィーツアの名前を出すかと思ったけど。


「なんだ、参加者じゃないのね。でも正解だわ。リルカさん以下の店じゃ、参加したくても出来なかったでしょうから」

「そうだな。弱者は逃げ足を大事にしないと生き残れない」


 カレストズは揃って笑う。事実だし、その意見には同意だな。だけど、強者も無駄な敵を作るんじゃない。足元すくわれても知らないぞ。そうやって潰れた店を知ってるだろ。


「参加すらできなかった? それは興味深いです。後学のため教えてもらえますか。カレスト先輩」


 カレストのやり口のサンプルをくださいと、俺は教えを請うた。


「セオドール・カレストだ。まあいい、物分りが悪い下級生を指導してやろう」


 ………………


「なるほど」


 要するに、紹賢祭のルールが変更になり、参加商会の資金の制限が取っ払われた。限られたスペースに、過剰な資金。まんま不動産高騰のメカニズムだ。しかも、投資用に住みもしないマンションを買うがごとく、模擬店の舞台となる教室を買い占めたらしい。


 実際の不動産と違って転売で儲ける訳にはいかない。なら目的は、資金力の少ない中堅商会の締め出しか。なんでそこまでやるんだ?


「分かったか。あくまで公正なルールに則ってるということが」

「そのルール、今年からいきなり変わったんじゃない。あんた達が手を回したんでしょ」

「あら、ヒルダ様とレオナルド様が許可されたことに異を唱えるのかしら」

「くっ、それは違う、けど……」


 リルカは悔しそうにうつむいた。


「誰だ?」

「クルトハイト大公の長女で、第二王子の婚約者です。レオナルドというのは、宰相の次男ですね。二人共四年生で学生会の会長と副会長です」


 またややこしいのが絡んでるらしい。保身に役立たないタイプの名前ばっか出てくるな。しかもペアで増えていく。名前覚えるの苦手なんだよ。ヒルダってアルフィーナが昨日言ってた上級生と同じ名前だな。


「というわけで、ここは紹賢祭の20日前。つまり、来週からは準備のため貸し切りだ」

「そういうこと。今日は好きにすればいいわ。これで文句はないでしょう」


 いや待ってくれ、まだ肝心のルール改悪の理由が分からない。学院祭にそんなむき出しの資本主義注入してどうするんだ? 市場万能教徒のシカゴ学派なのか?


「ええっと」

「リカルド君とミーアさん。やっぱり会えましたね」


 こちらの険悪な空気を読まない、明るい声がした。廊下の向こうから、事態をややこしくしそうな美少女が歩いてくる。おまけに傍らにはクラウディアだ。そういえば、側近に復帰したんだっけか。大公に散々嫌味を言われたらしいが。


 まあ、学院に入れる女性護衛というのは貴重だからな。じゃあ、何故アルフィーナが俺に近づいてきているのに止めないんだ。それがお前の存在意義じゃなかったか?


「これは王女殿下。その、このようなものとお知り合いで」


 カレスト妹、ゼルディアだっけかが慌て出した。


「ええ。リカルド君とミーアさんにはとてもお世話になっているのです」


 アルフィーナはまるで友人を自慢するように言った。二人の上級生の顔が驚愕に染まる。その世話というのが、雑巾がけの指導だと知ったらひっくり返るだろうな。俺の保身が。


「それに、確かリルカさんですよね。この前お茶会でご一緒した」

「なんだと」


 カレスト兄がビクッとなった。大商会の跡継ぎでもやっぱり王族は怖いんだな。


「私はこの二人のおまけで招かれただけ」

「それで、どうしたのですか?」


 アルフィーナは気遣うようにリルカを見た。俺は初めてアルフィーナと会話を交わした時のことを思い出した。あの時は、会話を交わしたこともない俺がドレファノに難癖つけられているのを庇おうとした。今のリルカは明らかにあの時の俺よりも……。


 まずいな、情報が揃わないうちに大事にされそうだ。


「大したことでは……」「そうです。王女殿下がお気になさるようなことではありません」


 カレストズも収拾しようとしているらしいが、それは逆効果になるぞ。このお花畑は天然なのに、割と萌えやすい、じゃなくて燃えやすいんだ。しかも、結構頑固で決めたことには突き進むタイプ。


 加速度的にこんがらがっていく状況に頭が痛くなる。夏休みに廊下を歩いていただけで、どうしてこうなった。


「廊下に固まってどうしたのかしら」


 その時、俺達の歩いてきた方から、別の声が掛かった。


「ヒルダ様」


 ゼルディアがすがるような声を出した。


 振り返ると、明らかに只者じゃない感じの男女が近づいてくる。


 ネクタイのボタン、裾から覗く刺繍。この学院でもトップクラスの身なりだ。女の方は金髪の巨乳。男は眼鏡を掛けた細身のイケメンだ。どちらも四年生だ。となるともう一人はレオナルドかな。


「レオナルド様も。これはいいところに来てくださいました」


 セオドールが答え合わせをしてくれる。良かった、人数は増えたけど名前は増えなかった。


「アルフィーナまで揃って。一体何ごとでしょうね?」


 ヒルダと呼ばれた上級生は、アルフィーナに冷えた視線を送った。大公令嬢が養女とはいえ王族を呼び捨てか。第二王子の婚約者だったか。まさに悪役令嬢、じゃなくてすでに王族気取りってことか。


 しかし、そうなるとこの状況は最悪だな。大国二つに挟まれた小国二つ。代理戦争待ったなしみたいな状況じゃないか。

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