14話:前半 基本戦略
2017/07/28:
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「リカルド! …………っと水晶のお姫様。お久しぶり、アルフィーナ殿下」
すでにフルシーの部屋にいたメイティールが言った。メイティールもアルフィーナとは久しぶりの再会だけど、表情を見るに前よりは柔らかくなった感じだ。
「お久しぶりですメイティール殿下。大河の向こうではリカルドくんがずいぶんとお世話になったようです。お礼申し上げます」
アルフィーナは前と同じく丁寧に応じる。
「あら、貴女にそんなことを言われる謂われはないのだけど。それに、私の方がリカルドに助けられた所もあるから」
メイティールがあの魔虫との戦いについて話し始めた。俺がメイティールを助けるため魔虫の前に飛び出したとか、やたらと盛った話になってるのが解せぬ。おかげでアルフィーナの顔が曇った。ある程度のことは話したけど、そこら辺はぼかしてたというか……。
「そうそう、私たち同じ部屋で夜を明かしたのよ」
メイティールはとんでもないことも付け加えた。
「いや、それは調査が徹夜になっただけだろ。大体、俺達二人じゃなかっただろ」
俺は手をブンブン振って否定した。あの時、クレーヌも含めて凍りついたようになった朝をそんなふうに冗談のネタに使うなと言いたい。
「そ、そう言うのでしたら私だって……。私の場合は最初は二人きりでした」
ところがアルフィーナが対抗するようなことを言い出した。俺はなんとかしてくれと周囲を見たが、誰も俺に助け船を出さない。と言うか、クラウディアは爆弾発言を止めるべきでは……。
「そっちだって水晶の調査じゃない」
両人の主張がぶつかった結果、両方とも災厄絡みの任務だったという結論に落ち着いてくれた。俺に冷や汗を流させながらだけど……。
「……まあいいわ、リカルドが過保護だから貴方にはあんまり負担にならないようにするから安心して」
メイティールが言った。挑発的な言い方はともかく、感謝せざるを得ない。メイティールはもう人質ではなく、両国の共同研究開発の帝国代表だ。もし彼女が人類の危機を理由にアルフィーナの負担を要求した場合、かなり不味いことになる。
「いいえ、メイティール殿下には私が出来ることについて色々と教えていただきたいと思っています。どうかよろしくお願いします」
だが、ほっとする俺を尻目に、アルフィーナはメイティールに頭を下げた。
メイティールの視線が俺に向く。俺は大きく首を振った。アルフィーナの危険は最低限に、それが俺の基本方針だ。妥協するつもりはない。
メイティールはじっとアルフィーナと俺の顔を見比べる。
「やっと説明終わった…………。ってなにこの空気!?」
下から上がってきたノエルがドアを開けた。そして、目の前で向かい合う二人の姫を見て固まった。
「考えておくわ」
「ありがとうございます」
どうしたら良いのというノエルの前で、二人は会話を切り上げた。
「まああれじゃ、全員揃ったな。ほれ、始めんか」
フルシーが言った。
「そうそう、リカルドの方針を聞かないと始まらないわ。帝国は大量の魔結晶を提供してるんだから、その期待に応えてもらわないと。あれも何に使うのか気になるし……」
メイティールが皮肉っぽく言った。今回の帰国に際して帝国からは貴重な深紅の魔結晶も含めて提供されている。本来なら国防に用いられる物。あっちもこっちも重大な責任ばかりだ。
「そうじゃな。負の魔結晶じゃったか」
「あの、私はもう隣の事だけで一杯一杯だから……」
フルシーの目が光った。ノエルは逃げ腰だ。両人共に地位に相応しい責任感をもってもらいたいところだ。さっきまで理事の肩書きを忘れていた俺が言うのも何だけど。
「次の大災厄、もうそう言うのも馬鹿馬鹿しいけど、その対処計画について話し合いたい。ここにいる人間はもう分かってると思うけど、かなり深刻な状況だ」
水晶に関する決定権は最終的には俺にある。だが、何よりそういうことにならないためにも、しっかりとした計画を練らなければならない。
ちなみにフルシーとメイティールが期待しているあれの扱いは、まだ不確定事項が多い。俺は部屋の隅に厳重に封された包みを見た。マルドラスから持ち帰った黒色の結晶【負の魔結晶】が入っている。
まずは戦略レベルの説明だ。俺は石板の前に立った。
「今回の大災厄への対策のためにラボで行なわなければいけないプロジェクトは幾つもある」
「ふむ。魔虫とやらの性質については王太子殿下らに任せるしかないが、それが解らぬ状態で計画を練るのは厳しいのう」
フルシーが唸った。
「そうね、求められる要件が解らないのでは効率が悪いわ。時間的にも厳しいのよね」
メイティールがアルフィーナを見る。
「水晶で見えた光景から考えて、災厄は春、遅くても初夏です」
「新しい魔導の開発なんてどれだけ時間が掛るか解らないし、上手くいくかどうかも確実じゃない。となると、螺炎の更なる改良が現実的なのだけど……。ノエルの方はどうなっているのかしら。さっき見せてもらった限りじゃ大分進んだんじゃない?」
メイティールがノエルに水を向けた。ノエルは魔導銀を使った魔力半導体技術、つまりハード面を進めてくれていたはずだ。全ての魔導を底上げする。その力は改良された魔導杖で示されたが、魔力半導体の潜在能力はまだまだ大きい。
「……今のところここまでです」
ノエルが一枚の銀色の板を出した。赤と青の塗料が溝に流れている。メイティールはそれを手に取り魔力を込める。板全体が瞬時に光を帯びた。
「……かなり良くなったわね。私がここを離れる前はこの精度だと話にならなかったのに」
「魔導銀の溝にモウサイカンゲンショウで魔力触媒を流すってヴィンダーのアイデアで、歩留まりがかなり上がりました。ただ、完全に発動出来るのは数十本作って一本です」
ノエルが言った。チャンピオンデータならぬチャンピオンプロダクトか。それでも、大きな進歩だ。
「儂の専門で言えばあのレーダーを改良して紫の魔力を発生させることじゃな。波長ごとの魔力触媒の性質の把握もかなり進んだぞ」
フルシーが言った。流石よく分っている。紫の魔力を発生させる装置は、あの馬車レースで使ったレーダー、特にアクティブモードが基本になる。
改めて思うが、ここに居るメンバーは本当に優秀だ。楽観とはほど遠い状況で、唯一の救いだ。アルフィーナも感心したように皆を見ている。彼女も無理しなくていいと納得してくれればいいが……。
問題は、このメンバーをまとめる俺が前世知識で底上げされてるだけの凡人だってことだが……。
ともかくこれらの優れた技術をどう組み合わせるかを考えなくては。
「魔虫の性質の把握、紫の魔力波長の発生器、魔導銀回路の改良と、魔虫に対抗できる魔導杖の開発。大まかに分けるとこういう感じですね」
改めて整理する。さっきまで自慢気だった魔術班全員が困った顔になった。ぶっちゃけ一つをとっても大プロジェクトだ。だからこそ、戦略を決め優先順位を決定することが重要になる。
「この中で最優先は何だと思う」
俺はまず質問した。
「どれも欠かせぬ気がするが……。最終的には戦う力が必要じゃな」
「そうね、魔虫を倒せなければ意味がないんだから」
フルシーとメイティールが言った。最終的には力が必要。それはその通りだ。極端な話、呪文一つで魔虫を殲滅できるなら戦略なんて必要ない。
「でも、さっきお二人が言ってたように、その魔虫の情報が少ない状況じゃあ……」
ノエルが暗い顔で言った。そういう意味では、どんなことがあっても対応できる魔導回路の底上げが一番無難とも言える。だが……
「一番のポイントは魔虫を無人の領域におびき寄せること。つまり、紫の魔力の発生装置が最優先事項になる」
俺は結論を言った。
「言わんとすることは解るぞ。予言通り王国の各地を一挙に襲われれば対処のしようがない。じゃが、それが出来ても勝てなければ同じじゃろう」
「そういう意味では魔虫に最大限の大群を作らせるのは危険でさえあるわね」
二人の疑問はもっともだ。だが、根本的な考え方の違いがある。
「解った。ヴィンダーは絶対勝てるって方法を知ってるのね」
ノエルが言った。アルフィーナが息をのんだ。
「そんなわけないだろ」
俺は首を振った。なぜかアルフィーナがほっとした顔になる。俺の行動は全て無謀だと思っているのだろうか。
「ではどうするのじゃ。帝国に残った王太子殿下から魔虫の成虫の情報が届くのを待つのは時間的に厳しかろう」
「ええ、それだと最悪は災厄と同時にと言うことになります」
俺達が王国に戻る直前、帝国の東端近くに紫の魔力が発生したという報告があった。期待はしているが、到底確実とは言えない。もちろん、現時点の状況で確実な方法などないのだ。
「情報も無しでどうするの。お得意の仮説が立てられないでしょう」
メイティールが興味深そうに俺を見る。
「ああ、魔導を含めて、最初からベストの戦術を用意することは難しい」
俺が言いたいのは正反対だ。完全な情報がなくても最終的に勝てる”体制”を作り上げる。
「だからそれは想定しない。今回は人間の最大の力、学習効率で勝負する状況を作り出す」
俺は宣言した。相手が数なら俺達は回転率で勝負だ。




