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12話:前半 再会

前回の保身:ハイソなセレブ達にはスマイルゼロ円は効果がなかった。

 王宮から戻った俺は、自分の部屋で書類の山脈を見た。丁寧に仕分けられて、一つ一つに必要なメモが突いている。これを用意した秘書ミーアの気遣いと気迫が共に伝わってくる。


 ある意味血の山脈より怖い……。


 俺はなんとなく一番上にあった一束を持つと、残りを見ないようにして部屋を出た。玄関を見下ろせる二階の窓の前に行った。窓の前にテーブルを移動させようとすると、見ていたメイドさんが飛んできて手伝ってくれる。


 ただの居候にここまで気を遣われると却って恐縮する。そう言えば、家賃とか払ってない気がするが良いんだろうか……。


 書類と外を交互に見るという非効率行為マルチタスクにいそしんでいると、門に近づいてくる馬車が見えた。俺は書類の束をテーブルに放り出し、階段に向かった。


 階段の最後の一段を飛ばし玄関前に立った。出発前のアルフィーナとの喧嘩を思い出し怯む。何しろ遺跡どころか、その奥の飛竜山まで足を伸ばし、未知の魔虫との戦に巻き込まれたのだ。危険な場所に向かう俺を止めたアルフィーナの悲しそうな顔を思い出す。


 いや、間違いなく必要なことだった。……よしんば結果論だとしても。


 首を振ってアルフィーナの涙目を振り払った。というか、彼女に俺を責める資格はないのではないだろうか。


 そもそも、何のために俺がリスクを取ったと思っている。こちらの気を知らないのはアルフィーナの方ではないか。


 そう思ったとき、玄関前で石畳を踏む車輪の音が止まった。


 俺はもう一度首を振る。そんなことを考えている場合じゃない。冷静になれ。過去のことは仕方がない。アルフィーナを説得して今後だけでも水晶から離れてもらわねば。


 そのためには、多少納得いかずとも、こちらが歩み寄るのだ。仮に納得出来なくても、怒りを解くことから始めることにしよう。だいたい、男は女の子の涙に勝てるようには設計されていない。誰よりも大切な娘ならなおさらだ。


 テンポの速い足音がドアに近付いてくる。「アルフィーナ様。そのように急がれては」というクラウディアの声が聞こえた。その後すぐにドアが開いた。


 あかね色の外光に、青銀の髪の毛がきらめいた。大粒の瞳が俺を見つけて更に見開かれる。上気した頬。小さな口が息をのむ。


 俺を見る目が潤む。さっきまでの思考が全て吹き飛んだ。俺の足が勝手に一歩二歩と前に出る。


「お、おかえ――」

「リカルドくん!」


 アルフィーナがはじかれたように俺に向かって飛び込んできた。胸にアルフィーナを受け止める。彼女の存在そのものを強く感じる。


 花の香りが鼻腔をくすぐる。いつもの控えめな香水だ。でも、こんなに良い匂いだったか? 俺の胴に回された腕にぎゅっと力がこもり、押し付けられた体から体温が伝わってくる。


「良かった。本当に、本当に心配したのですよ」


 アルフィーナは俺を見上げる。俺はそれどころではない。震える肩を引き寄せそうになる腕をなんとか押さえる。そうしないと、人目もはばからず抱きしめてしまいそうだからだ。


「どこも怪我とかしてませんか。もしかして少し痩せたのでは……」


 アルフィーナは俺を間近で見上げて、胴体に回した手の平を動かす。


「アルフィーナ様。再会を喜ばれるのは解りますが。ここでは……」


 背後から控えめなルィーツアの言葉が聞こえた。とたんに、アルフィーナの頬に朱が差した。彼女は慌てて体を離す。


 俺はそれにほっとする”べき”はずだった。だが、実際には離れる柔らかさと暖かさを残念に思った。まずいな、久しぶりのスキンシップに見事に振り回されている。


「た、だだ今戻りましたアルフィーナ様」


 さっきしそびれた挨拶と逆になったが、なんとかそう言った。こちらの方がしっくりくる。


「はい、お帰りなさい。予言の事でお話ししなければいけないこととか沢山あります」


 一歩だけ距離を置いたアルフィーナが表情を改めた。俺は頷いた。


 俺達は一度別れる。俺は二階に放置した書類を自分の部屋に戻し、アルフィーナの私室に向かった。室内にはルィーツアとクラウディアが居る、当たり前の二人の存在がなぜか少し煩わしく感じる。


 災厄についての内容が内容だから、情報管理に過敏になっているのか……。いや、そもそもこの二人は信用できるし、アルフィーナの説得をする俺の目的のためにフォローは必要だ。


 出発前にアイデアだけ伝えておいた蕎麦饅頭が皿にのっている。だが、俺は部屋着のアルフィーナについつい目をやってしまう。ドレスでも神官衣でも、そして地味なはずの部屋着でさえ、それぞれ別の魅力を見せるのは……。って、今更何を言ってるんだか。


 仮に美人は三日で飽きるという美の収穫逓減があるとしても、僅かでも間を開けたら崩壊する不完全な理論であることが証明されてしまったな。


「リカルドくん。先ほどは私、頭がいっぱいになってしまって。それに私、……出発前にリカルドくんに酷い言い方をしてしまって。ごめんなさい」

「とんでもない。私こそ心配をおかけして……」


 沈黙する俺にアルフィーナが言った。俺も慌てて頭を下げる。大きな安堵が心に満ちた。なんだ、身構えていたのが馬鹿みたいだな。よし、今度こそちゃんと冷静に説得する。俺は気持ちを切り替える。


「早速ですが帝国から持ち帰った災厄の情報について話したいと思います。アルフィーナ様にも関わることですから」

「はい」


 俺は仕事の話を始める。アルフィーナも真剣な顔で頷いた。


「まずは、帝国の調査で解った新しい仮説ですが……」


 湖の底から2000年に渡る魔脈の活動記録を得たこと、最終的には飛行能力を持つと思われる強力な昆虫型の魔獣の存在を知ったこと。俺は新しい災厄の仮説を説明する。


 最初はただ驚いていた三人だが、魔虫の大量発生と、何よりもそれが長く続くという説明に血の気が引いていく。


「あの新しい魔導でも対抗することが難しいのか……」「数十年続く災厄なんて……」


 クラウディアはぎゅっと拳を握り、ルィーツアは沈痛そのものという顔になる。アルフィーナも白磁のような頬を青ざめさせた。


「やはり、リカルドくんはそんな危ないことを……」

「あ、えっとそれは……」


 アルフィーナは悲しそうに言った。ずれた反応に戸惑いながらも、何よりも俺のことを気にしているアルフィーナの気持ちに心が浮き立つ。……いや、今はそういう場合ではない。冷静に話を進めなければ。


「ん、んっ。それでですね、王宮の会議で聞きましたけど、先日送った爪痕は……」

「はい。私が見た予言と全く同じ物です。昨日も改めて確認しました」


 アルフィーナが自分の使命を思い出した。焦点がしっかりと災厄対策に戻ってくる。ただ、昨日もと言う言葉に、思わず眉をひそめた。


「…………では紫の魔力に対応する魔虫が災厄を引き起し、それが続くことはほぼ間違いなさそうですね。しかし、どうして聖堂に……、水晶ではなく災厄に対する役割は果たせると……」


 まだ、タイミングじゃないと思っていても、つい口が動いた。アルフィーナは困った顔になった。


「アルフィーナ様」

「セントラルガーデンの皆さんにお願いして、予言で私が見た場所を絞り込むためのお手伝いをしてもらったのです。皆さん、忙しいなか沢山の情報を集めてくださいました。おかげで巡礼を早く終えることが出来たのです」


 街を移動する商人の知識を使えば、貴族層とは違う側面から場所の特定が出来る。貴族と商人では同じ場所でも見ている光景が違うし、何よりも数が違う。必要な事だ……うん。


「そして、その間に気がついたことがあるのです」


 アルフィーナが何枚もの紙を出した。災厄の生じる場所、恐らく魔虫の襲撃、の特徴についていくつかの想定が書かれている。筆跡を見るに自分で何度も書いては考えているようだ。その中の一つ……。


「高い場所を中心に……」


 丸で囲まれた一つの仮説に俺の目が止まった。


「はい。私が見た場所は聖堂の先頭や、街道の目印となる高い樹木の周りなどが目立つようなのです……」

「なるほど…………」


 俺は考え込んだ。思い出すのはあの都市の残骸、焼け焦げた尖塔の梁だ。……そして、あの魔虫の電気をまとう能力。となると……。


「空を飛ぶ魔虫から落雷のような形で攻撃が加えられた可能性がありますね……。帝国のクレイグ殿下達に早急に報告した方が良い……」


 間違いなく重要な情報だ。成虫が幼虫とは違った遠隔攻撃手段を持つ可能性。それを考慮するかどうかは大きな違いだ。


 俺の言葉に、アルフィーナの顔がほころんだ。それになぜか俺はいらだった。確かに重要な情報だ、間違いない。だけど、アルフィーナの安全と引き替えにしたくない。そういうリスクは排除しなければ。


 彼女は俺の側……俺の……だけに…………いい。

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