11話:後半 未来の売買
人間社会崩壊の危機を利用してセントラルガーデンの基礎を作るから褒美はいらない。俺の商人らしい殊勝な言葉に、全員の顔が引き攣った。フルシーまで顔を上げている。
「陛下」
一つため息をついた後、グリニシアスが主君に決断を求めた。国王は黙って立ち上がると、執務机の後ろの壁に掲げられていた一本の杖を手に取った。
「王家の資産を全て災厄の対策のために放出する。これをその証とせよ」
国王は王錫を机の上に置いた。先端に着いた大粒のルビーが光る。……多分王家の象徴的な品だろう。それ自体の価値云々よりも、それが帯びる意味が更に大きいたぐいだ。
「陛下のご決意を受け、我ら貴族一同も倣いたいと思います」
グリニシアスが言うと、エウフィリアとイェヴェルグ、そしてテンベルクも揃って頷いた。なるほど、国家の危機であることを象徴的に表しているわけか。その性質上、災厄についての情報管理が難しい状況での最善手かも知れない。……保身的に勉強になるな。
まあ、それはともかくこれ使えるぞ……。
「しかし、先年の戦が終わったばかり。大河の向こうに大量の兵力を送り込み、後方支援基地の建設まで行うとなれば必要な費用はあまりに膨大」
宰相は苦い顔になった。人間社会そのものの存亡がかかっているのに何言ってるんだとは言えない。王国の財政を広く把握している彼が足りないと思っているのだから、それは足りないのだ。大体、危険に対しての人間の反応は基本萎縮である。このままじゃ景気が更に落ち込むから、皆ばっと金使えが成り立つなら不況は起きない。
と言うわけで、俺の本業に賭けて金策については案がある。セントラルガーデン建設のための方法としてだったが、さっきの国王の決断は渡りに船だ。
「恐れながら……」
俺はグリニシアスに向かって小さく手を上げた。
「陛下のご決断を”テコ”として用い、広く資金を募る案がございます。しかも、上手くいけば返済の必要がない方法です」
俺の言葉に、グリニシアスがこれ以上ないほどうさんくさげな顔になる。解るよ「上手くいかなかった場合(人類が滅びるから)、返済の必要がない」じゃないのかってことだろ。まあそっちも否定しないけど、そういう夢のない話でお金は集まらない。
「王国には一つの債券を発行していただきたいのです」
王家の資産という最高ランクの格付けがあれば、それに少々怪しくてまだ実体がない何かを混ぜてもなんとかなるってことだ。仕組みとしてはサブプライム、いや南の海の泡のような、いやいや大河の近くと言うことでミシシッピ…………。縁起でもない。
うん、ちょっとエキゾチックな感じの債券を仕立てるだけだ。
俺は概要だけを説明した。詳しいことはセントラルガーデン準備委員会と一緒に考えないといけない。
「……今の意見も含めて採用する」
宰相が頷き、国王が許可を与えた。
「後方拠点を初めとした物資の関係については、グリニシアスが宰領せよ。帝国との同盟はイェヴェルグが引き続き担当すること。エウフィリアは本計画に関する監査役を命じる」
宰相府の全面的なバックアップと食料ギルドの協力があれば、ある程度はなんとかなるだろう。さっき言ったとおり、ことさら俺たちの利益を確保しようなんてする必要はない。
事業規模から言って、参加者はいくらいても困らないし。その中で先頭に立てるのはすでに新都市建設のための準備を進めていた俺達だ。
エウフィリアは監査役……計画の各部署をまたいで口出しできるって事だろう。
「魔虫を撃退するための研究については、大賢者に全ての権限を与える。魔術寮も含めて全てを自由に用いることを王の名で許可する」
魔術寮か、こちらも人手はいくらでも必要なんだけど誰が管理するんだ? フルシーをちらりと見るが、あまり気にした様子がない……。
「他に意見がある者は」
「はい、最初に言ったとおりこの戦略の中核は魔虫を引き寄せる方法でございます。研究のためには紫の魔力について調べねばなりません。王国の至宝を用いる許可を頂きたい」
俺はいった。ここは実は譲れない大事な点だ。
「王国の至宝……」
「予言の水晶でございます。最悪の場合、破壊するような用い方を含めて許可をいただきたい」
「数十年にわたって災厄が続くこの状況で、予言の力を手放すと申すか」
国王が俺を試すように見る。その通り、だからこそアルフィーナの負担に関しては”俺が”コントロールする状況に置きたい。
もちろんこれは私情だ。そして、国王の言葉が単なる私利私欲ではなく、大多数の人間の”都合”に基づいている以上、対案を出さなければならない。
「今後に関しては不確定なのは確かですが、1年目を乗り切ることが何よりも肝要です。放っておけば各地に飛び散る魔虫の群れを一カ所に集めることがその為の条件となります。そして、2年目以降に関しては1年目の経験という情報が蓄積されます」
俺は国王をまっすぐ見た。自分が言おうとすることに対して、怯える身体を押さえる。
実は1年目の時点で、不確定の要素が山積みだ。魔虫の成虫の性質を知ることが重要という第一の項目、つまり敵の正体は良く解らない。そして、その魔虫に対抗する魔導の開発、つまりまだない。
「そして、それを元に対策を強化することに関しては……」
言葉を紡ぎながら、手足の先端から血の気が引くのを感じる。
「微才の身とはいえ、私が得意とするところでございます」
背筋に走る震えを押さえて俺は言い切った。
「リカルド・ヴィンダーには王国副使の資格はそのままに、監査役補佐、王立魔術研究所理事に新たに任ずる」
一つ一つが巨大なリスクが、欲しくもない肩書きの形で肩にのしかかる。まあいい、このリスクは俺が負わなければいけない。自分の望みのために、自分が苦労するのは当然だ。
◇◇
「今回はまた格別じゃな」
会議が終わり俺は廊下に出た。エウフィリアが俺に言った。ちなみに、フルシーは俺の報告書を手にこちらに来ようとして、グリニシアスに呼び止められた。というかその資料、会議が終わったらすぐに焼き捨てるように言われてなかったか?
「リカルドはいつもとんでもないことばかり引き起こしおる。前回も、前々回もそう思ったが、流石にこれ以上はないだろうと……、儚い願いであったか」
「いやいや、私は何もしてませんから。強いて言えばこの世界の仕組みがそうなってたんです」
「数千年を見渡さねば解らん仕組みを見通しておいて……」
「これ以上は目が届きませんから。そもそも俺一人じゃどうしようもなかったので。それより、王太子殿下の手紙には何が書いてあったんでしょうか。国王陛下がやたらと気にしてた気がしますけど」
俺はエウフィリアに疑問をぶつけた。本題に向けて話題の転換だ。
「妾も見せてもらってはおらん。……まあ、ある程度予測は付くがな」
「予測というと」
「次期国王が危険を冒して国外に留まるのだ。一番大事な連絡事項は決まっておろうが。…………それよりも、他に聞きたいことがあるのではないか」
ばれてるか。
「水晶からの新しい情報って何ですか」
俺は苦労して声を抑えて言った。エウフィリアは手に持った羽扇で口を覆うと、ここ半月のことを説明してくる。
「アルフィーナが聖堂に戻っている!?」
俺は思わず叫んだ。水晶を用いない形でアルフィーナには動いてもらうはずじゃないか。巡礼と称して、調査する範囲は広い、かなり時間が掛るはずだった。
「どうして!」
「落ちつけ」
エウフィリアは少し声を潜めた。
「ルィーツアの調査で其方の言うような危険は結局ないと判断した。それに、今は常にルィーツアかクラウディアが側に、水晶の間にじゃ、付いておる。少しでも無理をしそうになったら止めておる。実際、この半月倒れるようなことは起こっておらん」
「だからって……」
「アルフィーは今日は聖堂から戻る。屋敷で話せば良かろう」
「そ、それはそうですけど……」
国を出る前のアルフィーナとの喧嘩を思い出して、俺は怯んだ。
「なに、この前の妾への宣言。今日の陛下への最後の啖呵。あの気合いがあれば何とでもなろう」
エウフィリアは笑った。女の子の怒りの沈め方なんて、荷が重すぎる話だ。
コミュ障の俺にどうしろと…………。いや、考えてみれば俺の方こそ少し腹が立ってきた。俺がアルフィーナを水晶から引き離すために努力してるのに、なんで自分から…………。




