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11話:前半 帰国報告

 窓の外に広がる空は冬のものに変わっている。高いところにある国王の執務室の窓からは、灰色の重い雲が近い。副使として報告する俺の気分もまた同様だ。


 報告を受ける方の顔も厳しい。本来なら王太子の盾になって死ぬべき平民風情だけが、のこのこ戻ってきたわけだ。もちろん、理由についてはクレイグの手紙を渡している。


 後継者の手紙を見た国王の視線が、俺に対して更に厳しくなった気がする理由が分からない。俺は悪くないと書いてあるはずだ。


 ちなみに執務室に集っているメンバーは国王、大公エウフィリア、宰相のグリニシアス公爵、外交担当のイェルベルク公爵、第一騎士団長テンベルク。そして大賢者フルシーだ。


 ともかく任務である。飛竜の領域の最奥の探索まで行なった下りをまず説明する。一応予定の範囲の行動だが……。


「つまり、王太子殿下と帝国のダゴバード、メイティール両殿下を引き連れて、血の山脈の隣まで調査を決行したと」


 イェルベルクが確認するようにゆっくりと言った。改めて言われると、ちょっと独断専行気味だったかもしれない。半分は成り行きであり、しかも決定したのは当事者の王族皇族なので俺のせいではない。

 まあ多分、あの構成じゃなかったら死んでたので文句はいえないのだけど。うん、保身を心がける人間として、反省の余地はある。


「アルフィーナにどう言えというのだ」


 エウフィリアが額を押さえてぼそっと言った。


 ちなみにフルシーはテーブルの上で何度も手の平を開いては閉じるを繰り返す。調査結果ですね、今から説明しますから。


 ……期待には沿えると思いますよ。良い意味でも悪い意味でも。


 座が落ち着くのを待って、俺はいよいよ本題である災厄の魔虫と魔脈活動について説明を始めた。内容はマルドラスでの話と変わらない。


「……と言うわけで、以上が新たに浮かび上がった次の災厄の姿です。つまり、少なくとも飛竜より強力と想定される魔虫の大量発生が、今後数十年にわたって継続的に生じる。これが今回の調査結果となります」


 結論までたどり着くと全員が顔色を変えている。途中までワクワクした顔で聞いていたフルシーさえ顔色が悪い。400年前の大災厄の再来ですら最悪を想定したはずなのに、戻ってきたらそれを簡単に踏み越えられたわけだ。


 これに関しては同情するけど、俺も同じ立場なのだと言うことを理解して欲しい。


「災厄ではなく、我ら人間の生存基盤そのものがひっくり返るという話ではないか」


 グリニシアスが言った。彼にして、なんて報告を持って帰ったんだと言わんばかりである。俺はあえて反論は控える。だいたい、そう言ったグリニシアスからして、俺が配った報告書のグラフに視線が釘付けなのだ。


 誰もしゃべらないまま、数十秒の時が流れた。


「対策は?」


 国王が俺に問うた。声は固く、微かにひび割れている。全員が顔を上げて、俺を食い入るように見る。


「王太子殿下とダゴバード殿下を中心に、現時点で考えられる対策を話し合っております。結果、王国と帝国が協力して次の三つの要素を満たせれば、あるいはと……」


 俺は帝国でダゴバード達にしたのと同じ説明を繰り返した。魔虫の性質の早期の把握、新兵器の開発、そして……。


「最も重要なのは3番目です。何らかの手段によって、魔虫の群れを”この場所”に引きつけること」


 俺は地図上の一つの領域を指差した。王国と帝国の両方の要の位置にありながら、王国でも帝国でもない、現在は人間が一人も住んでいない土地、俺たちが先頃踏破した飛竜の領域だ。


「南から王国軍、北西から帝国軍を投入し魔虫の群れを駆除します。両国どちらにも被害が出ないこの場所で戦うことが、現時点で考えられる最善策だと思います」


 俺は全員を見渡していった。王と宰相は一瞬だけ表情を緩めた。だが、すぐに考え込む。そう、この一見理想的な戦略は、あまりに不確定要素が大きいのだ。


「全く地理が不明の場所で、2カ国の大規模な共同作戦など実現できるわけがない」


 反対の声を上げたのはテンベルクだ。もっともな疑問である。だが……。


「現在、第一騎士団所属のファビウス男爵の指揮の下、今回の遠征に付けていただいた地図の専門家が地理の調査と地図の作成をしております」


 俺の言葉に、テンベルクが黙った。そう、両人とも彼の部下だ。面子のことはもちろん、その技能は承知だろう。俺はファビウスに心の中で頭を下げた。もし予想よりも早く魔虫が出現すれば真っ先に犠牲になる。


「連合軍に必要な物資の準備と輸送は?」


 宰相が言った。


「以前より計画中の輸送の規格化、馬車の効率化などで可能な限り対応したいと思います。食料については王国が、魔結晶については帝国が主に提供し合うべきだと考えます」


 俺は答えた。ベアリングの金型は大量に増やさないといけない。食料に関しては場所からして西方の負担が重くなるだろう。俺はエウフィリアを見た。


「副使の報告は、巫女姫による災厄の予想地の選定や、被害が高い建物に目立つという新しい分析とも一致しています」


 エウフィリアが国王に告げた。新しい分析?


「帰国に同行してきた帝国の使者の言葉から見ても、あちらが同盟を求める姿勢に大きく転じていることは明らかです」


 イェヴェルグが言った。


「陛下」


 グリニシアスが王に決断を求める。国王の目が俺に向いた。


「リカルド・ヴィンダー」

「はっ」

「まずは其方の苦労をねぎらおう、命がけの王国への貢献は明白である」

「滅相もございません。私はこのように無事に帰国いたしております。そのお言葉は今も危険を冒して大河の向こうに残るクレイグ殿下やファビウス閣下にこそ相応しいと考えます」


 俺は言った。


「だが、全て其方が立てた計画があっての事であろう。この未曾有の功を如何に賞すべきか」


 国王の言葉に、会議の場が静まりかえる。そんなこと言ってる場合じゃないのだが……。俺は助けを求める様に、他の参加者を見る。だが、報告書を読みふけっているフルシー以外の全員が、俺の答えを待っていることに気がついた。


 なるほど、端から見れば全て最初から知っていたみたいに見えるか。……偶然どころか俺にとっても最悪の結果なんだけど。


 よく見ると国王の手がクレイグの手紙を握りつぶさんばかりにしている。いったい何を書いた?


 なんで毎回毎回、功績を挙げる度に綱渡りを強制されるんだか。…………まあいい、今回に関しては問題ない答えがある。


「私個人に対しては褒美など必要ございません」


 俺の言葉に、国王の顔がますます厳しくなった。だが、別に忠義とかそう言うことは言わないから安心して欲しい。要するに俺にメリットがあれば良いんだろ。


「テンベルク閣下。仮に先ほどの戦略が採用される場合、連合軍の補給のための後方基地はどこになるでしょうか」


 俺はテンベルクに質問した。第一騎士団長は地図を見て、俺の意図に気がついたらしい。なぜか顔を青ざめさせると、地図上の一点を差した。それは大河を越えた俺達が最初に上陸した地点のすぐ側だ。


「つまり、この計画が成功さえすれば私……いえ我々にとって十分な利益が確保されているということになります」


 名付けて『災厄に対処してたらなぜか新都市セントラルガーデンの基礎が出来ちゃってた作戦』である。


 両軍を支える大量の物資、その補給路の確保と物流の円滑化と再構成、大量の倉庫の必要性。まともにやったら気が遠くなるその全てが、両国が共同して行う最優先の事業となる。


 ちょっとだけ、戦争を利用して儲ける死の商人になった気分だ。まあ、誰も損しないし良いよね。俺が笑みを浮かべると、国王以下全員の表情が一瞬引き攣った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 両国にとって取り込めなければ殺すしかない道を歩んでるな。この商人もどきw
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