10話 真の仮説
早朝の会議室、ドアは厳重に警戒され、窓の外を見回る帝国の騎士は最初の会談よりも多い。
一番前にはクレイグとダゴバード。後ろにはハイドやファビウスなど王国使節団と、飛竜山まで同行した帝国の騎士と魔導師が座る。怪訝な顔の人間が多いのは、殆どたたき起こすような感じで集まってもらったからだ。
説明役はメイティールに任せる。俺はその横で助手だ。
「飛竜山の魔脈データを約2000年分析した結果を今から発表する。言うまでもないけど、他言無用でお願い」
メイティールは何でも無いような口調で言ったが、不機嫌そうだったダゴバードはそれを聞いて表情から感情を消した。
「じゃあ始めるわ……」メイティールがサンプルである氷縞粘土と測定方法を簡単に説明する。その間に、俺は用意してもらった石板にグラフを書いていく。
【現在】
紫: ||
深紅: ||||
【400年前】
紫: ||
深紅: ||
【800年前】
紫 |||||||||
深紅 |||||||||||||
【1600年前】
紫 ||……
深紅 ||||……
「400年前までならともかく800年前…………1600年前だと。いくら何でも古すぎるのではないか。いや、周期があるのだな」
「なるほど、魔脈活動には400年の周期があるわけだ。つまり、次の災厄が400年前と同じという事がより明確になった……。なるほど苦労した甲斐があったな」
ダゴバードとクレイグがグラフを見て口を開く。後ろ皆も感心したように頷いている。苦労して魔獣と戦ってまで得たデータに価値があったと誇らしげな感じだ。多分俺たちも最初はそうだったんだろう。
さあ、次は何だとダゴバードが視線で問うてくる。俺とメイティールは沈黙を守った。
「……1200年前がないのは何故だ」
「400年周期ではない。その倍……、じゃあ400年前は……」
二人の次期国家元首が、ほぼ同時に目を見張った。少し遅れて後ろの席の人間達も、表情を一転させている。俺たちもこんな表情になったんだろう。
「説明しなくても解るわよね。深紅と紫、普通は現れない高魔力の波長のデータ。そのパターンを見る限り、次に起こる災厄は400年前じゃなくて、800年前や更に1600年前に近い可能性が高い。というか、古代国家を滅ぼした400年前のは、紫の魔脈活動のパターンからしたら些細な手違い、みたいな感じかしら」
メイティールの言葉に合わせて、俺は未来の予想を書き込む。暗黒の予想だ。
【今後の予測】
未来 現在 400年前
紫: ……||||||||| ||
400年前のチョロい大災厄とは違って、800年前、そして1600年前の紫の魔力の放出は、数十年以上続いている。深紅の魔力が先行して出ていることといい、時間的周期といい、今回はそちらに対応する。
氷河湖から出てきたデータは皮肉にも前世の氷河期に似ていた。現代はどうやら間氷期にあたるようなのだ。
いや逆だな。非魔力生物である人間が比較的暮しやすかったこの800年間は、魔獣にとっては魔力の氷河期とでも言うべき厳しい時代だった。
そして今、その氷は溶け始めている。
「…………つまり、次の災厄は、少なくとも数十年間継続すると言うことか」
あのダゴバードが絞り出すような声で言った。クレイグは石膏像のように無言で微動だにしない。その後ろのハイドやファビウスは顔色を失っている。
結果を知っているはずのクレーヌすら、おびえた表情を隠せない。
あの繁栄した古代都市を潰して、王国帝国の各地に甚大な被害をもたらした大災厄。しかし、魔虫が暴れた期間は実質1,2年程度ではないか。だが、今回は?
これははっきり言って災厄じゃない。人間の感覚を超えた長期的な自然の周期だ。つまり、自然の摂理そのものが、人類に滅びろと言っている。
その絶望的な事実が、この場にいる人間に広がっていく。
「対策は……あるのか……?」
クレイグがやっと口を開いた。表情は「さて困ったことになった」くらいに収まっているが、この人のこれは驚愕しているのだと解る。
それでも「対策はあるのか?」である。事実の深刻さを受け止めているのだ。
「正直言って、これという手はまだです」
俺は答えた。何しろ解らないことが多すぎる。だが、流石にこれを見せたあげく無策です、なんて言えない。
「ただ、原則的なことを言えば、重要な要素は三つです」
俺はこのデータが出てからメイティール達と寝ずに考えた方針を口にする。と言ってもデータが出たのは夜も白みかけていたんだが。
つまり、俺達は同じ部屋で一夜を共にしたわけだが、あのクレーヌが何の文句も言わなかったんだよな……。まあ、そりゃそうなんだけど。
「聞こう」
「一つ目は災厄の魔獣の性質の把握です。紫の魔力が放出していた飛竜山に居て、深紅の魔結晶をコアとしていた以上、あそこで出会った魔虫が災厄の魔獣である可能性は高い。過去の記録や予言が示唆するのが空を飛ぶ大群である以上。あの魔虫の成虫の群れが各地を襲うと想定すべきです。となると問題なのは、具体的な成虫の能力です」
俺はいった。
「二つ目は、恐らく今までの魔獣よりも強力であろうその成虫に対抗できるだけの魔導の開発です」
「数はともかく。お前の策、魔虫の呼吸器を螺炎で潰す方法は通じぬと言うことだな」
ダゴバードに俺は首を縦に振った。
「飛んでいる相手の気門を狙うのは困難でしょう」
「災厄の発生は次の春だろう。すでに冬だ。あの新しい螺炎を更に改良できるのか?」
ダゴバードが押し殺したような声で言った。その目がメイティールに向いている。
「改良、現在の延長線上という意味なら不可能ではないわ。今も王国では、魔導杖全体を微細な回路にするための作業が進んでいるはず。ただ、言うまでもないけど、実現には王国との更なる協力が必要なの」
メイティールが答えた。ダゴバードが眉根を寄せた。
「……新しい魔導を開発した側の方が先にそれを利用できるのは道理。そして、魔虫の群れが最初に襲うのは帝国の領域である可能性が高い。その開発はどちらで行うのだ」
「改良された魔導杖の仕組みを見たでしょ。悔しいけど、必要な物は基本的に王国に揃っている。それでも間に合う可能性は高いとは言えないわ」
「…………」
メイティールの言葉に、ダゴバードは俺とクレイグに視線を移した。ダゴバードの目に怒りなどの感情は浮かんでいない。それなのに、射貫くような視線の鋭さだけが、心に突き刺さる。
俺は肩をふるわせて、クレイグを見た。こちらの王子は表情一つ変えずにその視線を受け止めている。
……こんなことを言っている場合ではないのだが、こういう時に俺は所詮凡人だと思い知らされる。知識や能力と人としての器は、違う場所にあるのだろう。
だがそんなことは言っていられないのだ。俺に英雄や勇者の器がないとしても、商人としての打算と夢はある。
俺は一度大きく深呼吸をする。そして、ダゴバードに向かって口を開いた。
「三つ目の要素、魔虫の群れとの決戦場について説明します。私が考える戦場は”ここ”です」
俺は地図上のある場所を指差した。予定戦場をここに設定できれば……。
「ふっ、安心した。リカルドは転んでもただでは起きんな」
クレイグがすがすがしいと言った顔で言った。まあ、これからの苦労を考えると、これぐらいの役得がないとね。
「……疑問は幾つもある。だが、お前の考えが実行可能ならば、これ以上の策はないな」
地図を睨みながらダゴバードが言った。
「では、役割分担をしよう。私は魔虫の情報をこの目で確かめるためにぎりぎりまで帝国に残る。リカルドは王国に帰還して魔虫との戦いのための新しい魔導杖の開発を進める。ハイドとファビウスはリカルドを護衛」
クレイグが言った。簡単に言うけど、自分がこの共同作戦のある種の保証になるって事だ。
もちろん、打ち合わせなんてしていない。この場にいる人間は基本的に当事者であり、ともに調査を実行したという信頼。同時に、両国共通の危機でも、対立要素は残ることが解っていたから、同時に伝わるようにこの会場を設定したのだ。
「……メイティールは王国に同行しろ。新しい魔導の開発を間に合わせるのだ」
ダゴバードもある意味帝国の最大の資源をこちらに渡す。
「解ったわ」
二人は次々に決定を下していく。部下達に口を挟む間も与えない。だが、王子達の指示が終わって慌ただしく立ち上がろうとする騎士達の中で、一人だけ手を上げた者がいる。
「王太子殿下、一つよろしいですか」
この場の最年長ファビウスだ。えっと、何か問題があったか? いや、戦場のことについては色々と相談しなくちゃいけないことがあるんだけど。
「ヴィンダー殿の策、その決め手は戦場設定です。異なる国がそれぞれ大量の兵を持って動く以上、事前に詳細な地理の把握が必須でありましょう。しかも、なるべく早急に」
「……それはそうだな」
ファビウスの言葉にクレイグが頷いた。
「私はここから戦場予定地に向かい。周囲の地理の把握と地図の作成に努めたいと思います。この老骨でも偵察ぐらいは出来ましょうからな。無論、人数が足りませんので後の応援と……」
「こちらからも当然人間を出す」
ダゴバードが言った。いや、災厄は春から初夏という予言のイメージはあくまで王国の範囲の物で、もし……。
「一刻を争う事態だ。ファビウス卿の提案を採用する」
だが、俺が止めるまもなくクレイグが決定を下した。
2017/07/12:
先日お伝えしたように、今週の投稿は本日で終わりです。
来週の投稿は2017/07/19(水)からを予定しています。
投稿ペースは週3回、水、金、日になる予定です。
よろしくお願いします。




