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5話:前半 魔虫

「見たことのない魔獣だ。たった3匹といえども油断するな。まずは距離を取って隊列を整える」


 ダゴバードの指示が飛ぶ。謎の魔獣を取り囲んでいた竜騎兵が一斉に動いた。同時に、魔獣が木から地面に降りた。大小三匹。大きい個体は馬竜車を超える。その巨体に似合わず、地面を踏む足は細い。


 こちらを睨む一対の赤い目、その中央のコアらしき輝きは普通の魔結晶よりも濃く見える。黒い外皮で目立ってるだけだよな。


 背中の側面に赤い模様が連なっている。体節の間に左右一対づつ。規則的に明滅している。黒と赤というまがまがしい色の組み合わせが不気味だ。よく見ると、びっしりと生えた毛が体を覆っている。


「攻撃開始」


 騎手の後ろに座るクレイグが、魔導杖を振るった。飛竜を撃墜し、魔狼を駆逐した螺炎が3匹に降り注ぐ。木が燃え上がり、辺りが煙に包まれる。


 ギャギィィーーーー!!


 藻掻くような声が聞こえる。だが、煙の中から現れた3匹は殆ど無傷だ。鎧のような黒い体全体がうっすらと赤い光をまとっている。どうやら、ちょっと怯んだ程度らしい。


 煙に紛れて接近した騎士が槍を突き立てる。だが、カーンという乾いた音と共に、槍がはじかれた。


「なんて堅さだ」


 慌てて離れる馬竜騎士。細い足がそれを追う。あわや串刺しと言うところでかろうじて避けた。


「遠距離からの牽制に切り替え。魔獣の動きを把握する」


 ダゴバードの指示が飛ぶ。竜騎兵達は一斉に散開して距離を取る。謎の魔獣を挟んで陣形を整えようとするダゴバードとクレイグ。森と湖に挟まれた地形に邪魔されながらも、緩やかに魔獣を取り囲もうとする。


 馬竜車の左右から魔導杖でメイティール達が援護する。がら空きの背中に炸裂した螺炎はやはり殆ど効果がない。


「あんな外骨格反則だろ」


 俺は馬車の背後に隠れてうめいた。なんであの生物カテゴリーがあんなに巨大化できるんだよ。


「堅さはともかく速さはそれほどではない。二隊に分かれる。距離を取りながら交互に攻撃。奴らの注意を後ろに向けるな」


 竜騎兵達が二隊に分かれる。5騎ずつ、同乗している王国の騎士を加えても10人が一隊。螺炎も槍も効かない相手に手を出す理由は、背後に居る俺たちに攻撃を向けさせないためか。


 もちろん、メイティール達もダゴバード達を援護するために、魔導杖を振るう。俺は一人更にその背後で隠れている。


「流石、絶望の山脈の近所。あんな竜が居るなんて」

「殿下。そんな場合では」

「解ってるわ。ねえリカルド。あの竜の倒し方を知ってたりはしない?」

「いや、俺も見たのは初めてで……。後、どう考えても竜じゃない……」


 竜どころか脊椎動物ですらない。縦に裂けた口、節のある足が六本。どう考えても節足動物、いや足が胸部から三対生えてるところを見ると昆虫だ。


 ある意味地球で最も繁栄していた生物。これまでそれ由来の魔獣が居なかったことがむしろ不思議だったのか。


 いや、外骨格であの大きさを支えられるはずがない。陸に打ち上げられた鯨みたいに潰れるのが筋だ。


 ダゴバード達はなんとか魔獣をいなしている。ここに来るまでが実地訓練になったのだろう、馬竜を操る帝国騎士と、その後ろで魔導杖を振るう王国騎士の連携も見事に取れている。それに対して、三匹の魔獣はターゲットを絞り切れていない。ダゴバードの見抜いたように、素早さはたいしたことがないようだ。


 その背中に、メイティール達の螺炎が炸裂する。だが、やはり効果がない。魔獣がこちらを向く。そこに、ダゴバード達が攻撃する。こちらの攻撃も決定打にならない。


 となると、このままじゃじり貧だ。俺はメイティールの魔導杖を見た。カートリッジの中で揺れる緑色蛍光の光が鈍っている。魔力触媒が劣化し始めている。


 突然、魔獣の一匹が動きを止めた。一番最後の体節が黄色く光った。そこからだんだんとその光が前方へと広がっていく。


「気をつけろ。こいつらは飛竜を狩っている。何か手段があるはずだ」


 クレイグが警告する。次の瞬間。魔獣の体毛が逆立つと、その間に電流が走った。足が振り下ろされ、かろうじて躱したように見えた馬竜が竿立ちになる。上に乗った二人の騎士が放り出される。


「電流?」


 俺は驚いた。竜が炎を吐くのだから、そういうのがあってもおかしくない。炎と電気なら、電気の方がまだ生物に親和性があるといえる。


 電流をまとった魔獣はすぐに元に戻る。だが、また体節の末端からゲージのように光が上がっていく。


「不味いわ。新手が来た」


 メイティールが言った。


 森から新たに1匹が出現した。俺たちに目をつけたのか。こちらに迫ってくる。


 メイティール達は螺炎の炎を魔獣の頭部に集中する。複数の螺炎が目の辺りに炸裂して、流石の魔獣も怯む。だが、攻撃がやむと前進を開始する。


 メイティールがカートリッジを取り替える。


「これが最後。何か策はリカルド」

「いや、この状況じゃ仮説も……」


 自慢じゃないが、俺は即興で考えるのが苦手だ。


「じゃあ考えて。私たちが防いでいる間に。クレーヌ」


 メイティールはクレーヌと一緒に馬竜車から木立の方に走りながら、螺炎を放つ。無茶だ、いくら動きはそこまで速くないとはいえ、あの巨体だ。人間が走るよりもずっと速い。


「ちょっと待て……」

「任せたわよ」


 自分より小柄な女の子が巨大な敵に向かう。俺はそれを車の後ろで見る。なんてザマだ。ここまで皆を連れてきたのは俺。この危機を招いたのは俺なんだ。


 クソっ、とにかく考えるんだ。あの魔獣、いや魔虫まちゅうというべきか。こいつの弱点はなんだ?


 さっき俺は何をおかしいと思った? 昆虫は外骨格生物。外骨格は小さな体を支えるには好都合だが、大きくなればなるほど体積に対する表面積の関係で、重量に耐えられなくなる。内骨格生物の恐竜が数十メートルまで大きくなったのに対して、昆虫は最大でも一メートルにも到達しなかった。


 なのにあいつは体長五メートルくらいある。本当なら、あの細い足じゃ歩くことすら出来ないはずなのに。


 ……その理由は簡単だ。要するに騎士達の鎧と同じだ。騎士の鎧は魔導金に魔力を通すことで丈夫で軽量になる。鎧は一種の外骨格だ。魔獣もそれと同じで魔力を使って外骨格が強化されているのだ。


 つまり、…………弱点はない。


「きゃー」

「殿下!!」


 悲鳴が聞こえた。俺の目に背中の模様を明滅させながらメイティールに迫る魔獣が見える。クレーヌともう一人の魔導師が必死で螺炎を放つ。魔獣の顔がクレーヌに向く。クレーヌ達は森の中を移動しながら更に魔獣に散発的に攻撃する。魔獣の目がそれを落ち着き無く追う。


 動けるのは俺しかいない。俺は車の陰から走り出て、メイティールに向かう。魔獣にはじかれた螺炎の熱気の中、なんとか彼女のところまでたどり着く。


「大丈夫か」

「ちょっと足を、ね」


 俺はメイティールを背中に背負う。その場を離れようとしたところで、魔獣がこちらを向いた。


「メイティール、舌をかむなよ」


 メイティールを背負ったまま、俺は一か八か灌木の向こうに飛び込む。背後でバキバキという音がした。次の瞬間、胸に衝撃が走った。鉄棒の前転のように俺の体が回転した。


「がはっ!!」


 俺は無様にも背中をそのまま打ち付ける。ああなるほど、葉っぱの後ろに木の枝が……。そう思った瞬間地面に打ち付けられる。肺の空気が一斉に抜けるような感覚。前世の柔道の授業で、受け身無しに一本背負いを決められたとき以来の感覚だ。


「大丈夫、リカルド」


 メイティールが地面から身を起こす。間抜けな輸送役と違い、彼女はちゃんと受け身を取ったようだ。


 俺は必死で痙攣した肺を動かそうとする。


「殿下達の方に向かわせるな」

「クレーヌ。もうカートリッジが持たないわ」


 灌木の向こうからクレーヌ達の悲鳴のような声が聞こえる。


「リカルドはここに居なさい」


 足を引きずるメイティールが木に身を預けながら戦場に戻ろうとする。だが、なんとか息を整えた俺はその肩を掴んだ。


「ぜー、ぜー……。ま、ま、待て。さ、策を思いついた」


 体に必死で酸素を取り込みながら言った。そう、昆虫が大型化できないことにはもう一つ重要な理由があった。


 それは呼吸だ。人間であれ、恐竜であれ、そして昆虫であれ、動物は植物に比べとにかく大量のエネルギーを消費する。昆虫にしても鳥類にしてもその食性はカテゴリーの中で多彩だ。それに合わせて口の形なんてそれはもう簡単に変わる。


 だが、酸素を取り込む呼吸器の仕組みについてはカテゴリー内で大きな共通性がある。


 動物の大分類、つまり体制ボディープランの進化は呼吸器官によって特徴づけられる。それくらい酸素を取り込む効率は重要なのだ。

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堅さはともかく早さはそれほどではない。 速さ 次の瞬間、胸の衝撃が走った。 胸に
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