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4話:前半 氷河湖

 後ろの窓から麓を見る。飛竜山の半分ほども上ってきたか。遺跡から裏山である飛竜山には道が通じていた。石畳と言うよりも、一定の長さに切り揃えられた長方形の石が並んでいるのだ。重い物を運ぶことを想定していたらしい。メイティール曰く、鉱山でもあったんじゃないかということだ。


 もちろん、長い時間はその道もガタガタにしている。樹木の根の力というのはすごい。


「考えが甘かった……」


 俺は車の前方に移動する。前方には多くの太い枝や、石を割るようにして生える木がある。いくら馬竜車でもとても進めそうにない。


 だが、先行する2騎の馬竜。それに乗った帝国騎士が道を開く。彼らは長い鎌の様な物を振っている。刀身が光っているのを見ると、魔導金製らしい。先を遮る枝や、石の間から生えている木を一刀両断にする。槍を使う姿しか見たことがないが、馬竜の輸送能力を活かしてこういった用途の装備も持っているのだ。


 俺は山に入る前に装備の交換を命じていたダゴバードを思い出す。もし馬竜車だけを借りていたら、俺たちは十分の一も行かないうちに立ち往生だった。


「まいった、こんな状況も想定してるんだな」

「当たり前でしょ。帝国は殆ど山なのよ」


 メイティールがあきれたように言った。


「それよりも、車の中をうろうろすると怪我するわよ。寒いのは解るけど」

「あ、ああ、やっぱり麓とは違うな」


 肩をふるわせながら俺は言った。秋の内にこれて良かったと、心から思う。


「クレーヌ」

「……どうぞ」

「助かります」


 クレーヌが渡してくれた毛皮を頭からかぶる。


「頼りないこと。殿下をこのような危険な場所に連れてくるなんて。責任は取れるのでしょうね」


 クレーヌが俺を睨む。彼女の心配はもっともだ。何しろ周囲は完全に真っ赤な葉。樹冠に遮られているものの、この上の断崖は飛竜の巣だ。そしてこの車に着いてきているのも半数強の10騎。車にはメイティールとクレーヌともう一人の魔導士のみ。


 残りのメンバーは遺跡に留まり、更なる調査をしている。俺は焦げていない木材からのサンプルの採取を頼んでいる。


「方向はあっているわね。でもやっぱり上までは無理そうね」


 メイティールが前を見た。氷河までの間は断崖になっている。回避して進むなら相当の距離を回り込まなければならない。そこには飛竜が巣を作っているらしい岩壁もある。


 仮にそれらを回避したとしても、遮る物無い急斜面の氷の世界だ。


「頼んでいた物が上手く働いてくれれば、あそこまで行かなくてもサンプルが採れる可能性があります。完成したんですよね」


 俺はわざわざ車に積んできた細長い棒の束を見た。


「ええ、この通り。破城槌を単純にするだけだから。管の方はクレーヌがやってくれたし」


 メイティールの手には魔導金の筒がある。帝国の回転式破城槌の先端を除き、中を中空にした物だ。太さは俺の親指と人差し指で作った輪っかくらいだ。


「…………帝国の技術を持ってすれば何でもありません」


 クレーヌが指差したのは、車から突き出すように延びた長い棒の束。内径はメイティールのもつ先端と同じ。長さが3メートルくらい。それが5本束ねられている。


「年輪よりも長い記録、目的を考えたら400年分の記録よね。どうやって取るつもり?」

「例によって確証はないんだ。ただ、この光景を見る限り最初考えてたよりは長……、、うわっ、っと」


 今からすることを説明しようと、木立から垣間見えてきた青い湖面を指差そうとした時、いきなり車が止まった。不用意に立ち上がっていた俺は、バランスを崩して倒れた。


「リカルドだい……きゃ!」


 メイティールの声が頭の上から聞こえた、俺は毛皮で顔を覆われている。俺はもがく。フカフカの毛皮越しに、もうちょっと弾力のある何かが俺の顔を受け止めていた。


「ちょっと、そこ駄目だから……、あっ!」


 なんとか顔を出すと、メイティールの胸元に抱きつく格好になっていた。


「こ、この無礼者」


 クレーヌの怒声が車の中に響いた。


「…………えっと、何かあったんですか」


 俺は車の中から顔を出した。横を向いているのは斜に構えてるのではなく、片側の頬に地球タイプの紅葉が刻まれてるからだ。


「あれを見ろ」


 帝国騎士の後ろに跨ったクレイグが前を指す。ダゴバード達が車の前に集まっている。彼らが囲んでいるのは飛竜の死骸だ。この森の中で襲撃? いや、戦いの気配を感じなかった。よく見ると飛竜の体の半分が齧り取られているのが解る。


「……さっきは魔狼の死骸だったわね」

「はい」


 メイティールとクレーヌが顔を見合わせる。魔狼は飛竜に狩られることがある。実際、さっきの遺骸は腹に穴が空いていた。だが、空飛ぶ飛竜がどうして……。いや、魔獣にだって寿命はある。事故や病気で死んだ個体とも考えられる。


「周囲におかしな物はいない。先に進むぞ」


 車に近づいてきたダゴバードが言った。しばらく経つと、木々を抜けた。視界がぱっと開けた。白い氷河を背景に赤い森に囲まれた青い湖面が見える。目的を忘れるほど幻想的な光景だ。特に、静かな湖面は引き込まれそうなくらい美しい。


 氷河から解け出た水が流れ込む湖。氷河湖だ。氷河との間、断崖の上から水が落ち、小さな滝壺のようになっている場所が奥にあり。そこから、湖本体に細い流れが注いでいる。周囲の森が防風林のようになっているのだろう。さざ波すら立っていない。


 俺は湖の周りをじっくりと見渡した。流れ出る川もない。これは理想的だな。


「あまり長くは滞在できん。早急に済ませるのだな」


 ダゴバードが上空を見て言った。西側の岩壁に、鈴なりの飛竜が止まっている。巣を守っているのか、威嚇するようにギャアギャアという鳴き声が聞こえてきた。


 お前達に用は無いから出来れば静かにしていて欲しい。


 ダゴバード達は枯れ木を集めて、螺炎で火をおこした。森を背に、飛竜の襲撃を警戒する態勢だ。メイティール達は周囲を警戒しながら湖に近づく。


 俺は年輪をくりぬくためのT字型の棒を持つ。ちなみに、1度目の予言で使った物では無く、ボーガンによる特製品だ。


 周囲の木々を見回す。なるべく樹齢の長いものがいい。


「冷たっ」


 湖の方からメイティールの声がした、湖面に入れた手をブンブン振っている。クレーヌはその横で騎士に手伝わせながら棒を組み立てている。その先端に、メイティールが魔導金の筒を取り付ける。


 俺が一際太い樹木から年輪を抜き始める。向こうを見ると、湖岸に固定された木の棒から縄が伸び、そこから垂れ下がった金属のパイプが、湖面に沈んでいく。湖底までの深さはそこまでではなかったらしい。


 湖面に波紋を作りながら棒が回転している。普通は大規模な櫓を組んでボーリングだ。魔力を通じてやれば自律的に回転する破城槌の仕組みがなければ到底出来ない作業だな。


「こっちは手動だけど」


 俺は年輪をくりぬく作業を開始した。1本目を引き抜いたたところで、焚き火からもらってきたお茶を口にする。


「試し掘りが終わったわよ。どう、これでいいの?」


 メイティールが持ってきた棒を半分に開いた。二つに割れた鉄の棒の断面が金色にコートされている。なるほど、ここを通じて魔力を流すのか。中には50センチほどのきめの細かい泥が入っていた。


「これなら……、えっとこれで温めたら」


 メイティールの指先が紫色になっているのに気が付き、俺はカップを渡した。メイティールは両手でそれを抱きしめる。そして、一息に飲み干した。……カイロのつもりだったんだけど。


 俺はまず上層、湖面の方を見た。ほとんど乱れが無い。冷たい水のおかげか生物擾乱が無いのだろう。恐る恐る濡れた土を指で突いた。しっかりと詰まった少し弾力のある粘土に、灰色と白の縞模様が刻まれている。


 二色の層は手触りに違いがあり、黒い方がきめ細かい感触だ。間違いないな。俺は掌を開いた。親指から小指まで、だいたい20センチメートルの間に……40本。一年あたり5ミリメートルくらいか。少なくとも、くりぬかれた50センチメートルで模様は全く途切れていない。


 想像以上に綺麗な年縞だ。形成過程は違うが、前世にほんのチート湖もかくやだな。


「どう」


 メイティールが少し心配そうに聞いてくる。


「実際に測定してみないと分からないけど、サンプルとしては理想的に思える。ただ、ちょっと斜めになってるから、出来ればもうちょっと中心に近い場所で頼めるか?」

「可能な限りやってみる。で、これで何が解るの?」


 空になったカップをぎゅっと握りながらメイティールが言った。


「実は、この縞も年輪みたいな物なんだ。氷河の記録がこの湖の底に蓄積されてるんだ」


 俺は山頂から伸びる氷河を指差した。

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