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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
十一章『凍りついた記録』

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3話 古の爪痕

 馬車とは比べものにならない速度で走る馬竜車。その高い窓から俺は眼前に迫る飛竜山を見ていた。左右には、16頭の馬竜に乗った2種類の鎧の騎士が30人強。車を囲むように走っている。


 俺達は道に沿って進んでいる。正確には道の跡の隣だ。広い石畳は二台の馬車がすれ違える広さがある。雑草や灌木の根によりガタガタになっているが、使われていた頃は王国の道よりもずっと整っていたのだろう。


 おかげで迷わずここまでこれた。いや、前にある遺跡の規模を考えると杞憂だったな。


「思った以上に大きいな」


 俺は道の先にある城壁の残骸を見ながら、メイティールに言った。所々大穴が開き、上の方は崩れていてなお、王都と遜色ない高さに見える。


「私も見るのは初めてよ。あると知っていてもここまで来ようなんて無謀なこと誰も考えないもの。時間を掛けて調査したいくらい」


 メイティールは手中の金色の筒を弄りながら俺に返す。人のことを無謀呼ばわりするくせに、ちょっと楽しそうだ。もっとも、皇女殿下の希望は叶わないだろう。この調査行のリーダーであるダゴバードから、馬竜部隊が帝国を離れることが出来る日数についてはきちんと決められている。


 ちなみに、移動中および戦闘に関してはダゴバードが指揮権を持つというのが参加の条件だった。


「殿下にもしもの事があったら許しませんよ」


 俺とメイティールの間に座っているクレーヌが言った。ダゴバードとメイティールが同時に危険な場所に赴くことを反対したのは彼女だ。ただ、その至極もっともな進言を拒否した、本人に言って欲しい。まあ、今メイティールがやっている作業を頼んだのは俺なので言い返せないけど。


 いや、大災厄(仮説)の調査という重大事とはいえ、なんでこんな大げさなことになってしまったんだろう。王国と帝国の次期トップに護衛させているような状況、一番危険な立場にあるのは俺と言えなくもない。安全と保身がこうも相反する状況というのがあり得るとは、世界は驚きに満ちている。


 崩れた城壁が近づいてくる。一際大きく崩れている場所には、こちらに矛先を向けるように倒れた塔の残骸がある。立っていた時の高さは推して知るべし。


 こちらの接近に気がついたのか、城壁に停まっていた飛竜が飛び上がった。それだけじゃない、飛竜山の方からも大量の飛竜が飛び立ってくる。


「また来たわね。ちょっと数が多いから私たちも出るわよ」


 メイティールとクレーヌが魔導杖を持って、馬竜車の御者台に向かう。ちなみにさっきまでは西にある赤い森から襲ってきた魔狼の群れに対処していた。クレイグ曰く、王国なら一匹一匹が魔獣氾濫の主級ボスらしい。


 馬竜を操る帝国騎士と、同乗する王国の魔導杖による攻撃。撃ち漏らしても馬竜車からの正確な狙撃、により蹴散らされるだけだった。


 ただ、流石に巣に近いだけあって飛竜はやっかいだ。数が多くてしかも魔力は満タンのおかげで複雑な軌道で波状攻撃を掛けてくるのだ。ただ、それ以上にこの部隊の力が上回るのだ。


 両国の次期トップが指揮してるんだから、士気が高いのは当然。そして、これまでの散発的な魔獣の襲撃がまるで演習のように作用した結果、マルドラスを出た時と比べれば連携が全く違うのだ。これはもう同盟軍(仮)くらい言っても良いんじゃないか。


 しかも、波長を純化させた螺炎は、発射速度が倍、魔力効率も倍。その上、先端に取り付けられた照準用の回路のおかげで、命中率まで上がっているのだ。


 撃墜した飛竜のコアにより魔結晶には不足しない。ただ、カートリッジの魔力触媒が心許なくなってきた。何しろ、使えば使うほど劣化していく。ちなみに触媒が売れれば売れるほど……おっとこれ以上はいけない。


◇◇


 正門だったと思われる二つの巨大な石組の間を通り抜ける。中に入ると、碁盤目状の都市の跡が見える。見渡す限り道は全て石畳。寒冷な気候からか、ジャングルに飲まれた地球の遺跡の様にはなっていない。


 ただ、建物の方は酷い、どうやらマルドラスのように豊富な森林資源を使っていたようだ。崩れた石から朽ちた木の柱が飛び出ている。四百年の時の流れで成長した樹木による侵食もぽつぽつとある。壁を見るが、白い粉のような物がこびりついている。飛竜の糞や、あるいはミューカスのような物が這い回った跡かも知れない。城壁を崩したのは恐らくあの粘菌魔獣だろう。遺跡内部にも何条ものえぐられた地面の跡がある。


 それでも……。


「かなり栄えていたみたいね」


 メイティールが言った。俺は頷いた。ここに来るまでの道と言い、崩れている一つ一つの建物がかなり大きい。塔も城壁から飛び出していた一つではない。摩天楼とは言わないが、幾つもの高い塔があったようだ。全て崩れているが。


 失われた古代文明というほどじゃないけど、現在の王国と帝国に跨った国家の経済規模を想像させる。


「飛竜の襲撃からは一息付けそうだな」

「…………」


 崩れかけた建物に注意して、劇場跡のような広場に馬竜車が停まる。


 クレイグとダゴバードが俺たちの前に来た。比較的頑丈そうな建物の残骸の跡に全員が集まった。


「何から手を付ける?」

「俺たちはこの都市を滅ぼした魔獣の痕跡を探ります。メイティール殿下は魔脈の測定をお願いします」


 第一の目的は都市に残った大災厄の爪痕、予言のイメージの確認のため、の採取だ。これさえ一致すれば、次の災厄が400年前と同じであるという強力な証拠になる。


 写し取るための紙とインクは持ってきたが、表面の風化がここまで激しいというのは予想外だ。


「地面に倒れている塔が狙い目でしょうか」


 俺は恐る恐るダゴバードに言った。


 俺はダゴバードとクレイグと一緒に一際大きな塔の残骸に近づいた。馬竜が綱を引き、地面に半ば埋まっていた大きな石がひっくり返される。梁だったのか焦げた丸太の残骸もある。


「ありました」


 表面にこびりついていた土を除くと、くさび形の痕跡が現れた。爪痕ととおぼしき物が何条も付いているのだ。何枚かの石をひっくり返しても同じだった。


 俺は爪痕にインクを流して紙に写し取る。アルフィーナの言っていたイメージに近いようだ、最終判断はアルフィーナにしてもらうしか無いが。


 目的は達成することは出来た。だが、俺の心は晴れない。クレイグとダゴバードを見ると、二人も厳しい視線を塔の外壁の残骸に向けている。平たい石に刻まれた縦横の傷。その数の多さにぞっとする。大量の魔獣に襲われたと考えざるを得ない。


 もちろん、それは俺たちの仮説が正しいという可能性を高めるのだが。


「どうだ。何の魔獣の爪痕か解るか?」


 クレイグがダゴバードに聞いている。


「先ほどまで襲ってきた魔狼も帝国に生息している物とは種類が違う。なんとも言えんな。ただ……」


 ダゴバードは二条の傷跡を指でなぞった。そういえば二本が平行に付いている。


「竜の前肢なら三本が多い。飛竜は二本だったが……。大きさが違うな」


 竜でなく巨大な飛竜的な魔獣の可能性か。飛行能力という点からしたらあり得るのか……。いや待て、この木材は……。


「だが、この焼け焦げた跡はブレスによる物ではないのか」


 クレイグが炭化した木材を指差した。


「魔獣が1種類とは限るまい。何しろ、これだけ栄えていた都市が、突如滅ぼされたのだからな」


 ダゴバードが暴かれた塔の中を見た。割れた皿や、家具などが見える。種類が多く、色彩装飾なども豊かだ。そして、つぶれた白骨が散乱している。魔獣の襲撃までは比較的普通に暮していたことがうかがえる。


「そうだな、もしこれが王都ならと思うと……」


 クレイグの言葉にダゴバードも周囲の騎士達も黙り込む。突然の滅びの残酷さ。それが災厄という物だと言ってしまえばそうなのだが……。


「リカルド。こっちに来て」


 メイティールが俺を呼ぶ声がした。馬竜車から下ろしたイーリスを使っていたメイティールが、感魔板を振っている。その表情は好奇心と、困惑が共存している。


「これを見て」


 感魔板を見て俺はが感じたのは純粋な寒気だった。そこに映っていたバンドに強い深紅の波長があるのは想定通り。だが、更に高エネルギー側に細いバンドが見える。それは、アルフィーナを苦しめていた予言の水晶が発していた波長だ。


 メイティールは二枚の感魔板を並べた。


「今のが絶望の山脈の魔脈に向けたもの。帝国の魔脈よりも質量共に強いのは、まあ想定外とは言えないわね。距離から考えて中はとんでもないことになってそうだけど。そして……」


 メイティールはもう一枚を見せる。こちらにも微かだが紫のバンドがある。


「飛竜山の測定結果。方向を見る限り、丁度あの氷河の辺りかしら」


 メイティールが山を指差す。山頂が白いのは氷だろう。そこから伸びる幾筋もの白い線は氷河。飛竜の舞う断崖の様な岩場を挟んで、中腹には青い湖面が見える。その周囲から下は森だ。


「あの山に、血の山脈と同じ反応が出てるって事か……」

「そういうこと。興味深いわよね」

「殿下まさか。駄目です、いくら何でも飛竜の巣になど……」

「ねえ、リカルドは調べたいわよね」


 確かに、血の山脈の中に入らずとも、同じような魔力を発している場所を見られるというのはまたとない期待だし。そして、あの水晶と同じ……。


「リカルドはこれも想定してたんじゃ無いの?」


 メイティールに頼んでいた物は確かに、こういった地形を調べるための物だ。だが……。


「駄目だ。山頂はもちろん、氷河に近づくことすら危険すぎる」


 ダゴバードが言った。飛竜の巣の間近、しかも氷の上というのは馬竜でもキツいと言うことは容易に理解できる。


 だが、水晶と同じ波長を見て捨て置けるわけがない。何か手があるはずだ。氷河まで上がらずとも、せめて山の森の樹木からの年輪は採取できないか……。いや待てよ。あの中腹の湖はそれ以上の……。


「ダゴバード殿下、あそこまでも無理でしょうか」


 俺は赤い森に囲まれた青い湖面を指差した。

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四百年の時の流れで成長した樹木、半数は赤い、による侵食もぽつぽつとある。 赤い、??による
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