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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
十一章『凍りついた記録』

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200/280

1話 事前準備

2017/06/18:

PVが100万を突破しました。読んでくれた皆さん本当にありがとうございます。


 飛竜の領域を抜け、マルドラスの入り口で帝国の馬竜部隊に迎えられてから三日経っていた。俺達はマルドラスの盆地を見下ろす領主館に移っていた。屋敷は王国の基準では質素だった。


 2階建てで部屋の数も十では効かないが、子爵程度の地方貴族の館という感じか。交渉の会場として悪くないというのが俺の評価だ。土地柄か建物に木の割合が多い。和風というわけではないが木の床や柱が風情を感じられる。壁に伝った蔦など、特使と言う似合わない役目をやらされている平民に優しいではないか。

 

 さてその特使殿、実際には副使だが、の俺は厨房で手を粉だらけにしていた。後ろには館の主で、俺の交渉相手であるリーザベルトがいる。事前交渉というところか。


 正使であるクレイグはダゴバードと話しているはずだ。分担としてはあちらが軍事面、こちらが商業面だ。もっとも、向こうは戦後処理も含めて、本題に入るまでに終わらせなければいけないことが山積みのようだ。


 ファビウス達は物資の補給など飛竜山までの遠征の準備を進めている。本来なら帝国商人との繋ぎも含め、俺が手伝わないといけないんだけど、副業ならぬ副使の都合で本業に手が回らないとは……。


「そう言えば、お礼を言っておかなければなりませんでしたね」


 リーザベルトが明るい声で言った。俺、何かしたっけ?


「あの花粉のおかげで我が領地は竜から救われたのですから」


 リーザベルトは笑顔だ。俺の額に汗が滲んだ。そうだった、俺は彼女の故郷を思う気持ちを利用して、帝国を罠に嵌めたんだった。


「そうそう、見事に利用されたのよねリーザベルトは。私とダゴバードがそれに踊らされて花粉は馬竜に無効って騙されたのはここマルドラスでなのよ。……思い出したらちょっと腹が立ってくるくらい」


 後ろからメイティールが言った。彼女はダゴバードと一緒に来た女性魔導師と一緒に、イーリスを組み立てている。自分の部屋でやれば良いのに。


「手が止まっていますよ。リカルド殿」

「い、いえ。生地の準備が終わっただけですよ。ははっ」


 俺は緑褐色の生地の塊から手を離した。


「これがメイティール殿下の言っていた蕎麦で作られた麺ですか。この色と香りはあのお茶ですよね」


 リーザベルトが興味深そうに緑の塊を見る。抹茶は持参してきた物を使っているが、蕎麦粉はマルドラス産だ。


「リカルドが私のためにわざわざ作った食べ物なのよ」


 メイティールが自慢気に言った。


「……故郷から離れた心細さから食欲がなくなったメイティール殿下を慰めるために作りました」

「なっ、そういうことは言わなくても良いの。というか、心細かったからじゃないわ。王国の気取った食べ物が口に合わなかっただけでしょ」


 メイティールが慌てる。側に居る女性魔導師が俺を睨んだ。あの戦いで最後まで殿を務めたクレーヌだったか。メイティールと入れ違いに捕虜から解放されて、上司がいなくなった帝国で苦労したのかも知れない。今回の交渉において、重要な役目をしてもらわなければならないのだ。敵に回したくないが……。


「まあ、ずいぶんとメイティール殿下がお世話になったようですね」


 リーザベルトは微笑んだ。


「私はリカルドに請われて王国に行ったんだから。機嫌を取るのは当然のことでしょ。そうだ、リーザベルトが言っていたアイスクリームも作ってもらったの。多分私の方が美味しかったわよ」


 メイティールが自慢気に言った。検証していないことを主張するんじゃない。ちなみに個人的には抹茶アイスの方が好みだ。というか、餌付けされたチョロい女の子みたいだぞ。


 リーザベルトは小首をかしげた。


「メイティール殿下はずいぶん変わられた様ですね。以前お会いした時はこんなに柔らかいお顔は見られませんでした。王国でよほどのことがあったのでしょうか?」

「そ、そりゃ色々刺激的だったけど。別にリカルドだけじゃなくて王国の魔術師とかも、なかなか逸材揃いだったから……」

「殿方にとっては今の方がずっと魅力的に映るのでは。リカルド殿はどう思いますか?」


 リーザベルトは年上の親戚の女の子のように、メイティールをからかう。というか、元々そういう関係か。


「特使殿とはいえ、殿下に対して無礼は……」


 ついにたまりかねたのか、クレーヌが俺に詰め寄ろうとする。


「クレーヌは早くこれの使い方を理解して。これ一つで魔導の研究にどれほどの進歩をもたらすかわかるわよね。はっきり言ってあの魔導杖の改良より重要なの。一刻も早く帝国にも導入しないといけない。それに、私の立場上、ここの魔脈の測定は貴方じゃなければならないわ」

「確かにこれは素晴らしいです。こんな単純な仕組みで魔力の本質を暴き出すなど。…………資質のない者が考えつくなど想像も出来ませんけど」


 クレーヌは不信もあらわの瞳を俺に向ける。その通り、元々のアイデアは俺じゃなくて前世の偉人のだ。


「まあそれは私も同感だけど、私は実際にリカルドの一番近くで見たから……」

「…………」


 クレーヌが俺を睨む。リーザベルトが口元に手を当てた。


「つ、つまり、それだけ魔導の常識とはかけ離れてるからしっかりと理解しなさいって事。リーザベルト。貴方は自分の仕事は良いのかしら、リカルドと新しい都市の構想を話すんじゃないの?」


 メイティールは早口でまくし立てた。これはまたからかわれるかと思ったが、リーザベルトは表情を引き締めた。


「そうですね。帝国の交渉担当者としてもマルドラスの領主としても、色々とお話を聞かなければいけません。今回、リカルド殿に危険を冒してもらったことで、新都市が実現する可能性がはっきり示されましたから。懐疑的だった人間も注目するはずです」


 さっきまでメイティールをからかっていた時とは表情が一変している。


 俺としても得られる物はあった。石材を流用できそうな遺跡、雑草に塗れた道の跡とかだ。飛竜の生態に着いてのデータも重要だ。ちなみに倒した飛竜を解剖したが、気嚢はなかった。やはり爬虫類である翼竜が起源なのか。


「では、まずは先物市場の詳しい話から……」


 帝国にも知らされているはずだが、何しろ誰も見たことがない物だ。俺は食料ギルドでの話を思い出しながら、リーザベルトに説明する。


「食糧の安定供給のための巨大な倉庫や物流の容器の規格を合せる利点は分ります。何しろ、ここは帝国の端ですから自給できない品の入手には苦労しています。ですが、先物市場による将来の価格情報の発信は……」


 リーザベルトはじっと俺を見る。


「正直言って不安があります。農業に関して、王国と帝国は大きな差がありますから」


 リーザベルトの目が窓の外に向く。盆地の中央にだけ僅かに存在する小麦畑、山に張り付くように点在する畑。王国の麦畑とは全く違う光景だ。単純に競争力という点では比較にならない。


「否定は出来ませんが、新都市の責任者としては帝国から王国への新しい輸出商品が生まれることを期待しています。一例が今用意している物ですね」


 俺は寝かせていた生地を切、ゆであげて調理する。できあがった茶蕎麦のペペロンチーノを小皿に分けた。緑色の麺をリーザベルトはためらわず口にする。


「……質素で素朴なのに力強くて美味しいです。作るところを見ていましたが、殆ど蕎麦粉なのですよね、このように食べられるとは」


 リーザベルトが顔を輝かせた。


「王国で食べた時よりも香りが良いわ」

「そうですね。私もそう思います」


 蕎麦の質は帝国の方が良いようだ。


「…………色はともかく悪くはないかと」


 最後まで躊躇していたクレーヌが渋々と頷いた。


「蕎麦が王国に売れるのならば、我が領だけでなく多くの領地が喜ぶでしょう。こういった物を増やしていくのですね」

「ええ、新しい都市はこういった物を試す場所としても機能させるつもりです。リーザベルト殿下にもご賞味頂いた羊羹なども含めてですね」


 食べ物を用いた観光地化。もちろん余録の余録だが、人を集める一助にはなる。


「先物市場と行っても最初は小麦と鉱物資源が1種類ずつ程度になるでしょう。鉱物資源は帝国の方が有利なので、いきなり一方的な結果にはならないはずです。更に言えば、都市の建設が完了するまでは、この都市自体が帝国からの物資を大量に必要とします。食料は王国から、建設資材などは帝国でしょう。その間に、両国の情報が混じり合って新しい物が生まれるように促します」


 俺は王都で開催した馬車の見本市の事を説明した。新都市にはそう言った用途のためのコンベンションセンターを作ることも合わせてだ。


「その為には帝国の産物についての情報も色々と聞きたいと思います。ちなみに、マルドラスは魔導金や魔結晶は産出しないのですか?」


 茶蕎麦で緩みかけていたクレーヌの視線が厳しさを取り戻した。もろ軍需物資情報だもんな。俺が敢て尋ねたのには、三つ理由がある。今回のことで魔獣の領域で活動するために必要な魔力が実際に解った。確かに犠牲なく領域を突破したが、改良型螺炎を使ってもかなりの魔結晶を消費したのだ。当面は、もしもの時の供給地は近い方が良い。


 もう一つは、将来的には先物市場の最大の商品は魔結晶になるのではないかと考えていることだ。これは、螺炎の魔導と、前世の石油や天然ガスからの推測だ。


 最後の一つは、この旅の間に思いついたことだ。これはまだ人に話す段階じゃない。不確定要素が多すぎるからな。


「それが出れば、大分違ったのでしょうね……」


 リーザベルトは悲しそうに窓の外に広がる山々を見た。


「……私の祖父の代に大がかりな資源の探索をしたのです。西の山中で結晶の鉱脈を見つけたのですが……。負の石でした」

「負の石?」

「ああ、ここはアレが出るのね。形や感触は魔結晶に似ているのだけど、魔力を引き出すことが出来ない。それどころか接触した魔結晶を劣化させるの」

「【IG-1】みたいな物ですか」

「だったら活用の方法があるのだけど、すぐ効果が切れるのよ。魔結晶に接触させた時だけ、魔力の流れみたいなのが感じられるのだけど」

「それは資質の有無に関わりなく?」

「ええ、でも魔力が引き出せないから意味はないわね。…………なに、また何かあるの?」


 俺が興味を引かれたのは、接触させただけで魔力の流れが生じるという現象だ。仮に、血の山脈からの魔力エネルギー資源の開発が本格化したら、魔道具をもっと普及させたい。螺炎の術式を日常用途に応用できるとすれば、資質がない人間にもスイッチが入れることが出来る必要がある。


「いや、見てもない物に対して何も言えない……。本当ですよ。本当に何も思いついてないから」


 流石に俺が生きている内は無理だろう。


「とにかく、こちらの話はご理解頂けましたか?」


 俺はリーザベルトに言った。


「ええ、今の話も含めてこちらの賛同者を増やしたいと思います。そうですね、次の交渉が王国でということになればぜひ私が赴きたいです、メイティール殿下が自慢された栗のアイスクリームというのも楽しみですし」


 リーザベルトはそう言って笑った。


「よろしくお願いします」


 一応こちらの仕事は順調だ。だが、商業的な話を進めるためにはそもそもクリアしなければいけない大前提がある。大災厄を防ぐ、それも王国と帝国の両方で、ことが出来なければ商売どころの話じゃなくなる。被害がある程度以上に大きいだけでも、王国と帝国の経済縮小を招き新都市は成立しなくなる。

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