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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
十章『レガシーコスト』

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11話:前半 レガシーコード

 俺はメイティール達と対魔獣騎士団の訓練場に来ていた。団長の立場が変わっても質実剛健な雰囲気は変わらないようだ、団旗の横に誇らしげに掲げられた銀縁の王国旗が変化と言えば変化か。


「久しぶりの手触り。……リカルド覚悟!!」


 金色の筒を持ったメイティールが俺にその先を向けた。


「メイティール殿下。先輩への態度によっては協力できませんけど……」


 ミーアがメイティールに淡々と言った。


「じょ、冗談よ。ほら」


 慌てたメイティールが魔導杖を握っていた手を開いた。彼女の手の平はIG-1で塗りつぶされている。


「俺なら良いけど、間違っても王太子殿下に同じことするなよ」

「へえ、リカルドなら良いんだ」


 何が面白いのかメイティールが破顔した。


「先輩はさっきのが冗談と完全に信じてましたね。私があまりこっちに顔を出せない間にまたずいぶん……」

「……そっちの準備はどうだ」


 俺を睨むミーアから視線をそらす。


「…………出来てるわ。どうぞ殿下」


 ノエルが銀色の六角形の物体を渡した。魔導銀で出来ていて、魔導杖と同じ大きさの穴が空いている。中には2種類の魔力触媒の溶液が入ったガラス瓶そして、魔結晶を入れるくぼみがある。俺たちはカートリッジと呼んでいる魔導杖のアタッチメントだ。メイティールはそれを魔導杖の後ろに結合した。


 カチャッと言う音がして、カートリッジの表面に刻まれた単純な幾何学模様から魔導杖の複雑な模様に光が繋がった。


「準備は出来ているか」


 フルシーと一緒にクレイグがやってきた。20人を越える騎士を引き連れた大所帯だ。対魔騎士団と第一騎士団の鎧が混じっている。僅かでも魔導杖を使う資質を示した人間だ。もちろん不完全、クレイグ曰く火打ち石の代りにもならない、に発動できただけだ。


「ご登場ね。では、試作品のテストを開始しましょう」


 メイティールが杖の先で用意された的を指した。


 標的に向かって魔導杖を構えたメイティール。キーンという耳鳴りがして、周囲の気温がはっきり低下した。魔導杖が周囲の気体分子を選別し、高いエネルギーを持った分子のみを選別濃縮しているのだ。前回クルトハイトで見た時よりも心持ち強いか……。


 杖の先端の先に赤い螺旋状の光が見えた。


ヒュンッ! …………ガッ、ガーーーーーンッ!!


 百メートル先の魔導金の鎧がはじき飛ばされた。煙を上げる鎧がガラガラと音を立てて転がる。目を見張っていた騎士達は鎧が止まるとはっとしたように、一斉に主を囲んだ。メイティールはそれを見て肩をすくめると、杖の先を下げた。


「威力は僅かに増えた程度だけど、必要な魔力は半減、発動までの時間も大幅に短縮。慣れれば射程はもうちょっといけるわ。あきれた効果だわ」


 煙の出たカートリッジを取り外しながらメイティールが言った。


「何より……」


 手をにぎにぎしているのは、自分の手に彫られた魔導陣を必要としなかった確認だろう。


「協力を感謝するメイティール殿下」


 恐れる様子もなくクレイグはこちらに近づてきた。


「あーあ。リカルド達がこっちにいれば私の兵力だけで王国なんてどうとでも出来たのに」


 クレイグの周りの騎士達の視線が厳しくなるのを気にせずに、メイティールは放言した。


「ははは。もしそうなら今頃は私が捕虜になっていたのだろうな」

「まったくよ」


 やめろ、面白そうなのはお前達二人だけで周囲の人間は俺も含めて緊張に耐えてるんだぞ。ミーアはあんまり表情を動かさないけど、ノエルなんて大変だ。


「魔導杖自体に変りはないということは、これが秘密なのだな」

「は、はい。魔導銀で出来ていますので、魔導金の型を使ってある程度は効率的に生産可能です」


 ノエルは青い顔でカートリッジの説明をする。全ての功績をフルシーとメイティールとミーアに押し付けようとしている当たりが彼女らしい。全くもって無駄な努力だ。ここまで来れば生産に一番欠かせないはノエルだ。


「ノエルがいれば王国の魔術の将来は安泰だな。頼りにさせてもらうぞ将来の筆頭宮廷魔術師殿」

「ひっ!…………あまりに過分なお言葉もったいない……です」


 あんまりいじめるなと言いたいが、それでも過小評価だ。空気分子のエントロピー操作という螺炎の基礎技術は凶悪なまでの応用性がある。


「おお、これはすごい」「飛んだぞ、見ろ」


 まるで初めて玩具の銃を買ってもらった子供のように、騎士達が魔導杖の試射をしている。メイティールに比べれば頼りないが、様になり始めている。


「テンベルクの懸念の通り、大災厄の魔獣対策の切り札たり得る人間を全て連れて行くわけにはいかない。半分が良いところか」


 クレイグが言った。


「そんな少数で王太子殿下自ら魔獣の領域に踏み込むんですが」

「なに、リカルドが同行するのだ。なんとでもなろう。少なくとも座して魔獣の群れを待つよりはましだ」

「後半には異存はありませんよ」


 今回の試射試験のデータでさらなる改良を施すつもりだし。俺はメイティール達をちらっと見た。


「ふむ。それはそうと。一つ重大な問題が残っていてな……」


 クレイグは珍しく歯切れが悪い表情になる。問題? いや問題は山積しているけど。クレイグがこれほど深刻な顔をするとは。


「今回のこと、アルフィーナはなんと言っていた?」

「はっ?」


 俺は虚を突かれた。


「……さ、さあ。アルフィーナ様も巡礼の準備でお忙しいでしょうし」


 俺は反射的に目をそらした。


「…………これはあくまで一般論だがな。戦場に赴く騎士にとって、出陣前にパートナーとの会話は非常に重要だというぞ」


 クレイグが言う。それはまあそうだとは思うけど。少なくとも災厄や飛竜に比べれるような物では無いだろう。もちろん、俺にとっては重要なわけだが……。


「ぜ、善処します」

「うむ。今回の部隊の指揮官として忠告はしたからな」


 俺はなんとかそう答えた。……いやまて、何か重大なことをしたみたいな顔をしてるけど。一番重要なのは貴方おうたいしの結婚問題の方では?


◇◇


「つまりね。こことここの魔導文字が連動することで……」

「でしたら、回路を同調させて、ここでループさせて」

「まって、どうしてそうなるの。というか……」

「回路はあくまで素子と素子、つまり……と……が線で繋がったもの。その関係を抽象的に……」

「…………出来たらすごいわね。これまで魔導士の制御の限界を突破できる可能性が……」

「あの、それを実現するためには回路の精度が……」


 ラボに戻った俺たち。メイティールとミーア、そしてノエルがカートリッジと魔導杖を前に議論をしている。メイティール曰く、もっと改良できるはずだというのだ。


 3人の会話はすでに俺の理解を越えている。多分だが、メイティールが回路の具体的な動作を説明して、ミーアがそれを数学的トポロジカルに解釈して、メイティールが改良案を提案して。……実際に回路の製造を考える必要があるノエルが胃を痛めている。


「そもそも魔導陣ってなんなんだ。線とスイッチはなんとなく分かるけど、大半を占めるこの文字だか模様だかみたいなのは何だ? 気体分子の操作なんて複雑怪奇をどうやって実現してるんだよ……」


 俺は三人に聞いた。目の前に広げられた図には、梵字みたいな模様が所狭しと並んでいる。


 空気分子のエントロピー操作というめちゃくちゃをやっている仕組み。エアコン、エンジン、冷蔵庫。何でも作れる技術だ。


 使用者自身が完全に理解していないのなら。どうやって開発されたのかはずっと疑問に思っていた。


「…………」「…………」「質問の意図するところが分からないわ」


 二人が沈黙。メイティールが言った。


「意図も何も、さっぱり分からないから教えてくれって話だよ。分かってると思うけど、俺は魔力を使えないんだぞ」


 俺はいった。


「……そうだった」


 ノエルが思いだしたように言った。


「そうね、波長測定から魔力触媒まで全部リカルドのお膳立てから始まってるのにね」


 メイティールもため息をつく。そして、机に広げられた拡大図を指差す。


「この模様。魔導文字は人間が考えたものじゃないわ。元はいろんな魔獣の体にある模様なのよ」


 つまり、魔力を使って生きる魔獣が進化の中で生み出した模様。例えば、空気分子の操作とか、を人間がその効果を参考につなぎ合わせてるのか。ある意味生体模倣技術というわけだ。


「特に、螺炎の中心術式を構成するこの魔導文字は、いろんな魔獣に似たパターンがあるわ。例えば飛竜の翼とかね」


 メイティールは螺旋の様な模様を指差した。


「ああなるほど、滑空する飛竜なら空気の流れの操作をする魔力回路を持ってるか……」


 仮に翼の下に高密度の空気、翼の上に低密度の空気を選別できれば、飛竜は簡単に舞い上がることが出来る。これは航空機が翼の形で実現しているのと同じだ。


「……ねえ、本当に……。まあいいわ。ちなみに、馬竜を使役するあの手綱に刻まれた模様は、元々は馬竜の寄生虫型魔獣のものね」


 メイティールは魚にくっつくカイアシみたいな生物の図を書いた。バネのような二本の突起を持った生物だ。なるほど……。


「つまり、それぞれの効果を持つ魔獣発祥の魔導文字を、人間がプログラム……回路として並べて作ったわけか」


 プログラムで言えば、効果だけは分かっている関数ライブラリーがあって、それを呼び出して使っているわけだ。当然、関数の中身はブラックボックスだ。


 それを線とスイッチでオンオフとパラメーターを入力している感じか。考えただけで頭が痛い、魔導士は魔力の流れをある程度感覚的に感知するのだろうけど、配線がこんがらがらないのか?


「それじゃあ複雑になればなるほど、設計者が大変だろ。スパゲッティーコードになるはずだし」

「スパゲッティーコード?」

「ほら、あの茶蕎麦みたいに回路が絡まって設計者の頭も同時にこんがらがったりしないか?」

「上手いこと言うわね。それで、解決する方法は?」


 メイティールが真剣な顔で俺に聞いてきた。当たり前のように俺が何か知ってる前提の話をする。


 前の世界でも、プログラムの巨大化によってコンピュータではなく、プログラムする人間が理解できない規模でコードが複雑化した。その為に、コンピュータチップではなく、プログラムする人間にプログラムを理解させる方が問題になったのだ。


 その為、人間に理解できる様にプログラムの構造化が図られた。関数化というのはその一つ。ならば次は……。


「オブジェクト指向の発想が使えるかもな」

「オブジェクト指向?」

「あ、ああ、俺もあんまり自信ないんだけど。この関数……模様とそれに入力されるパラメータをセットで……、そうだな部品を組み合わせるみたいに管理する方法だ」


 さて、どう説明するか。前世で聞いた時はRPGのゲームプログラムを想像したのだけど。

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