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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
十章『レガシーコスト』

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10話:後半 スピード重視

「少数部隊による飛竜の領域の突破だと。そんなことは到底……説明しろ」


 思わず立ち上がったテンベルクがなぜか途中で語気を弱めた。


「はい。帝国の要求は飛竜の討伐でなく、指定の経路でマルドラスに至ることです。ならば、費用でも速度でも、……そして最悪の場合の被害を限定するという面でも、この方法が合理的です」


 俺は答えた。


「当然ただの部隊ではあるまい」

「はい。帝国より鹵獲した魔導杖を用いる騎馬隊が良いのではないかと」


 あの魔導杖は高温空気に力を与えて放つのではない。反作用が殆どないので馬上でも撃てるはずだ。飛び道具装備の騎馬隊、地球で言えば竜騎兵隊と言うべきか。この世界は本当に竜に乗った部隊がいるから名乗れないが。


「馬鹿な、あれは戦力化できぬ。騎士団員を総出で試しても不完全に発動できる者が、ほんの数名なのだぞ。…………まさか、すでに帝国の魔導を解析し尽くしたとでも言うのではないだろうな」


 テンベルクの言葉に、宰相と国王の目が光った気がした。


「いえ、魔導杖自体にはまだ手をつけることはできておりません。ですが、先に報告した魔力スペクトラムの研究により、魔結晶からの魔力を純化するめどが付きました。専門家であるメイティール殿下の見立てでは、魔力効率と制御の簡略化が可能であるとされています」

「何だと、いつの間に……」

「それでも使用できるかどうかは資質に依存します。用いることが出来る人間の数は限られるでしょう。少数と言いましたが、少数に限定せざるを得ないというのも事実なのです」

「ふむ。すでにそこまで……」


 クレイグとテンベルクが顔を見合わせる。……えっと、ここは「そんな夢物語が!」みたいな感じの突っ込みが入るところだ。俺自身、これからの僅かな期間でそこまで到達可能か保証はない。ぎりぎりの発言なのだ。保身的には論外の誇大宣伝だ。


「災厄は空を飛ぶ竜の襲来。ならば、そのような兵器は少しでも温存するのが妥当ではないか」


 テンベルクが言った。……俺の誇大宣伝を前提にされると困るが、言ってることは妥当だ。本当に本当の最悪を防ぐ為にはそうなのだ。


「特に魔結晶の備蓄が心許ない。魔導杖は大量に使用するのでは無かったか?」


 宰相が疑問を呈した。


「トゥヴィレ山の魔脈の測定結果から、高濃度の魔力が吹き出す小さな噴出口が見つかりましてな。それを用いれば空の魔結晶に魔力を補充することが可能だと分かっておる」


 フルシーが言った。


「そのような研究、報告を受けておらんが……」


 グリニシアスがギロリとフルシーを見た。


「全くの偶然ですな。スペクトラム分析装置が深紅の魔結晶からの魔力で通常の魔結晶を回復させる現象が発見されましてな。無論、貴重な深紅で通常の魔結晶を補充することに意味はない。じゃが、深紅の魔結晶と近い質の魔力を吹き出している場所なら同様に魔結晶の再利用が可能になります」


 実際には完全な魔結晶の6割程度で、時間も掛る。ただし、メイティールが言うには噴出口の魔力を直接浴びせた場合は更に時間が掛って、せいぜい4割だったらしい。魔力を純化して与えることが重要な効率アップだった。


 メイティールがトゥヴィレ山を調べろと言った理由だ。噴出口の周りには帝国が設置した施設の残骸があったらしい。


 とにかく、少数部隊。魔導杖の効率アップ。そして、魔結晶の補充手段。少なくとも俺達が求める規模の部隊の為の資源は確保可能だということ。


 俺たちの説明に重鎮達が考え込む。


「魔導杖の飛躍的な改良に、魔結晶の補充。我が国の魔術も知らぬ間にずいぶん進歩したものだな」


 国王が言った。意訳すると「流石我が国の大賢者。頼りになる」かな?


 なわけねえ!「反乱の準備がそこまで進んでるなんて、王様びっくりしちゃった」みたいな感じだこれ。額を冷や汗が伝う。握った手を置いていた紙の上に汗が染みこむ。


「発見は偶然とは言え、全てこの老人の責任で進めた研究ですじゃ」


 俺が言い訳しようとしたが、フルシーがまるで断頭台の上に首を差し出すように頭を下げた。国王は黙ってその皺の多い首を見る。誰もしゃべれない。


「……そう言えば以前は寄る年波には勝てぬと言っておったか。老人に物忘れが増えるのは致し方あるまい」


 しばらく間を置き、国王が言った。


「コホン。説明は分かったが、飛竜の群れの舞う未知の領域。それを突破できるという保証はないだろう」


 グリニシアスが言った。


「はい、この方法がもっとも期待値が高いというにすぎません。ですが……」


 俺は国王に向かって頭を下げた。


「少数部隊でも行軍における雑用や輸送を担当する人間は必要。私は雑役の一人として志願いたします」


 このレベルのリスクを取れというなら、俺に差し出せる担保は自分の命ぐらいしかない。俺としては今回だけはスピードを最優先する。


「イェヴェルグ」


 頭を下げた俺の耳に、外交担当の公爵の名前が聞こえた。


「先ほどは省略しましたが、帝国からの要求には新都市の責任者も同行させるべしとありました」

「……」


 俺の覚悟とか関係なく参加決定してた。「最初から言えよ!」と俺は心の中で突っ込んだ。


「…………リカルド・ヴィンダーに王国特使の資格を与える」


 国王が自ら宣言した。色々言いたいことはあるが、俺たちの提案が通ったと言うことであり、交渉に同席する以上、必要な肩書きだ。


「となると次は、その部隊の指揮官ですな」


 これはもうクレイグの人選に期待するしか無い。そもそも改良した魔導杖、カートリッジを使える人間に限られる。


「ならば、その部隊の指揮は私が執ろう」


 えっ、それは駄目でしょ。不意に発せられた言葉に、俺は耳を疑った。立ち上がったのはこの国の次期国王だ。


 俺だけでなく全員が、何言ってるんだこいつ的な不敬な視線を向けた。


「災厄について先ほどの仮説を採用するなら、危険をためらえるような状況ではない」


 クレイグが言った。


「王太子殿下。飛竜の領域の危険はもちろんですが。帝国に卑劣な企みあれば……」


 グリニシアスが諫めた。当然だ。常識的に考えれば、災厄が片付くまで国王と王太子は違う場所に分かれているべきだ。


 天下人と後継者が同時に京都にいた時に反乱が起こって二人とも討たれたケースも前世の歴史じゃあったんだ。


 後、それで第二王子が戻ってきたらどうするの? あいつなら信雄と信孝を合せたくらいの活躍するに違いない。


「帝国の代表はダゴバード皇子。ならば、今回の要求はそのまま力を示せという意味だ。これに裏はないと判断したまでだが」


 クレイグは何でもないことのように言った。確かダゴバードは捕虜としてクレイグの元にいた。


「しかし、最悪の場合は飛竜と帝国の挟み……」


 俺は反論しようとした。


「リカルド。早さが重要なのだろう。私が行けば交渉の過程をかなり省略できる」


 方針を逆手に取られ、俺は黙った。スピードという意味ではまさにその通りだ。クレイグとダゴバードなら、ほぼトップ外交。即断即決が可能だという利点はあまりに大きすぎる。


 その後は、俺とフルシーをほってクレイグの意志を押しとどめようとするグリニシアスとテンベルクの説得が続いた。国王は止めなかった。やはり、400年前の大災厄の知識があるのか。


「他には?」


 説得に失敗した疲れた顔でグリニシアスが言った。俺の責任もほぼ無限大に大きくなったがしかたがない。


「一つあります。予言の災厄の為の情報収集は当然継続されますよね」

「……当然だな」


 少しつらそうな顔でグリニシアスが言った。


「アルフィーナ殿下が災厄の情報を集める為に、水晶を用いる以外に有効な方法がございます」


 俺はルィーツア達が作り上げた候補都市のリストを出した。人口順のリストで、アルフィーナが見たイメージの中で確定できた場所が左、そうでない場所が右に並んでいる。


「右が災厄が訪れることが確定できていない街です。これらの街が予言で示されているかは極めて重要ですよね。確定のためには、アルフィーナ様にこれらの街に直接赴いて頂き、その目で水晶のイメージとの合致を確かめて頂くのが最良であると考えます」


 アルフィーナを水晶から遠ざけつつ、災厄の候補地に対して有効な情報を得ることが出来る。最初の予言でアルフィーナが無理矢理俺に付いてきて、村の様子を確かめたのと同じ事だ。


「これらの都市が災厄に見舞われるか否かは重要な情報ですな」


 グリニシアスが首肯した。テンベルクがこめかみを引き攣らせながら頷いた。お前の領地の中心も右の、かなり上位に入っているもんな。別に操作したわけじゃないぞ。……ルィーツアが何を考えたかは知らないが。


 そもそも、王都が災厄のターゲットであることが確実である以上、いざという時のための首都機能を移転する候補地の選定は必須。移転先がすでに潰れていたり、移転したらそこが襲われましたでは話にならない。


「その方針を許可する」


 国王の表情を確認してグリニシアスが言った。よし、これでしばらくアルフィーナをあの忌々しい紫の光から隔離できる。


 アルフィーナの安全と災厄への対策を両立する橋は架かった。細くて頼りないが、それでも橋は橋だ。


 ただ、俺の保身への道がなぜか正反対側、飛竜の領域に通ってる。……不可抗力ってやつだな。俺が保身に失敗したわけじゃないさ。こんな無茶を言う帝国が悪いのだ。


 そうだ、こちらとしてはそれを逆手に少しでも事態を早く進めてしまおう。結果オーライは保身とは正反対の概念だった気がするが仕方ない。


 後は、あの魔導杖をどこまで改良できるかだな。

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