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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
十章『レガシーコスト』

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9話 準備

「まちたまえ。こっちの砂糖は湿気に弱いんだ」

「そりゃウチのだって同じだぜ。砂糖なんて腐るものじゃないんだから、こっちが優先だろ」

「はっ、これが壺一つでどれだけすると思ってるんだ」

「培地の添え物だろ。こっちは本体だ」


 ラボの裏口に設けられた簡易倉庫から二人の男のやり取りが聞こえてきた。納品する商品の置き場所を争っているらしい。こういったやり取りも久しぶりに聞く。


 中に入ると、大量の材料が積み上げられている。リルカのところから運ばれてきた大量の卵に気をつけながら奥に行くと、プルラとダルガンがにらみ合っている。


「すいません卒業生の先輩達に」


 俺は声をかけた。別に仲裁するつもりはない。というか必要ない。これは二人の挨拶みたいなものだ。


「最高級品の納入だからね。ボク自身が手がける必要がある」

「ウチしか作れない特注品だからな」


 実際、二人が運び込んだ高級食材は国家機密級の魔力触媒の材料だ。


「急な上に大量の注文に応じてもらって本当に助かります」


 俺は頭を下げた。特注品中の特注品、金は出すからこれだけ用意してくれと言えるものではない。特に限られた生産量で手間が掛り、その上に彼らの家の主力商品とかぶるのだ。


「それよりも、力仕事が残ってるなら任せろ」

「まあ僕らも暇な身ではないけど。君ほどあちこち手を広げてないからね」


 二人は互いにそっぽを向きながら言った。頭が上がらない。だが、遠慮していられる状況じゃないのは確かだ。


「申し訳ないですけど、蒸留水を作るのをプルラ先輩に。ダルガン先輩は木材の切断をお願いします」


 皮肉っぽく肩をすくめるプルラと腕まくりをするダルガン。


 建物内に戻ると、一階の生物学実験室でシャーレからコロニーをピックアップしているリルカがいる。彼女の後ろには、大型の三角フラスコから魔力触媒の精製をしているヴィナルディア。その横では魔導金のベアリングと魔力を流す回路で改良された遠心機が別のフラスコを回転させている。


「4番、8番は保留。3,7番をイーリスにかけるわ。残りは破棄……。まって6番は面白いからやっぱり保留」

「6番……。は、はいっ、分かりましたメイティール殿下」

「殿下とかいちいち付けないで良いから、作業を急いで」


 隣の部屋ではガラスに塗りつけた魔力触媒と感魔紙を左手に、右手に魔結晶を持ったメイティールがいる。触媒機能の波長特性の選別をしている。横には助手役としてシェリーが付いている。……そういう星の下に生まれているらしい。


 俺は新しく播いたコロニーの育成を確認して、階段に向かう。


 二階に上がりドアを開ける。自分の作業である年輪からのサンプル抽出に取りかかる。切り分けられた年輪を並べ、10年ごとに印を付ける。一本の木でも場所によって年輪の幅は全く違う。


 これだけで結構な手間だ。70年分の年輪が7つの山になっている。重量を記録する。


 分けられたサンプルを火にかける。加熱で魔力成分が失われていないことは確認済みだ。灰になったサンプルをさっき測った重さに対応する量のアルコールに混ぜる。液層に抽出されたサンプル液を小さな瓶に入れる。アルコールが蒸発すると、黒に微かに赤みがあるタール状の液体ができあがる。


 出来た7本の小瓶を木枠の中に真っ直ぐ並べる。これが測定サンプルだ。測定器のある場所に持っていくとフルシーに渡す。


 ミーアが一心に統計処理をしている。サンプル毎のぶれが大きいのだ。その横には、数値を読み上げるレオナルドがいる。


 部屋の奥ではノエルが新しいピペットの作成。魔力半導体の為の型の準備をしている。


◇◇


 休憩時間。皆が口に羊羹をほおばりながら、各プロジェクトの進捗を報告する。


「魔力カートリッジに関しては、魔結晶の不要な二つのバンドのうち、一つに関してはめどが付いたわ。でも、もう一つは候補がなかなか見つからない」


 メイティールが手に持った感魔紙には、魔結晶の三本のバンドの内、一本が綺麗に消えていた。特定の波長の魔力だけを吸収する触媒の力だ。


「あれ? めどが付いたって話じゃなかったか?」

「それが、見つかったと思ったら、吸収した波長を別の波長に変えて放出してたの」

「なるほど……」


 蛍光反応みたいなものだろう。以前にスクリーニングした時も幾つかそういった性質の触媒があった。


「まあ、一つ除けただけである程度の効果はありそうだけど。でも、回路の特性が変わったらどうなるか。早くノエルの回路で試したいわ」

「が、がんばります」

「年輪の方はまだまだじゃな。何しろ、雑多な波長をスペクトラムに展開せねばならん」


 フルシーはぼやっとした感魔板をつまみながら言った。これでも、像が出るだけ大進歩なのだ。


「よく分らないけどいつものヴィンダーのプロジェクトだね」

「まだまだ先は長そうだぜ」


 次々に報告される実験結果をあきれた顔で聞いていたプルラとダルガンが言った。リルカとヴィナルディアが眠たそうな目をこする。シェリーは目が死んでる感じだが、それは休憩時間中も皇女が隣にいるからかも知れない。


「無理をさせて申し訳ない」


 俺は改めて全員に頭を下げた。


「詳しい話は聞いてないが、人ごとじゃないからね」

「それにまあ、あれだ、あれ。これも新都市セントラルガーデンの為に必要なことだろ」


 ダルガンが言った。いつの間に都市の名前までセントラルガーデンになったんだ。


「そうそう、私たちは商人。それも、魔獣の領域に商売の拠点を作ろうってヴィンダーの大風呂敷に乗るようなね」

「……そ、そうだよ。こんな大儲けのチャンスは見逃せないから」


 セントラルガーデンのメンバーが次々声を上げた。なんてことだ、保身を心がける俺が背負いきれないほどの責任が、いつの間にか積み上がっている。だけど、それをただ重いとは感じない。その重さが、どんな障害でも突破できるだけの力になると感じる。


「災厄を防げないと王国自体が危ないんですから。先輩はちゃんとアルフィーナ様のご機嫌取りもしてください」


 ミーアが唇を尖らせていった。


「はっ?」

「まあ、それに関してはヴィンダーに任せるしかないよね」

「こっちの作業はもう決まってるんだ。ヴィンダーは一度戻ったらどうだ。何日も帰ってないだろ」


 せっかく俺が似合わない決意をしたのに、全員が俺を追い出しに掛る。


「これは良いところに来たわね」


 ルィーツアが顔を出した。アルフィーナの勉強会のメンバーを図書館に集めて、各地の貴族達にアルフィーナのイメージを伝え、対応する土地を絞り込む作業をしている。もちろん、詳細は伏せられている上に、メンバーは厳選されているらしいが。


◇◇


「……学院の方はこんな感じです。予言の災厄への対策は着々と進行中ですので、アルフィーナ様はどうかご安心を」


 俺はベッドに起き上がったアルフィーナに様子を報告した。クラウディアから聞いたが、ちゃんと食事を取れるようになったらしい。


「そうですアルフィーナ様。大公閣下からきつく言いつけられております」


 クラウディアが言った。ベッドから降りれるようになるや、聖堂に向かうと言い出したらしい。


「クラウは酷いのです。もう元気になったというのに、部屋から出してくれません。皆がそのように頑張っているからこそ、私も……」


 アルフィーナが頬を膨らませた。


「水晶に関してはアルフィーナ様にしか出来ないことです。ですからこそ、いざというときのため英気を養って頂きたいですね」

「リカルドくんもですか……」

「いまルィーツア殿がアルフィーナ様のイメージから、場所の絞り込みを進めています」

「それは知っていますけど……。でも、今回はとにかく見える像が次々と変わるのです。ですから、少しでも……」

「アルフィーナ様ご自身が見たことがない場所を、どれだけ見ても効率が上がるとは限りません。予言の”一次情報”を集めるためにもっとも効率的で有効なやり方です」


 アルフィーナを水晶から少しでも遠ざけるための詭弁ではあるが、同時に事実だ。アルフィーナは聡明だ。嘘やごまかしは通用しない。


「予言のイメージを見る事が出来るのがアルフィーナ様だけである以上、やっていただかなければならないことがあります。その為にも、どうか体調を万全にしていてください」

「リカルドくんがそこまで言うなら。……分かりました。でも、見えた中に幾つかおかしな場所があったのです。多分、王国の誰に聞いても分からないのではないかと思うのです」


 アルフィーナは俺をじっと見て言った。王国の誰に聞いても?


「南に大きな河が流れている場所が見えました」

「それは……」


 俺は詰まった。それが大河だとしたら。でも、これまでだと王国内しか……。まさか河向こうの新領土の事を水晶が勝手に組み込むとは思えない。


「勝手に危険な場所に行ったりしないですよねリカルドくん。リカルドくんこそ、無茶をしないか心配なのです」


 アルフィーナが俺にすがるような目を向ける。


「も、もちろんです。私のような無力なものが魔獣の領域に行っても足手まといですから」


 リーザベルトの領地までは行かなければならないだろう。だが、その先飛竜の領域には俺は足手まといだ。


◇◇


「ありがとうございます。おかげでアルフィーナ様を水晶から遠ざけることが出来そうです。……当面はですが」


 部屋を出て俺はルィーツアに頭を下げた。


「あら、ヴィンダー君にお礼を言われるのはおかしいわね。むしろ側近である私がお礼を言うべきじゃないかしら」

「えっ、あ、ああ。そう言えば……」


 確かにそうだ。これじゃまるで……。


「まあ、アルフィーナ様のことをそういう風に考えるのは悪いことじゃないわね。多少の独占心は女にとっては嬉しいものだし」

「……えっと」

「それはそうと……。いえ、これに関してはまだ良いわ。どちらかと言えばミーアに聞くことだし。リストに関しては幾つか工夫をしておいたわ」


 一瞬だけ眉をひそめてからルィーツアは言った。


「ありがとうございま……。それは良かったです」


 俺は慌てて言い直した。


 予言の災厄の対策会議まで日が無い。

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