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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
十章『レガシーコスト』

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7話:前半 仮説

 おとぎ話もかくやの美しいお姫様がベッドで眠っている。枕からシーツに広がる青銀の髪の毛のきらめき、ゆっくりと上下する胸。だが、青白い顔と時折乱れる呼吸が見るものに儚さを感じさせる。


 実際、音を聞いてルィーツアが水晶の間に入った時、アルフィーナが床に倒れていたらしい。それだけの負担を彼女にもたらしたものは決まっている。


「ついに、予言のイメージが出たということですか……」


 俺は感情を押し殺して、ルィーツアから紙を受け取った。アルフィーナが意識を失う前に書き留めたらしい。文章は良い、こちらがどれだけ感情を揺らしていようと、理性に働きかけてくれる。整った筆致は恐らくわざわざ書き直したのだろう。


 ベルトルド、王都、クルトハイト……。幾つもの地名が並ぶ。もっと沢山という言葉の後には、場所の特徴だろうか山の北とか、川の東という文章が並ぶ。さらに、燃える街、壁のひっかき傷、城壁は無事、などアルフィーナが見たのであろう災厄の断片。食い散らかされた人間らしき記述が痛々しい。


「アルフィーナ様は季節は春、あるいは夏の初めだと……」


 ルィーツアが最後に付け加えた。半年は先か。これまでよりは時間的余裕があるが……。


「予言の事は王宮には?」

「リカルドが今見たのと同じものが宰相に届けられている」


 エウフィリアが言った。当然の措置だ。ある意味、俺が宰相と同時に国家の大事を目にしているのがおかしいのだ。


 問題はその結果だ。書いてある断片的なイメージだけでも、予言されているのは国家の滅亡と変わらない。その状況で何が優先されるか。


 俺はアルフィーナをもう一度見た。少し呼吸が乱れて、額にも汗が浮いている。俺はエウフィリアを見た。


「体調を戻すまでは、聖堂にはもどさんが……」


 エウフィリアが言った。俺は写し取ったメモを握りしめた。


 体調が戻れば水晶に向かわせざるを得ないと言うことだ。一瞬だけ、あのとき水晶を破壊していればという考えがよぎる。首を振って愚かな考えを追い出す。アルフィーナが得てくれた情報を最大限生かし、彼女も彼女が守ろうとした物も守る。それが俺に出来ることだ。


「とにかく、ラボにいきます」


 後ろ髪を引かれる思いで、ドアに向かおうとした。少しでも早く、予言の仮説と検証をする。アルフィーナが水晶に向かわなくても大丈夫だと納得させるだけの結果を出す必要がある。


「……は駄目……です」

「アルフィーナ様!」


 俺は振り返った。ベッドの横にいたクラウディアが慌てて濡れたタオルを取る。だが、アルフィーナは目をつぶったままだ、苦しそうな口から出るのは細い声。意識を取り戻したわけじゃないらしい。


「……に行っては……だめ、……リカルド……」


 クラウディアに額の汗を拭かれながら、アルフィーナが首を左右に振る。もちろん側にいたい。意識が戻るのを確認して、このメモの内容を確かめてからの方が良いと心がささやく。だが、このメモの内容が俺に何を優先すべきか指定している。文章は良い、感情が荒れていても、変わらず冷たい判断を支えてくれる。


 災厄が俺の予想するものなら、メイティールから情報を聞くことは重要だ。今日を逃せば、また二日間が空く。


◇◇


「……というのが、アルフィーナ様の見たイメージらしい」


 俺は館長室で石板に書きながら、フルシーとノエルに説明した。想像通りなら、メイティールの協力は必須だが、まずはその想像を客観的に検証する必要がある。それ無しに予言の情報をメイティールに伝えるわけにはいかない。


 こうなる前に帝国との協定を進めておきたかったが、今はそんなことはいっていられない。


「アルフィーナ様……」

「やはり、負担が大きくなっておるか。しかも、これは……」


 二人は揃って表情を曇らせた。


「アルフィーナ様の負担を少しでも減らす為に、仮説の立案と検証を一刻も早く進めたい。まずは二人とも、これを見て思うことを言ってくれ」


 俺はいった。


「其方が姫様と調べた400年前の災厄、【大災厄】とでも言うか。それをイメージさせるな」


 石板に書き写した幾つもの地名、そして災厄の光景の断片。それをじっと見てフルシーが言った。ノエルも小さく頷いた。そう、街を火の海にする空飛ぶ竜の群れ、各地に残る400年前の災厄の記録が思い出される。


 俺の考えた仮説と一致する。


「そう考えるのが自然ですね。例によって災厄を引き起こしている魔獣そのものは見えないので、確証はないですけど」


 もちろん、人間は自分が知っている事に引きずられる。そして、ここにいるメンバーは情報を共有している。検証手段を考える前に、歴史とおとぎ話の境界にある可能性を仮説として採用するか否かを判断する。


「群れを成すくらい沢山の竜なんて、どうやって……」


 ノエルがおびえた声で疑問を呈する。


「うむ、竜は魔獣の中でも際だって上位の存在のはずじゃ。それが、王国全土を覆うほどの数存在しうると言うのは想像が難しい」


 魔獣とはいえ、少なくとも半分は生物だ。生まれて成長するという過程を経る。メイティールに聞かないと確かなことは分からないが、トゥヴィレ山に来た竜の事で帝国に鎌をかけた時、羽毛をもった幼体がいるという情報があった。


 あの巨体だ。成体になるまでに一、二年と言うことはあるまい。そして、それを支えるだけのバイオマス、あるいは魔力も問題だ。ライオンや虎といった普通の大型肉食動物ですら、一匹を養うのに広大な面積が必要なのだ。


 だが、それはあくまでトゥヴィレ山の竜を基準にした場合だ。


「いくつか可能性は考えられる。一つは、俺たちが知っている竜とは種類が違うということ」


 大災厄の記録に描かれた竜と思われる絵は様々だ。都市の城壁を越えるような大きさで描かれているのもあれば、馬竜のように人間よりも大きい程度まであった。もっとも遠近法も何もないので、大きさは全く当てにならないが。


 飛行能力を持っていても、小型あるいは中型である可能性がある。それなら俺達が知っている竜一匹の資源で、何匹もの竜が養える可能性がある。


「可能性はあるな……。じゃが、それを裏付けるような竜の記録は少なくとも王国にはないぞ」


 フルシーがいった。


「じゃあ、もう一つの可能性は、ここに書かれた都市が同時に襲われるとは限らないと言うことだ」


 竜の群れは一つの都市を壊滅させれる程度、例えば中型の竜が十匹とする。その十匹の群れが、次々と都市を襲う。


「うむ、その方が考えやすいな。過去の記録はどうなんじゃ」

「王国と帝国の両方に竜の群れに襲われた記録があるなら、群れが一つである保証はないけど、少なくとも400年前に人類は滅びてないから……」


 これも推測だ。そうであって欲しいという願望が混じっていては危険だが。それは後から検証により弾けると信じよう。


「一つ疑問があるのう」

「疑問?」

「そうじゃ、仮に一つの群れとしても、竜の群れとなれば発生する可能性がある場所は一つであろう」


 フルシーが壁に掛った地図を見た。


「血の山脈ですね」


 ノエルが言った。


「うむ。姫様が予言として告げられた街を見てみよ。王国のあらゆる場所に散らばっておる。竜が血の山脈から襲来すると考えた場合、王国の北部や、東西の魔脈の近くはともかく、王都やそれ以南まで名前が出ておる。小型の魔獣が持つだけの魔結晶のコアでそれだけの距離が飛行するのは難しいのではないか?」


 なるほど、国内の大都市の中で一番血の山脈に近いクルトハイトに襲来した竜ですら、トゥヴィレ山に生じた魔脈があったから活動できた。


「飛行能力に特化した種って可能性は?」


 何しろ、恐竜である。より鳥的なものに進化していてもおかしくない。


「否定はできんな。竜の細かい種類など知りようもない。ただ、そういうものがおれば血の山脈から王国を襲う例があってもおかしくないじゃろう」

「トゥヴィレ山のように、国内のいろいろな箇所に魔脈が生じる可能性があるけど……」


 ノエルが言った。


「確かにトゥヴィレ山や、あのミューカスの群れを養った魔脈みたいな事が起こりうるか……」

「…………」「…………」


 俺たちは黙り込んだ。改めて情報の少なさが意識される。


 竜って事すら推測だ。さらに、それが棲むのが血の山脈という到底人間が踏み入れない魔境であるなら、竜の個体数の限界等の推測が成り立つ保証すらない。


 分かっているのは、災厄がなんにせよ大規模で広範な被害が出ると言うこと。もしも、予測を間違ったら大変なことになる。


「……現状では400年前の災厄と同じ事が起こるという可能性を第一にする」


 俺の言葉に二人が頷いた。とにかく、最初の考え通り王国と帝国を巻き込む規模の災厄を想定する。となると、やはりキーパーソンは……。


◇◇


「悪巧みは終わったかしら」


 ラボに戻った俺たちはレオナルド先輩を横に付けたメイティールに迎えられた。高度に政治的な問題の発生だ。だが、選択肢はない。さっきの仮説に基づけば、必要な情報の多くは河の向こうにあるのだ。

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