5話:後半 予言という名の情報処理
「「敵軍が東にいる」という情報よりも。「北東にいる」という情報の方が情報量が多いって事でしょ。コインの裏表の数として普遍的に換算できるってのは新鮮だけど、当たり前の話ね。これが魔力とどう関係するの?」
メイティールが言っていることは正しい。これまでは、あくまで人間にとっての情報という範囲の話でもある。魔力といういわば世界の法則とは一見なんの関係もない話に見える。だけど……。
「それが関係するんだ。ここからは今の話を逆転させる。つまり、詳細な情報を”得る”ためにはどうすれば良いかということだな。今のたとえなら、学生の正確な席の場所を”測定”するにはどうすれば良いかという話になる」
「測定って……見るんじゃないの?」
ノエルが言った。
「正解だけど、見るって行為がなにか考えて欲しい。簡単にするために夜だと仮定する。この教室の学生の位置を見るためにはどうすれば良い?」
「夜一人で教室に座ってる人間って……」
ノエルがいやそうな顔になった。ははは、確かに透けて見えなさそうだな。魔術師のくせにオカルトが怖いのか。
「ランプを用意して、それで教室の中を照らすでいいんじゃない」
メイティールが答えた。魔導士はロマンがないんだろうか。まあ、俺にもないけど。もしあったらこんな話はしない。
「正解。光を当てて、その光が跳ね返ってきたのを目でとらえる。これが見るという行為の正体だ。つまり、本質的には目をつぶって光という棒で突いて対象の位置を確認するのと変わらない。問題はこの棒の太さによって、得られる情報の精度が変わるってことだ」
俺は石板に戻った。
「さっきのコインの数を思い出してくれ。今度は単純化するために、横一列だけを考えるけど……」
教室: □ □ ■ □
「さっきと同じで、より詳細に位置を特定するにはコインの数を増やしていく」
教室: □ □ ■ □
↓
1ビット ●
↓
2ビット ○ ●
↓
4ビット ○ ○ ● ○
「観測している範囲は全て一緒、教室一つ分、だから。1ビットは1つの大きなコイン、2ビットの場合は二つの中形のコイン。4ビットは小さなコイン4つみたいなイメージになる」
「コインの列で、教室の中の情報を写し取るイメージかしら」
文章を読み上げるのは、文字の情報を音波に載せることだし、文章を見ると言うことは文字の情報が写し取られた光の情報を見ると言うことだ。より詳細に読み取るためには、より詳細な波長で写し取らなければならない。
「そういうことになるかな。このコインの列を光に置き換える。対応するのは光の波長だ。光の波一つが教室の幅と同じがコイン一枚。教室の幅の半分の光の波がコイン二枚、四分の一の光の波だ。詳細に情報を観測するほど、多くのコインで写し取らないといけない。つまり、短い波長で観測する必要があるということになる」
「途端に難しくなったわね……」
「…………じゃあ別の言い方をする。もうちょっと測定って言葉に近づけると……」
俺は丁度石板の横に立ててあった定規を指差した。
「波長が細かいというのは定規の目が細かいというのと同じなんだ。1目盛が教室と同じ幅の場合は、その目盛、つまり教室の中に生徒がいると言うことしか測定できない。これはコイン一枚の情報量だ。目盛の幅が半分になれば左半分と、右半分のどちらにいるか測定できるようになる。更に半分になれば、右半分の更に右半分まで可能性の範囲を限定することが可能になる」
光学顕微鏡よりも電子顕微鏡の方が細かい物が見える(区別できる)のはこの原理だ。現代の産業で言えば半導体の回路図をシリコンに”写し取る”場合なども顕著だ。赤い光でパターニングするよりも、紫の光でパターニングした方がよりくっきりとした境界を指定できる。微細化のためには高いエネルギーの光、つまり短い波長の光で回路図の情報を、シリコンの表面に伝えなければならない。
逆もまたしかりだ。光学ディスクの場合、ディスクの凹凸を光で読み取る。より詳細な情報を読み取ろうとしたら、より詳細な波長で読み取らないといけない。青い光で読み取ることを想定して刻まれた情報は、赤い光で読み取ろうとしたら境界が区別できなくなる。
つまり、光ディスクの容量を増やそうと思ったら、青のようなより波長の短い光で読み取らないといけない。青色ダイオードの発明はそういう意味でも大きかったのだ。
「細かく測定するためには、細かい目盛の定規。モノを見る場合の定規とは光の波長。じゃな……」
フルシーがゆっくりかみしめるように言った。何しろ、魔力測定の専門家だ。何か思うところがあるのだろう。
「必然的に情報を送る場合も同様になる。今は、波長を空間的長さで考えたけど、時間で考えて欲しい。単位時間当たりに送れる情報は、情報を載せる波長の数に比例する。つまり、コイン1枚分の情報を送りたい場合と、二枚分の情報を送りたい場合は後者の方が波長の長さを二分の一にしなければならない」
俺はいった。情報の送られるスピードは上限が光速と決まっている。だが、同じ速度で走る列車でも、中がどう区切られているかで乗せられる荷物の数は変わる。
「最後に、波長とエネルギーの関係だ。波長の短さは、その波長に乗っているエネルギーに比例する。つまり、発信される情報の量、この場合は密度だが、が多ければ多いほど、それを運ぶ波は必然的に高エネルギーということになる。これに関しては……」
「魔結晶じゃな……」
普通の魔結晶の赤い魔力よりも、深紅の魔結晶の紅の魔力の方が高いエネルギーをもっている。そして、予言の水晶の魔力は更に……。
「つまり、情報の量というのは波の密度で、波の密度がエネルギーの量だから。情報の量って言うのはエネルギーの量と同等であるってことね」
メイティールが言った。そういうことだ。今更だが、よく理解したな。
「なんというか、あまりに感覚とかけ離れた話じゃな。じゃが、アンテナで測定する時、対象が水晶に映る時のぼやけ方を考えると……。うむむ」
「錬金術でより細かい形を作る時、魔力の濃度が濃くないと駄目って言うのと、繋がるかも。もっとも、よほど小さな、あんたのボールペンみたいな事を試さないと違いなんて分からないけど」
フルシーとノエルも自分の感覚に繋げようとている。前者は今の話そのままだし、後者は半導体の微細化の話と同じなのだろう。よし、これで結論に向かえる。
「予言の話に戻りたい。はっきり言って予言がどんなメカニズムで未来を予測しているかは分からない。言えることは、その為には詳細な情報を大量且つ高速に処理する必要があると言うことだ」
予言というのは要するに未来のシミュレーションだ。繰り返すが、そのメカニズムは全く分からない。だが、超高密度の情報処理であることは間違いないだろう。それはつまり、超高密度のエネルギーと言うことだ。
「魔導は魔力を使った情報処理だって言っていたわね。深紅の魔結晶からの魔力を使えば、螺炎の威力だけでなく、発動までの時間も大きく短縮されるのよね……。まあ、回路の方が持たないから使えないんだけど。もしかして関係している?」
メイティールが言った。
「ああ、情報処理って言うのは情報の取得と伝達と加工だ。情報を乗せる魔力の波長が短いほど、その処理時間は短縮される」
魔導回路がCPUとすれば、そこを走る魔力の波長はいわばクロックだ。コンピュータはクロックに乗せて情報を運ぶことで計算を行なう。クロックが高くなればなるだけ情報を載せるエネルギーが上昇する。
そして、その結果は熱としてコンピュータ回路をむしばむ。
光の波長が短くなれば張るほどそれが持つエネルギーは増える。赤い光は安全度が高いが、紫外線は日焼けの原因になり、更に波長が短いガンマ線はガンを引き起こす。もちろん、人体の構成要素の殆どと相互作用しない魔力を光と同一視は出来ない。
だが、水晶からの予言を受け取るアルフィーナの体内には、この超高密度のエネルギーを受け取る為の何かがある。情報はエネルギー、つまり情報を受け取ると言うことは、そのままエネルギーを受け取ると言うことだ。
「実際、予言の水晶は使用者に超高密度の情報を浴びせる。それを証明するのがこの前の測定結果だ」
俺は水晶の示したバンドを手に取った。
「もしかしたら量そのものは少ないのかも知れない。だけど、その少量の魔力の……そうだな、一粒一粒は桁違いの力を持っているんだ。アルフィーナはそれに身をさらしている」
俺はそう言ってメイティールを見た。
「……」
メイティールは俺に答えずに、じっと石板を見ている。
「予言の水晶が超精密に読み取ってる情報って何?」
「それは分からない。多分、大地の更に下にある魔力、というか魔脈を発生させている場所の情報なんだと思うけど……」
俺はいった。実際には、分からないことだらけだ。
「なんというか、予言の水晶の秘密を教えてもらえるのかと思って聞いてたけど……。今の話って、それとはちょっと違うわよね」
「いや、だから最初から――」
「情報なんて人間の曖昧な感覚に基づいた実体のない幻のはずなのに、それをコインの表裏で換算して、さらに、波長に対応させる。なんて言って良いのか分からないけど、ちょっと空恐ろしい感覚ね」
メイティールは自分が最初に指した情報、文字の書かれた紙を見た。
そうなんだよ。無味乾燥な物理学のルールとそれとは対極に見える情報が密接に繋がっている。
「…………まあ、正直水晶の危険性の理由としては納得できるかっていうと駄目だけど」
「ぐっ。それは……」
やはり抽象的すぎたか。
「まあ、話としては面白かったから乗ってあげるわ」
メイティールはそう言って胸を反らした。大負けに負けてくれたって感じだろうな。
「実は、今の説明で一つ思いついたの。前にノエルが言ってた様に、魔結晶からの魔力の波長を何らかの形で純粋なものにすれば、魔導回路を高速化、効率化できるわ。今の私たちにはイーリスがあるから簡単に実験できるでしょ。リカルドが言ったように、魔導が魔力に乗せて情報処理をしているというなら、魔力の波長が揃っていることが、情報処理の効率化に直結するはずよ」
メイティールは言った。
「なるほどのう」
「それなら、回路自体に一切手を着けずに進めれるかも……」
「私が言うのもなんだけど、ちゃんと根回しはしなさいよ」
メイティールが言った。
「あ、ああ分かっている」
エウフィリアに相談だ。実は話したいことがあると言われている。あの夜のことを考えると恐いけど、そんなことは言っていられない。




