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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
十章『レガシーコスト』

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4話 方針転換

 あの後、俺は”控え室”に入ってきたルィーツアと、朝までアルフィーナの様子を見守った。何か言いたげなルィーツアに対して、俺は水晶がアルフィーナに対してかけている負担に対して、より深刻な疑問をもったことを説明する。


 卑怯だとは思うけど、アルフィーナの安全を守るためにどうするかという話に集中した。そして、あの部屋があることにより生じているかも知れないデータについても、調べることをお願いした。


 もちろん、アルフィーナが俺の行為をせめるなら、自分がやったことを否定するつもりも、言い訳するつもりもない。あのときの俺の行動は間違いなく劣情を抱いた男のものだった。それだけではないと思いたいが、あの瞬間は間違いなくそうだった。


 何よりも、もし次に同じようなことになった時、同じ事をしない自信がない。


 もちろん、アルフィーナを大事に思う気持ちと、女性として欲望を抱くことが根本的に矛盾だとは思わない。だが、今はとにかくアルフィーナの安全と水晶の災厄に対することに集中すると決めた。


 それから二日経った。朝、大公邸の廊下で俺の方に歩いてくるアルフィーナがいる。しっかりとした足取りに安心すると同時に、あの夜以来の接近に俺の鼓動が乱れる。


「あっ、リカルド――」

「アルフィーナ様。おはようございます」


 罪悪感、心配、そして、性懲りもなく浮かんでくる衝動。気持ちを抱えながら、俺はアルフィーナに挨拶をした。慎重に、いつもよりも一歩距離を取る。


「……おはようございます。リカルドくん」


 アルフィーナが挨拶を返してくれる。いつもよりも硬い笑顔だ。


「体調の方はどうですか」


 あの夜、水晶の前で苦しそうなアルフィーナの姿を思い出す。


「大丈夫ですよ。リカルドくんには…………心配をかけてしまいましたね」


 むしろこちらを案じるような表情に、罪悪感とそして別の感情も刺激される。


 玄関に出ると、馬車が二台用意されていることに気がつく。その一台が、聖堂の印を付けていることに気がつく。俺は焦った。


「また連絡があったのですか」


 前回の水晶の反応から、3日しか経っていない。間隔が縮まったのか。


「いえ。でも、前回もう少しで予言のイメージに触れることが出来そうでしたから、次は早まってもおかしくありません。ですから」

「し、しかし、ご無理をなさっては」

「私にしか出来ない役目ですから」


 アルフィーナは少しだけ困った顔になった。


「次の災厄は、多くの人が巻き込まれる可能性があるのですよね。私はできる限りのことがしたいのです」

「ですが、その為にアルフィーナ様に過大な負担が掛っては……」

「大きな災厄が起これば私自身の身も危険ですから。他人事ではありませんよ」


 アルフィーナは自分を指差した。否定できない。この場合の危険性は二つあって、一つはもちろん災厄そのもの。もう一つは、いわゆるスケープゴートだ。


「ですから、予言への対策は私がなんとしても、血の山脈の測定の為の準備も早急に進めますから」

「…………少しでもちゃんとした一次情報を私が得る。それが基本ではありませんか」


 アルフィーナが俺をたしなめるように言った。否定できない。不十分な情報を元に考えるのは非効率きわなりない、それよりも非効率なことは完璧な情報を求める以外にはないだろう。


「それに、あの光景は……」

「アルフィーナ様?」

「いえ、リカルドくんの方こそあまり無茶はしないでくださいね。これまでのことを考えれば、リカルドくんの方が私よりも心配ですから」


 アルフィーナの言葉に、俺は押し黙るしかなかった。だが……。


「先輩」


 ミーアが俺の袖を引く。ルィーツアが俺の前に立つ。


「アルフィーナ様のお考えも尊重しないと。念のためあの部屋に私が詰めることになりましたから」


 ルィーツアが言った。それはエウフィリアから聞いている。対処としては正しいし、多少は安心出来るが、根本的じゃない。


「ヴィンダー君が言っていた資料も……性質上難しいですけど私が調べます」


 ルィーツアは俺の耳元にささやいた。


「……分かりました」


 俺は学院に向かう馬車に乗り込む。並んで門を出た俺とアルフィーナの馬車は次の角で別れる。アルフィーナは水晶から災厄の情報を得て、俺は魔脈の変動の解析を進めるための方法を作る。それが、現実的で妥当な方針なのは分かっている。


 水晶が危険だからといって、水晶それ自体にだけ対処すれば済むように、この世界は出来ていない。


 だが……。


「……予言の災厄がなんであれ、撃退できる力が必要だ」


 後ろの窓からアルフィーナの馬車の背を見ながら、俺はつぶやいた。最後には力が物を言うのは間違いない。その力をどうやって得るか。


◇◇


 さっきまで俺たちに、水晶の測定のことを質問していたレオナルド先輩は、今は報告書をまとめるために別の部屋で奮闘している。何しろ、かなり強引に、いろいろな意味で、ねじ込まれたもはや国の至宝である水晶の測定だ。王宮からせかされている焦りがこちらにも伝わってきた。


「……水晶の測定結果はすでに渡しているとおりだ。俺としては水晶の危険性は高いと思う。なるべく研究を急ぎたい。魔導杖の改良に手を着けたいと思っている」


 俺は残ったラボのメンバーの前で少し声を落としていった。


「姫様にこれまで以上のご負担がかかっておることは心配じゃ。……じゃが、前回の方針が間違っておるとは思えん」


 フルシーが難しい顔で言った。


「……ああ、だけど」


 俺はメイティールをちらっと見た。


「出来ればもう少し積極的に動きたい」


 少しでも早く災厄の仮説を立てること、災厄に対する最終的な対抗手段を確保すること、これは並行して進めないと不味い気がする。後者、現段階で手が届く最大の力は、あの螺炎を生み出す魔導杖の改良だ。少なくともその可能性だけは検討しておかなければいけない。


「具体的には? 魔導杖の管理は魔術寮に移されてるのよ……」


 ノエルが声を潜めた。メイティールがここに来ることが決まった段階で、ラボにあった研究用の魔導杖も魔導寮に保管が移されている。もともと、帝国から接収した魔導杖は第一騎士団の戦利品だ。


 ちなみに、動かせない魔導杖に対する解析は進んでいなかったし。俺たちの方針はまずは魔脈測定の為の基礎研究だったから異存はなかった。


 だが、アルフィーナのあの姿を見たら、そんなことは言っていられなくなった。エウフィリアに聞く限り、帝国との新しい協定への動きは予想通り遅々として進んでいない。いや、一応帝国に使者を派遣することだけは決まったんだったか。


「魔導杖自体がなくても出来る改良はあるはずだ。術式を弄るんじゃなくて、回路そのものの性質を強化する。ここには、魔導の専門家がいるわけだし……」

 俺は黙っているメイティールを見た。元々、基礎ではなく応用研究を急いでいたのは彼女だ。


「その気になってくれたのは嬉しいけど、私に祖国を裏切れというわけ?」

「そ、そうじゃない。もし災厄が大規模なら帝国にとっても……」

「可能性は高いわね。でも、現時点ではまだ可能性でしょ。魔脈のスペクトラム解析の結果すら届いていないじゃない」

「古龍眼が危険だって言ったのは――」

「確かに言ったわ。でも、私も古龍眼の使い手が絶えた理由は知らないともいったはずよ。つまり、これも推測。実際、アルフィーナ殿下は自分の足で立って歩いてるんでしょ。これの副作用はそんなもんじゃないわよ」


 メイティールはそう言うと右手を開いた。そこには、馬竜騎士に比べればずいぶん小さいが、魔導陣の刺青がある。俺だって、帝国の捕虜の腫れ上がった腕は見た。


「それはそうだけど……」

「測定結果も見たわ。深紅よりも更に外側にある波長。でも、魔力の量そのものはそこまで大きくないんじゃない?」

「いや、それは……量じゃなくて、いや量もだけど質が問題だと思うんだ……。それがアルフィーナ……様を……」


 俺は焦る。


「第一に、その測定からリカルドの様子はちょっとおかしいし。……私情に振り回されて判断を誤っている可能性は?」

「そんなことは…………ないとは言わないけど。冷静であるように心がけているつもりだ」

「ふうん、自分の心が乱れてること自体は否定しないのね……」


 メイティールは俺の目を見て、皮肉っぽい笑みを浮かべた。そして肩をすくめた。


「じゃあ、リカルドが心配している理由を、私に分かるように説明して。もしその説明に納得できたら協力を考えても良いわ。私の立場じゃ難しいけど、リーザベルトを通じて本国に多少の働きかけは出来るかも」


 態度を一転させたメイティール。ああそうか、この場でさっきの意見を言えるのは彼女だけか。


「…………」

「なに、そんなに重大な秘密なの」

「いや、そうじゃないんだ。メイティール殿下がいてくれて良かったと思っただけだ」

「はあっ! ……私はリカルドの情報に興味を持ってるだけよ」


 メイティールがなぜか慌てた。いや、それはもう知ってるから。まあ、これから話す情報はメイティールが期待するモノとちょっと、いやあまりに違うと思う。一番の問題は俺自身の理解が心許ないことだ。


 何しろ、情報とエネルギーと波長の関係だ。情報の物理学的定義ということになる。


「簡単に言えば予言の超高密度の”情報”は”超高密度の”波長”で有り、超高”エネルギー”と言うことなんだ」


 俺は自分でもちゃんと理解しているか怪しい知識を口にした。もちろん、三人は揃ってキョトンとした顔になる。さあ、どう説明すれば良い?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 放射線ですな。 [気になる点] ですな。 [一言] 読ませて戴き、ありがとうございました。
2022/04/27 04:09 退会済み
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