2話 プロジェクト整理
クレイグ達と話し合った翌々日、俺はラボに魔術班のメンバーを集めた。二階の部屋にいるのはフルシー、ノエル、そしてメイティールだ。
「予言が近く現れるという前提で、これからの計画を決めたい」
俺はラボで集まったメンバーに言った。
「ふむ、魔力スペクトラムの測定が可能になったのじゃから、当然じゃな」
「そうね、応用範囲が広すぎるもの」
フルシーとノエルが頷いた。
「ねえ……。私がいても大丈夫なの?」
メイティールが後ろを振り返った。そこにはレオナルドはいない。完成した魔力波長測定器の報告のために王宮に行っている。どうやら国王に直々に報告らしい。めちゃくちゃ緊張して、昨日はノエル達を質問攻めにしていた。
本来ならメイティールはいないはずの日だ。研究所長の権限でフルシーに呼び出してもらった。そして、メイティールの懸念は正しい。本来なら、この話し合いが終わった後、メイティールに結果を伝えて、意向を問うというステップが妥当だ。だが、今は少しでも早く行動を起こしたい。
ちなみに、レオナルドがいない隙を突いたわけではない。完全に偶然である。実際問題として、今ここにレオナルドがいたとしても、俺の言うことは変わらない。
「オブザーバー的な役目と考えてくれ」
「発言権はあるけど、決定権はないってわけ? なら発言に関しては遠慮しないわよ」
メイティールが言った。
「まずは、今回の水晶の反応についてだ……」
俺はアルフィーナの様子を説明した。
「これまでよりもシグナルが来る頻度が低いのに、姫様が受ける影響が大きいのじゃな……」
「それでアルフィーナ様は……」
フルシーとノエルが顔をしかめた。ちなみにアルフィーナは今日は学院に来ているだけでなく、放課後の勉強会も行なっている。ちらっと見た限りでは元気だった。無理をしている様子もない。
「これまでより大きな予兆って事じゃないの? これまでは予兆が小さすぎて、この段階のものは予兆として感知できていなかった、私ならそう考えるわよ」
メイティールが言った。つまり、これまでの3回の予言でも、1週間に1度や5日に1度の周期でシグナルが来ている段階はあったという可能性だ。
「今後周期が短くなれば、より強いシグナルをアルフィーナが受けないといけないってことか……」
「可能性は高いわね。でも、もっと心配すべき事もあるんじゃない?」
「……災厄そのものの規模が大きい、という可能性じゃな」
メイティールの言葉にフルシーが応じた。
「……後は距離も関係してるとか」
ノエルが自信なさげに言った。
「どういうことだ?」
「1度目の予言は西の森の魔脈変動。2度目はトゥヴィレ山。3度目は王都と西部の境界でしょ。今回の実験で、距離による魔力の減衰は結構悩みだったから、そう思ったんだけど……」
「ノエルの言うことは無視できないわね」
メイティールが言った。彼女の視線が北を向いた。
「距離と強さか……」
俺は考え込む。無線情報は距離に反比例して弱まる。これは何の障害もない真空中でも起こる。ランプの点灯で情報を伝達するとする。情報、つまり光が照らす範囲は距離が遠ざかるにつれて広がる。光子一つ一つの力が距離を経て変わらなくてもだ。ランプに箱をかぶせる場合と、そのまま部屋を照らさせる場合で、明かりが照らす面積を考えればわかりやすい。
「これまでの災厄みたいに、原因の直接の調査とか、対策が出来ないんじゃ……」
最悪だ。アルフィーナが危険性が高ければ高いほど、予言の重要性も高くなる。
落ち着け、不安に囚われると、出来ることすら出来なくなる。最初から最悪の状況を想定するつもりだっただろ。
「悪いことばかりではない。幸い儂らにはこれがある。イーリス1号がな」
フルシーが魔力波長測定器を見ていった。どうやら名前が決まったらしい。確かにそうだ。予言の災厄、つまり魔脈の変動をより詳細に調べる為に開発したのだ。そういう意味では、先んじたとも言える。
「それで、具体的には?」
「まず今ある可能性を整理しよう」
俺は石板の前に陣取った。まずは脳の中にある情報を吐き出す。脳のメモリーは極めて少なく、それを記憶と思考の両方に使う。まずは記憶を外部記憶装置に吐き出させることで、思考に使う脳の領域を開放する。
脳の中に考えるためのスペースを確保するのだ。
「現在の魔脈のスペクトラム解析じゃな」
「過去の年輪記録をイーリス1号でどこまで遡れるか」
「予言の災厄は魔脈変動に由来する」
「……魔力触媒のスクリーニングにイーリス1号を活用」
「四百年以上前の竜の群れの襲来の記録がある」
「帝国の魔脈活動の沈静化」
「魔導回路の改良」
「予言の水晶は古龍眼、あるいはアーティファクトである」
………………
…………
……
多くの可能性が石板に並ぶ。
「整理しよう。まずはこの並んでいる項目を情報と行動に分ける」
「どういうこと?」
メイティールが目を光らせた。そんな注目しなくても、地頭の良い人間には無縁の方法だが。
「例えば『四百年前の竜の群れの襲来』は情報だ。一方【現在の魔脈のスペクトラム解析】は行動だろ」
俺はいった。
「そう言われればそうね」
俺は『行動』と【情報】に分ける。
「重要なのは行動だ。次にこの行動をプロジェクトとして束ねる」
「ふむ。一つ目は『魔脈のスペクトラム解析』じゃな」
「それは現在のと過去のに別れるのかな」
「そして『予言の水晶の分析』だ。……残りはその他と言うことにする」
『予言の水晶の解析』
「水晶から発する予言を魔力スペクトラムとして解析」
「水晶の魔力の有害性の調査」
「古の魔脈災害の記録調査」
『魔脈のスペクトラム解析』
「現在の魔脈のスペクトラム解析」
「過去の魔脈のスペクトラム解析」
「古の魔脈記録サンプルの選定、採取」
「古の魔脈災害の年代特定」
『その他』
「スペクトラムを活用した魔力触媒のスクリーニング」
「魔力触媒を用いた回路の微細化」
「回路の微細化による魔導杖の強化」
「大分整理されたのう……じゃが」
「ここに並んだ項目一つだけとっても、最低でも年単位。下手したら優秀な魔導師の一生を飲み込むわね」
三人が微妙な顔になった。問題は優先順位だ。広げたら絞る。リストというのは備忘録ではない。
「水晶の測定が最優先だけど、多分近く実行できる。というわけで、ラボでは魔脈に集中して欲しい。【予言の災厄は魔脈変動に由来する】というのは前提とするから」
「つまり、現在の魔脈のスペクトラム解析を進めつつ、どこまで過去に遡れるか年輪を使って調べる。じゃな」
「あの。魔導寮に収める予定のイーリス2号が出来れば、東西の魔脈の測定はそちらに任せれないかしら」
ノエルが言った。それなら、現在と過去の魔脈の測定が並行して実行出来る。重要だ。
「急げるか……」
「まあ、私はこれでも宮廷魔術師見習いだから」
ノエルが胸を張った。視線の先には、作りかけの光路台がある。そして、目元には隈が……。
「頼む」
「迂遠じゃない?」
メイティールが口を開いた。
「どういうことだ」
「リカルドには悪いけど、私は巫女姫よりも予言の災厄を重視するわ。仮に今回の災厄が、遠くで起こる巨大な物だとしたらなおさらね」
メイティールが指差したのは「その他」だ。
「災厄が起こった時に、いえ調査すら必要なのはこれまで以上の力でしょ。仮に予言の災厄の正確な予測が出来たとしても。対抗できる力がなかったら詰むわ」
メイティールは俺たちが無意識に避けていた問題に踏み込んだ。彼女がここに来た時から求めていることでもある。そもそも、魔力半導体に魅せられてここに来たのだ。帝国の半減した魔導戦力を立て直すという目的を持っている。
「リカルド達が調べた四百年前の災害だけど……」
「あ、ああ」
「帝国にも似たような記録がある。もっとも、そちらみたいな英雄譚じゃないわよ。ただひたすら人が魔獣に蹂躙されるだけの記録。帝国にはその痕跡が遺跡として幾つか残っているわ。ちなみに、リカルドが狙っている新領域の北、血の山脈の近くにも滅びた都市が記録上は存在する。今生きてる人間は誰も見たことがないけれどね」
メイティールの言葉にいつもの不敵さはない。なるほど、あり得る話だ。四百年前の災害はかなり広範囲だったと俺も考えている。
そして、メイティールが言った滅びたという都市。あの領域は現在の王国と帝国の境だ。もし現在と魔脈の範囲が違うなら、古代の大国家が都市を置くのは自然だ。
「……と言うわけで、魔導杖の改良はなるべく早く進めるべきよ」
メイティールの言葉に俺達は沈黙した。これまでよりも遙かに少ない魔力で、強い螺炎を生み出す魔導杖。それは、新都市の領域を開放するために必要だとクレイグに訴えたことでもある。
「クレイグ王子には、帝国との交渉を進めもらうように頼んでいる」
俺はいった。
「じゃあそれを待つしかないのかしら。でも、それってそんな簡単な物?」
俺の覚悟を問うようにメイティールが真剣な目を向けてくる。
「……」
簡単なわけがない。両国の国家バランスを大きく揺さぶる巨大な案件なのだ。前世の米ソの戦略核兵器の削減交渉に匹敵するイシューだ。しかも、削減ではなく強化である。
いくら魔脈災害という共通の目的があるとはいえ……。
力か……。災厄が巨大であるほど、アルフィーナの負担は軽視される。となると、最悪、強引にでも災厄を叩くことが必要になる。
メイティールは古龍眼の危険の可能性を示した。それがなくても、俺は水晶のメカニズムを疑っている。魔力の波長は光と同じ性質を持つことが分かった今はなおさらだ。
魔術は超効率的な情報処理であり、情報の観測も伝達も波長とエネルギーに密接に関わっている。当然、その情報の受信に関してもだ。
もっとも、これに関しては俺の理解は心許ない。前世で聞いた情報物理学は俺の粗末な脳みそには高度すぎた。
「……帝国との交渉に関しては王太子殿下と大公閣下に期待するしかない。水晶の測定結果が出たら、もう一度念を押そう」
結局、俺はそう言った。冷静に考えれば、現時点ではベストなはずだ。素人の俺が王国と帝国の政治的状況に絡め取られるわけにはいかない。
「そう、まあ手は打ってるというのなら、それに期待するしかないわね。ちなみに、魔脈の測定に関しての方針は私も異論はないわ」
メイティールはあっさりと俺を視線から解放した。フルシーとノエルも頷いた。
◇◇
「リカルドくん。あの…………。あっ、メイティール殿下もいらしたのですね」
話し合いが終わり、ラボを出るメイティールを見送ろうと玄関に出たら、丁度こちらに来たアルフィーナに声を掛けられた。
「ええ、リカルドに是非力を貸して欲しいと頼まれたから」
「そうなのですね。えっと、出来れば一緒に帰りたいと思って……」
アルフィーナは遠慮がちにメイティールをみた。
「こっちは終わったわ。じゃあ、さっきのこと考えておきなさい」
メイティールはそう言うと馬車に向かった
「…………」
「勉強会は終わりましたか。その体調はどうですか……」
俺は沈黙したアルフィーナに声を掛けた。
「リカルドくんは心配しすぎです。この通りですよ」
アルフィーナは、俺の前でくるっと一回転して見せた。つややかな髪の毛が舞い、スカートがふわっと広がる。うん、いつも以上にかわいい……。じゃなくて元気そうだ。
水晶の危険性はあくまで一過性なのだろうか。いや、予言の送信は始まったばかりだ。それに、積み重なれば何が起こるか分からない。
大規模な魔脈変動により、災厄の頻度が上がることだって考えられるのだ。




