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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
九章『虹の架け橋』

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12話:後半 ギャップ

「リカルドの作る物は色が素朴ね。あのお茶を使った冷たいお菓子という話だったと思うけど」


 メイティールがスプーンを持ったまま首をかしげた。確かにどこにも緑色が見えないからな。


「リーザベルト殿下の歓迎会の時と違いますね。上に乗っているのは粒のアンコの様ですが」


 アルフィーナが言った。


「同じ物では芸がないので、味は前回のに匹敵すると思いますよ。さあ、どうぞ」


 メイティールはスプーンを取ると、ゆっくりとドームに差し込む。


「へえ、中に入ってるんだ」


 茶色のクリームの下に、緑のアイスクリームが顔を出す。スプーンの上に、粒あんとクリームと抹茶アイスが乗る。それが小さな唇に収まると、すぐにメイティールの目が大きく見開かれる。


「くく、くくくっ。また見た目に騙されたわ。冷たいお菓子ってだけで贅沢なのに、これは何よ」


 こらえきれないように緩んだ唇。どうやらお気に召したようだ。メイティールに対しては失敗しようのない組み合わせだからな。


 メイティールはすぐに次を口に運ぶ。それを見て、全員がスプーンを取った。


「このクリームの色は栗なのですね。甘みが柔らかで、舌触りがなめらかです」


 アルフィーナが言った。


「お茶のアイスクリームと一緒に食べると、上のアンコと……。あっ、分かった。これあれでしょ」


 ノエルが言った。


「栗羊羹に近づけるというヴィンダーさんの指示で、私とプルラさんやシェリーさんが協力して作りました」


 ナタリーが言った。


「……先輩が考えた中でも一番かもしれません」

「そ、そんなことは……。でも、確かに……」

「当然でしょ。リカルドが私の為に特別に用意したのだから」

「いや、確かにそっちに寄せたけど。これは魔術班の完成祝い……」

「メイティール殿下は立て続けに二回も……。リカルドくんに甘えすぎでは」


 アルフィーナが頬を膨らませた。メイティールは胸を反らした。


「あら、それは違うわ。二回じゃなくて三回よ。あのドレッシングもリカルドが私のために作ってくれた物だもの」

「……三回」


 アルフィーナが握った両手を震わせている。いやいや、貴女たち二人とも最初から最後まで経緯を知ってますよね。なんで、失敗したドレッシングまでカウントしますか? ドレッシングで-1、茶蕎麦のペペロンチーノで+1、このアイスで+1。つまり、1回と計算すべきでは。


「その計算はちょっと違います」


 口を出したのはミーアだった。よし、得意の数学力でこの場を収めてくれ。


「ドレッシングは3種類でしたから。5回と計算すべきです」

「…………あの、ミーアさん」


 それだったら-3で。-1とするべきでは。おかしいな、なんでこんな足し算引き算を間違っているんだ。


 あれ、さっきまでアイスクリームに舌鼓を打っていたノエルや、ご相伴にあずかっているシェリー達の目が厳しい。そしてフルシーはレオナルドと隅の方に避難している。アイスはしっかり持って。なんでこうなった。


「次はこの分析器を実際に魔脈に向けることか。東西どちらにするか……。年輪の調査に関しては測定方法を考えねばならんしな。感魔板は費用がかかるが、一度試して見ねば」

「いっそのこと大河の方まで行くのはどう? 河を挟んでもこの感度なら測定ぐらいは出来そうよ」

「あの、移動させるならちゃんとそれように振動とかの影響を……」


 流石というか、魔術班は空になった皿を前に早くも次の話をしている。中心にいたメイティールが俺に振り返る。


「リカルドの考えは? リカルドが考えたことは私が実現してみせるわ。リカルドはそのあいだ私のためにご褒美を考えてくれていれば良いわよ。今回みたいに」


 メイティールが俺にいたずらっぽい笑顔を向ける。なんだその微妙に主夫っぽい立ち位置は。実際問題として魔力に関しては概念の提供以上のことは出来ないけどさ。


 さらにメイティールは「そうでしょノエル」と困った顔のノエルの肩をつかんだ。


「そういう分業もありかも知れないな……」

「リカルドくん!?」

「先輩……」


 アルフィーナとミーアが俺を見る。


 いや、こんな安い挑発に乗ってはプロジェクトリーダーの沽券に関わるじゃないか。ここはどっしりと構えて魔術班に任せる度量を見せるのが……。


「一つ余興というか、思いついたことがあるんだけど。それを使って試して欲しいんだ」


 俺はスペクトラム測定器を指さした。別に、挑発に乗ったんじゃない。前から気になっていたことを試すだけだ。


「何かしら」


 メイティールの目が細まった。


「館長。空になった普通の魔結晶と、深紅の魔結晶はありませんか」

「深紅のはここに。空になったのは……ノエルがもっておろう。どうするのじゃ」

「まずは深紅の魔結晶を普通にスリットの前に置いてください。ノエルは空の魔結晶を感魔板の代わりに置いてくれ。位置は深紅の魔結晶の一番太いバンドに当たるように」

「いったい何を始めるの……。この装置の完成だけですごい成果なのよ……」


 俺の言うとおりにしてくれながら、ノエルが少しおびえた顔になる。そんな大げさに取られたら困る。


「いやいや、上手くいかない可能性の方が高いから、何も起こらなくてもご愛敬だぞ。余興だからな」


 俺は余興を強調する。俺の仮説が予想が正しければ、これであることが起こりうる。だが、予想通りなら厳密に波長が合わないとダメだから、残念な結果も十分に考えられる。


「じゃあ、深紅の魔結晶から魔力を空の魔結晶に照射してくれ」


 ノエルが魔結晶から魔力を引き出す。引き出された魔力が輝きを失っている魔結晶に当たる。魔力はまるで魔結晶に吸い込まれるように消えていった。


 この時点で、三人とも顔色を変えた。フルシーは新しい玩具を見た表情。ノエルは困惑。メイティールはあんぐりと口を開けている。アイスクリームを頬ばってる時より大きい。これはいったか?


「じゃあ、魔力を照射した空の魔結晶を普通に感魔紙で測定してください」


 魔結晶からでた魔力が、感魔紙にくっきりとしたバンドを表した。空だった魔結晶の魔力が復活したわけだ。恐らく、深紅の高いエネルギーの波長により、通常の魔結晶の中にある魔力を保持する何かが励起された。


「お主は……これが余興じゃと」

「一度魔力を使い果たした魔結晶に魔力を補充できるなんて……」


 場を盛り下げないで済んだことにホッとしている俺に対して、フルシーとノエルが騒ぐ。メイティールはまだ無言だ。


 まあ、希少な魔結晶で普通の魔結晶を充電じゃなかった、充魔できても実用上はあんまり意味はないかな。


 でも原理上は、実は大きな意味がある。何しろこれで、魔力も物理学の他の力と同じ基本構造だと分かるのだ。


 電気の力である電磁気力に例えると。電子のように電『荷』をもった要素と、その電『荷』によって引き起こされた力を運ぶ光子のようなフォースキャリアーがあるという構造だ。


「さあ、どうかな。メイティール殿下」


 ガン


 メイティールが机に頭を打ち付けた。


「おい、どうしたんだ。大丈夫か。もしかして、また体調が……」


 だが、メイティールは机に頭を就けたまま笑い始めた。


「なんてこと。充魔炉の原理がこんな形だったなんて。今の速度を見たら、これだけでどれだけの価値があるか……」


 あくまで基礎研究のための実験のつもりだったのに、メイティールの反応が思ったよりも激しい。しかも、速度だと。何を比べて早いと思ったんだ。


 …………待てよ確か帝国の魔力補給能力は思ったよりも高かったな。


「なあ、もしかして――」

「アルフィーナ様はおられるか」


 俺がメイティールに帝国の秘密について質問しようとした時、ドアがいきなり開きクラウディアが入ってきた。アルフィーナを見ると、足早に近づいていく。


「丁度良かったわ。クラウ。貴方もこの新しいアイスクリームを……」

「申し訳ありません姫様。実は聖堂から連絡が……」


 クラウディアは申し訳なさそうにアルフィーナに用件を告げた。メイティールを意識してか声が小さい。聖堂だと。現在、水晶は一週間に一度のペースでシグナルを出してる。そのペースだと次は明後日のはず。……もしかして間隔が狭まったのか。


 俺は思わず立ち上がった。だが、クラウディアから話を聞いていたアルフィーナは俺に首を振った。クラウディアの顔にもそこまで切迫した雰囲気はないが……。


「ごめんなさいリカルドくん。念のためですけど私は聖堂に戻ります」

「はい……。くれぐれも無理は」

「大丈夫ですよ。少し複雑ですけど、美味しいものを食べて元気いっぱいですから」


 アルフィーナはそう言った。俺は背中を見送ることしか出来ない。


「最後の最後に驚かせてくれたわね」


 閉じたドアを見る俺に、メイティールが背後から声を掛けてきた。


「ああ、いや上手くいくって確証はなかったんだけどな。運が良かった」


 魔結晶の魔力のエネルギー順位が単純なのだろう。


「本当かしら?」

「……そう言えば、食事の方はどうだ」


 俺は話題を変えた。さっきのメイティールを見る限り、余興として扱える物じゃないだろう。メイティールもふっと力を抜いた。


「昼はちゃんと食べられるようになったわ。……サラダも食べるようにしているわよ。毎回蕎麦を用意させるわけには行かないもの。第一、リカルドの言った砂糖の話だって理解できなかったわけじゃないから」

「それは良かった」


 メイティールの話にホッとしながらも、どうしても窓の外に目が行く。クラウディアと一緒に迎えの馬車に向かうアルフィーナが見える。急いでいる様子はないが……。


「古龍眼……」

「えっ?」


 メイティールがぼそっと言った言葉に、俺の意識が部屋の中に引き戻される。


「とても人が作ったとは思えない高度な魔道具を、帝国ではそう呼ぶの。現物は見たことないけど、予言の水晶は帝国だったら古龍眼と呼ばれるでしょうね」

「……そう言えば、アルフィーナのことを古龍眼の巫女って」

「昔は帝国にも幾つもの古龍眼が有ったらしいわ。でも、今は一番低級な、といってもとても作れないけど、その一つだけ。それ以外は使い手が絶えたの」

「……使い手が絶えた」


 俺はつばを飲み込んだ。何故かさっきまで心地よかった抹茶と栗の渋みが舌に触る。


「そう。百年以上前のことだから、私にも理由について詳しいことは分からない。でも、リカルドが懸念していることは杞憂じゃないかも。私が言えることはそれだけ」


 メイティールは言った。なるほど、俺の懸念を知って教えてくれたのか。


「……ありがとう。水晶の解析を急ぐよ」


 俺は頭を下げた。


「べ、別に良いわ。ほらこれで水晶の解析結果を私に知らせないわけにはいかないでしょ」


 メイティールは顔を横に向けていった。


「ああ、そういう形に持っていく」


 俺は躊躇わずにそう口にした。政治的立場なんて気にしていられない。


 今日完成したばかりの魔力スペクトラム解析装置を見る。そして、それを作った魔術班と手伝ってくれたシェリー達を見る。大丈夫だ。メイティールも含めて頼りに出来る仲間は沢山いる。

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