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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
九章『虹の架け橋』

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8話:前編 スペクトラムの存在

 女の子が少し髪を切ったり、アクセサリーを変えたりしたのに、男がそれに気がつかない。前世では良く聞いた話である。俺だって小さな変化は気がつかないだろう……言われたことはないが。


 もっとも俺ほどになると、誰でも気がつくほど大きく髪型を変えられると別人と認識するという二重苦が生じる。


 というわけで、俺が不調を分かるくらいに事態が進行しているということだ。


「公爵家ではどんな食事が出るんだ?」

「帝国よりも豪華なくらいよ。まあ、私の好みからすれば気取りすぎて肩が凝るけど」


 実験が始まる前に、俺は聞き取り調査を始めた。もちろん、アルフィーナを通じて状況は分かっているのだが、一次情報は重要である。


「ちなみに今日の昼食は?」

「さあ、今日の実験のことを考えていたから。……パンを一つ食べたかも知れないわ。言わなかったかしら。眠気を避けるために昼食はあんまり取らないのよ」


 メイティールは胸を張った。なるほど、”昼飯も”食べていないと。俺はアルフィーナと目配せをした。書庫でした彼女との話を思い出す。


◇◇


「向こうにいらした時も、朝はお召し上がりにならなかったらしいのです。それに加えて、こちらでは昼食も夕食も食が進まれないそうです。夕食などは儀礼的に手を着けるだけの事もあると」


 アルフィーナが第一王女である公爵夫人から聞いたメイティールの預かり先での様子を説明してくれる。


「それは三食全て問題あると言うことでは……」

「ご自身は元々小食だとおっしゃっているそうです。後は、あまりこちらの食事がお気に召さないのではと……」

「王国の食事が口に合わないなら、帝国風のにするとか出来ないんですか?」

「そのように提案したらしいのですが、気遣いは無用とおっしゃったそうです。元々、お肉もお野菜もあまりお好きじゃなかったそうです。特にお野菜が……」


 しかも偏食と来ている。


「それで、パンと果物ばかりですか。そんな食生活じゃ帝国にいた時だって問題があったんじゃ」


 公爵邸ではせめてもと、果物などは多種用意されているらしい。気遣い無用どころかかえって気を遣わせてるんじゃないのか。農業国の王国だって白いパンは高級品だし、王都で果物の入手は簡単ではない。


「私も自分の知っていたここでのご様子との違いに驚きました。でも、やはり精神的にも負担があるのではないでしょうか」


 枕が変わると寝られないという人間もいる。気候風土など帝国と王国は違うだろう。そもそも人質という境遇だ。ストレスがないわけがないか。なるほど、アルフィーナにとっては同情する状況か。


「問題を整理しましょう。元々の偏食、人質という環境の負担、帝国との食習慣の違いが相まっての食欲不振が第一の問題でしょうか」

「はい。私もそう思います」


 背後に病気が隠れていたりしたら手の出しようがないが、取り敢えずはカロリー不足と考えるべきだろう。


「分かりました。取り敢えずですが。ラボで少しでも栄養を補ってもらえるように考えましょう」


 ラボの方が落ち着くというのなら、おやつという形でカロリーを取らせればいい。


◇◇


 というわけで、俺は今日は秘密兵器を用意した。メイティールが緑色の四角いお菓子を口に運ぶのをじっと見る。だが、メイティールは怪訝そうな顔でフォークを置いてしまった。


「今日はリカルドの視線が熱いわね。私に乗り換えるつもりになったのなら良いけど。あんまりぶしつけなのは感心しないわよ」


 アルフィーナが心配そうな顔になり、ノエルが俺を睨む。憎まれ口にエネルギーを消費するのはやめて欲しいな。


「新しい羊羹の反応が気になっただけだな」

「……あの緑のお茶の香りがついたヨウカンね。悪くないわ」


 メイティールは抹茶羊羹もいけるらしい。よし、思惑通りだ。


「じゃあ、土産に持って帰るか。今の季節ならそこそこ日持ちするし。普通のも用意しているぞ。二ついや三つどうだ」


 とにかく足りないのはカロリーだろう。羊羹は糖分の塊である。カロリー不足の現状なら吸収しやすい糖分がいいはずだ。


「……本当にどうしたの?」

「なんでおかしなものを食べた見たいな目で見られるんだ。同じものを食べてるだろ」

「一つで十分よ。これでも虜囚の身だから気を遣うの。それに、この香りも味も好きだけど。甘い物はやっぱり頭をぼおっとさせるから」


 メイティールは言った。持って帰っても公爵家の人間にも提供されるだろう。羊羹一本じゃ足しにならないな。


 そして結局、メイティールは羊羹を2切れだけでやめてしまった。


◇◇


「……どうでしたかリカルドくん。メイティール殿下を熱心に見ていた結果は」


 魔力の専門家が二階に上がるのを見送った後、俺はラボに来たアルフィーナと話し合っていた。


「あの、私は別におかしな意味でメイティール殿下を見ていたわけではですね」

「メイティール殿下はリカルドくんに見つめられてご満悦そうでした」

「いえ、最後の方は気持ち悪がってましたよ」


 俺は感じたままを言った。メイティールが見ているのは俺の頭の中だけだ。魔導という体系的な知識の専門家だからこそ、俺の持っている前世の科学知識に魅了されているのだ。


「すいません。横道にそれました。それで、どうですか」

「眠気のことを忘れてました」


 パンと果物ばかり食べてるのに、甘いお菓子は沢山食べたくないだと。どんだけ注文が多いんだ。


「帝国では何を食べていたんだ……」


 俺は本気で疑問に思った。あそこまで偏食だと向こうにいた時から健康に問題が生てるんじゃないか。


「……リカルドくん。メイティール殿下が以前帝国ではパンに雑穀や豆を混ぜるといっておられましたよね。味が濃い方がお好みなのでしょうか」


 アルフィーナが言った。俺は考え込む、味の薄いパンを食べていた人間が味の濃いパンに抵抗があるなら分かるが、逆は考えづらいと思う。そもそも、主食というのはおかずと一緒にバランスを取るものだ。


「まてよバランスか……」

「何か分かりましたか」

「帝国のパンとこちらの白パンでは栄養バランスが大分違う可能性があります」


 白いパンは小麦の殻を除いて白い部分だけを使う。デンプン、炭水化物の割合が多いのだ。粒全体を使う場合に比べて、ミネラルやタンパク質の割合がかなり減る。向こうの蕎麦やコムギは恐らく粒全体を使っていたのではないか。


 それに大豆。根粒菌の窒素固定のおかげか、豆には麦よりも遙かに多くのタンパク質が含まれる。


 ビタミン的に野菜が不要になるわけじゃないが、蕎麦や大豆を混ぜたパンなら、白パンよりも遙かにバランスは取れるはずだ。果物などで補えばあるいは最低限は足りていたのかも知れない。


「栄養バランスですか……」


 アルフィーナはキョトンとしている。


「えっとですね。家を作るのに石や木や漆喰がいるように。人間の体を維持するに大きく三つの栄養が必要なのです」


 三大栄養素、炭水化物、タンパク質、脂質だ。この中で、人間の体の中で完全に作れるのは炭水化物だけ。タンパク質、つまりアミノ酸や脂質には人間の体で合成できない物がある。


「お豆やお肉に入っている栄養が不足しているのが原因と言うことですか」


 アルフィーナが言った。その可能性はあるし、そうなら深刻だ。だが、メイティールの食生活を聞く限り、絶対的に必要なのはまずはカロリーだ。


 どうもしっくりこない。それに、単にカロリー不足ならそれこそ羊羹をもっと食べれば……。でも、それは眠気を誘うか。


「……となると第四の栄養素と言われるアレが関わるかもしれない」


 俺の脳裏に、昼は食べないと言っていた前世の同級生の言葉が思い出される。白いパンには他にも足りない物がある。それは食物繊維だ。食物繊維は穀物なら殻の部分によく含まれている。それに、豆だけでなく蕎麦も入っていたとなると。


GIグリセミックインデックスの問題かも知れません」

「グリセミック……ですか。それは?」

「簡単に言えば、コムギに多く含まれている栄養素の消化スピードの問題です」


 もしも俺の仮説が当たっていれば、少なくとも集中力の低下や眠気を嫌って昼食を控えることはやめさせられる。


「シェリーの助けを借りましょう」


 俺はいった。


◇◇


「ほら、魔力を一定に流したのが良かったのよ」

「そうですね。私もそう思います」

「うむ。それに会わせてもう少し感魔紙の調整が必要かもしれんな。それにしてもこれはまた……」


 階段を上がる俺に、2階の盛り上がりが聞こえてきた。どうやら上手くいっているらしい。


「あらリカルド。お姫様のお相手をしてる間に世紀の瞬間を見逃したわよ」


 ドアを開けた俺に、メイティールが言った。


 こっちは、プロジェクトメンバーの体調管理の相談という大事な仕事をしてたんだが。


「……ねえ、今日はやけに私のことみてない?」


 メイティールの顔色を覗っていた俺の視線に気がついたらしい。ちなみに顔色を覗うというのは言葉通りの意味だ。


「気のせいだ。それよりも実験の方は上手くいってるみたいじゃないか」

「ふふ。これを見なさい。大分はっきりしてきたでしょう」


 メイティールがうれしそうに俺に実験結果を渡す。俺は渡された感魔紙を見た。そこには濃さの違う三本のバンドが並んでいた。


  |▍|


「すごいな。こんなはっきり出たんだ」


 メイティールが魔導回路の応用で魔結晶から引き出す魔力を整えたのが効いたらしい。確かに、感光面の上下左右の境界が大分はっきりしている。


 要するに、この魔結晶からは3種類の波長の魔力、つまり3種類の異なるエネルギーの魔力が出ているのだろう。


「ここまではっきりと分かれると、儂らの目にも色に違いが見えるわ。左の薄い線は橙がかっておる。真ん中の濃いのが赤。右は……薄すぎて判断しにくいが、紅と言ったところか」


 恐らくだが、右に行くに従って単位光量当たりの魔力量が多いのだろう。普通はこれが全て混ざって赤に見えているという感じか。


「あんたの言ってた魔力を強さで分けるって仮説が証明されたわけよね。……なによ。何かおかしな事があるの」


 ノエルが口をとがらせる。


「いやいや、この短期間でよくもここまでと思ってるよ」


 俺は本気で言った。これで少なくとも魔力スペクトラムの存在は証明された。魔力源である魔結晶の基本的性質、いや魔力の基本的解析法に大きな一歩を踏み出した。大発見と言って良い成果だ。


「普通の魔結晶から出る魔力に色の違いが隠れてるなんて思ってもみなかったわ。また一つリカルドに驚かされたわね。次は何が出てくるのかしら」


 メイティールが俺を見た。研究モードの時は本当に生き生きとしてるな。


「そういえば魔導回路の原理を応用したんだろ。いいのか?」

「魔力の基本原理の解明のためよ。必要な協力の範囲と判断したの。それに、基本の基本だけだしね」


 フルシー、ノエルに加えてメイティールまで参加。魔術班は二度と揃わないかもしれないドリームチームだ。


 だからこそ、マネージャーである俺の責任は重い。メイティールの能力とやる気は素晴らしい。だけど、体力がない状態で一心に打ち込むなんて、体調管理としては危なすぎる。

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