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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
二章『模擬店ヴィンダーホールディングス』
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1話:後半 お茶会

「すー、はー、すー、はー。ええっと、ルィーツア様。本日はお招きいただき……」

「リルカ」

「うひゃあ。…………ミ、ミーア。驚かせないでよ。でも良かった。一緒に行きたかったのに、すぐ教室でちゃうんだもん」

「先輩の所によってたから」

「またヴィンダーのやつなの、こんな大事な時にも振り回すなんて」


 あの男は、貴族の知遇を得るのがどれだけ大変ですごいことか、まるで理解していない。いや、まさか部下であるミーアを妬んで…………。


「じゃ、行こうか。気を強く持ってね」

「あっ、う、うん。もちろん」


 なんやかんや言ってもミーアも気合が入っているみたいだ。いつもどこかぼうっとした目が、さっき私がゼルディアに向けたくらい鋭くなってる。



 東屋に入るとそこには二人のご令嬢がいた。一人はもちろんルィーツア様。今日もとても素敵だ。だけど、ルィーツア様は奥の左の席に座ってらっしゃる。ええ、ルィーツア様主催じゃないの。


 えっと、あの方は誰だったかしら…………。確かに見たことが……あれ???


「アルフィーナ様。本日はお招きいただきありがとうございます」


 …………お、王女殿下。


 くらっ、視界が歪んだ。うそ、えっ、なんで、まさか、私が悪口言ってたのがバレて……。


「来てくれてありがとうございますミーアさん。えっと、あなたがリルカさんかしら。始めまして」


「は、はははは、はい。お、オウジョウデンカニオカレマシテハゴキゲニュ、、ご、ご機嫌麗しく」


 真っ青になった私に、王女殿下はニッコリと微笑まれた。


 カチャカチャ、カップとソーサーが私の手の震えにあわせて音を立てる。おそらく香り高いのであろう紅茶は味などわからない。ちなみにルィーツア様が入れられたものだ。


 そういえば、さっきルィーツア様になんて挨拶したのか覚えていない。


「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。アルフィーナ様は寛大な方だから」

「は、はい」


 私は何の芸もない相槌を打った。立て直さないと。いつまでも動揺してちゃだめ。ミーアが王女殿下を引き受けている内に、私はルィーツア様とお話をする。それで予定通りだもの。


「あのルィー」

「リカルド君はどうしてるのかしら?」

「それが、調べ物が時間が掛かるから遅れると。もうそろそろだと思いますが」


 王女殿下の問いかけにミーアが答えた。私は一瞬意識が飛びそうになった。


「はあ!?!? ばか、、、、、、、…………も、申し訳ありません」


 馬鹿じゃないの、馬鹿じゃないの。死にたいの、ううん、死んでもいいけど。ミーアは巻き込まないでよ。


「まあ、リカルド君らしいですね」


 だが王女様は笑った。私はミーアのために胸をなでおろした。やっぱり優しい方なのね。オーラはないけど。


「遅れて申し訳ありません」


 その時、入り口で聞き覚えがある声がした。東屋の入り口で、一人の男が深く頭を下げている。


 頭がおかしい。いや、髪型とか寝ぐせがあるとかじゃない。どれだけ礼儀正しく謝ってもダメなのだ。遅れた時点でありえない無礼なのだから。


「よく来てくれました」

「社交辞令を真に受けて女性ばかりのお茶会に顔を出すのも、などと考えまして、つい足が重くなりまして」


 言い訳にもならないようなことを付け加える。私は思わずビクッとなった。違うよね。私、社交辞令を真に受けてとかじゃないよね。


「祝賀会の後、リカルドくんは学院に来なかったから。心配していたのです」

「ご心配をお掛けしました。大公閣下のご要望のことで少し立て込んでおりまして」


 ヴィンダーは王女殿下と祝賀会の話をしている。そういえば何日か見なかった気がする。でも、どうして殿下が平民学生の動向など気にしてるんだろう。じゃなくて、何よそのそっけない態度は。王女殿下にもルィーツア様にも失礼でしょ。


「叔母上様の出資の話ですね。ごめんなさい。叔母上様はその株ですか、にとても興味を持たれて」

「株なんて、どれだけ順調でも五年は先だと思っていたので。なかなか苦労しております。このセカイ……。王国の法体系との整合性などいろいろと問題がありまして」

「詳細な説明については、ここにまとめてあります」


 王女殿下はなぜかヴィンダーと野菜の話をしている。とても親しげだ。しかも聞いているとベルトルド大公とも面識があるみたいな話になっている。ヴィンダーの目配せを受けて、ミーアが王女殿下に紙を差し出した。すごい、王女殿下に説明している。野菜の説明???


 まずい、私は何も話せていない。こういう場合は、下の人間が予め用意していた話題を振らなければいけないのに。


「あ、あの、ルィーツア様。あと一月で紹賢祭ですね」

「そういえばそうね。リルカさんは参加するのかしら」

「は、はい。私はケンウェルの他の子達と一緒に模擬店を作ります」


 紹賢祭は三代前の国王が学院に平民の入学を許した日を記念している。お祭りではあるのだが、その実は真剣勝負。平民学生の殆どを占める商家子女にとっては、実家と自分の価値を将来のパトロンにアピールするとても重要な場なのだ。


 他の商会の得意先に手を出すのはタブーだが、貴族側から買いに来るのは仕方がない。そういう建前で、新しい取引先が増えることもありうる。失敗したら貴族社会に悪い評判が広まる。


 つまり、実家の命運を左右するのだ。だから、私たちは必死に準備をする。


 まったくそんな素振りを見せない家もあるけど。例えば……。


「まあ、私は去年は見れませんでした。模擬店というのは、お店のことでしょうか。どのようなことをするのでしょう」


 なんと、王女殿下が食いついた。いえ、そうよね。訳の分からない蕪の話よりずっとお茶会にはふさわしい話題だわ。


「はい、学生が実家の商品を使って店を開きます。当家は牛乳や卵などを商っておりますので、それを用いた軽食を予定しております」

「ヴィンダー君はどうするのかしら」

「うちの規模で絡むのはちょっと厳しいのです。人手も足りませんし」


 本当にやる気のない男だ。何のためにこの学院にいるのよ。多分私の気のせいだけど、王女殿下をお招きしたら実現しそうな雰囲気じゃない。ホント、こいつはなんなのよ。


「……それは私も参加できるのでしょうか」

「も、勿論です。聖女であるアルフィーナ殿下がご観覧なさるなら皆どれだけ喜ぶか」

「あ、そうではなくて、私がその…………」


 王女殿下はヴィンダーをちらっと見て口をつぐんでしまった。


「そういえば、帝国からの使節も見学を希望しているという話だったわね。リルカさんはなにか聞いているかしら」

「はい。帝国が交易の拡大を希望しているという話は私達のところにも伝わっております。食料の輸出枠が増えるのは当家にとってもありがたい話です」


 平地の多い我が国と違って、帝国は山岳地帯。しかも、魔物の侵略に常に晒されている。食料生産には向かないが、鉱物や魔物から取れる魔結晶などが豊富だ。五十年前までは、我が国の食料を狙って戦争を仕掛けてきていたらしいが、現在は双方の産物の交換という形で交易が成立している。


 食料を扱う商家にとっては、お得意様とも言える。もちろん国家同士の交易に直接関係するのは、ケンウェルクラスの大商会だけ。ドレファノが無くなって空いた枠をめぐって、大商会同士の駆け引きが続いている。


「帝国では食料が不足しているということかしら」

「は、はい。我が国でも通常はありえない西方での魔獣氾濫が起こりましたし……。あ、あの!」


 大変なことを思い出して、私はバネのように立ち上がった。


「お、恐れながら国民の一人として王女殿下にお礼を申し上げます」


 こんな肝心なことを忘れていたなんて。本当なら一番最初に言うべきことじゃない。でも、結果として自然な形で言うことができたし。お茶会に相応しくない殺伐とした話題に踏み込むのも避けれたし。


「ありがとう。でも、それならリ……」

「つまり帝国でも魔物の活発化が起こってるってことか。魔脈の変動とかどうなってるんだろうな」


 ところが、一緒に立ち上がってしかるべきヴィンダーは空気を読まなかった。というか、お茶会で魔物の話題はこれ以上いらないのよ。


「帝国には王国とは格の違う魔獣が居るという話だわ。巨大な魔結晶を宿して、赤い森からかなりの距離を離れても行動しうるらしいわね」

「つまり、帝国はある意味で王国の盾になってるということか……」


 私の視線に気が付きもせず、ヴィンダーは考えこむ。傍若無人とはまさにこのことだ。


「そうですね。交易の条件なども、そういうことも考慮して決められているみたいです。やはり、魔物は共通の敵ですから」

「じゃあ、もしも帝国が魔物にやられたら……」

「アデルハイドの村には巨大な龍の襲来という伝承があるわ。王国が出来る前の話らしいから、真偽は定かじゃないけれど」


 王女殿下もルィーツア様もそんなヴィンダーにちゃんと話を合わせている。本当に寛大な方たちだ。それに甘えているこいつはやっぱり嫌いだ。



「つ、つかれた…………」


 東屋を出て私はやっと肩の力を抜いた。まるで仕事を終えた後のお父さんみたいに、肩をグルグル回してしまった。


「ごめん。お茶会の主催者については口止めされた」

「うう。本当の冷や汗って何なのか教えてくれたわ。でも、大丈夫。ルィーツア様に名前を覚えて頂けたんだもの。そのチャンスをくれたんだから、やっぱりありがとうだよ。ただ…………」


 私はちらっと後ろを見た。校舎への渡り廊下の前で、ヴィンダーがアルフィーナ様と話している。


「アイツは一体何なの」


 私の言葉にはいつもよりも、いろいろな意味が込められていた。


「先輩は先輩だから」

「うーーーー」


 私はミーアを見た。ミーアはあり得ない組み合わせの男女を見ている。


「えっと、なんというか。よくわからないけど、応援したくないけど、応援してるから」

「言葉の意味がランダムすぎてよくわからないけど。……ありがとう」


 ミーアはそう言って笑った。うーん、やっぱりヴィンダーなんかにはもったいないよ。

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