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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
九章『虹の架け橋』

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7話:前半 記録の解釈

「儂は館長室におるぞ。そういえば最近耳が遠くなってな、寄る年波には勝てんわ」


 フルシーは俺に目録を渡すと、老人とは思えぬほど足早に奥のドアに向かう。


「私は図書館側の入り口を見張る。不意にドアを開けられては対処できない。図書館側で見張らねば」

「クラウディア。アルフィーナ様の側近同士でありながら、これまであまりしゃべる機会がありませんでした。ご一緒してよいですか」

「お、おう。そうだな」


 クラウディアがルィーツアと一緒に一礼すると、図書館側のドアに向かう。……いくら学院内とはいえ、雑談しながら護衛するのか?


「誰も手伝ってくれないのか」


 薄暗い書庫の中で俺はつぶやいた。ちなみに、ミーアは株式会社セントラルガーデンのことで、リルカやシェリーと一緒にギルド本部に向かっているはずだ。ジヴェルニーやケンウェルと一緒に新都市と輸送規格のことを宰相に説明する準備だ。


「私がお手伝いします」


 小さな拳をきゅっと握ってアルフィーナが言った。


「正直言ってとても助かります」


 お姫様にお願いする仕事じゃないが、アルフィーナとも関係するのだ。それにまあ、地味な作業だからこそ女の子と一緒の方が何倍も楽しいのは間違いない。


「ふふっ。ここも久しぶりですです」


 光取りの窓の横、いつかのテーブルでアルフィーナが微笑んだ。そういえば、昔はここで読書をしていたんだったな。孤立していた彼女は今は想像も出来ない。


「図書館の方を使われることが多くなりましたからね」


 アルフィーナ主催の勉強会などは図書館が使われることが多い。


「全部リカルドくん達のおかげです」

「そ、それは違うと思いますけど」


 複雑な生まれを除けば、アルフィーナに人に嫌われる要素はない。今アルフィーナの周りに人が集まっているのはごく自然なことだ。


「リカルドくんはいつも……。今日は何をお手伝いすれば良いのでしょう」


 ちょっと困ったような顔になったアルフィーナだが、俺がテーブルに目録を置くと真面目な顔で切り替えてくれる。


「あまり縁起のよくない話ですが、なるべく古い時代に起こった災厄を調べたいのです」

「災厄……。それは水晶に現れるようなですか」

「そういうことになります。古い聖堂の記録などは、アルフィーナ様が頼りです」

「独特の言い回しもありますからね。任せてください」


 今ラボでやっていることはある時点での魔脈の情報を詳細に調べるための研究だ。だが、昨今の魔脈の異常な変動やメイティールから聞いた深紅の魔結晶の由来を考えれば、もっと長い期間の記録が欲しい。年輪の過去七十年というのは足りない可能性が高いのだ。


 より長い魔脈の変動を知るためには、基準となる過去のイベントを抑えておく必要がある。地球で言えば火山噴火で残った火山灰とか、大隕石の衝突でイリジウムが増えるような。


「つまり、災厄の記録から、大昔の魔脈の異常が起こった時期の目印を作ると言うことでしょうか」

「はい。もっとも、年輪よりも長期の記録を得ることが出来るサンプルの見当もついていませんが」


 地球なら縄文杉のような3000年レベルの樹木があったけど、こっちではどうだろうな。赤い森の樹木は手つかずだがどうもそこまで長生きしそうになかったし。シダ植物とか年輪自体なさそうだ。


「リカルドくんの考えることはいつもすごいですね」


 アルフィーナが俺を尊敬の目で見る。すごいのは俺じゃなくて前世でこういうことを考えた人なんだ。


「……とにかく、館長が作った目録の本を集めましょう」


 俺はアルフィーナと分担を決めると、書庫に並ぶ本棚に向かった。古い記録は整理が十分ではない。ガタのきた本棚の上に更に本が積み上げられていたりして、危なっかしいことこの上ない。埃を防ぐためか、布が掛けてあったりするが、これってかえって湿気を溜めるんじゃなかろうか。


◇◇


「王国史の正確な記録は300年が限界みたいですね」


 テーブルに積み上げた本の中でも一際厚い一冊を開いて、俺は言った。王国の建国が約450年前とされているが、その時期の記述を見ると目眩がする。半分神話なのだ。記述が正しければ、アルフィーナのご先祖様は背中に天使の羽根が生えていなければならない。まあ、羽根なんかなくてもアルフィーナは天使……。


「リカルドくん?」


 窓からの明かりに照らされる美しい少女の横顔に思わず見とれてしまった。


「いえ、客観的評価です」

「?」


 アルフィーナが小首をかしげる。


「きゃ、客観的な事実と判断できる記録が重要だという意味です。例えばですけどこの地図は不自然でしょう」


 俺は本の中にある一つの地図を指差した。建国当初の王国の地図らしいが、400年以上前から現在の版図という事になっている。だが、例えばその時代ならフェルバッハ、アルフィーナの母方の実家はまだ独立状態だったはずだ。


 記録を見ると、約400年前から300年前までにかけて地方の反乱を鎮圧した記録が並ぶ。実際には、約300年前に現在の王国の元となった国家により大河の南の”統一”がなされたと考えるのが自然だ。この手の記録の書き換えは地球でも古今東西普通にあった。過去の国境線なんて戦争、あるいは”戦争の為”に引き直されかねない。


 だからといって全てが嘘ではなく、実際にあったことを何らかの形で反映していることも多い。そして、そもそも情報という物は、発信者と受信者の相互作用として存在している。


 まあ幸い、今回調べるのは歴史そのものよりも、その歴史に影響を与えたイベントだ。例えば、王国の建国の切っ掛けは何かとかだな。王国の記録を見る限り、どうも帝国の建国も王国と同時期みたいなのだ。


 二つの国で話し言葉が通じるのがポイントだ。昔あった大国家が何らかの原因で多くの国に分かれ、それが徐々に統一され、大河を境に王国と帝国になったという感じだろうか。


 その場合、昔の大国家を崩壊に導いた”何か”があったことになる。純粋に人為的問題、制度疲労である可能性もあるが、それでも切っ掛けが必要なはずだ。


 現在の形での王国の成立が300年前、王国の元となった国家が生まれたのが450年前と信じたとして、その前にあった大国家の崩壊原因の発生は更に前ということになる。


「今のところ450年より少し前の出来事が狙い目……。アルフィーナ様?」

「……あっ、ごめんなさい。これを見ていて」


 アルフィーナが見ていたのは一冊の古い本。見開きを使って一枚の絵が描かれている。童話調のラフなちぎり絵だ。空からの炎に焼かれる街か。空を飛んでいるのは竜か?


「母様から聞かされたおとぎ話を思い出してしまって」

「ああなるほど、お行儀よくしないと空から竜が飛んできて食べられるというお話ですね」

「わ、私はそんなにお行儀悪かったわけじゃないですけれど」

「そうでしょうとも。……ところで、どんな失敗をしたときですか」


 頬を染めたアルフィーナがかわいくて、ついつい突っ込んでしまった。するとアルフィーナは顔を両手で覆ってふるふると首を振った。あっ、地雷踏んだ。


「……そ、そういえば私も同じような話を聞いたことがあります。いろいろな地方に伝わっているとなると、広範囲のイベントがあったのかも知れませんね。ええっと、記録では300年前よりもう少し後ですか……」


 竜の群れと戦ったと記されているのは、クラウンハイト6代目の王。俺の見立てでは、実質的な建国者である5代目の王の息子だ。目当ての記録よりは新しいが、70年前よりもずっと古い。役に立つ可能性はあるな。

「…………リカルドくん。実は、母様はもっと昔の話だと言っていたんです」


 だが、アルフィーナはこちらに顔を寄せると、声を落とした。長いまつげが窓からの明かり、まだ赤味が抜けていない頬が目の前に来る。……いやいや、落ち着け。アルフィーナが声を潜める理由ははっきりしている。


「もしかして300年よりもずっと前ということですか」

「はい……」


 アルフィーナの母方の先祖、それも家祖と伝わる英雄が竜の群れと戦ったらしい。


 アルフィーナの父方の先祖クラウンハイトと母方の先祖フェルバッハが別々の国の主だったとき、広範囲の魔獣災害に対してそれぞれ戦った。あり得る話だ。


 いや、これこそが昔の大国家の崩壊の原因という可能性すらゼロじゃない。


「いい目印になるかもしれません。アルフィーナ様のお母上に感謝ですね」

「……よ、良かったです」


 調べると、確かにいろいろな地方で同じような記録が見つかる。時期も記述もバラバラに見えるが、空から襲ってきた恐ろしい怪物というのが共通している。


 うわ、この本なんか羽根が八枚描かれている上に手と独立してる。マヤ文明の怪物、ケツァルコアトルだっけ、に似てるかな。恐怖のあまり盛ったか。甘いな、俺の前世には頭が八つある蛇の伝説があるんだぜ。


「そろそろ片付けましょう」


 めぼしい資料を当たり尽くしたところでアルフィーナに声を掛けた。クラウディアあたりが、俺の理性の残りポイントを心配してもいい頃だ。

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