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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
九章『虹の架け橋』

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6話:魔力スペクトラムの検証開始


 カチャ……


 皿にフォークが当たる音がした。


 向かいの席を見ると、メイティールが空の皿を前に緑茶を口にしている。


「もういいのか?」


 たった2切れで箸を置いたメイティールに尋ねた。もう飽きられたとなると問題だ。帝国人への受けの良さから、新都市の名物にできないかと思っていたくらいなのだから。


「……相変わらず美味しいわ。でも、これから肝心の実験でしょ。途中で眠気が来たらいやなの」


 メイティールは未練がましい目で羊羹を見た。


 そういえば、前世の大学で午後の集中力が途切れるから昼飯は食わないって同級生がいた。確かに俺よりはずっと集中力が高かった。


 メイティールの言ってるのも似たような物だろうか。まあ、甘いものを大量摂取よりは健康には良いか。和菓子は健康的と言われているが、洋菓子に比べて栄養バランスは偏っているからな。それに、美少女皇女を太らせたりしたら外交問題になりかねない。


 まあ、これだけ真面目に取り組んでいるんだ。成功の暁にはアイスクリームで存分にねぎらおうじゃないか。


◇◇


 テーブルの上には規則的な位置に穴の空いたブロックが並んでいる。光路台とでも言うべき物だ。実際に通すのは魔力だが。見やすいようにか黒く塗ってある。


 魔導金の型を使って、ボーガンに紹介して貰った王都の鍛冶職人に作って貰ったそうだ。真鍮製だから鋼ほどの苦労はなかったらしい。重さもあるから、振動を気にする実験にはふさわしい。


「確かにいやになるほど合理的なのよね」


 そう言いながら、ノエルが次々と実験パーツを取り付けていく。一番左の穴には金属製の輪が付いた棒が差し込まれる。輪には魔結晶がはめ込まれている、行ってみれば光源だ。一つ少し離れた穴には同じサイズの棒に取り付けられた魔導金のスリット。その次の穴には透明な三角柱がセットされる。


 これがプリズムの役目をする竜水晶か。見た目は水晶と変わらないな。


 最後に二つの穴に跨って板が差し込まれ、感魔紙が張られた。魔力波長のスペクトラム分析の実験準備完了だ。今更ながら少し不安になる。何しろ、曖昧な光学の知識でこれだけの手間をかけさせたのだ。上手くいってくれると良いんだけど。


 実験が始まると、俺にはやることがない。魔結晶から魔力を引き出す役目はノエルがやるらしい。


「始めるわ」


 ノエルが魔結晶から魔力を引き出すと光、俺に見えているのは間接的な物らしいが、が生じた。スリットで絞られた光は、竜水晶のプリズムに吸い込まれていく。そして、感魔紙に白い感光を作った。


 当たり前だが、年輪やコロニーの解析よりも遙かに早い。だが、結果は俺の予想とは違った。


「線にしか見えんな」

「そうですね」


 俺にも見える光は竜水晶のプリズムで広げられている。透明な物質である以上、光も屈折するのだ。問題は、同じように底を通り抜けたはずの魔力だ。感魔紙が幅5センチくらいの長方形にうっっすらと照らされているのに、感光したのは中央部のみ。幅5ミリもない、長方形と言うよりも線だ。


 これを見ただけで光と魔力の性質が違うことが分かる。もっともスリットは1ミリメートルもないから、全く回折していないわけじゃなさそうだ。


「魔力を引き出すだけで失敗とかはないからね」


 俺の視線を受けて、ノエルが釈明をする。疑ってないよ。疑うとしたら、光学の実験をそのまま魔力に当てはめようとしている自分だから。


「どうするの?」


 メイティールが俺に聞いてきた。非難の色はないが、探るような瞳が俺を刺す。


「一応広がっているんだから、距離を離すのは……」


 視線に追い詰められて適当なことを言ったのが不味かった。確かに魔力により感光する幅は広がったが、境界がぼやけている。


 俺を見るメイティールの視線が心持ち尖った。出し惜しみするなと言いたげだ。純粋に魔力そのものに関しては、俺の前世知識にもないんだぞ。


「可能性は三つかな……」


 なけなしの知識をかき集めて俺は考える。一つは、魔力が根本的に俺が知っている存在とは違うこと。つまり、波ではない。だが、これまでの結果からその可能性は少ない。そもそも、全ての存在が波であるというのは原理の原理、いわばメタ原理だ。


 もしそれを捨てて新しい発想で世界を捉え直せというなら、アインシュタイン並みの発想が必要。俺には到底持ち合わせがない。


 二つ目、魔力波長は光の波長よりも遙かに直進性が強い。竜の目は細胞レベルのセンサーを大量に並べた物だ。もしかしたら波長によって反応する視細胞が違うとかあるかも知れない。モノクロの感魔紙と人の目で区別するには分解度が足りないのかも知れない。


 三つ目は魔結晶からでる魔力が元々単一波長、あるいは一つの成分が突出して強い。結晶からでているのだ。太陽光のように様々な波長が混じっているより、ガスが燃えた光のように輝線状に感光しているのかも知れない。


「対策としては、露光時間を延ばして少ない波長成分も現れるか調べるとか、かな……」

「待って、今の貴方の仮説だと、深紅を使った場合は違う位置に感光するはずよね」


 メイティールが言った。


「なるほど。そちらの方が手っ取り早そうだな」


 魔結晶が深紅に変更される。感魔紙を張った板を棒を持ち上げることでずらす。深紅の魔結晶の扱いはメイティールに任される。フルシーもノエルも扱いに慣れないらしい。


「感光するまでの時間は遙かに短いが、やはり線じゃの」


 上下に並んだ二つの感光を見てフルシーが言った。ほぼ同じ位置に一本の線が出来ているようにしか見えない。ごく僅かに位置が違うのかも知れないが、この実験の精度ではなんとも言えない。


「竜水晶をいくつか組み合わせるのはどうじゃ」


 フルシーが言った。趣味を仕事にしたこの爺さんは、俺から取り上げたプリズムで光の実験をしていたらしい。本人曰く、光路台の性能チェックだそうだが、プリズムを正反対に組み合わせて、虹を白色光に戻したりいろいろ試していた。すでに抜かれた気分だ。そのうち木から落ちるリンゴを見て重力を発見するかもしれない。


「なるほど」


 例えてみれば、光を屈折率で分けるのは異なる早さで転がる鉄球をカーブに放り込むのに似ている。平行して走る玉も、カーブの後は方向がばらける。速度に寄って曲がりやすさが違うからだ。


 ちなみに、光の速度は全て光速で一定で質量はゼロで同じだが、代りに持つエネルギーに応じて波長が短くなる。その波長が屈折率に影響するから運動エネルギーによって曲がり方が変わるのは同じだ。


 三角柱のプリズムの場合は入るときと出るときの二回のカーブを曲がらせるようなものだ。なら、それを二つ続けてやればカーブを四つ曲がらせたことになる。


「それくらいの加工ならすぐに出来るわ」


 ノエルが言った。


 元々長さに余裕があった竜プリズムが切断される。ブロックを追加することで光路を延長して、魔結晶から感魔紙までの間に2つのプリズムが並んだ。こういった規則的な柔軟性がこの台の強みだ。


「やはり遅くなるのう」


 先ほどよりも広がった光の帯が感魔紙に当たる。複数の竜水晶を通したことでロスが多いようだ。感光速度はさっきよりもずっと遅い。じりじりと時間が過ぎる中、ゆっくりと黒い感魔紙が白んでくる。


 「ゴクっ」誰かのつばを飲む音が聞こえる。俺も飲まれたようにじっと紙を見る。現れる感光は……。


「……ほれ見よ、さっきと大分違うぞ」


 3センチくらいの幅の感光は僅かに濃淡があるように見える。ひいき目に見れば3本のぼやっとした帯だ。心持ちだが、1本目と2本目の間隔が広い。2本目と3本目は殆どくっついている。


「この濃淡があの虹みたいに見えなくもないわね」

「ええそうね。私たちが認識してなかった現象であることは確かね」


 メイティールの目は感魔紙に釘付けになっている。その興奮具合から、魔術だけじゃなく魔導的にも未知である魔力の性質が表れたのは間違いないようだ。


「貴方が言っていたのはこれでいいの?」


 メイティールが俺を見る目は真剣だ。センセーショナルな論文を読んでいた時の前世の恩師の視線を思い出す。


「多分としか言えないな」

「本当に?」


 俺は曖昧に答える。正直言うと少しイメージとは違う。結晶は基本的に純粋な物質。元となった現代知識からすればもうちょっとシャープにと思ってしまう。でもその知識だって、もしかしたら高度な処理後の映像を見たのかもしれない。


 ただ、よく見ると長方形の感光の上下左右もぼやけている。単に距離を広げて失敗した時と似ている。二つのプリズムを通したことでぶれが出ているのだろう。


 案の定、竜水晶プリズムを三つに増やすと、波模様は判別不可能になった。2つに戻し、角度や距離をいろいろ調整したが、結局ぼんやりとした波という結果は変わらなかった。


◇◇


「ああもう。もうちょっとで何か見えそうだったのに」


 一階の廊下を玄関に向かって歩く間も、メイティールの憤慨が止まらない。何かが閃いたと思った所で、レオナルドが告げた門限にかき消されたらしいのだ。


 お目付役の手前、実験を止めさせた俺に矛先が向いている。理不尽だ。


「もう少し融通を利かせてもいいじゃない」

「だからもうちょっと立場をだな……。おいっどうした!」


 振り返ったメイティールの体が突然揺れた。俺は慌てて彼女を支えた。


「何もないところで転びそうになるなんて興奮しすぎだろ。歩くときはちゃんと前を……」


 注意しようとした俺は、メイティールの顔色に気がついた。北国人だから白いけど、今は更に血の気が薄いような。


「な、何でもないわ」

「もしかして体調悪いのか。貧血か」

「ちょっと、それは聞いちゃいけないこと」


 ノエルが俺からメイティールを奪った。聞いちゃいけないこと貧血……。ああ、なるほど女の子の……。地雷に足を置いた瞬間に気がついた気分だ。つまり、どうにも動けないということだ。


「……体調悪いなら無理するなって言ってくれたか」


 メイティールが馬車に乗り込むのを確認した後、俺は恐る恐るノエルに尋ねた。ノエルは黙って頷いた。


「流石同僚だな」

「ど、同僚じゃないから。……ま、まあそうね、あんたの無茶に付き合う頼りになる同志みたいな感じかしら?」


 同僚よりも同志の方が密接な関係じゃないか?


「私も一応気をつけるけど」

「頼むよ」


 さて、魔力を扱えない俺は後半ただ見てただけだったからな。せめて次を見越して下調べを進めておこう。


「館長。ちょっと調べたい資料があるんだけど」


 感魔紙の束を抱えて二階に上がろうとするフルシーを呼び止めた。たまには図書館長らしいところを見せてもらおう。

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