4話:前半 新都市の特産品とは?
王宮を取り囲むように並ぶ、官舎と貴族の屋敷。その外周に張り付くように立つのが各種商業ギルドの本部だ。中でも一際大きな建物が我らが食料ギルドである。
利権団体とかロビイストの巣窟みたいだが。あながち外れではない。ぶっちゃけ、この国の情報伝達の速度と精度を考えるとこの手の組織は必要悪と言うしかない。
必要悪は必要だが属性はしっかり悪のままなので、ちゃんと害を生む。つまり、情報の独占という利権を核に組織の硬直化が進むのだ。ドレファノやカレストはその結果生まれたといっていい。
個人的にはもう少し情報の独占を緩めるべきだと考えていた。派手な代替わりで、組織の硬直化にヒビが入った今がチャンスと言える。ただし、帝国がそんな空気を読まずに攻め込んできてくれたおかげで、計画が十年以上前倒しになったわけだが。
「ジヴェルニーはともかく、ナトアスは新しいセントラルガーデンのメンバーということで良いのかな」
ジャンが言った。視線の先にはナタリーとヴィナルディアがいる。
流石代々の金商会の跡取り。食料ギルドの本部でも堂々としている。一応世襲ではないが、順当ならギルド長の跡取りでもあるわけだ。
ちなみに俺は本部に入ったのは初めてだ。ギルド関係を親父に任せて逃げていたわけではなく、商会会長としての仕事は商会会長がするのが当然なだけである。まあ、流石に戦争中にいろいろアレな場所に出入りしたので、ギルド本部程度では緊張しない……わけはなかった。
俺みたいな人間は初めての場所では無条件に体がこわばるのだ。バグではない、仕様である。
幸い今回の会合はセントラルガーデン中心だから知り合いの方が多い。
「新セントラルガーデンの新しいメンバーですね」
「なるほど」
「後はベルミニとプルラが絡んでいる彼女、ナタリーさんはヴィンダー商会の傘下だから言うまでもないかな」
ジャンがシェリーを見て言った。ちなみにナタリーとヴィナルディアはジャンの父親、つまり食料ギルド長と俺の親父に囲まれている。黄砂糖のことなどを聞かれているようだ。
「…………緑茶の方も売り上げは少しずつ増えています。羊羹に合わせて超高級品になっているので、単価がとんでもないことになって。……父が茶葉を黄金みたいに扱ってるくらいです」
シェリーが言った。戦時体制が終わって経済も平常モードを取り戻してきたのだろう。
「それはすごいね。プルラとダルガンも金商会への昇格を果たしたし。いや、リカルド絡みのプロジェクトだからその程度では驚けないか」
「……です」
「ベルミニも続くんじゃないかい。ウチの傘下が金商会っていうのも収まりが悪いけど」
そういえばリルカとシェリーの家はケンウェルの傘下だったな。今回のことではケンウェルには中心となって貰わないといけない。
「父はヴィンダー絡みを分離して…………私に任せたいみたいです」
「それは大変そうだね」
「………………弟をヴィンダーの矢面には立たせられませんから」
そこはかとなく話題がおかしな方向に向かっている。
「そういえば、ミーアの時は本当にお世話になりました」
「第二王子を追い落とす世話までしたつもりはなかったけどね。まあ、君か第二王子のどちらを敵に回すなら、第二王子の方がましか。さて、冗談はさておき。ギルドとしても帝国との食料の交易を早期に回復することは喫緊の課題だからね。君が講和を進めてくれたことはありがたい話だよ。ただ、その仕掛けとして新しい都市を一つ、しかも河向こうにって言うのはいかに君といえど派手にやったね」
「本来は十年、いや二十年後の計画だったんです」
この言い訳をするのは何人目だろうか。俺じゃない、帝国が悪いんだ。
「二十年後の計画としてもそんなことを考えているのが……。まあ何はともあれ、今日の説明は楽しみにしているよ。君がギルドで表に立つのは遅すぎるくらいだからね」
「俺よりも適任者がいるんで」
俺は親父を見た。人の顔と名前の一致すらおぼつかない俺は不適任者だ。ぽっと出のうさんくさい元銅商人が、ギルドに集まった実績と伝統ある金銀商会とにこやかにやり取りをしている。
「なるほど、確かに君には向いていない。なにしろ……」
ジャンの目が玄関に向いた。多数の蹄の音が建物に近づいてきた。
「王太子殿下とただ一人の大公閣下をギルド本部に呼ぶ。ギルドデビューのパフォーマンスとしては派手すぎないかい。父は頭を抱えていたよ」
ジャンがそう言うと、何かを思い出したのかシェリーがびくっと震えた。
この場にいた商人達が揃って入り口に集まり始めている。大勢の騎士に守られた二台の馬車が本部前に到着したのだ。
◇◇
「王太子殿下およびベルトルド大公閣下をギルド本部にお迎えすること、光栄の極みでございます」
ジャンの父親の声に合わせて全員が机の前で膝を折った。
会議室には一段高い台が用意され、そこにわざわざ運び込まれた二つの立派な椅子が置かれている。聞いたところによると、俺たち商人用に置かれている椅子は、普段この会議室で使われるのよりもグレードを下げた物をわざわざ運び込んだらしい。
もちろん、参加者は全員会議室の入り口で武器を持っていないか調べられている。そういえば、アルフィーナが居ないな。エウフィリアと一緒に来ると思ってたのに。
「一応教えて欲しいんだ。どうしてわざわざここに呼んだんだい。殿下の部下の部下にこちらから説明に赴くのが当然だろう」
「そのつもりでした。ギルドで話をまとめてから報告しますと言ったのに、最初から噛ませろと言ったのは殿下の方です。でも、このプロジェクトは商人主導でやらないと意味がないじゃないですか。報告以上のことが知りたいならこちらに来てくれという話です」
「それ言ったのかい。次期国王に」
「……殿下の側に居た知らない騎士様が剣を抜きかけましたよ」
俺は肩をすくめた。剣の切っ先の三角形の部分がギリギリでも鞘の中にあったら、抜きかけたで良いはずだ。一応可能な限り丁寧に言ったのだが、流石クレイグが選んだ部下というべきか、俺の言うことの意味をちゃんと理解したんだよな。
今もクレイグの背後を守りながら俺に油断のない目を向けていたりする。逆恨みである。なぜなら……。
「つまり、俺は言葉を逆手に取られ今日を迎えたわけです」
そう「じゃあそうするか。商業ギルドを一度見ておくのもよかろう」でこうなったのだ。
「いつもながら頭が痛い話をしてるじゃないか」
プルラが言った。その横でダルガンが頷いた。二人が卒業してから会うのは初めてだ。ダルガンはもちろん、プルラにはナタリーのことでずっと世話になっている。
「では大河の北に建設する新都市について計画を聞かせてくれ。なにしろ、リカルドが帝国と直接交渉して取ってきたのだからな。今度はどんな絵を描くのか楽しみだ」
高いハードルを極限まで上げてくれる。クレイグの紹介に全員の視線が俺に集中する。
「国王陛下を初めとして王族の方々のご尽力により得られた新しい土地を如何に王国の発展に役立てるか、について考えを述べさせていただきます」
俺は立ち上がると、クレイグに一礼して言い返した。
新しく都市を造るだけで巨大プロジェクトである。しかも、場所が実質国外。王国への退路は河で遮断され、西にはつい先日まで戦争していた帝国。そして北と東には血の山脈。魔獣相手に停戦交渉は出来ない。死地と言う言葉すら過言かもしれない。まあ、そうでなければこんな土地が手つかずなんてあり得ないのだけど。
横にいたナタリーに合図してから前に進み出る。今回は助手として手伝いを頼んだ。
歩きながら、この場に集まったケンウェル、ダルガン、プルラを初めとする商人達を見る。
死地に資本と人材を投入することを了承してくれた面々だ。クレイグにどう言い返そうと、帝国に文句を言おうと、彼らに対しては俺は責任がある。
俺が石板の横に位置どると、ナタリーが地図を石板に貼り付ける。うん、少なくとも俺が王宮の会議でフルシーの助手をしていたときより堂々としている。今日初めてみたナトアス商会長の隣に座っているヴィナルディアが友人を励ますように両手を握った。
俺を励まして欲しいところだよ。何しろ、どう説明しようか考えたあげく設定したテーマは少々イカレタ物になったのだ。
「王国と帝国の間に新しい都市を作った場合。そこで扱う最大の商品はなんでしょうか」
俺は疑問形から始めた。新しい話をする場合、相手の頭が混乱したまま始めてはならない。これで、各人が己の考えを思い浮かべる。他人に問われたら反射的に答えを考えるのが普通の人間という物だ。
ちなみに、その状況でも脳内に問いに対する”自分の疑問”が渦巻くのがコミュ障である。つくづく商人には向いていないと分かる。
「帝国が必要とする穀物でしょうか。王国が必要とする鉱物でしょうか。あるいは、今はまだ帝国との取引がない新しい商品でしょうか」
俺は一人一人の商人を見ながら問いかけを続ける。候補を与えられ、各人が答えを絞り始める。
「どれも違います。この都市で扱う最大の商品…………それは、情報です」
そしてそれを次の瞬間否定する。
予想外の答えをぶつけられ皆が怪訝な顔になる。商人なら情報の重要性はもちろん知っている。そして、重要な上に流動性が高い情報は商品としては扱わない、秘匿されるのだ。
「具体的に説明しましょう」
ざわつき始めた聴衆を前に、俺はいった。新しい話を持ちかけるとき、相手が勝手に混乱するのは困るが、こちらが混乱させるのは一種の手段だ。真っ当な目的のために、限度を持って使う限りだけど。




