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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
九章『虹の架け橋』

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3話:後半 その瞳に映る物

「いよいよあの魔力触媒の秘密を教えてもらえるわけね。土から触媒を作るのに砂糖が必要ってどういうことなのかしら。全く想像がつかないわ」


 メイティールにせかされるように、俺たちは一階の生物学実験室(脳内仮称)に移っていた。


 実験室にはピペットを手にしたヴィナルディアがいる。シェリーとの激烈な役目争奪に”敗北”したらしい。


「万が一があるから。俺たちが許可したものしか触らないでくれよ。さっきの感魔紙みたいなのは無しだ」


 念のため、バクテリアの播種は俺がやる。ちなみに、料理番組のようにシャーレが用意されている。色素の抽出はヴィナルディアが引き継ぐ。


 ヴィナルディアは慣れた手つきで【IG-1】の抽出を終えた。


「――という手順になります。皇女殿下」


 緊張の面持ちでヴィナルディアが言った。ヴィナルディアがゆっくり振った緑の試験管を見て、メイティールは目をぱちくりさせた。首を振り。次に天を仰いだ。そして……。


「…………騙された。騙された。騙された。騙された!!」


 メイティールが俺を睨んだ。


「期待外れの物は見せていないと思うぞ。おいおいこれで釣り合わないとか言わないだろうな」


 魔力触媒を半導体に繋げる技術は厳守するつもりだが、一つの触媒の作り方ではなく全体を見せたのは大サービスなんだぞ。


「当たり前でしょ。なんなのよこの方法。土の中に一つ一つは目に見えない膨大な種類のミューカスが存在する? まあいいわ。良いでしょう。空気中にカビの種が舞ってるのと同じって言われたらそうなんでしょうね。でも、それを何百種類って純粋に単離したコロニー?にして。何万種類ってサンプルを一日で調べる。根本的に発想がおかしいでしょう」

「お、おう」


 俺は若干後ずさった。まあ、この世界にも酒がある以上実は微生物の利用はしてるんだけど。


「土から魔力触媒が取れるって聞いたら、普通大量の土から抽出するって思うでしょ。そんな方法で見つけられるくらい効果の高い触媒なら私達だって気がつくはずなのに、って思うじゃない」

「あ、ああ、そうだろうな」


 普通は鉱山からの金属の精錬みたいな事を考えるよな。


「だから貴方の言葉を信じたのに。何が「王国にしかない素材」よ。貴方とミーアを攫えばよかったんじゃない。帝国の土からもっといろんな触媒をいくらでも取り出せるでしょ。馬竜を使えば魔脈の奥の土だって……」


 メイティールは距離を取った俺に再度迫ると、背伸びをして視線を近づける。


「な、なんだ」

「…………螺炎の原理を聞いたときも思ったけど」


 メイティールは背伸びしたまま、俺の目をじっと見つめる。近い……。皇女の吐息が顔に触れそうだ。


「貴方のその目。本当に私たちと同じ? 実は特別な魔道具だったりしないでしょうね」

 ……あ、ああ、なるほど。俺の知識がミクロの世界と密接に関わることに気がついたわけか。本当に賢いな。

「俺に魔力はないぞ。仮に魔道具でも使えないだろう」


 でも残念、俺の目には電子顕微鏡機能はついてない。


「……それもそうね」


 メイティールはやっと俺から離れた。頼むから自分の立場を思い出してくれ。ヴィナルディアが後ろであっけにとられているだろ。


「それに嘘はついていないぞ。あの素材を生むミューカスは王国にしかないかも知れないし。第一、簡単にやってるけど、このやりかたを確立するまでは結構苦労したんだぞ。なあヴィナルディア」


 俺は言った。細かいペーハーの調整とかは秘密だ。


「……そうね。苦労はした、と思うけど」


 ヴィナルディアは自分の手にあるピペットを見る。メイティールの目が光った。手がわさわさと動いている。


「その実験器具。ピペット、ピペットなんて生やさしい物じゃないわ。これ一つあるだけで、素材研究がどれだけはかどるか。あの感魔紙と組み合わせれば、ごく僅かしか取れない素材でも何百回って実験が出来る。……ああ、そうね。これも試行錯誤を前提とした発想だわ」

「商人はコスト重視なんだ」


 魔女じゃあるまいし材料を大鍋に入れて棒でぐるぐるなんて、いくら金がかかるか分らない。王国にはそんな量の素材はない。


「正確な操作と、その結果を測定するための技術は全ての実験の基盤だろ」


 フルシーとノエルの力がいかに重要か分るという物だ。


「普通ここまで徹底しない。ねえリカルド。本当に帝国に来ない。公爵にしてあげる。私と結婚すれば良いだけの話よ」


 メイティールが恐ろしいことを口走った。


「帝国と内通なんて疑いをかけられたらたまらないぞ。というか、だから自分の立場をだな……」

「……アルフィーナ殿下はどうやって貴方をつなぎ止めてるのかしら」


 メイティールは本気で俺を引き抜くための方法を考え始めたようだ。本当に生きて帝国に帰れなくなるぞ。しかも、俺が道連れになる。


 それにアルフィーナのまねは無理だ。アルフィーナは俺が銅商人の息子にすぎなかった時に、なんの打算もなく……。


「それよりもほら、約束通り魔力触媒のことは教えたんだ。次は、深紅の魔結晶の話だろ」


 俺は強引に話題を変えた。大体、大河を越えるなら正々堂々だ。背中に弓矢の餞別を付けた状態で溺死なんてごめんだ。


 俺はヴィナルディアにピペットと魔力触媒を仕舞うように指示する。メイティールは未練がましく緑の試験管を追ったが、ため息を一つつくと再度俺に向き直った。今度は普通の距離だ。


「あの魔結晶は特別なの。赤い森の魔獣ではなく、普通の魔結晶の鉱床でもなく。もっと貴重な物なのよ」

「もしかして特別な魔獣のコアであるとかじゃろうか」


 フルシーが身を乗り出した。魔結晶よりも魔獣に興味ありそうだな。


「それが違うのよ。魔獣から取れる魔結晶は、例えドラゴンの物でも大きさや純度は高くても、色そのものは普通の魔獣と変わらない。でも、あの魔結晶はその色自体が違うの」


 なるほど、質そのものが違う。それは分かるが、魔獣からは取れないとなると。


「帝国では魔結晶の鉱脈があるのじゃよな。じゃが……」

「ええ、普通の鉱脈ではやはり魔獣のコアと同じ色の魔結晶しか取れない。でも、魔脈の深部で普通とははっきり違う魔結晶が見つかった。それがこれ」

「魔脈の深部。血の山脈か?」

「まさか、いくら馬竜を使っても血の山脈までは踏み込めないわ。魔脈の中でも高度が高い場所、大量の濃い色の魔力の跡の周辺。もちろん場所は秘密よ。知っていても王国がたどり着ける場所じゃないけど。今は……」

「それでコストが合うのか?」

「あの魔結晶じゃないと破城槌の規模の……。これはまだ秘密よ。魔導陣の術式のことはそちらのあの回路と交換でなければダメ」


 メイティールは人差し指を唇の前で立てた。


 普通の魔結晶とは産地自体が違う、これは重要な情報じゃないか。確か、魔脈の高度の高さは基本的に魔脈からの瘴気の強さと比例するんだよな。


「高濃度の魔力が結晶化した物とか?」


 金属の鉱石からの連想で俺は聞いた。


「そう考える者もいたけど……。帝国では古の竜のコアだって言われているわね。これが取れる場所の近くに竜の骨が転がっていたり、竜の模様みたいな跡があるからでしょうね」


 竜の骨や模様。まさか化石か。いや、魔結晶自体化石なのか。琥珀のように生物由来の宝石もある。アンモナイトから出来る宝石もあったはずだ。魔獣のコアが魔結晶なんだから、コアの化石が掘り出されてもおかしくない。地球のエネルギー資源の石油や石炭だって、大昔の生物が蓄えた太陽エネルギーの化石だ。


 では普通の魔結晶との違いはなんだ? 取れる場所が違う。でも、血の山脈からやってくる竜ですら及ばない高エネルギーの魔力。どうもイメージがわかない。その化石が見れれば良いんだが。


「まあ、私たちだって今の血の山脈の奥にどんな化け物が棲んでいるのかは知らないから」

「そりゃそうか」


 血の山脈から人間の目に触れるのは飛行能力を持つドラゴン飛竜ワイバーン。それ以外の魔獣は血の山脈の高濃度の魔脈から離れない。


「そういえば。最初にアルフィーナ様に会ったとき、古龍眼の巫女って言ったよな。あれはどういう意味だ」

「それは秘密。だってとても高く売れそうな情報だもの。……冗談よ、そんなに睨まないで」

「いや、睨んではいないぞ」

「深紅の魔結晶の正体すら確証はないって言ったでしょ。帝国に存在しない予言の水晶のことを私が知ってると思う」


 メイティールは肩をすくめた。ごまかしている感じはない。論理的に矛盾もない。


 ただ、魔脈記録をもっと遡って調べないといけないかも知れない。地質学的スパンのサンプルなんて見当がつかないが。


◇◇


「はあ、もう終わりなのね。つまらないわ」


 ラボの玄関先でメイティールが言った。その視線が名残惜しそうに生物学実験室に向いている。まるで玩具を取り上げられた子供のようだ。


 まあ、この研究所のボスが一番の問題児な時点で今更だが。さっきまでだって、メイティールの指示に冷や汗を流しながら加工のための型を作るノエルの背後でうろうろしてた。距離による感魔紙の露光条件の実験を進めながらだ。


 孫の図画工作を心配しながら見守る祖父に見えなくもないが、視線の先が少しでもずれたらやばいぞ。


「ねえ、もうちょっとここに居る時間を延ばせないのかしら」

「ラボの中でだけでも野放しなのに感謝してくれ。……ちゃんと結果が出たら考えるから」


 俺の言葉にメイティールは「あら」と不敵に笑った。


「貴方を野放しにする事に比べれば、私なんて何でもないわよ」


 背後でこらえきれないようにノエルの笑い声がした。……少しはなじんだみたいで何よりだ。


「次は部品が揃うから、いよいよ魔力波長の実験開始だ」

「……そうね。楽しみにしてるわ。アイスクリームの件もあるしね」


 メイティールは何度もラボの方を振り返りながら迎えの馬車に戻っていく。


 フルシーと言いメイティールと言い、本物の研究者の感覚は俺には分らない。未知の現象に挑むなんて、俺ならまず失敗の不安が先立つはずだ。


 メイティールは俺が試行錯誤を前提に実験系を考えて居るといったが、当たっているんだろうな。


 商人は商人としての本分に励むか。明日は食料ギルド本部で新都市建設のための話し合いだからな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] メルティ―ルの描写がイキイキしてますね。 デレる日は近そう。 [気になる点] "「普通ここまで徹底しない。ねえリカルド。本当に帝国に来ない。公爵にしてあげる。私と結婚すれば良いだけの話よ」…
2022/04/26 02:19 退会済み
管理
[一言] かもすぞ!
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