3話:前半 検証モデル作成開始
「これがリーザベルトが言ってた豆のお菓子ね。王国のにしては悪くないわ」
羊羹を口に入れたメイティールが言った。
「ありがとうございます」
培地用の黄砂糖を届けに来てくれたナタリーが膝につきそうなくらい頭を下げた。俺たちはナタリーがお土産で持ってきた羊羹でお茶を飲んでいるのだ。
しかし、羊羹の味が分るとは見所があるじゃないか。豆と聞くと下に見る人間が多いんだが。
「帝国では小麦は高級品なのよ。豆や蕎麦を混ぜて焼いたパンが普通なのよ」
メイティールの発言に周りの人間は一様に驚く。皇女が雑穀を食べるというのは王国ではイメージしづらい。
そういえばリーザベルトを帝国公館に尋ねた時はガレットが出たな。リーザベルトも羊羹は好みのようだった。小麦中心の王国とは食文化が違うのだろう。なんか蕎麦が喰いたくなってきた。いっそ帝国から輸入して……。却下、醤油がないと意味がないんだよな。
「リカルドくん達はこれを作るためにとても苦労したのです」
アルフィーナがメイティールに羊羹を作ったときのことを説明している。
「リーザベルトから少しは聞いていたけど、リカルドはこんな知識もあるのね」
「メイティール殿下。餡子に関しては苦労したのはナタリーです。俺はむしろ方針を間違ったくらいです。アルフィーナ様のおかげでアイスクリームで挽回できましたが」
「私は……。あの空雨傘の方法を教えてくれたのもリカルドくんじゃないですか」
俺は慌ててそう言った。餡子の開発者はナタリーだし、あのときの俺は商人として明らかにミスをした。アルフィーナがそれに気付く切っ掛けをくれたのだ。
「そういえば、リーザベルトの歓迎会では冷たいお菓子にこのアンコをかけたって聞いたわね。とても興味深いわ。ねえリカルド、私には食べさせてくれないの?」
「……メイティール殿下。あのお菓子はもう少し暑くなった時期の方が。それに、とても手間がかかるのです」
「あら、王国は私にとっては暖かいわ。それにリーザベルトの時は冬だったのでしょ。第一、その手間がかかる物をリカルドに作らせたのは貴女でしょうに。ああ貴女の許可がいるものなのかしら」
メイティールは探るように俺とアルフィーナを交互に見る。
「そ、それは違いますけれど」
アルフィーナが口ごもり、ナタリーが困ったように俺を見た。アイスクリームの話題で場が冷える。
「このお茶も良いわね。素朴な風味によく合うわ。王国の食事は気取りすぎているもの」
メイティールが遠慮なく緑茶を口に運ぶ。所作は上品だが、本当に美味そうに食べる。むう、将来は帝国への輸出品として……。そんな場合じゃないな。
俺は助けを求めて他のメンバーを見る。ノエルは一番離れた席を確保している。フルシーは我関せず。ミーアは小さくため息をついている。
「というわけで、このお茶の香りがついたアイスクリームというのも是非味わってみたいわね」
周囲から注がれるなんとかしろの視線に晒される俺に、さらにメイティールの要求が突きつけられる。
「…………今日から作り始める試作品が出来たらというのは?」
「ふうん。まあそれで良いわ」
離れた席で、ノエルがミーアとうなずき合った。二人の表情で大体言いたいことが分る。
チョロくない、チョロくないからな。これでやる気を出してもらえるなら安いだろ。むしろ、帝国皇女をアイスクリームくらいで働かせるのは交渉の勝利と言って良いくらいだ。
「頑張らないといけないわね」
メイティールは最後の一切れを食べると。立ち上がった。そのまま部屋を出るメイティールに慌ててノエルが後を追い。フルシーも腰を上げた。
「アルフィーナ様はこれから聖堂でしたか」
俺は残ったアルフィーナに声を掛けた。恐らく、聖堂に直行すべきところをわざわざ寄ってくれたのだ。
「…………。あっ!……はい、そうです」
前回から一週間、大丈夫だシグナルの間隔は縮まっていない。
「くれぐれも……」
「分っています。リカルドくんこそ大変じゃないですか。間に入らないといけない私が役に立てないのは申し訳ないです」
「アルフィーナ様が気に掛けてくれているだけで心強いですから。私は気づかない内にどんな不始末をしでかすか分りません。ちなみに、何か気がついたことはありますか?」
対人関係に関して俺の自己評価は常に落第だ。
「……いえ。少し心配ですけど、リカルドくんはいつも通りですから。ただメイティール殿下が……」
「メイティール殿下が?」
俺のいつも通りは少し不安だが、メイティールに何か問題があるか。俺の目にも明らかにあるが、俺とアルフィーナでは見えている物が全く違うはずだ。コミュ力というのはそれほど高度で専門的なのだ。俺に言わせればだが。
「リカルド。少しは姫様のお気持ち――」
「クラウ。私が任されたのですから。もう少し様子を見てくださいねリカルドくん」
アルフィーナは俺にそう言うと微笑んだ。そして、俺を睨むクラウディアを伴って部屋を出た。あんまりアルフィーナに負担がかかるのは問題だな。本来なら予言のことだけで大変なのだから。
◇◇
「予定通り、魔力を波長、色毎にわけることが可能か試作品を作って検証したい」
フルシー、ノエル、ミーア。そして助っ人外国人のメイティール。俺は改めて目的を確認した。全員が頷いた。魔術のことになると皆素直で協力的だ。……まあ逆よりもいいか。
「必要な物は魔力源、魔力を屈折するプリズム、そして魔力感知センサーの三種類だ。それをこの前の光の虹と同じように並べるわけなんだけど」
俺はプリズムの時の図を石板に書きながら説明を続ける。
「まず、魔力源は魔結晶を使うから良いとして、問題はプリズムに当たる物だけど」
俺はメイティールを見た。
「竜水晶はどうなっているのかしら」
「用意できておる」
メイティールがフルシーに聞いた。フルシーは木箱から布に包まれた透明感のある丸い物体を取り出した。大きさはソフトボールのボールくらいだ。竜水晶、文字通り竜の目玉の水晶体らしい。なるほど、魔脈の色を見ることが出来る魔獣の目か。納得だ。
「私は加工については専門じゃないから手伝って欲しいのだけど。確かノエルは錬金術師よね」
「は、はい」
ノエルが言った。
「そう。王国一の錬金術師がいれば大丈夫ね。頼りにしてるわよ」
「……王国一じゃなくて。は、はい、頑張ります」
ノエルは直立不動になった。まるで部下みたいだ。ラボの先輩としての威厳が欲しい。
「最後は魔力を測定するためのセンサーだけど」
「感魔紙でよいのじゃろう」
フルシーが黒い紙を取り出した。
「この前の魔力を感知する紙ね。どれどれ……」
「これ、不用意に触ると」
「何これ、すごい、特に意識してないのに染まったわ」
メイティールは指の跡がついた感魔紙を見て目を丸くした。いくらすると思ってるんだ。
「後はそれを設置する台だな、これもノエルに頼んでいいか」
「れ、錬金術には限界があるからね」
ノエルが警戒心もあらわに言う。さっきのメイティールより警戒されているのはなぜだ。心配しなくてもマイクロピペットよりは簡単だ。
俺は石板に下手くそな模式図を書いた。簡単に言えば規則的に穴が空いた台だ。その穴の大きさに合った丸い棒。その棒に付ける角度と位置をネジで調節できる部品だ。
この手の実験は微妙な距離や角度の正確な調整が命だ。前世の大学の授業で量子消しゴム実験をしたときの実験器具の記憶を思い出して考えた。
「面白いわね」
「なんてことのない仕掛けだろ」
「そうだけど。なんというか試行錯誤をしやすいようにって、徹底してるのね」
「そりゃ、失敗を繰り返すのが凡人だからな」
「冗談はさておき。計るのは魔結晶だけなの?」
メイティールは俺の言葉を一蹴した。いや、こういった考え方は実際失敗を繰り返してたたき込まれたんだよ。お前の年齢分以上の失敗を生まれる前にし終わってるんだよ。
まあいい、メイティールの知識を引き出さなければいけない案件だ。最初の測定対象は、王国にはない物だからな。
「いや、普通の魔結晶と帝国の深紅の魔結晶の二つを比較したいと思っている。というわけで深紅の魔結晶のこと知りたいんだけど」
「約束通りあの魔力触媒の作り方と引き替えにね。ちなみに囚われの身の私はいくら秘密を知っても生きて国に戻れない可能性があるのだから。貴方が先よ」
「王国に帝国ともう一度戦争するメリットはないぞ。……分ってる。下に準備が出来てるはずだ」
実は迷ったのだが、高エネルギー魔力資源の秘密は間違いなく重いはずだ。それに、予言の水晶のことを考えると、高エネルギーの魔力についての知識は是非欲しい。




