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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
九章『虹の架け橋』

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2話:もう一つの目的

 部屋の反対、石板の前では魔術班+アルファが魔力分析器のことで話し合っている。フルシーはもちろん、びびっていたノエルもなんとかメイティールと会話を成立させている。


「最初はどうなるかと思ったけど、取り敢えずはなんとかなったか」


 俺は窓際で一息ついた。油断は禁物だが、技術的目的で牽引すればなんとかやっていけそうだ。実際の作業になれば、魔力を扱えない俺など邪魔でしかないのだ。


 さて、魔術班プラスアルファが技術的問題に集中して貰うためにも、俺はコーディネーターとしての役割を果たさないとな。企業どころか国をまたいだ共同研究だ、微妙で重要な問題がいくらでもある。


「レオナルド先輩」


 俺は黙々とペンを走らせている宰相の次男に声をかけた。レオナルドはさりげなく紙をかばう。ちらっと見えた字は殴り書き。恐らく報告書のためのメモみたいな物だろう。かなり量が多かった、苦労が偲ばれる。


「会合の内容は全て宰相府に報告させて貰うが。問題はないな」

「もちろんです」


 俺は神妙に答えた。むしろ許可を求める必要がない。お目付役というのは偉いのだ。というか、偉くないとお目付が出来ない。源平合戦のチート武将義経が軍監の梶原景時に破滅させられたが、あれは悲劇的な出来事かも知れないが、不思議な出来事ではない。


 大体、レオナルドの立場的には駄目と言っても報告するだろう。


「一応聞きますが。問題があるような内容がありましたか? どうも政治には疎くて」

「……私が理解した限りではないな。…………ただ、一つ疑問がある」


 レオナルドの顔に緊張が走る。


「今日の話は魔脈の観測の為の研究に集中していたが。それで、新領土を魔獣から解放することは出来ないのではないか」

「流石に、そちらの話は時期尚早かと思っています」


 肝心なところをぼかした会話。レオナルドの指摘は当然なのだ。観測装置で飛竜の群れは撃退できない。魔力技術の開発は当然、兵器の開発に直結する。メイティールが俺の魔力半導体に執着するのはそういうことだ。


 だから最初は魔力の性質の解明なんて基礎的な目的を提示したのだ。魔脈の観測に絞れば誰も損はしない。王国よりも遙かに魔脈が近い帝国にとってもメリットは大きい。


 もちろん、魔術にしろ魔導にしろ根幹である魔力だ。解明が進めば全てに波及する。例えばフルシーのアンテナつまり、レーダーに直結する。だがこれは、魔導兵器に頼る比率の高い帝国よりも、その比重が低い王国の方がメリットが大きい。


 俺はレオナルドにそう説明した。


「分った。魔脈観測を第一の目的に慎重に進めるという君の方針は宰相府に報告する」


 現在のところ、王国と俺の間に利益相反はない。だが、これが進めば将来的には相容れない状況が生じうる可能性がある。


「お疲れ様ですリカルドくん。……ごめんなさい。私はお役に立てませんでしたね」


 俺がレオナルドから離れると、アルフィーナが話しかけてきた。


「こっちこそ難しいことをお願いして」


 すまなそうな顔のアルフィーナを見ると心が痛む。さっきのはどう考えても向こうに問題がある。

「私が先ほどのリカルドくんの話をもっとちゃんと理解できれば、メイティール殿下とももう少し話ができると思うのです。それでですね。先ほどの虹の話について教えていただきたいのです」


 アルフィーナは自分のメモを開いた。人間ができすぎている。


 膝の上で取ったとは思えない綺麗な文字が並んでいる。ただ写しただけじゃない。ちゃんと理解しようとしていることが分る。情報を記録して、自分で考えて分らないことを整理し、質問の候補まで並んでいる。俺が教えた空雨傘の応用だと……。


「そうですね。水の波を考えてみてください……」


 俺はできる限りわかりやすく説明する。アルフィーナは素直に分らないことを分らないと言うし、素直だ。教えていて気持ちいい。その上、上目遣いの尊敬のまなざしを向けてくるのだ。


 まあ、前世の知識を持っている身としてはある種の罪悪感も感じるが。


 ……最後はともかく、特異な才能はないかも知れないけど、教育者向けなのかも知れないな。ミーアから聞く限り勉強会での教え方も上手らしいからな。


「ねえリカルド。私も聞きたいことが沢山あるんだけど」


 いつの間に石板から離れたのか、メイティールが割り込んできた。


「メイティール殿下。その、今は私が……」

「あら、一段落するのを待ったわよ。というか、貴女は本当にリカルドの知識の価値をわかっているのかしら。さっきもただリカルドの言葉に感心しているだけで、一言も口にしなかったけど」


 メイティールはちらっとアルフィーナのメモを見た。確かに、最後の質問まで答えた後だ。アルフィーナが目を伏せた。


「この調子じゃ、たまたま古の魔道具と波長が合っただけみたいね。この様子じゃ、予言のことはリカルドに助けられただけ、違うかしら」

「それは違う――」

「良いのです。確かに私はリカルドくんにずっと助けられてきました。だからこそ、パートナーとして役に立ちたいと思っています」


 アルフィーナは俺を制すると、メイティールをしっかり見て言った。むう、アルフィーナにメイティールとのコミュニケーションを任せた以上、口を出さないべきか。


「とにかく、終わったのならリカルドを私に譲って欲しいの。それに……」


 メイティールは自分の手の平を開いた。そこには、あの馬竜乗りの腕のように魔導回路がある。あれよりもずっと小さいが、色を見ると同じ物だろう。


「リカルドも私に聞きたいことがあるんじゃない」


 その通りだ。実はアルフィーナにも聞いて欲しいのだが……。俺はラボに入る前のアルフィーナの水晶へのこだわりを思い返す。


「確かに、帝国の馬竜騎士のあの症状については聞いておきたいですね。これから魔力をいろいろな形で扱う以上、全員に関わりますから」

「……そうなのですね。分りました。ありがとうございましたリカルドくん」


 アルフィーナは立ち上がった。メイティールは遠慮なくアルフィーナが空けた席に着いた。さみしそうな後ろ姿が気になるけど、アルフィーナとは一つ屋根の下だ。一方、メイティールとの接触の時間は限られる。


「それで、これについて聞きたいことは何?」

「一つ目は模様の深さだ。極端な話、肌に描いたのじゃ駄目なのか」


 俺はレオナルドを意識して声を大きくした。


 刺青のように皮膚の深いところ真皮に色素を注入している。もちろん、消えないようにだろうが、それだけではないだろう。帝国の馬竜乗りのあの症状、体内に回路を仕込むことは大きなリスクをはらむのだから。


「ええ、資質のある人間でも人間の肌の表面は魔力を通すのには制限があるし。それに回路の制御の問題があって……」


 メイティールは説明してくれる。皮膚の表面は死んだ細胞だ。そこら辺も関係しそうだな。俺はメイティールに質問を続ける。


「……つまり、俺が見せた魔導半導体で人体に刻むはずの魔導回路を魔導具に移せれば。あの症状は起こらない、少なくとも軽減される」

「そういうこと。分ってるじゃない。それだけじゃないわ」

「腕の模様は資質の差を吸収する。つまり、魔導回路の微細化でこれまでよりも沢山の情報を魔道具側で処理できれば、馬竜にしろ魔導杖にしろ使える人間の数が増える」


 レオナルドのペンの動きが早まっていくのを遠目に確認して俺はいった。これに関しては隠すつもりはない、兵器開発に直結する回路の効率化は当面手を付けない事はさっき説明してある。


「本当に隠し事が出来ないわね」


 メイティールはあきれたように言った。俺の方も収穫は大きかった。やはり、制御できない魔力を人体が受け続けるのは問題があるのだ。その問題は距離と関わる。人体に直接刻むのは一番危険だ。帝国は魔獣の脅威に対抗するために危険な技術を採用せざるを得なかった。


 その基準で言えば、王国の魔道具は安全だ。だが、それは同じ程度の魔力の強さという前提の中だ。


 「次が待ちきれないわ。私をのけ者にして進めたらただじゃおかないわよ」預かり先の公爵家の家臣にせかされるメイティールに俺はうなずいた。


 メイティールが去ったことで、緊張が緩む。特にほっとしているのはノエルだが、次はレオナルドだ。どうやら俺が今の段階では知られたくない”懸念”には気がつかれていないな。


 俺が魔力の波長にこだわる理由は血の山脈だけではない。


 俺の魔術に対する仮説、つまり魔術が情報処理だという基準で考えたら、予言の水晶の力は強すぎる。水晶は予言というとんでもない情報を扱っているのだ。そして、波長と情報の取得や伝達には極めて密接な関係があるのだ。光から連想されるその関係は安心できるものではない。


 実はフルシーやエウフィリアに頼んで、歴代の巫女姫の寿命について情報を集めた。だが、ただでさえ記録が不完全なのに、誰が本物で誰が偽物か時期が古くなればなるほど分らなくなる。


 その上、基準となる平均寿命などの保険データもない。少なくとも、極端な短命の人間はいなかったし。不完全ながら寿命そのものにも普通の王族と有意差はなかった。もっとも、普通の王族も死因が本当かどうか分らないのがちらほら居たようだが。


 帝国の捕虜を見ても、資質による個人差が大きい。アルフィーナは水晶に高度に適合している。現時点で客観的に考えれば危険性を示すデータはない。


 それでも警戒はする。予言が現れたとき少なくとも二回、アルフィーナが体調を崩している。その後すぐに回復しているが不安要素だ。


 本音を言えば、ちゃんとしたことが分るまで水晶には近づけたくない。だが、皮肉にも予言の水晶が果たした役割は大きい。極端に言えば、国家の安全と個人の杞憂かも知れない危険の可能性だ。そもそもアルフィーナが納得しないだろう。


 そして、次の予言が出るかも知れない。さらに、俺が想定している最悪の状況、魔脈変動がこれからさらに大きくなる、が起こればアルフィーナと水晶の接触は増える。


 魔力スペクトラムによる魔脈の本山である血の山脈の観測が出来れば、予言の災厄にもっと迅速に対応できるようになる可能性がある。アルフィーナが水晶に接触する時間を短く出来る。


 水晶自体の解析も出来るかも知れない。最終的には、水晶から大まかな時期や方向だけでも自動的に引き出したい。そうすれば最低でも接触時間が減らせる。いざとなったら、巫女姫の役目から解放することだって出来るかもしれない。

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[良い点] 面白い。 [気になる点] " 俺の魔術に対する仮説、つまり魔術が情報処理だという基準で考えたら、予言の水晶の力は強すぎる。水晶は予言というとんでもない情報を扱っているのだ。そして、波長と情…
2022/04/26 01:40 退会済み
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