23話:二台の馬車
「酷い荒れようだったらしいですね」
俺は王都の城壁から、下に伸びている街路を見下ろした。西門に向かって、一台の馬車が走って行く。街路には茶色く変質した花が残骸をさらしている。クレイグの立太子を祝って市民が撒いた花だ。
花道は花道でも、弟と違って枯れた花道だ。弟は太子で兄は大使、大違いである。それにしても見送りもなしとは、貴族の手の平返しは徹底しているな。ドレファノの時ですら見捨てない人間はいたぞ。まあ、あれは息子の方は無実だったか。
「……兄には二度と王国の土は踏ませない。それでいいのだな」
クレイグが街路に目を落としたまま言った。
「はい」
俺は短く答えた。
帝国との講和がまとまった後、論功行賞でクルトハイト大公領は解体され、今回の戦争で功績のあった者に分け与えられた。クルトハイト自体は王家の直轄になった。
帝国との戦争に遅参した上自らの領地は守れず、さらに奪還は国王が行ったのだ。流石のザングリッチもなんの抵抗も出来なかったらしい。
ちなみに、新しく叙爵された人間の中には投石機部隊の指揮官だったファビウスもいる。フルシーから今更貴族になってしまった場合の心得を聞いていた、最悪の人選だと思う。
賠償金の大半はグリニシアス公爵領の復旧のために当てられるようだ。是非小豆の生産を増やして欲しい。
王国の貴族がこぞって大勝利を祝う中、第二王子の名誉大使就任が発表された。その直後に、第一王子に替わってクレイグの立太子の発表だ。第二王子は半狂乱になって抵抗したらしいが、満座の中で味方する者はただ一人も居なかったらしい。
まあ味方は大体潰れてたからな。と言うか、そこで口走ったことで、前クルトハイト大公達に最後のとどめを刺したとか。満場一致で見捨てられた第二王子は、最後は呆けた顔のまま退席させられたらしい。
ちなみにラボは国王勅許のもとに王立魔術研究所と看板を変え、旧クルトハイト大公領の一部を財源として与えられ独立組織となった。これからのことを考えると独自財源は極めて大きい。
所長であるフルシーは伯爵相当とされている。隠居した後に出世を始めるという変則さで周囲を困惑させているらしい。伯爵級というのは研究所の財源規模を考えると妥当らしいが、誰が管理するんだ? ノエルは卒業と共に宮廷魔術師として叙爵が決まった。かわいそうに親戚が増えるんだろうな。
ちなみに、セントラルガーデンは新都市での事業の為という形で、10年間の免税特権を与えられた。もちろん、ヴィナルディアの実家も入っている。娘のやっていることをろくに知らなかった両親はもちろん、母方の実家である貴族も驚愕したとか。
「……聞いても仕方ないですが」
「兄とお前が喧嘩してお前が勝った。それだけだ」
「……そっちもですけど。立太子のことです」
クレイグの野心がどの方向を向いていたか、俺は未だに把握していない。
「お前の作り出す波に自分から乗ったのだから仕方ない。そうだな、竜討伐はともかく馬車レースくらいから、この未来は予想の一つだったな。完全に予想外だったのは時期だ。あと10年はかかると思っていたが」
「……それは奇遇ですね、俺も最低10年前倒しさせられた気分です」
帝国の侵攻とミーアの誘拐という大事件のせいだな。
「本来ならリカルドには責任を取って私に正式に仕えて貰わなければならないのだが……」
クレイグは視線を上げて北方を見た。
「上手く外に逃げられたな」
「政治に関わる能力も意思もありませんので。特に軍事関係なんてもうこりごりです」
「戦争がやっと終わったら、新都市建設に血の山脈の調査か。リカルドは忙しいな。とても、軍事関係と無縁でいられるとは思えんが」
クレイグは笑顔で不吉なことを言った。
「ほ、本業回帰ですよ。戦争とか畑違いも良いとこだったんですから」
「まあいい。ちなみに河向こうの新領土の開発には私も直接関わるぞ。王太子といっても、リカルドが持ち上げたおかげで父の権威は盤石だ。まだある程度の自由はきくだろう」
「殿下にもしもの事があれば俺の計画なんか全部ひっくり返るんですけど」
「気にするな」
クレイグは笑った。まあ、河を挟んでついさっきまでの敵国と人類の敵に挟まれた土地だ。次期王様の後ろ盾は必要だけどさ。
第一、クレイグは自分の意志を貫くだろう。だからこそ信用できるわけだし。お互いのわがままなんだから、片方だけが通る訳もない。
第二王子の馬車と入れ替わるように、東方から馬車が王都に向かってくる。馬車には帝国の旗が立っている。その周囲は対魔獣騎士団が物々しく囲んでいる。
「さてと、私は秘書を迎えに行かないといけないので」
俺は最後に西北に向かって小さくなっていく馬車を見た。自分が本当は誰と交換されたかなんて一生気がつかないだろうな。それでいい。謝罪も反省も求めないということは、謝っても悔やんでも許さないということなのだから。
まあ二度と視界に入らなければ、俺が死ぬほど苦労させられた恨みくらいは捨てよう。
◇◇
王国のものよりも足回りが厳つい馬車が、学院の裏門に停まった。裏門には多くの人間が待っていた。セントラルガーデンの皆とノエル、フルシー。残念ながら、アルフィーナは聖堂に詰めている。水晶が少しおかしなシグナルを発しているらしい。
馬車が停まり、ドアが開いた。出てきたのは帝国皇女ではなく、小柄なお下げの女の子だ。方向が逆になったが、あの時に迎えに行き損ねた彼女をやっと迎えられた。
「ミーア。ぐすっ、お、お帰り」「よかったよー。もう、ほんと心配したんだから」
リルカとノエルがミーアに抱きついた。後ろでそれを見守っているヴィナルディアとシェリーも涙ぐんでいる。
クルトハイトですでに再会している俺と違って、彼女達はほんとに久しぶりだからな。
ちなみにベルトルド大公邸からの馬車が正門に待っている。ラボの警戒の人数は倍増した。俺たちはまだ当分は大公邸住まいだ。旧第二王子閥の暴発を防ぐためだ。クルトハイト大公は失脚し、第二王子は国外に放り捨てたとはいえ、この前みたいな失態は二度としない。せめて捕まるなら俺だけとかにしないと。
第一、また別の爆弾を抱えるんだからな。
「へえ、ここが王立学院」
馬車の反対側のドアが開き、明るい紫色の髪の異邦人が王都に足を下ろした。周囲に緊張が走る。リルカやノエルは非友好的な視線を向ける。だが、虜囚の身であるはずのメイティールは不敵な笑みで周囲を睥睨した。
その瞳がフルシーとノエル、そして俺を捉えた。
「ラボはどこにあるのかしら」
メイティールは言った。知ってたけど、人質の自覚は無しなのね。
「あそこに見えてるだろ」
俺は学院の裏庭にある小さな建物を指差した。
「あんなに小さいの」
メイティールは眉をひそめた。いきなりの文句である。あの小ささ、知らない人間に会いようもないコンパクトさがいいんじゃないか。まあ、今回一人加わるわけだが。
「ま、中身に関しては失望させない」
俺はいった。フルシーは初めて会う帝国の魔導師に興味津々だ。ノエルはこちらをちらっと見たが、メイティールの視線に気がつくと慌てて背中を向けた。ある意味で新しい同僚だぞ。先輩としての威厳はどうするんだ。
「ふうん。貴方が言うなら期待させて貰うわ。それじゃあ、改めてよろしくねリカルド」
メイティールはにやっと笑って、俺の肩を叩いた。必要だったとはいえ、極めつけの問題人物の参加だ。俺はため息をつこうとして、周囲の視線に気がついた。女性陣の視線がキツいような……。
「ねえ、ミーア」
特に冷たいのはリルカの視線だ。
「仕方ないです、先輩の策謀には付きものですから。とりあえず一人で済んでよしとすべきです」
ミーアは「私がもっとちゃんとしないと」などとリルカに言っている。うーん、まあついさっきまでの敵国人だからな。
「えっと、いろいろ必要が重なってだな」
俺はいかにメイティールを受け入れることが重要か説明しようとした。
「あら、私をそんなに必要としてくれるなんて、寄る辺のない王都で頼もしいわ」
メイティールの発言で場の空気がさらに冷えた。リルカは俺がつこうとしたため息を奪い、シェリーとヴィナルディアは「アルフィーナ様は知っているのか」などと小声で話している。
あ、あれ、結構頑張ったはずの俺の保身策の評価は?




