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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
八章『藁の中から一本の針を探す方法』

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21話:後半 人質交渉??

「貴方とミーアを連れて帝国に戻る。どれだけの犠牲を払ってもね。それでこの戦は実質的に勝利だもの」


 メイティールはむしろすがすがしい顔だ。合格してくれて俺もほっとした。何しろ、合格してくれないと困るのは俺だ。


「それでこれが手に入ると思ったら大間違いだぞ」


 俺はメイティールが抱え持つ魔力半導体を指した。というか返せ。やるって言ってないぞ。


「なんでよ。貴方とこの娘がいれば……」

「これを作るために必要な周辺技術がどれだけ有ると思ってるんだ。俺とミーアを連れて帰っても、再現するだけで、ありったけの幸運を集めても十年じゃ効かんぞ」


 俺は事実を言った。この半導体を作り出すためにはセントラルガーデンの総力に加えて、フルシーとノエルという二人の特別な魔術師が必要。ちなみに、俺はあのメンバーが集まったのは、割と真剣に熱力学の第二法則を疑うクラスの出来事だと思っている。


 培地一つ作るだけでも、俺の知識は不足だ。レシピなんてもちろん覚えていない。ヴィナルディアの化学操作もおぼろげな記憶しかない。さらにこの玩具を実際に作る過程は殆ど見ていない。


 更に、これは実は10数個に1個しか作成に成功しない。10パーセント以下の歩留まりだ。たった三つの素子でだ。6個なら100分の1、9個なら10000分の1になる。もちろん、あのメンバーと一緒なら歩留まりは上げていけると思っているが。


 まあ、十年は少し盛っているが、五年はかかる。大体フルシーの測定技術がないだけで時間が十倍掛る。協力的じゃない俺を使って、俺に協力的じゃない帝国の人材をつかって、今回の戦で評価が下がったであろう皇女だけが理解者。……やっぱ十年はかかるな。


「大体、その2色の魔力触媒も王国にしかない素材だしな」


 帝国の赤い森には全く同じではないかも知れないが、同じ性質を持つ魔力触媒を生産するバクテリアが居ると思う。もちろん、教えてやらないが。


「それに、王都には他の効果を持つ魔力触媒があと5種類は存在する」

「こんなのが5種類!?」

「もしかしたら今も増えてるかもな。もちろん作り方は俺は知らんぞ。俺が作ってるんじゃないしな」


 嘘はついていない。たまたま見つかったバクテリアから作る。宝くじみたいな物だ。何万枚という宝くじを買う方法があるけど。それだって、セントラルガーデンの人材に依存してるんだ。


「今も増えてる…………」


 メイティールが頭がくらっと揺れた。


「帝国がこの技術の恩恵を受ける方法はただ一つ。王国に相応の技術を提供して、一緒に血の山脈の調査をすることだ。もちろん、王国の管理下でなければならない。つまり……」


 さあ正念場だ。目の前の敵は知り合いの老人みたいな擬態をしているが、それも解けるときだ。お前がこれまで築き上げてきた皇族としての立場をめちゃくちゃにして、ミーアを攫った報いを与えてやる。


「私が王国に行けば良いのね」

「そんなわけないだ……。お、お、おう。そ、そうだけど」


 めちゃくちゃに……、あれ? 何か間違ったかと、メイティール以外の帝国人を見た。


「正気を取り戻してください導師」「誑かされてはだめです。殿下」「おのれ、やはり何か毒を」


 もちろん、彼らは大騒ぎだ。よかった帝国と王国で常識が違うのかと思った。


「……仕方ないのよ。このままでは帝国の魔導は王国に大きく後れを取る。いきたくないけど、仕方ないのよ。これはむしろ帝国の魔導の責任者としての仕方ない義務なの」


 おかしい。帝国の次期皇帝になれるはずの人間に、その地位を捨てるどころか虜囚になれと罰を与えるはずだったのに。


「メイティール殿下。そのような無茶本国が認めるはずが……」

「本国はリーザベルト、貴女が説得しなさい。あの都市の話が実現したら貴方が大きな利益を得るのだから。そうよねリカルド・ヴィンダー」

「あ、ああ、そうなんだけど」


 そういう展開に持っていくつもりだったんだけど。


「それに本国だって、対魔獣戦力が少しでも早く帰還しないと不味いでしょう」

「……それは俺に言っては駄目なことだよな」

「あら、予想済みだったでしょ。それに、貴方が言った共同で魔脈観測。貴方が求めた土地から考えて、ターゲットは絶望の山脈よね。やっぱり、あれは杞憂じゃないわけね」


 メイティールは俺をじっと見た。何か勘違いされている? 俺も魔脈の中心である血の山脈の観測を重視しているが、他にも何かあるんだな。考えられることは……。


「いいリーザベルト。本国にはこう言いなさい。あの土地は帝国にとって無価値。むしろ魔獣の領域に王国を引きこみ消耗させることが……」


 こうして、最後の交渉はむしろ相手に主導権を握られていく。どうしてこうなった。


「ただ、私としてもせっかくの新しい知識も監禁されたままとか、無理矢理情報だけ引き出されるとかは困るんだけど」


 メイティールはやっと身の安全の話を始めた。保身のプロである俺に言わせれば心配の順番が違う。まあいい、それはちゃんと考えている。


「そうですね。メイティール殿下がこちらに来るに当たって、一つ王国に条件を付けて欲しいんですけど。実は……」


 俺が思わず声を潜めたのは内容からして仕方ないことだ。


「リカルド殿。貴方は……」


 リーザベルトが呆れた表情になった。俺が度しがたい策謀家だって事、彼女はもう知っているはずだけど。


「こちらにも事情がありまして」

「了承したわ。良いじゃない私と交換なんて光栄に思うべき」


 よし、決まった。これで安心して戻れる。


「じゃあ、俺はミーアを連れて帰らせて貰うぞ」


 少し予定とは違ったが、まあ80点くらいは取れたな。


「あら、それは駄目よ。私が王都に着くまでこの娘はこちらに残って貰うわ。私にも保証が必要だもの」


 メイティールが言った。俺はテーブルを叩いた。


「なんだそりゃ、じゃあ無しだ。これまでの交渉全部無しだ」


 ミーアを取り返せないなら何の意味もない。


「少し冷静になったら。王都に私と一緒に連れて行くと言っているの。これから貴方がやることを考えなさい。ミーアを置いておくのに安全なのはウチ、それとも王都?」

「ぐっ。でも……」

「先輩。私はクルトハイトに残ります」

「ミーア」

「人質ではありません。これはヴィンダー商会とメイティール皇女の取引。私はヴィンダーの共同経営者として客先で実務を詰めるという話に過ぎません」

「決まりね」


 メイティールが言った。確かに次の交渉、細い綱の最後の段階を考えたら、俺の弱点を王国に曝すわけにはいかない。


「それにしても、やっぱり王国と帝国っていろいろ違うのね。まさか商人という言葉の意味がこんなに違うとは思わなかったわ」


 メイティールはそう言って破顔した。誰のせいで普通の商人である俺がこんなことをする羽目になったと思っているんだ。


◇◇


 クルトハイトから引き上げる前に、俺は少しだけミーアと二人だけの時間をもらった。


「もう少し”出張”は継続ですね。私が居ない間のヴィンダーの財務が心配ですけど」

「親父からは「お前は死んでも良いからミーアは取り戻せ」って言われてるんだが。そうだ、……やっぱり残るのなら俺が」

「先輩。冷静に。まだ交渉は残ってるんですよ」


 確かに向こうに戻った後が一番厄介な遣り取りをしないといけないんだが。


「しかしだな。今日までだって相当危ない橋を渡っただろ」


 魔力阻害剤にだけ注意を集めたり、そもそも自分こそがヴィンダーの黒幕だと思わせるために、そして帝国に決定的な情報を漏らさないために、ぎりぎりの情報戦をやったはずだ。


「おかげでここでの待遇は悪くなかったですよ。転職を考えてもよかったかも知れません」


 ミーアは笑った。


「まあ、私はヴィンダーの共同経営者ですからそうもいきませんけど。……先輩こそらしくないですよ。保身にこだわるって趣味はどこへやったんですか」

「趣味じゃない」

「メイティール皇女が私たちをまとめて攫う可能性は大きかったですよ」


 ミーアは俺をとがめるような目で見た。それに関しては分かっているさ。さすがに、メイティールが帝国のフルシーだなんて読めたわけじゃない。


「…………まあ、なんだ。最悪、最悪だけどミーア一人だけ帝国に行かせるよりは、な。もちろん、そうならないように細心の保身を積み重ねてだな……」

「っ! ……そ、その保身の策については王都に戻ってから採点させていただきます。どうせ落第でしょうけど」

「いやいや、王国と帝国の利害のバランスを絶妙にとってだな……」


 策士としてのプライドに掛けて、これまでで一番必死に考えたと主張したい。


「申し訳ありませんが時間です」


 ドアが開き、リーザベルトが入ってきた。俺は改めて大切な秘書を見る。


「……じゃあ王都で。ミーアが安心して帰ってこれるようにしておく」

「はい、王都で。でも、それはなかなか難しいと思いますよ。今後とも」


 予定とはちょっと違うが国外の敵は処理した。次は、国内の敵だ。

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