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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
八章『藁の中から一本の針を探す方法』

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18話:ヴェルサイユ的要求

「クルトハイトへ兵を進める計画は、第一騎士団長の案のまま進めよ」

「はっ、それでは早急に準備を整えます」


 王の言葉を受けてテンベルクが天幕の入り口に向かう。去り際に、ここに残る場違いな平民に一瞥をくれる。


 天幕に残ったのは王と宰相、左右を守る騎士。そしてフルシーと俺だ。仲間はずれを当てるクイズとしては簡単すぎる状況だな。もちろん、一つだけ野菜が混じってるって話じゃない。


「それでは、クルトハイトの帝国指揮官に伝えるこちらの条件の検討を――」

「グリニシアス。その前に確認しておかねばならぬ事がある」


 王が俺を見た。


「其方は帝国との開戦を事前に予見し、馬竜を下し、今回は敵の魔導を破った。以前の功については正直信じられなかったが、今回この目で見せられたことから考えるのに、事実なのだろうな」


 箇条書きマジックってやつだな。こう聞くと国家の大英雄みたいじゃないか。褒賞が払いきれないから殺されるレベルだ。一種の自己破産だな。踏み倒される方が逆に命まで取られるという最悪のタイプのだ。


「帝国の侵攻意図を予測したのは、魔脈の測定を行った大賢者様、馬竜を破ったのはクレイグ王子の武勇。今回の戦勝は第一騎士団の働きと陛下のご威光かと」

「其方の望みは何か」


 俺の言葉は見事にスルーされた。


「先ほど言ったとおりです。私の一番の望みはクルトハイトへの使者として私を任じていただくことです」


 こちらとしては一刻も早くミーアを取り戻す交渉に入りたいんだが。


「全権代理として、帝国との交渉の全てを決定させろというのではあるまいな」


 宰相が言った。


「それで、通るのならいいんですが無理でしょ」


 国王差し出すからミーア返して、とか交渉できるなら何の苦労もない。まあ、流石にそれが出来てもやらんが。第二王子が後を継いだりしたら大惨事だし。向こうにもきっちり責任とらせるつもりだし。


「私はただの使者です。こちらの提案を持っていって、あちらに説明して、あちらの答えを持って帰る。それだけの役割ですよ」


 俺はいった。王国と帝国の交渉は”基本”そちらでやってくれ。こっちは乗っかる形で勝手にやるから。


「今回の功績。クルトハイトを要求しても驚かんぞ」


 事は国家間の戦争の停戦交渉だ。この状況で、一人の少女の安全を優先順位の一番上に置くにはそうするしかない。ましてや、俺の要求はもっと欲深いのだ。


「……強いて言えばもう一つありますが、それはまず帝国に何を要求するか聞いてからにしたいですね」


 俺はいった。外交交渉など素人だ。もちろん考えては居るが、宰相プロのたたき台を知らないと話にならない。


 宰相がテーブルに紙を置いた。


・帝国は王国の全占領地から速やかに撤退する。

・帝国は王国に金貨5万枚の賠償金を支払う。

・捕虜の身代金に関しては別途交渉する。

・今後の交易においては、信頼関係が回復するまで帝国の輸入品が到達した後で王国からの輸出品を引き渡すとする。


 桁違いに大事なのが1番目。領土の回復だ。2番目が戦争被害の補償。金貨一枚十万円くらいだから50億か。思ったよりも少ないな。いや、この世界の経済規模を考えたら妥当だろうか。


 まあ、しれっと入っている三番目が肝だろうな。馬竜乗りと魔導士、帝国にとって価値のある捕虜が多い。そして、敵の兵器そのものでもある。


 俺としては魔結晶や魔導金と引き替えに少しずつ返してく形で帝国の軍事力の回復を遅らせたい。そこら辺のことを考えて別途交渉ということになっているのだろう。


 四番目は交易条件を王国に有利にと言う話だ。そして、帝国にとっての必須の食料に関わってくる。


 なかなかよく出来ているのだろうな。1番目が絶対条件なのは別格として、2番目でとにかく取れる物を取ってこちらの臨時出費を補う。向こうの反応を見ながら、3番目で出来るだけ時間をかけて搾り取る。脅しとしての4番目の食料で相手に裏切らせない。


 王を見ると、頷いている。恐らく五十年前までの戦争の時の交渉記録などから算出された相場みたいな物なのだろう。常識的なライン、つまり一方的に攻め込まれた側としては寛大な方かも知れないな。


 だが、俺の予想では帝国にとってこれでも厳しい。なにしろ、帝国が撤退すれば戦争が終わる王国と違って、帝国は常時魔獣との戦いをしているのだ。


 だから俺は二人に言う。


「これだけでいいんですか?」

「ほう。他に何か要求があるというのだな」


 反応したのは国王だ。鋭いな。さっきの強いて言えばもう一つの褒美と関わっているんだ。


「はい。二つ付け加えたいですね。一つは大河の向こうに王国の領土を得ること。もう一つは帝国の魔導に通じた人間、出来れば皇族ですね、が王国に人質として赴くこと」

「……なっ」


 俺の言葉に宰相が絶句した。王も目を見開いている。


「そのような無茶を帝国が飲むわけがない」

「東西両方で勝利したとは言え、こちらは帝国に一歩も攻め込んでいないのだぞ。それで領土を渡せと言われて飲む国はないであろう」


 二人は否定する。普通に考えればそうだ。占領地に合わせて国境を引き直せという案ですら、普通なら相手の顔を立てて、占領地全てではなくある程度は返す。それを、帝国の寸土も奪ってないのに寄越せというのだ。


 向こうとしては取れるもんなら取ってみろといったところだろう。


「今回は勝利しましたが、全体として帝国の魔導技術は王国を圧倒しています。馬竜を倒した花粉や魔導士を無力化した魔力触媒の液体弾も、次は対策されると考えて間違い有りません。それに、今回帝国はわざわざ馬竜と魔導士を別々に運用しました。王国に対して軍事的に圧倒的な優位にあるという考えと、王国の東西を同時にせめることでこちらを圧倒して、早期に決着を付けようとしたのでしょう。トゥヴィレ山にある何かは別としてですが。でも、次は間違いなく馬竜と魔導士が協力して攻めてきます」


 俺の言葉に、王と宰相はフルシーを見た。フルシーは頷いた。


「だからこそ過度に追い詰めては……」

「追い詰めようと、追い詰めまいと敵は攻めてこれるなら攻めてきます。少なくとも食料に関して安心できる状況を得るまでは」


 帝国の一番の問題は食料確保だ。「おまえらもう信用できんから交易はこちらの言うことを聞け」という4番目は王国としては当然の要求だ。


 だが、それは食料という生殺与奪を王国に握られているという帝国の戦争動機を強化してしまう。


「帝国にとって一番大事なのは食料の確保です。そこで、新しい領土には帝国との交易を仲介する都市、といっても最初は倉庫と交易所に毛が生えたものでしょうが、を建設します。つまり、取引を国家主導から商人同士にやらせるのです。商人同士が直接取引すれば取引の速度、量と価格の妥当性をこれまでより改善出来ます。なにより目に見える。帝国を安心させるのです」


 敵国の王宮奥でよく分らない権力の綱引きが行われた結果、唐突に今年は国民が飢えることに決まりました。みたいなことを防ぐだけで意味がある。


「仮に帝国に領土を割譲させたとして、管理できまい」


 王が言った。いいところをついてくる。魔獣が身近な土地の管理なんて出来るわけがない。下手したら管理費で王国が傾く。

 そこで、占領された国土を取り返せという大義を振りかざして帝国が王国に攻め込む。新領土を奪われた勢いのまま、帝国は川を渡る。ジエンド。


「それに関しては、先ほどの強いて言えばの望みと関わります。この案を帝国に飲ませることが出来たら、その土地の管理を私に任せていただきたい。私には管理の方法について策があります」

「ほう」


 王はしっぽを出したなという顔になった。


「大河の向こうの土地となれば管理者にはよほどの裁量が必要だろうな。そういえば、フェルバッハ公爵の前身は辺境伯だったな」

「……違いますけど」


 フェルバッハが元々は帝国と王国の間の独立勢力という話は聞いたことがあるが、辺境伯なんて爵位があったのか。なるほど、そう言った権限を奪う代わりに公爵に祭り上げたと言う経緯か。


 辺境伯……ちょっとかっこいい。いやいや、爵位なんてめんどくさくてじゃまな物はいらん。


「領土そのものは王家の直轄でいいんです。私が欲しいのはあくまで将来そこに作られる都市を商業特区、ベルトルドで認められたような物ですね、として管理を任せていただきたいということです。もちろん、一介の銀商会であるヴィンダー単独では荷が重く、食料ギルド長であるケンウェルや輸送に関してはジヴェルニー商会などと共同でという形になります。もちろん、私の身分は一介の商人のままです」


 俺の言葉に王と宰相は揃って理解不能という顔になった。


「帝国が飲まなければどうする。其方のこだわりに合わせて、帝国との交渉が滞るわけにはいかんぞ」


 気を取り直すように宰相が尋ねてくる。


「取り下げますよ。そうすれば宰相閣下の案となりますね」


 俺はいった。宰相と王が視線を交わす。そして、うなずき合った。


「よかろう。其方の要求を付け加える」


 どうせ無理だからブラフとして役に立てばいいかと思っているのだろう。功績を挙げた俺に褒美を与えたことにもなる。何しろ、望んだ褒美を得られなかったのは交渉に失敗した俺の責任なのだ。


 エア褒美というやつだな。


 言われるまでもなく今回の落とし前は俺自身で付けさせる。どちら側にもな。


◇◇


「どんな無茶を考えておるのじゃ」


 天幕から出た俺にフルシーが聞いてきた。無茶という言葉はある意味驚きだ。無茶をすれば通るような案じゃないからな。


「事ここに及んでは無茶をしないと俺達の安全を確保できませんからね。ミーアを取り戻しても王国からも帝国からも狙われるじゃ堪らない。さて、アレはどうなってますか。向こうとの交渉はアレ次第なんですよ」


 俺は例によってアイデアを出しただけで、製作はフルシーとノエルに任せた。詳細については基本的に俺にも言わないように頼んでいる。


「なんとか完成した。例によってお主の発想には度肝を抜かれたが、これ自体は玩具のような物じゃぞ」


 フルシーが懐から木箱を取り出した。開くと中には銀色の一枚の板と二本のペンが入っている。まあ、これで帝国の領土と皇族を分捕ってくるといっても説得力はないよな。


 実はそれも半分くらいは誤解なんだけどな。


「後は向こうのミーアを攫った皇女のレベル次第ですね」


 出来ればこちらのちしきが理解できる人間であって欲しい。流石にフルシーみたいなのは期待しないが。

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