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予言の経済学 ~巫女姫と転生商人の異世界災害対策~  作者: のらふくろう
一章『災害は予防が肝心』

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10話 祝賀会のパンチボウルを片付けたい

 夕闇の中、学院の敷地中央の大講堂は明かりにあふれていた。元の世界なら体育館くらいの広さの空間は、ホテルの式場のように飾り立てられている。騎士団の凱旋に合わせて行われる祝賀会だ。会場は着飾った学生たちで溢れている。


 今回の災厄を防ぐにあたって学院から”二人”も功労者が出ているのだ。


 一人は無論、同級生の女の子だ。今は会場の中心で多くの学生や教師に囲まれている。シンプルな白のドレスが遠目にも眩しい。そばにいるのはあの女騎士ではなく、知らないお嬢様だ。


 聖女を褒め称える学生が引っ切り無しに挨拶を繰り返す。あの中庭の光景から一月経ってないんだけどな。


 必死な顔で頭を下げているのは、彼女がうとまれていた時に離れた連中だろうか。もちろん、俺は近づいたりしない。というよりも……。


「なんで参加しなくちゃいけないんだ」


 ヴィンダーが迎える新しい状況に対応する為に俺は忙しいのだ。仕事はこれでもかと積み重なっている。書類の数なら、アルフィーナを取り巻く学生にも負けないのだ。


「先輩が王女殿下や大公閣下に不用意に接触したのが原因です」

「仕方ないだろ。もしレイリアが滅んでたら、こっちの商売は潰れてたんだ。じゃない、こっちに招待状はこないはずだろ」


 ミーアはフイと顔を背けた。そういえば、来る途中で友達の女の子と別れていたな。悪いことをしたか。


 この会場に参加できるのは招待された者のみ。平民学生の多くは別の部屋で慎ましやかに祝うのだ。俺はそっちにすら行くつもりはなかったのだが。


「教職員からの招待状ですから。断れませんね」

「あの爺か……」


 もう一人の宴の主役、フルシーはアルフィーナから少し離れたところで、ハゲ頭に話しかけられている。確か学院長だったか。図書館長のまま名誉理事と賢者の称号、それにともなう生涯年金だったか。アルフィーナの功績を希釈するために大盤振る舞いらしい。


 生涯年金という言葉は、保身に訴えかけるものがあるな。


「そういえばあの女はどうして主のところに居ないんだ? ここぞとばかりに自慢気な顔を見せると思ってたが」


 俺は少し離れたところに佇んでいるクラウディアを見た。壁の花と化した彼女の表情に、いつもの覇気はない。俺に躊躇いもなく白刃を抜いた気合はどうした? 「どうしてお前ごときがこんなところにいる」とか言ってきてもいいんだぜ。それを言い訳に帰るから。


「しばらく遠ざけられていたようですね」


 ミーアのトーンが下がった。


「アルフィーナにか!?」

「いえ、予言の件で彼女の父親が距離を置くように命じたようです」


 そういえばレイリアに行った時は、実家に帰ってるって話だったな。自慢の実家が大事な主と対立したわけか。挙句にその間に主は大殊勲。忠臣気取りのプライドはぼろぼろだな。


「一貫してない行動はダメだな」

「先輩の行動は一貫していましたね。近づかない近づかないと言いながら、一貫してアルフィーナ様との距離を詰めて行きました。言行は不一致でしたけど」

「滅多なこと言うな。ヘタに目立ったら俺の保身が……」

「先輩は、保身という言葉の意味を調べ直すべきです」


 視線に気づかれたのか、クラウディアは俺の方を見た。おっと、憔悴した顔のロワン伯爵公子の登場だ。ロワンはクラウディアに何か文句を言っている。


「伯爵家同士といってもうまくいかないものだな」

「第二騎士団の重鎮ロワン伯も随分と評判を落としましたからね。アルフィーナ様の側近であるのに情報を隠したと思われているのでしょう」

「ああ、ドレファノと組んで魔獣氾濫の討伐を妨害しようとした、って噂が立ってるんだっけか」

「……はい。少し前までは誰も相手にしない馬鹿げた噂でしたが、起こるはずがない西方の魔獣氾濫が起こり、物資不足で対応できない第二騎士団が、第三騎士団に出番を奪われた。不幸な偶然により。噂は一気に信憑性を得ました。まるで”予言”ですからね」


 ミーアは皮肉っぽい顔で俺を見た。噂の時限爆弾は見事に破裂したわけだ。


「何故か間髪入れずにドレファノを告発できたケンウェルの行動もあって、ドレファノ会長はギルド長を更迭。名誉男爵位は剥奪です」

「偶然っていうのは恐ろしいな。油断大敵だ」

「恐ろしいのは先輩では」

「商売敵なら商売で相手をするが、政敵は政治で相手をする。命をとったわけじゃなし。息子をさらったわけでもない」


 昼間の光景を思い出す。



 巨大な魔狼の首を先頭に、大通りを凱旋する第三騎士団。白銀の鎧を纏った王子が手を振る度に、民衆の歓声が響く。王子と聖女、そして国王と王国を称える民衆の歓声。王族が率先して民を守る、実に美しい光景だった。


 その向こう側、王都の商業区の中心ではドレファノ商会の看板が引き倒され、誇らしげに輝いていたギルド長の印が削り取られていた。御用達の証である貴族家の紋章の数々も、全てなくなっていた。


 もちろん、だからといってギルド内のヴィンダーの地位は変わらない。次のギルド長を操作する力なんてないのだ。だが、ドレファノ一強だったギルドだ。二位以下の商会のトロイカ体制になるだろう。圧倒的な第一人者がいない時、三人でバランスを取ると言うのは歴史上繰り返されてきた。


 だが、トロイカはあくまで過渡期の体制。秩序と序列は新しい形を求めて歪みを貯める。


 ヴィンダーの動き回れる余地が少しだけ増え。次の変動の種も蒔かれた。あとはそれに合わせて確率の高い仮説を作り、仮説を元に情報を集め検証、次の一手を打つ。時間がかかるだろうが、俺は元々慎重な性格なんだ、ちょうどいいさ。




「その息子も学院をさりました」

「……そうだな」


 パーティーのためにいやいや学院に戻った時、裏門からドレファノの息子が出て行くところだった。十人は居た取り巻きは二人に減っていた。だが、残ったんだから大したもんだ。人望ゼロじゃなかったらしい。しかも一人は女の子だった。


「気が付くといいな。残ったその二人が、元の十人と同じくらいの価値はあることに」


 俺の敵だったのはあくまでドレファノの会長だ。息子はただムカついただけ。


 別に同情はしない。ドレファノがウチを狙えば必然的に俺の周りの人間も被害に遭う。逆もまたしかりというだけだ。


 大勢のドレファノの従業員とその家族を路頭に迷わせたことに比べればなんでもない。


「いろいろ予定外のことはあったけど、最終的にはそこそこ上手く行ったんだ」


 俺がミーアにそういった時、


「リカルド・ヴィンダー様ですね」


品の良い黄色のドレスのご令嬢が近づいて来た。栗色の髪の毛を結い上げたバレリーナのような小顔の美少女だ。さっき、アルフィーナの隣りにいたような気がする。


「はじめまして。私はアデルハイド子爵の娘、ルィーツアと申します」

「……リカルド・ヴィンダーでございます。私ごときに何の御用でしょうか?」


 思いだした、大公閣下が言っていた子爵の一人娘だ。まさか、お前なんて零細商会以下の価値だって啖呵を切ったのをバラされたか。


「聖女様の信頼厚いリカルド様にご挨拶をと」


 おかしな肩書をつけるな。俺はちらっと横を見た。遅かったようだ。ロワンがいなくなった後、呆けたように立っていたクラウディアが近づいてくる。こうなる前に来いよ。


「それは一体何の話だ」

「あら、たしかアデル家のクラウディア様でしたか。聖女様の側近を勤めておられた」


 過去形で言われている。怒ると思ったが、クラウディアはピタッと足を止めた。


「くっ、わ、私は……。そうではない、この平民がアルフィーナ様の信頼を得ているなどと、いい加減なことを」

「あら、おかしなことではないでしょう? 皆はすっかりなかったコトにしているようですけど、アルフィーナ様があの予言を口にして以来、多くの人間が突如母方の血を問題にして離れた。貴方と貴方のご実家も含めてね」

「そ、それは……」

「そんな、アルフィーナ様が心細かった時に、予言の言葉に耳を傾け、お助けしたのがリカルド様ですよ」

「なっ!! …………ありえない。何かの間違いだろう、この男がアルフィーナ様に擦り寄るチャンスと見たまでのこと」


 クラウディアは現実を拒絶するように、頭を振った。


「クラウ。貴方はなんということを……」

「ひ、姫さま」


 最悪のタイミング、クラウディアにとっても俺にとっても、でアルフィーナの登場だ。クラウディアはまるで悪役令嬢みたいになってる。


「この度の災厄を防ぐことが出来たのは、リカルドくんのおかげなのですよ」

「まあ、そうじゃな。こやつの功績は疑いない。ミーア君の力も大きいがな」


 アルフィーナの後ろでもう一人の宴の主役、賢者フルシーが頷いている。俺は焦った。宴の主役の二人の言葉に、クラウディアは青ざめている。俺だって青ざめたい。


 会場では珍しい制服姿、つまり平民学生であることがまるわかり、の俺達に宴の主役がそろって話しかけているのだ。周囲の視線が一瞬でこちらに集まる。


「過分なご評価は光栄の極みです。が、ミーアはともかく、私は”たまたま”予言の地のことを知っていた”だけ”。全ては国のために真実を口になさったアルフィーナ様のご勇気。そして、賢者様の”深遠なる”知識の賜物です」


 冷や汗を垂らしながら必死で軌道修正を試みる。姫は悲しそうに俺を見る。やめてくれ、そんな痛ましげな目で見るな。俺はちゃんと利益は確保した。同級生の家とか潰してるんだ。


「まあ、姫さまの仰られるように奥ゆかしいこと。叔母様もすべての絵を描いたのは貴方だと褒めていましたのに」


 ルィーツアが頬に手をやるポーズで言った。いかにも感心してますという態度だが、この女一癖も二癖もありそうだ。扱いが難しい貴族の知り合いなんてこれ以上いらない。ただでさえ対応できる人間の数が人並み以下なんだ。


 ちなみに、クラウディアの顔色はもはや真っ白だ。


「そ、そんなベルトルド閣下まで……」

「本当ですよクラウ」


 クラウディアはわなわなと震える。どうする、ここは俺の保身のために、昔はオークをけしかけてやりたいと思ったこともある、この女騎士の立場を回復させるべきか。だが、どうやって……。


 その時、音楽が変わった。会場の中央から人が散る。俺はこれ幸いと、引き下がろうとした。だが、ルィーツアが意味ありげに王女にウインクした。


「踊っていただけますかリカルド君」


 止めとばかりに、アルフィーナはとんでもないことを言い出した。俺はクラウディアを見た。出番だ。だが、女騎士は呆けたように反応しない。


「恐れながら、私はアルフィーナ様と踊れるような心得はありません。せ、折角の宴を盛り下げては……」


 平民学生向けの授業があったから基礎だけはやった。だが、本番がこれは無茶すぎる。


「まあ、リカルド君にも出来ないことがあるのですね。わかりました。私が教えて差し上げます。私も男の子と踊るのは初めてですからちゃんと出来るかわかりませんけど」


 アルフィーナの発言に、周囲がざわめく。確か貴族の女性が初めて社交界で踊る相手って、何か特別な意味がなかったか?


「婚約者がいればその殿方。そうでなければ、最も信頼できる男性ということになっています。普通は後見人ですね」


 ジト目のミーアが解説をしてくれる。疑問は解けた。アルフィーナの後見人は女大公だからな、なるほど。


 アルフィーナが俺に白い手を伸ばしてくる。周囲の視線が鋭さを増す。そりゃそうだ。仮に王女じゃなくても、宴の主役じゃなくても、睨まれるくらいの美少女だ。とくに、白い清純なドレスを着た今の姿など……。


 俺の許容範囲は、人気のない書屋の隅で頼りない光の下に佇んでいた天使が精一杯なのに。


 そもそもなんだこの積極性は、キャラ変わってないか?


 ルィーツアだけが面白そうに笑っている。こいつが何か焚き付けたか。


 ワルツ風のリズムが離陸を始める。周囲の目はこちらに集中する。ここで断れば宴の主役である救国の聖女に恥を掻かせた無礼者。そういう状況が作られている。退路はない。


 細くて綺麗な指に恐る恐る手を添える。手汗がひどいことになっているのだが、アルフィーナはしっかり握り返してきた。


 勝手に会場の中央への道が開く。


 ダンスが始まる。こちらに合わせてだろう、アルフィーナは基本中の基本のステップだ。小柄な同級生になんとか合わせる、それができているだけで自分を褒めたい。


 宴の主役、美しいプリンセスを独占している俺に突き刺さる目、目、目。全方位砲雷撃戦が始まりそうだ。王国一の美姫を見ながら、俺は俺の保身計画が簡単に崩れたことに唖然とする。さっきまで悦に入っていた自分を殴りたい。


 救いを求めるようにミーアを見る。ミーアはフルシーとルィーツアと三人で何か話している。一瞬目が合ったがそらされた。ここに来てから部下との意思疎通が上手く行かない。


 クイと手を引かれた。アルフィーナが穏やかな抗議の視線を向ける。俺は覚悟を決めた。



 後数日で夏休だ。明日から暫く学院を休もう。



 アルフィーナの柔らかい掌にわずかに力を込めると、彼女はぱっと笑顔になった。努めて周囲の視線を無視して、相手を見る。手が届かない、いや伸ばす気もない相手。それでも、僅かな間にいろんな困難を一緒に乗り越えた相手だ。


 この立場が他の誰かじゃなくてよかった、それくらいの独占欲が芽生えていたのは仕方がない。




 こうして、俺の保身の尊い犠牲のもとに一つ目の災厄は終わった。

一章完結です。読んで頂きありがとうございました。

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一目ぼれして頑張っちゃったんかーい! 信頼できない語り手だな?
[一言] 順調に囲い込まれつつあるリカルド君に乾杯w
[良い点] 第一章面白かったです。 普通ならバトルの場面も書くのが異世界転生ライトノベルなのでしょうが、主題を大事にして省略したのが読み心地も軽くなって良かったと思います。
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